33話目『Rain after Rain。』
星野夜です。って名前から始まったら何か変かな?
先週は投稿ができずにすいませんでした…。
さて、今日も授業中投稿です。相変わらず反省しない人間です、私は。
今回は33話目ということで…私、星野夜は感動しておりますのです。どういうことかというと、まだ早い話かもしれませんが…挫折せずにここまで投稿できるとは思いませんでした、マジで。
特にこれといった前書きはありません、早く本編に移りましょう。それではどうぞ!
(何か…自分がすごい雑な奴に見られてる気がする…↓↓↓)
水曜日、今日は一日中雨が降っていてジメジメしていた。今日はニュースキャスターが梅雨入りしたとの報告をしていた。この時期になると陰気臭くて仕方ない。窓からの景色なんてものはもうもってのほかだった。空は曇天、地上では雨水が濁流のように排水口に流れ、排水口はせわしなく水をどこかへと運んでいっていた。グラウンドは雨水によって巨大な湖と化し、雨の波紋が幾重にも重なっている。学校への長い長い長い長い、しつこく言うが長い、そして急斜なその坂では頂上部から流れ込んできた雨水が川の流れのように坂を潤していた。川の流れのようにとはいうものの、美空ひ○りみたいな優雅なものではなく、それはもう学生にとっての天敵みたいなものだった。5センチ防水靴で登校してきた生徒も靴の中びしょびしょになっていたし、靴下は雨水によって濡れて、蒸されて臭くなる。上履きにも影響して、上履きも臭くなる。最悪だった。もう最悪とでしか表現できないくらいの悪循環である。ただでさえ、荒天で萎えているというのに靴下びしょ濡れのダブルコンボは鬱になる。そしてそして、さらにいえば、登校時に差していた傘も意味をなしていない。どういうことかというと、今日は雨に加えて風が強かったのだ。もう分かるだろうけど、雨は風に乗って横殴りに降ってくる。傘は上から垂直に降る雨には強いが、横から降られたら元も子もないのだ。傘の守れないズボンの範囲は全てびしょ濡れになってしまう。湿り気のあるズボンでジメジメした一日を過ごすことになるのだ。
救世部にとって雨とは一番厄介なものである。なんせ、今の救世部には窓が存在しないからだ。窓ガラスを割られて以来まだ直っていないため、今はダンボールを代役として使っているが、ダンボールは雨風に弱いのだ。当然、ダンボールはボロボロになって落ち、雨風は容赦なく救世部を襲うということだった。ので、救世部は放課後でもないのに集結するはめに。そして今、朝から早々、雨風との死闘を繰り広げているところなのだ。
「ちっ!これだから窓ガラスを割られるのは嫌いなんだっ!」
兎姫はダンボールを窓のフレームに押さえ付けて隙間から入る暴風雨に顔をしかめた。すでにダンボールは雨に濡れてふやけ始めている。
「誰だって窓ガラス割られんのは嫌だろうが!」
直樹も一緒になってダンボールを押さえながらそう叫んだ。
救世部の窓際の地面には既に水溜まりができていて、置いておいた雑巾ももはや機能していない。
「あの!いい加減先生とか呼んだ方が良いのでは?!」
海美も同様にダンボールを押さえ、直樹越しに兎姫に訴えかけた。
「今は耐えるんだ!もし、誰かが手を離したら―――」
フォォォォォッ!
暴風がダンボールの隙間から容赦なく室内へ吹き込み、近くのデスクにあった書類を吹き飛ばした。兎姫は咄嗟にその隙間を押さえつける。
「―――離したらこうなっちまう!」
「でもよぉ、このままだと授業に遅れちまうっ!」
直樹は暴風雨に負けないくらいの大声でそう叫んだ。
「お前は毎日遅れてるだろ!今日ぐらい気にすんじゃねぇ!」
「ですが、このままでは一日中この状態ですよ、兎姫さん!」
その時、今日一番の暴風が吹き荒れた。兎姫と海美と直樹の押さえていたダンボールが吹き飛び、三人は勢いでそのまま後ろに倒れた。オープンになった窓からは暴風雨がここぞとばかりに部室へと入室していった。デスクの書類を巻き上げて、地面を水浸しにした。三人は顔を上げ、無防備になった窓を無情で見つめた。
「…兎姫、これ…意味あったのか?」
「言うな…この運命は誰にも曲げられなかったんだよ。」
風に揺らめいた髪をかき分けて兎姫が少し中二病ぽく決めた。直樹は無情でそれを見過ごす。
「みんな、授業…行きましょうか。」
今日は水曜日。文字通りの水浸し。
授業開始のチャイムには間に合った二人。つまり、直樹一人は間に合わなかったようです。兎姫は自分のクラスルームに入る。いつもどおりの騒がしい教室…ではなかった。教室の窓ガラスが風害によって大破していたのだ。窓際の席の生徒は皆、廊下側まで寄ってきていた。
「もしや、風の影響か?」
兎姫が様子見で窓に近寄ろうとしたが、一人の生徒がやめた方が良いと忠告し、兎姫はそれを信じて近寄ることはしなかった。それから1分後に一時間目の教科科目の教員がやってきて、割れた窓ガラスを見て驚いた。
こんなこともあって、一時間目は丸潰れ。暴風雨とは時に恐ろしいものだ。
しかし、窓ガラスが割れた教室は兎姫のクラスだけだった。他のクラスは至って変わらず普通に授業をしていたという。窓ガラスが割れてしまって兎姫たちのクラスは選択1教室を使うこととなった。
