20話目『FAREWELL。』
皆さん、「フィリ」の話、覚えていますか?
確か、6話目『兎、時に自傷し他傷する。故に切ない物語。』の後書きに5話目の話が書かれていたと思います。
彼女、フィリはあの後、小屋から外へと出ていき、無事に助かったようです。
それを言いたいだけですよ、本文をどうぞ。
志島第一病院から帰ってきた兎姫とフロル。そして顧問の氷見。三人は救世部室内で黙り込んでいた。兎姫は相変わらずいつも通りのソファーの上。フロルは大人しく椅子に座る。氷見は壁際にあるクッション性のある椅子に座っていた。
「なぁ…フロル。」
兎姫が漫画を読みながら言った。
「何?」
「お前…妹…見つかったって言ったよな。」
「そうなんだよ!本当に心配したんだから~!山奥で彷徨っていたらしいんだ。それがさ、何かおかしくて…。吸血鬼が何とかーって言ってたけど…。」
「吸血鬼?馬鹿じゃねぇの?」
兎姫は呆れたという表情でそう言った。フロルはそれも一理あると言って半分だけ認めた。
「…じゃあ、お前…これからどうすんだ?」
急に真面目な質問をされ、フロルは戸惑ったが、すぐに答えを出した。
「…約束通り…僕は今日をもって救世部を辞めるよ…。短い期間だった…けど、面白かった。兎姫にも、海美にも、直樹にも、響にも…そして氷見先生にも…色んな事を学んだ気がしたよ。…って何か真面目な事言って僕らしくないな…。」
フロルは愛想笑いらしい笑みを浮かべる。
「んなもん、どうだって良いんだよ。お前の口から出た言葉だ。それはお前のもんだろ?らしくなんかねぇよ。俺らが知ってるお前だ。…フロル、お前…この部活が役に立つって思うか?」
フロルはそれを聞き、笑顔で首を横に振った。
「そうか…らしいじゃねぇか。じゃあな、フロル。…面白かったぜ。」
「うん…こちらこそ。」
フロルは少し涙目になっていたけれど、兎姫に見られたくないと隠し、そのまま無言で部室を飛び出ていった。部室内は兎姫と氷見の二人になり、静かな時間が流れていった。
この日の放課後、救世部に黒服を着た、いかにも自分はしっかりしていると言わんばかりの雰囲気を漂わす一人の男性がやって来た。救世部には兎姫、海美の二人だけしかいない。
「少しばかり失礼するよ。君たちが直樹の関係者ですよね?」
兎姫は寝転がっていた姿勢を起こし、真面目顔になった。
「お宅は一体何者ですか?俺らに何を依頼しに来たわけ?」
「私は検事人です。直樹さんの関係者ということで、お二人方に証言台に立って欲しいという話です。」
それを聞いた二人はお互いの顔を見合った。
「…兎姫さん…。」
「分かってらぁ…俺達は救世部。頼み事は何だって引き受けるのがモットーって奴だからな。検事さん、了承した。ところでいつ?」
「今だ。」
「「え?」」
二人は検事に連れられて裁判所へと連行された。救世部は誰もいなくなり、今日の部活は中止となった。
座席の郡が後方を埋め尽くし、前方には左右と前に机が配置されている。右側の机に四人が座っている。一人は直樹。この裁判では被疑者となっている。そして関係者として呼ばれた兎姫と海美。そして直樹の弁護人。黒服を着ていて髪がキッチリとした七三分けの男だ。堂々とした態度で足を机の上に乗せていた。マナーのなっていない男。
「おいおい…兎姫、あんな男が弁護できんのか?」
直樹は兎姫の耳元で囁いた。
「知らねぇよ、俺が呼んだわけじゃねぇんだし。」
その時、奥の扉が開き、数人の黒服を来た人物が入室してきた。彼らは前方の一、二段高い机に座った。そして一番高い席に座る裁判官が裁判を開始した。
「被疑者、証言台に立ってください。」
直樹は裁判官の指示に従い、証言台に立った。緊張で顔が引きつっている直樹。冷や汗がすごい。
そんな直樹を見て、さっきまで偉そうに座っていた弁護人が動き出した。
「直樹さん、あなたは殺人容疑で捕まりました。それは事実ですか?」
直樹は首を振って否定した。