昼休みに入った頃、突如校内放送がかかった。その内容は『大雨暴風警報により生徒たちはもう帰っていい』とのことだった。これにほとんどの生徒は大喜び。一方の兎姫は少し嫌そうな顔をした。いや、この場合は煩い教室に嫌気が差したのか。
憎らしそうに窓ガラス越しに曇天を眺める兎姫のところに、海美がやってきた。
「兎姫さん、今日は早帰りできるそうです。」
「あぁ、聞いた。」
「電車は大丈夫ですかね?」
「問題ないだろ…。」
兎姫たちは電車で通学している。大雨暴風警報によって電車が止まる可能性は十分にありえることだ。そうなれば、親に迎えに来てもらうほかにない。
「ま、もしそーなれば、それはそれで面倒が省けるっつーもんだろ?」
そんなたわいも無い会話をしていると、白衣を来た教員が一人、兎姫たちのところにやってきた。当然、救世部顧問の氷見だった。
「兎姫…青峰小鳥の依頼は完遂したのですか?」
「あ…そーいやぁ、そーだったな。…じゃあ、今日終わらすか。」
「こんな暴風雨の中、依頼をしに行くのですか?危ないですよ。」
海美が心配そうに言った。
「気にすんな。そんなもん、組織侵入と比べりゃ可愛いもんだろ?」
「そ、そーですけど…。」
言い返しに困って、海美は黙り込んだ。
「ま、そーいうことだから…氷見ちゃん、青峰小鳥によろしくっ!」
そう言って兎姫は立ち上がり、バッグを肩にかけて走って出て行った。
氷見は海美を見て、
「心配ならついて行ってあげたら?」
と、一言残し、氷見も教室を出て行った。
「・・・・・・。」
無言。窓越しに暴風雨の騒がしい音が耳に付いて放れなかった。
兎姫はオールを背中にセットし(ちなみに、兎姫はオールをセットできるように背部にオールの差し込み口を作って制服に縫っている。その差し込み口にオールを差し込んで運んでいる訳だ。なぜそこまで苦労してオールを常備するのか。)、バッグを肩にかけて玄関で靴に履き替え、玄関入り口の扉を開いた。その瞬間、まるで気圧変化による突風の如く、猛烈な暴風が扉の隙間から入り込み、兎姫の体を押さえつけた。その風に圧倒され、兎姫は一度扉を閉める。その時には全身雨水でびしょびしょだった。
「…これじゃあ、傘も機能しねぇか…。本領発揮ですかい、荒天神君よぉー。」
兎姫は持っていた置き傘を室内で展開した。黒いナイロンか何かの素材でできた雨よけと、セラミックの骨組みで構成された36本構造のその傘は、普通の傘と比べて非常に壊れづらく、風を受け流す構造になってるため風対策も万全だった。ところで訊きたいのだが、36本骨組み構造の傘など存在するのか?
その傘を前部斜め45度に構えると、兎姫は扉を開いた。直後、暴風が入り込み、その傘に激突した。強烈な力がかかって持っていた傘の軸がブレる。兎姫は必死で前へと進み、何とか玄関から外へ。傘を傾けた状態のまま進み続け、ようやくあの長くて傾斜の高い下り坂へとやってきた。先ほども説明した通りに、その坂は雨水が滝のように流れていた。
「こりゃ…すげぇな。川下りでもできそ〜だぜ。」
圧巻の風景に圧倒されていた兎姫はつい気を緩めてしまった。その隙を突かれ、いや、その隙に偶然入り込んだと言った方が正解なのだろう。その隙に入り込まれて、向きを変えた暴風が傾く傘の逆側から吹き付けて傘を逆立たせた。セラミックの骨組みは全て上を向いて反り返ってしまった。雨をガードしていない兎姫の体に容赦なく暴風雨は吹き付け、体をほんの数秒足らずで水浸しに。兎姫は大きくため息を吐き、歩いて帰ることを諦めることにした。つまり、学校に一度戻って応援という名の送迎車を呼ぶ訳だ。兎姫はそそくさと玄関へと引き返し、そこでダメになった傘を確認した。傘は完全にイっていた、というより逝っていた。骨組みバキバキであらぬ方向へと伸びきっている。これぞというばかりにぶっ壊されている。たった一撃、たった一撃の風によって崩壊してしまったのだ。これには兎姫も落胆する。
「はぁーあ、せっかく金かけてかったのに一日でこれか…。」
今年度はあまり雨の降る日が少なく、傘を差す機会がなかった。そのため、今日は今年度初の傘差し日という事になるのだが…今起こった事象通り、傘は一日も持たずにその寿命を終えてしまったのである。これが梅雨の恐ろしいところである(ほとんど暴風の手柄だけどなw)。
兎姫は仕方ないのでスマホで母親に連絡、その後、母親の送迎車で連行されました。
海美は一人、窓の外の暴風雨を眺めて頬杖を付いていた。雨が窓ガラスに打ち付けて流れ落ち、窓の外の景色を歪ませている。時折、飛び出て強い暴風が吹き乱れて窓をガタガタと揺らした。森が騒めく音がより一層、暴風雨の影響力を強調している。そんな外の景色を見ながら悩んでいた。しばらく経ってからいつの間にか眠ってしまい、ガクンと下がった頭を驚いて上げて眠りから目覚めた。時刻はとっくに2時を回っていた。ほとんどの生徒は早帰りでもう校内には残っていない。ので、教室はがら空きで、いるのは海美だけだった。
(兎姫さん…大丈夫かな…?)
海美は心配になり、立ち上がる。先程までずっと兎姫の心配をしていた海美。やはりついて行った方が良さそうだと判断して海美はバッグを背負う。ちなみに、左肩で。みなさん、お忘れでしょうが、右手は未だに骨折が治っていないので。
しかし、このまま兎姫を追ったところで追いつくはずもない。なぜなら、今頃兎姫は家まで送迎されている頃だろうから。しかし、海美はそれを知らない。だから今から駅へと向かうつもりだ。
「待っててください、兎姫さん!」
やる気満々ですが、残念ながら兎姫はいません(笑)。
一方の直樹はと言うと―――
「っしゃあ~!ボスキャラ討伐~!」
一人部屋に籠ってゲーム三昧。幸せそうだ。
「直樹~、今日の晩飯の事だけど―――」
一階から直樹の寝室まで母の喧しい声が届く。
「うるせぇよ、ババァ!今ゲームしてんだろ?!」
「ババァはないでしょ、ババァは!」
下から煩い声で応答。
「そんなもん、何だって良いんだよ!」
直樹はそう叫んでゲームを続行した。ゲームの魔力とは恐ろしい。
「ありがと、母さん。」
兎姫は送迎してもらって家に着いた。
「兎姫、一つ訊きたいんだけど…。」
兎姫が降りようとしていたその時に母はその兎姫を止めた。
「何?」
「…やっぱりオールは―――」
「その件はもうしめぇにしただろ?俺は何があっても―――」
「いいえ、そうじゃないのよ。ただ、兎姫が父を思ってくれてることが嬉しくてね。」
母は優しそうな顔付きで兎姫を見つめる。兎姫はその熱い視線にやられて赤面する。
「何だよ、急に?ご機嫌取りか?」
「違うわよ。ただ、隠していることは…話しておかなければならないかなって。」
「隠し事だと?重要な話なんだろうな?」
「お父さんのことよ。」
それを聞いた兎姫の表情が固まった。車から出ようとロックに手をかけたまま、目を見開いて母を熟視していた。その静かな数秒間、車外の雨音が聞こえやすかった。
ますます雨の強度は増していく。フロントガラスに打ち付ける雨水が外の景色をほとんど滲ませて遮断していた。
「・・・・・・。」
「ここで話すのはちょっとあれだから―――」
「今、ここで聞かせろ…。」
兎姫は真剣な目つきで母にそう訴えかけた。ほとんど感情の籠っていない声ではあったが、真剣さはヒシヒシと伝わっていた。
兎姫の父はちょうど今の兎姫同い年ぐらいの頃、ボート部で活動していた。そこそこ実力は高かったらしい。兎姫が肌身離さず常備している愛用のオールは、父が過去にボート部で使っていた物だ。
父は兎姫が幼い頃にとある事故に巻き込まれて命を失った。それは歴史に名を残すほどの大事件だった。フェリー沈没事故だ。兎姫もその船に乗っていた。だが、兎姫はとある執事のおかげでいち早くフェリーから脱出することができた。しかし、父は間に合わなかったのだ。その日の海は荒れまくっていた。その荒波によってフェリーは転倒、そのまま海の藻屑と化した。父はそのフェリーに巻き込まれ、一緒に深海へと沈んでいったのだ。
実はその時、兎姫の妹も一緒にフェリーに乗船していた。しかし、この事件で妹は行方不明に。それ以来、妹の姿は見ていない。もう約十年も前の事だ。恐らくは、いや、確実に…妹は死んだのだろう。兎姫は父と妹の二人を同時に失い、泣きに泣いた。
家の中、父の寝室には父が愛用していたオールが二本、ロッカーの中に収納されていた。兎姫はそれを見つけると、そのオールを無理やり取り出し、それを自分の物とした。父の形見として何か持っておきたかったのだろう。そうでもしないと、自我を保っていられないまでに衰退していたのだ。それが兎姫の武器、オールの原点だった。兎姫がオールを武器にしたのは肌身離さず持っておくための唯一の方法だ。沖縄には伝統の武術、沖縄古武道というものがある。その中の一つに『エーク』と呼ばれる武術があり、その武器は櫂なのだ。これしかなかった。そして今、兎姫はオールを武器としている訳だ。
現在に戻る。暴風雨で母の車で学校から帰宅した兎姫。傘で無理に帰ろうとしてビショビショになった制服は洗濯機に、タンスからいつも通りのダルンダルンな服を取り出してそれに着替えた。
一階のリビングで母が座っていた。なぜだか分からないが、灯りがついてないため暗い。兎姫は母と対立するような位置のソファーに座った。
「…さ、聞かせてもらうぞ。」
兎姫は真剣な眼差しで母を見つめる。その表情は強ばっているためか、その眼差しは睨んでいるようにも見える。
母は一度深く深呼吸をする。心を落ち着かせ、兎姫へと向かい合った。
「幼い頃の兎姫が聞けば…正気を保っていられないと思ってずっと黙ってきたんだけど…父は事故死なんかではないわ。」
いきなりの重大発表に兎姫は驚いて目を点にした。今までずっと事故死だと信じきっていたのに、事実はそんなものではないと発覚しては当然だった。
「これはまだ、兎姫が幼い頃―――」
当時、兎姫は幼少期の頃の事。母と妹の二人と一緒に『エーク』という古武道を見学した後の事。三人は予約したホテルへと帰るために一度、フェリーに乗船した。父もその後、フェリー出航の数分前にギリギリ飛び込みセーフで乗船した。だが、あの悲劇が起こる。兎姫と母はとある執事によって助かったが、妹と父はフェリーに飲まれた。
「―――のは知ってるわよね?」
「あぁ…違うのか?」
「えぇ…真実は―――」
兎姫と母は救助されて一命を取り留める。一方、父と妹は飲み込まれて死んだことになっているが、それは違かった。実はあの時、別の場所で父は命を救われていた。しかし、その命の恩人が―――
「『坂田政治界家』だったのよ。」
「何だと?!…あれ?つまり…母さんは『坂田政治界家』の裏を―――」
「知ってるわよ、もちろん。」
兎姫は父の真実と母の真実両方に驚愕する。
「それから―――」
父は母へとこう言い残した。
『兎姫の事は全て任せる。俺は『坂田政治界家』の組織員になってしまった。こんな事、恥ずべき事だ。兎姫に顔出しなんてできない。』
そして父は兎姫と母の前から二度と姿を現すことはなかった。そもそも、兎姫に関しては父が生きてるとも思わなかったのだろうけど。