「そうですよね、あの時、あなたは引き金を引いていないんですから。もし、彼が撃ったとしての話ですが、死体の銃痕は下から上へと貫かれているはずですねぇ。なぜならば!彼の身長と死者の身長には差がありましたから。だがしかぁ~し!死体の銃痕は直線系。つまり同じ身長でないとつくはずのない銃痕なのですよ。ここまで言えばもう明白ですよねぇー。この方、直樹さんが銃を放った確たる証拠なんてものは存在し得ないと!彼の構えた銃は真の容疑者とはまったく違った意思を持っていました。仲間を守るため、自分が疑われたってどうだって良いと、彼は自分のプライドを切り捨てて銃を構えたのです!こんなに心が広く、そして仲間思いな人間を見たことがあるでしょうか?彼はまったくの白に違いありません。いや、そうでしょう。私はそう願いたい。彼の中に眠るものが正義だと。以上です!」
早口でそれを言い放ち、男はそのまま元の席に偉そうに座った。
「検事人、異論はありませんか?」
裁判官の言葉に、一人の検事が手を上げて言った。
「直樹さん、あなたは撃っていない、そう確実に言い切れますか?」
「それはもう確実に…。」
「実は、被害者の服に付いていた血痕を検査に出させていただきました。結果は死者の血液と一致。これは死者と被害者は同じ場所にいた証拠になります。そう考えますと、死者と被害者は同じ仲間になるわけです。じゃなければ返り血なんて付きません。直樹さんが銃を構えていた相手、つまり被害者Aさんが仮に容疑者だと考えたとして、あなたが銃を持つ機会はないでしょう。あなたが銃を持っていたならば辻褄は合うのです。あなたは死者を一人出し、そしてもう一人を瀕死状態にさせ、さらにもう一人、何かしようと企んでいた。違いますか?」
「違う!俺は絶対に人なんか殺さねぇ!」
直樹は大声で否定した。
「被疑者、落ち着きなさい。検事人、今の証言の確たる証拠はあるのですか?」
「もちろん、ありますよ。被害者の左肩から手術で取り出した弾丸と被疑者の持っていた銃を使い、調べた結果…弾丸の指紋と銃口の型が一致しました。これは確実な証拠です。」
「異議あり!」
突如、弁護人が立ち上がり、直樹の前、裁判官の席を向いて立った。
「確かに一致したならば、それは証拠になりますねぇ。その銃から放たれた弾丸だと。しかし、一つだけ忘れてはいけないことがあります。それは被疑者が本当にそれを所持していたのか…。直樹さん、あなたはあの銃をどういう経歴で手にしましたか?」
「…死者の持っていた銃を使った。だけど、そうしなければ…俺も、俺の仲間も…死んでいたはずだった。」
直樹は証言台の机を見つめながら小声で呟いた。
「聞きましたか!彼はやはり、いや…最初から善良な正義だったのですよ。ここで一つ、見ていただきたいものがあります。」
弁護人は自分の席へと戻り、一枚の資料を見せつけた。
「これは指紋認証による結果です。被疑者直樹さんの持っていた銃には直樹さん以外にもう一つ、別の指紋があったのですよ。それこそ、死者の指紋!つまり、直樹さんが被害者を撃った、それは確実な証拠ではないのです!それに何より、さきほど言った通りに高さが違いますから。そして銃で撃たれた他の部位の銃弾、こちらは直樹さんの持っていた銃とは一致しません。つまり、死者及び被害者を撃った真の犯人こそ、直樹さんが銃を向けていた相手なのです!そして死者もまた、同伴でしょう。被害者を打ち抜いた銃弾の指紋が一致したのは死者が以前に撃ったからですよ!直樹さんは無実の罪で捕まったのです。目の前に真の犯人がいながら、警察は直樹さんを捕まえたのです!こんなこと、世の中に広まったらどうでしょう?国民全員がパニックするでしょうねー。人殺しが未だに野放しなのだから。以上です。」
弁護人は人差し指で髪を整え、自分の席に戻った。