「父さん…まだ生きてるんだ…。良かった、死んでいなくて。別に気にしなかったのにな、『坂田政治界家』の組織員だって…一応、家族…なんだし?」
兎姫は恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうによそを見て呟いた。母はそんな兎姫を見て、悲しそうな顔になっていた。
「兎姫…お父さんはもう―――」
「え?」
『坂田政治界家』の一員になってしまった父。仕事自体は必死にこなして文句なし。首にされて死ぬことも間逃れていた。いやむしろ、幹部にまで上り詰めれそうなほどだった。
しかし、そんな父は唯一、唯一遂行できなかった仕事があった。それは兎姫の家系撲滅作戦だった。兎姫たちの組織は日本のトップを走っている裏組織。当然、闇組織系統に狙われるのは目に見えたことだった。そしてその時が来たのだ。だが、兎姫の父がそれを遂行なんてできるわけない。自分の家族の命を肉親の己の手で掻っ切ることは死んでもできなかった。それゆえに、父は殺されたのだ。家族をかばって自分は死んだ。その影響か、撲滅作戦は一時御預けとなったのだ。それ以来、未だにその作戦は再発していない。
「・・・・・・。」
兎姫は前のめりの格好で無表情のまま一箇所の地面を黙って見続けていた。
「こんなことを幼少期の兎姫に言ったら…兎姫は生きていられなかったわ。私も一度は死のうかとも思ったのよ。でも、できるはずがない。なぜなら、私はお父さんから頼まれたのよ、『兎姫を任せる』とね。だから、今の兎姫があるのよ。お父さんのおかげだわ。」
「…ねぇ…。」
「?」
「…許せ、ねぇ…。」
「兎姫?」
「だったら何でもっと早くに言ってくれなかったんだよっ!」
兎姫は激怒して立ち上がりそう叫んだ。その声は室内で反響して消える。数秒間の刻のブランクと梅雨の音が静かな部屋に聞こえ、それから兎姫が口を開く。
「何で、何で…もっと早くに…そんなこと、知ってたら自殺なんてできるわけねぇだろ、バカヤロー!!!!!」
兎姫は母へとそう叫ぶ。その瞳からは涙が溢れ出し、兎姫の頬を伝って地面へと落ちた。ブチギレている時の顔とは一変して、今の怒りの表情には何も恐怖を感じさせる要素がなかった。覇気が全くなかった。ほとんど泣かない兎姫の涙がどれほど悲しいかを理解させる。その涙はまるで梅雨のように止まることがなかった。
「…ごめんなさい…。」
「ふざけんなっ!ふざけんじゃねぇっ!」
兎姫はソファーに立てかけていたオールを持って母へと飛び込む!母は当然の報いだと動かずに留まっていた。そして兎姫はオールで殴りつける!ことはしなかった。そのまま、机を飛び越え、持っていたオールを母の後ろへ。兎姫は体を勢いのままに母へと飛び込んで抱きついた。母は驚いて兎姫を、兎姫の頭を見る。兎姫は泣きながら抱き締めていた。
「バカバカバカバカ!もっと早く言って欲しかったぁっ!」
兎姫は泣いて泣いて泣き乱れた。今まで溜まっていたストレスが一気に爆発したようだった。暗い部屋の中でずっと泣き続けた。服に兎姫の温かい涙が浸透し、服越しに温かさが伝わってきた。いつも突き離されたような対応の兎姫が、この時だけは真逆で、殺すほどの勢いで母を抱き締めていた。母、本当に死にそうです。やめてあげて、兎姫。
兎姫は溢れ出る涙を堪え、急に立ち上がった。その表情は何の曇りもなく何かを見据えている顔だった。それに相対し、屋外の天候は晴れることなく変わらず大荒れ気味でした。
「兎姫…一体…。」
「やらなきゃならないことがあるんだよ、救世部として。…父を亡くした俺だからこそ…やってあげられることが…あるんだ。」
「何を言って―――」
「よーするに…友達の家に遊びに行ってくるんでぇ~すぅ!」
兎姫は敬礼のポーズで元気良く叫ぶ。急な感情変化に追いつけず、母は何がしたいのかと言わんばかりの表情を浮かべているが、兎姫は気にせず悪天へと飛び出した。
「傘を持って!」
「いらん!」
兎姫はオールを持ったまま飛び出し、悪天の空の下、笑いながら雨に打たれていた。せっかく着替えた服は全てビショビショ。ズボンの裾は泥水で汚れ、髪は雨によって荒れてしまっていた。それでも兎姫は走っていく。本当に友達の家を目指しているのだろうか。そして、それが本当にやるべき事で良いのか?
ピンポーン。
インターホンの音が響く。
青峰小鳥は寝室のベッドでうつ伏せになり、少女漫画を読んでいた。ベッドは薄ピンク一色でまとまっていた。枕元に沢山の人形が置かれている。クマであったりカメであったり、何かのキャラクターであったり。ドーム型の照明が暖色を放って部屋を暖かい色で染め上げている。寝室の窓際には本棚が一つ。カラフルな多種多様の本がブックスタンドで押さえられて収納されている。水玉模様のカーテンで閉め切られて、窓の外の景色は分からない。スリッパがベッド付近に一つ、整って置かれている。モフモフしたスリッパだ。しかし、寝室には全体的にふんわりとしたピンクのカーペットが引かれているため、スリッパは正直必要なのでしょうけど。その部屋の雰囲気は表すまでもなく、誰が見ても女子の寝室だと答えるだろう。少女漫画のヒロインキャラにおける王道イメージの一つではあるが、青峰小鳥は全くそんなことを考えてはいなかった。素直にこのレイアウトにしたのだ。
青峰小鳥はインターホンの音に気づいてベッドから飛び起き、スリッパを履いて急いで玄関へ。扉を開いて第一声は謝罪だった。
「ごめんなさい、集中していたも―――」
「あ~そ~ぼっ!」
その人物は青峰小鳥の謝罪に声を被らせた。いいえ、被ってしまっただけです。
オールを背負って全身ビショビショの姿で立っている一人の女子高生。明らかに兎姫だった。不自然なほど良い笑顔で立っていた。直樹などの空気型人間がこの姿を見たらまず最初に、『絶対こいつに近寄らないほうが良い』と非難の目を向けたのち、避難するだろう。しかし、この完全純潔純粋娘はその姿をありのまま鵜呑みにしてしまう。青峰は今、『怖くないし、むしろ優しそうだから安心』などと生半可な考えをしていることだろう。そして簡単に扉を開けてしまった。
「救世部部長さんですね。こんな嵐の中、ここまで来てくれるなんて…私、どうお礼すればいいのでしょうか。」
青峰小鳥のその言葉と同時に旋風が玄関に吹き乱れた。青峰小鳥の長い髪が綺麗に流れていて、その姿がまるで神風吹き抜ける神々たちの姿のように神々しい。一瞬だけボーッとしていた兎姫。すぐさま我に戻り、
「青峰、今から『ターミナル』へ行くぞ。」
「…?ターミナル?」
兎姫は問答無用で青峰小鳥を連れ出そうと腕を掴むが、青峰小鳥は訳が分からず留まった。それと同時に、家の奥から一人の人間が走って出てきた。身長の高い、黒い髪の毛が本日の悪天候のように荒れまくっている男性だ。上はジャケット姿、下はジーンズを履いている。どこからどう見ても大人でした。それは青峰小鳥が依頼に来た日、兎姫を殺そうとやってきた『ノトス』組織員の一人でした。でしたが、青峰小鳥の神々しさに目が眩んだのか、急に仲間となったのだ。俗に言う裏切り行為というやつに当たる。この男は八宮隆之介という。しかし、なぜその彼が青峰小鳥の家にいるのか。
「ストーカーってやつだろ?」
「違う!俺は天使を守る神官なのだ!決してストーカーではない!」
「いつからロリコン信教者に堕ち魄れ(おちぶれ)たんだよ、変態紳士。」
「断ったんですけど…どうしてもっていうから…。」
青峰は困った顔で兎姫に説明する。その顔には明らかに、『この男をどうにかして欲しい』とハッキリと書かれている、いや描かれている。
兎姫はとりあえず、オールを背中から引き抜く。そしてすぐさま青峰の背後に立つストーカーに向けた。
「はい、見ての通り…困ってまーす。ここで問題で~す。今から数十秒後、あなたはどーなってしまうのでしょ~か?1番、私刑を受ける。2番、私刑執行。3番、(σ;*Д*)σ死刑!さ、どーれだ?」
「どれもおんなじだろうが!」
そう言おうと口を開いた隆之介は兎姫の宣言通り、私刑されてしまいました。どうやって私刑が執行されたかは割愛させていただきます。どーせ何されたか想像がつくでしょうから。
兎姫は使い終わったオールを背中に差し直した。
「さて…本題に移るとするか。」
青峰小鳥はやや動揺していた。兎姫が容赦なく人を殴るのを見たのは、知ったのは今が最初ですから。隆之介さんは頬を赤く染めて後ろの固定電話が置かれている机に激突して完全にイってしまっていた、逝ってしまっていたw。
「あの…大丈夫なんでしょうか?」
「心配すんな、青峰。あいつは単なるヤリ○○ヤローだからよ。」
すいません、下ネタが過ぎました。兎姫に後々注意しておきます。
青峰小鳥には兎姫の言ったその意味が理解できず、首を傾げていました。それで良いのです、それが正解なのだから。
「えっと、そのヤリ○○って?」
訊くんじゃないよ、バカ。汚染されても知らないぞ。
「だからな、それはよぉ―――」
そもそも、そこの話題を早く終わらせろ、話が続かないだろ。
兎姫は青峰小鳥を引き連れてバスに乗っていた。雨の日の…特に今日のような悪天候の日にはバスは全く混雑しない。兎姫と青峰はバスの最後部に座っているが、前方にいる人間は運転手くらいだろう。必死にバンパーでフロントガラスの雨を弾きながら運転しているのが見える。誰もいない静かな空間です。
兎姫は座る際には背中のオールを取り外す。でなければ座れないので(じゃあ、なぜそこまでして持ってくるんだ、お前?)。青峰小鳥の方はと言うと…なぜか真っ赤な顔で泣きそうになっている。これには兎姫が関しているのだが、やや放送禁止用語が連発してしまうのでショートカットさせていただきます。要するに、先ほど青峰小鳥が兎姫の下ネタについて訊いてしまった故に起こった悲劇だ。そしてこのように落ち込み気味になってしまったのである。全く女子生徒とは思えない女子生徒だよ、兎姫は。
「あぁ?何か言ったか、ん?」
眼光鋭い兎姫が何かを睨みつけてドスの効いた声でそう言った。青峰小鳥はそんな兎姫に怯えて泣きそうになる。
「あ、ごめんな、青峰。こっちの話でお前には関係ねぇよ。」
「え、そ、そうなの…?」
「ああ…ところでお前、『ターミナル』って何か知ってるか?」
兎姫の質問に首を横に振る青峰。
兎姫は説明する。
「『ターミナル』は…端末って意味があるんだが(例解新国語辞典第7版682P『terminal』参照)…ここは、あぁ…『ターミナル』は会社名だ。そこは基本的にPCとかタブレットとか…文字通りの端末系企画・製造会社といったとこだ。結構な大企業でな、儲かってるそーだ。」
「そこに行くの?」
「あぁ…お前、まだ分からないか?」
青峰小鳥は分かっていない。
「…ま、そのうち分かるだろーよ。」
兎姫はニヤリと口角を上げた。
バスは『ターミナル』に到着した。兎姫と青峰は雨に濡れないように慌ててバスから屋根下まで駆け抜ける。目の前には50階建てぐらいはあるのではないかというビルが立ち並ぶ。高層ビル群が雑草のようにいくつも建てられているガチ都会だった。ちなみにバスで1時間してやって来ました。未だに雨は止まず、風は強さを増していくばかり。隙間のない灰色に染まった雲がいつまでも空を覆い尽くして光をシャットアウトしています。しかし、やはり都会だからでしょうか。こんな暴風雨の中でも人々が行き交っています。傘を必死で押さえ、デタラメに方向を変える風に悪戦苦闘しています。中には傘が逆さになっている人や、もう諦めて傘を差さない人間もいました。
「全く…これだから暴風雨ってーのは、どーしよーもねぇ構ってちゃんだな。」
「うん…。」
「さ、さみぃから中に入るか。」
兎姫と青峰はごく普通にそのビルの中へと入っていった。
「そしたら、なぜそーこうなるの!!!」
青峰小鳥はの声は風にかき消されてあまり聞こえなかった。暴風雨が髪を一方方向に流していた。
青峰小鳥がいるのはビル屋上。高いので風が地上よりも強く吹き抜け、気を抜いたら倒れてしまいそうなほどだった。しかし、それよりも倒れそうな場所に青峰は立っている。ビルの縁部分に当たる地点。少しでも前へと足を踏み出せば真っ逆さまに落ちていく、そんな危険な地点だった。暴風雨が吹き抜けて余計危ない。一体、なぜこんなところにいるのか。
「さぁ、答えを訊こうか?!お前の答えをよぉ!」
兎姫はそう叫んだ。
数十分前に遡る。兎姫と青峰はビルの中へと入っていった頃のこと。
ビルの中、1階は広い空間になっていた。中央天井部は3階辺りまで伸びていて、2・3階から1階のロビーが見下せるような作りになっている。1階ロビーは石英でできた高そうな石床がピカピカに磨き上げられ、それは高級感漂うホテルのロビーのようだった。それぐらい素晴らしく磨き上げられ、(予想が付くだろう)地面に景色が反射して映っている。ロビーにはソファーがいくつか置かれて、待ち時間を満喫できるようにと大画面のテレビと多種多様な本が置かれた本棚が複数設置されている。今日は雨の日だからロビーにはあまり人の姿がなかった。
「うわぁ~、すごいね~。」
青峰小鳥は単なる広いラウンジを見て感嘆の声を上げた。
「さ、寄り道しねぇでいくぞ。」
兎姫は遠慮なしにドンドン進む。青峰小鳥も付いていく。その時、一人の業務員に見つかって止められてしまった。
「君たち。学生が二人で、しかもこんなところに何をしに来たの?」
青いスーツ姿のスリムな男性従業員がそう訊いた。兎姫はこれといった理由がないので、即興で適当に、
「トイレ借りに来ただけだよ、おじさん。もしかして、興味でもあるの?」
と、やや挑発して言った。青スーツの従業員は渋い顔付きになった。
「いや、その…それなら良いんです。トイレは東側の方にあります。」
そう説明をして、青スーツの従業員はクールを装いながらどこへと去っていった。
「ふん、所詮はこの程度か。」
兎姫は青スーツの背中を見送りながら、白紙の紙を見続けるような表情で、鼻で笑う。
兎姫と青峰はトイレへ…と見せかけのエレベーターへ。エレベーターは28階で止まっている。ボタンを押してからしばらくは待ちそうだ。兎姫はエレベーター付近の壁に寄りかかり、青峰小鳥はエントランスの壮大さに見惚れていた。近頃では珍しいタイプ、『建物ガール』というものだろうか。すいません、そんな言葉はありません、造語です。
兎姫はエレベーターを待つ間、青峰小鳥がまるで、クリスマスの時に父が子に『好きな物を買って良いよ』と言われてプレゼントを何にしようかと迷い彷徨い(さまよい)巡り巡っている幸せな悩みの持ち主のような表情をしているのに、異様さを感じてつい訊きたくなって口を開いた。
「お前…何が面白いんだ?」
「…え?それはですね、この『ターミナル』の景色です!見て、この広さと美しさ!中央部は柱一本もないのでスッキリとしています!出入り口は重厚感満載の巨大な自動ドア。センサーが人を察知するたび、スムーズに…そう、それはまるでマイケルジャクソンのムーンウォークのように、自動的に開きます!そして何より、シンメトリーを追求した内装ですね!左右を鏡の反射のように完全に酷似させています!今まで見てきた建造物のベスト10には確実にランクインです!ありがとうございます、こんな素晴らしい世界に連れてきてくれて!」
青峰小鳥はショップ番組の紹介人さながらの演説?らしい説明をして建物へのリスペクトを現わにします、ついでに兎姫も。その自愛深き寛大なる女神の微笑みが兎姫の心へ緑の神風を吹かせます。兎姫はしばらく、圧巻な光景を目の当たりにしているかのような、驚きと、呆然の彼方へと旅に出かけました。
「…あの?大丈夫ですか?」
青峰小鳥のフラグ回収文が耳を通過し、兎姫の固まって動かなくなった脳内を刺激し、再起動させます。
「お…すまんすまん、つい見とれちまっただけだ。」
「ですよね!分かってくれる人がいるなんて、今日は何て日なんだろう!」
すいません、青峰さん。勘違いです。兎姫が見とれたのはあなた、あなたが見とれたのは建物です。
しかし、青峰小鳥は気づかない。←これって何か題名みたいじゃね?マジ題名みたいじゃね?ジェイオージェイオーの数奇な旅みたいなやつじゃね?※アニメネタです、知らない人は『奇妙な冒険』をチェック!
「お前…それ分かってて純粋ぶってるって訳か?」
兎姫がやや嫌悪そうな顔をして青峰小鳥を見る。青峰小鳥は当然何の事か理解してないので首を傾げる。この話は噛み合っていないから当然のこと。
「純粋ぶるって?何でその話に…あ、そういう事ですか!分かります、素晴らしい型をしてますもんね。」
青峰小鳥、建物の話にリバース。兎姫、青峰の話が噛み合わない。そんな自分に気づけていない。
その時だった。兎姫と青峰小鳥のちょうど真ん中辺りからチャイムのような電子音が響いた。二人はその方角へと振り向く。ちょうどエレベーターが1階に着いた頃だった。
「さぁ、行きましょう、兎姫さん!」
青峰小鳥が元気に女神の笑顔でそう言った。普通ならこの場合、兎姫は呆然と見つめていしまうが、今回の兎姫は少し違っていた。話の噛み合わない結果、兎姫は青峰小鳥が純粋ではなく狡猾なやつだと見てしまっていた。なので、兎姫は黙ったまんまエレベーターへと乗る。青峰小鳥はその後を続いて乗った。エレベーターは最上階へと向けて動き出し、扉が締め切られた。密室空間の中、ごく普通のいつもどおり純粋な小鳥さんと、勘違い中のウサちゃんが二人、黙って乗っている。兎姫は勝手に気まづくなっているが、別に気まづい雰囲気ではない。
「お前…さっき、エレベーターが来る前、ずっと何の話ししてたか分かってる?」
兎姫は気まづい雰囲気をどうにかしようと渋々小声で呟いた。
「…建物の話、じゃないんですか?」
その瞬間、空気が硬直した。まるで時間を止めたような、まるで写真の中のような、そんな世界が密室の中で展開した。二人共、ピクリとも動かない。エレベーターのローラーに巻かれる音だけが聞こえ、そして兎姫が何かハッキリしたのか、急に目を見開いて驚く。その数秒後、兎姫は大笑いする。はい、もう分かったでしょう、兎姫も、読者も。
「勘違いってもんか?」
「勘違い?」
「いや、お前には関係ねぇことだよ。」
結局、青峰小鳥は青峰小鳥だってことか…。
スッキリした兎姫はホッとした感じで壁に寄りかかって黙り込んだ。そんな兎姫を見て、訳が分からずに首を傾げる青峰小鳥。それで良いのです、それで。
エレベーターは最上階へと到着する。重々しいエレベーターの扉が開き、二人は密室空間から脱出する。最上階でまず見えたのは一枚の扉だった。エレベーターの目の前にその扉は設置されている。その扉は木材で出来ていていかにも偉そうな人物が中でリクライニングチェアに座りながらふんぞり返っているような、そんな扉でした(いや、どんな扉だよ、それ)。
その扉から左右に廊下が長く続いている。その廊下の左右には扉がいくつもあることから部屋がいくつもに分割されているのが分かる。ここ、最上階は恐らく重要な会議や企画などの重大な事に対しての場なのだろう。それだからか、廊下には誰の姿もない。静かで何も音のしない廊下が不気味だった。
「あの…結局の所、何をしに来たのですか?それが分からないままではどうしようもないのです。」
青峰小鳥が誰もいない廊下で静かに呟く。静まり返っているためか、まるで耳元で話されているかのようなくっきりした声として聞こえた。
「…父との仲を直しに来たんだよ。」
兎姫は簡単にそう呟いた。青峰小鳥は驚いて目を見開く。
「それならそうと、何でもっと早くに説明してくれなかったんですか!」
「そうつべこべ言わずに行くぞ!」
兎姫は青峰小鳥を引っ張って廊下を駆けていく。青峰は兎姫のペースに合わず、時折コケそうになっていた。それでも必死に付いていく。こうして二人は屋上へと出てきた。
ロックを解除し、重々しい鉄扉を兎姫は押し開ける。その瞬間、鉄扉の隙間から暴風が吹き荒れ、兎姫と青峰を押し返した。兎姫はあまりの破壊力に一度、扉を閉じる。
「屋上だからな、とーぜんってもんか。」
「屋上?!でも、そんなところ行って―――」
「んなもんはどーでも良いんだよ、とっとと行くぞ!」
兎姫は風圧でさらに重くなった鉄扉を何とか押し開ける。同時に暴風雨が顔に打ち付けてきたが、気にせず屋上へと突入した。
空模様がますます怪しく暗くなってきている。雨と風は一向に止まない、どころか、強さを増すばかり。この前記の言葉をもう何回吐いたのか分からないぐらい、すごい風だということを分かっていただきたい。
兎姫は青峰小鳥を連れて見晴らしの良い屋上の高台に登った。そこからの景色は絶景、とはとても言い難い景色。人工物の森が出来ていた。すぐそば、目の前にはこのビルより少し低めのビルが立ち並んでいた。
「?…ここで何を?」
「青峰、お前の携帯を俺に貸せ。」
「え、何―――」
「何でもクソもあるか、良いからよこせ!」
強引、且つ強奪的行為で、兎姫は青峰小鳥を脅し携帯を奪う。兎姫の心内では、『悪く思うな、これも仕事の一環だ』などと勝手な理屈で一人で処理しきっているのだろう。
兎姫は青峰小鳥の携帯を父と繋げる。青峰小鳥はその様子を心配そうに見守っていた。
風の音が強すぎて携帯の発信音が聞こえないが、とりあえず電話は繋がったようだ。この時間帯になると、恐らく青峰小鳥の父親はまだ仕事中だろう。
「あーっとぉー、もしもし~。」
兎姫は風に負けじと大声で怠惰そうに呟く。
『?…ノイズが強くて良く分からないが、小鳥じゃないな。』
スピーカーを利用しているため、青峰小鳥にまで声が聞こえた。父の声が風に妨害されて兎姫の耳には聞こえてないが、兎姫はとりあえず作戦実行をする。
「はーい、説明入れまーす。まずは東の方角にあるビルの屋上をチェックしてくださーい。」
兎姫は大声で嘲笑時の口調のように叫んだ。今度は風に負けずに届いた。
電話越しの父は恐らく今頃、会社の窓から隣のビルの屋上を確認していることだろう。そして気づくはずだ。隣のビル屋上部に兎姫が自分の娘を人質にとっている姿が。
兎姫は青峰小鳥の背後でオールを持ち、構えた態勢のまま。何をしているのか分からない青峰小鳥がソワソワと辺りを、兎姫を見る。逆にそれが、この演技のリアリティを増させている。
『君は一体、そこで何をしている?私の娘の前で何をしている?』
父は至って冷静口調で呟く。
「お前の答えを聞きてぇと思ってな~。今から俺はここにいる青峰小鳥に何かをしまーす。あんたは、それを見過ごせるか?」
兎姫は青峰小鳥の首筋にオールを構える。青峰小鳥は驚いてそこから硬直したように動かなくなった。
『まぁ、落ち着くんだ。君は間違っている。』
「そーかよ、知ったこったぁ、んなもんはな。あんたに今からここへ来てもらう。制限時間は5分といったところか。さ、始めー。」
『できればここから動きたくはない。私は忙しいのでな。仮にもし、君が私の娘を落とすようなことがあれば、君は警察に連行されてThe end。そうはなりたくないだろう?』
「さっきから何言ってやがる?お前、自分の娘の命が心配じゃねぇのか?」
『そのセリフを吐いた時点で、君が小鳥を落とさないことは目に見えている。心配する方が時間の無駄使いとは思わんかね?』
兎姫の眉間にシワが寄る。ちょっとばかし頭に来ているようだ。他人事ではあるが、兎姫はどうしても青峰小鳥を救ってやりたかった。仕事としてではなく、単に仲間として。
「時間の無駄使い?家族より仕事優先派ってわけか?じゃあ、今から青峰小鳥を突き落とした場合、お前は嘆き悲しむつもりも無い、という訳で良いんだな?」
『先程からそのように言っているだろう。何度説明すれば分かるのだ、君は?青峰小鳥はそもそも、生まれてきてはいけない人間だったのだよ。』
兎姫は頭にきすぎて言葉が出なくなる。父はさらに続けて言った。
『私のプロジェクトを完遂させるためには犠牲者が出るのだが、その咎を負ってくれる人間、それが青峰小鳥。あの子には可愛そうだが、利用価値としてしか生きている意味がない。ま、ただ自分の子供の方が都合が良かったのだよ、誘拐せずにプロジェクト完遂を安全に行えるのでな。だが、君が殺したければ、そうすると良い。いや、そうすると思っているのだから、このことを君に伝えているのだがね。どうせ君は警察に捕まるのだから。そうだ、そこの青峰小鳥に伝えておくと良い。君はもういらな―――』
ブチッ!
兎姫は最後の言葉を言わせる前に携帯の電源を切った。ややキレ気味で兎姫は青峰小鳥へと振り向く。青峰小鳥は…高台の下辺りにいる。屋上に溜まっている数ミリの浅い湖の上、ズボンが濡れるのもお構いなしに蹲り(うずくまり)、顔を膝と膝の間に入れて泣いている。顔は見えてないけど、泣いているのはだいたい予想がつく。それに、微かに肩が揺れていた。相当なショックだろう。実の父から衝撃の新事実を突きつけられたのだから。『君は生きている価値がない』と。
兎姫は高台を降り、青峰小鳥に近寄ってとりあえず、
「携帯…ありがとな。」
そう言って携帯を渡す。空気読め。
青峰はずっと黙ったまま蹲っているだけで、兎姫の言葉なんて耳に入っていないようだった。兎姫は困ったようにどこか明後日の方向を見て、黒い雲が空を覆い始めていることに気づく。先程までの曇天の空模様とは一転して、今度の雲は幕雷を伴う厄介な代物だった。ちなみに幕雷とは、簡単に説明すると、雲の内部で発生する雷。黒い雷雲を雷光で染め上げる様子が、幕のように『全体的を覆う』感じだからなのだろう(これは私独自の解釈です。詳しくはWikipediaで)。あと、風はまだ止まず、嵐のような暴風が吹き抜けていて体に染みる寒さだった。
そんな中で青峰を一人にすべきではない。兎姫はそう考えて、青峰小鳥をどうにか動かそうとはするものの、手出しできない状況だった。
「お前が今、俺の言葉を聞いてくれているのなら、それはそれで良い。俺は単に独り言が好きなもんでな。今から言うことは単なる俺の独り言だ。」
兎姫は前置きとしてそう呟く、明後日の方向を見つめながら。
「さっき、俺は父親の死の真相を聞いた。今までずっと、父さんは自己死していたかと思っていたんだが、それは違かった。真相は…殺されたんだ、とある組織によって。」
ここらへんで、青峰の顔が上がった。涙でボロボロの顔を上げて兎姫の背中を見つめる。兎姫は明後日の方角を見ているため、そのことには気づいていなかった。
「父さんは…利用されてたんだ、仲間じゃなく道具として。そして俺らの家系を撲滅する作戦の一員になってしまった、ならざるを得なかった。自らの手で家族の息の根を止める、そんなことが出来る訳もなく、父さんは自殺した。俺がまだ幼稚だった頃の事だった。」
兎姫の話し方にはどことなく慈悲深いものがあった。
青峰はそんな兎姫の姿を見て、涙が更に止まらなくなった。でも、必死で口を開けて何かを言おうとしている。しかし、どうしても声がでなかった。パクパクと口だけ動かして金魚のようになってしまっている。
「お前はまだ…戻れるじゃねぇか。いや、まだ始まってもねぇか。…今ならまだ間に合うぜ。まだ、手の届くすぐそばにいる。追いつける距離にいる。お前の声はまだ届く…。お前の父は本当にお前を道具扱いしてるのか?俺にはそうは見えなかった、ちげぇな、そうは聞こえなかった。俺のように後悔するぐらいだったら、全て吐き出せよ、苦しみも怒りも悲しみも全て。それでも無理だったら、俺のとこにでも来いよ、いつでも歓迎すっからよ。お前は…一人じゃねぇんだからさ。」
兎姫は独り言としてそう呟くが、まるで独り言には聞こえない。どう聞いても訴えかけているようにしか聞こえない。だが、その訴えかけは通じたようだ。青峰小鳥の表情が少しだけ、少しだけ緩んだように見える。
しばらく間が空き、それから兎姫は一言、
「ねぇ、今の俺スゲェーカッコ良くねぇ!」
台無し。
兎姫は残念ながら空気の読めない子でして…ムードブレイカーなところは許してやってください。
青峰小鳥さん…笑う姿も泣く姿も、最高ですっ!!!!!
注:青峰小鳥さんの神々しさが招いた事態です。星野夜は青峰に惚れてしまっています。うわぁ、こいつマジ痛い。
そう、青峰小鳥を表現するならば、それは大地の神ガイア!美しく可憐で慈愛深く、そして何より美しい(二度張り)!立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花(※1)!
※1:芍薬も牡丹も共に美しい花で、百合は清楚な花であることから、美人の姿や振る舞いを花に見立てて形容することば。
芍薬はすらりと伸びた茎の先端に華麗な花を咲かせ、牡丹は枝分かれした横向きの枝に花をつける。百合は風を受けて揺れるさまが美しい。
これらのことから、芍薬は立った見るのが一番美しく、牡丹は座って見るのが一番美しく、百合は歩きながら見るのが一番美しいという説がある。
また、芍薬はまるで美しい女性が立っている姿のよう、牡丹は美しい女性が座っているよう、百合は美しい女性が歩く姿のようだなど、諸説ある。
単に「立てば芍薬座れば牡丹」とも、「立てば芍薬居すりゃ牡丹歩く姿は百合の花」ともいう。
(ことわざ辞典より抽)
直樹「…いいセンスしてるぞ、夜。」
星野夜「お、久々のご登場(前書きで)。」
兎姫「お前らキモいぞ(優しい声)。」
星野夜・直樹「それでも構わない!」
海美「あはは…あははは、はは…(実は私も…青峰さん好きなんですけど…言えないです、そんなこと。だって何か同性愛者だなんて思われたくないもん)。」
兎姫「ドン引きしてんだろ、海美が。」
直樹「お前!見とれてただろーが、青峰によぉ!」
海美「えっええ、え?あの、それは、その…。」
星野夜「ほら見ろ、戸惑ってやがる!やっぱりそーなんだろ?何か言ってみたらどーなんだ、ん?」
海美「え、えっと。えあ…あの、それは…。」
直樹「結局だんまりかよ。これだから女ってのは意気地なしなんだ!そうでしょ、夜君。」
星野夜「そーですね、直樹さん。まったく、最近の若いこと言ったら、どいつもこいつも使えないやからばかり蔓延って…せっかく五体満足なのにもったいないぜ。」
海美「うっうぅぅ…(泣き)。」
星野夜・直樹「え?」
兎姫「お前らな…ちょっとは気遣ってやれよ、バカコンビ。」
海美「うわぁぁぁぁぁん!」
ガラガラガシャン!(海美が部屋から飛び出ていった音)
星野夜・直樹「あ、あのー…。」
兎姫「はい、私刑。」
星野夜「ままままま待て待て待て!」
直樹「俺ら謝りに行くからそれで―――」
兎姫「罰ゲーム!」
星野夜・直樹「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――」
青峰小鳥「あの、何かすいません…。」