夜がやって来た。校内にはほとんど生徒は残っておらず、いるとするなら運動部員か…救世部の彼らだろう。救世部室内では兎姫、海美…そして直樹がいた。兎姫はソファーに寝転がって漫画を読み、海美はその近くの椅子に座って静かに読書、直樹は机に突っ伏し寝ている。静かで気まずい空気が辺りに立ち込める中、部室の扉が開いた。
「すいません…ちょっと良いですか?」
慎重に一人の女子生徒が依頼しにやってきた、夜だというのに。その人物は以前にも妹を慰めて欲しいと依頼しに来ていた。名前は楓。
海美は依頼者の楓を座らせた。海美はその前に座る。
「楓さん。お久しぶりですね。妹さんのご様子はどうですか?」
楓はその言葉を聞いて、急に暗くなった。
「その…あの後、雪(楓の妹)とは打ち解けたんですが…。今日、雪が変なことを言い出して…。」
「変なこと?」
海美は不思議そうに感じている。兎姫も少し気になったのか、漫画を閉じて目線だけ楓に向けた。直樹も突っ伏しながらも腕と机の間から見ていた。
「そうなんです。急に私にこう言ったんです。」
『あの…ごめんなさい。今まで嘘を吐いていたの。私、妹じゃないの。』
「だって…。」
楓はそう説明するとその後は黙り込んでしまった。
海美は良く理解できていない様子。つまり、楓と雪は血の繋がっていない姉妹。雪は義理の妹ということになる。
「そう言えば…フロルの奴、ずっと行方不明だった妹を見つけたって喜んでいたな。皮肉ってやつだ。」
「…雪…どっか行っちゃったの。…今度は私の妹が行方不明…。運命なのかな。」
楓の言葉を聞き、兎姫はソファーから飛び上がり、壁に立てかけていたくすんだ色のオールを手に持った。
「兎姫さん、どこへ行くんですか?」
「楓…オメェの依頼、引き受けた。報酬はいらねぇ。こんな依頼、もらって良いもんじゃねぇだろ。これは相互関係が関わってんだからな。」
海美、楓、直樹の三人は兎姫の言った言葉の意味が良く理解できていない。
「兎姫さん…もしかして心当たりが―――」
「ああ、お前らは来るな。楓、お前だけ来い。俺が妹のとこへ連れてってやる。」
訳が分からず、楓は兎姫の後を追って部室を出て行った。海美と直樹は部室の中で留守番となった。
空は真っ暗になり、晴れ渡っている空には星が煌いていた。
兎姫は楓を連れてとある一軒家にやって来ていた。扉のブザーを押し、しばらく待っている。扉が開き、中から身長の低い男子が出てきた。
「はーい…って兎姫?!な、何で?!」
その男子はフロル!つまりフロルの家だ。
「氷見ちゃんに個人情報を押してもらったー(笑)。フロル、オメェ…行くんだよな?」
フロルは小さく頷いた。付いて来た楓には何の話だか理解できない。
「…フロル…二度と会えないと思った、俺は。だから…最後に一つ、俺らしく依頼を達成しに来たんだ。楓、ついて来な。」
兎姫はフロルの了承なしに勝手に家に上がった。フロルが少し慌てふためいているが、気にせず進む。階段を上がって二階へ。楓は申し訳なさそうにフロルの真横を通って玄関に入った。
「…あの、フロルさん。何か…すいません。」
「いえいえ、気にしないでよ。兎姫はいつもあんなだしね。兎姫!何するか言ってから入っていよぉ!」
フロルは兎姫を追って階段を上がっていった。
兎姫は二階のとある部屋の扉を開き、何の躊躇もなく入室した。そこは寝室だった。ベッドの上に一人の女の子が座っていた。それは兎姫が以前にも出会ったことのある人物だった。
「やっぱりな…嫌な勘が当たっちまったか…。」
「兎姫?何で?」
「よぉ、雪…いや、雪ってのは仮名だったか?楓!こっちだ!」
兎姫が楓を呼んだ。楓は兎姫のいる寝室の中に入り、そして驚愕した。目の前に妹の雪がいたからだ。
「雪!何で、こんなところに…。」
雪は楓を見るなり、目線を背けて黙り込んだ。
「フロル、まさか…オメェの妹が楓の妹だったとはなー。」
「んな馬鹿な!」
いつの間にかフロルが兎姫の後ろにいた。
「何で楓の妹が僕の妹なんだ?!」
「そういやぁー、フロルは俺と一緒に雪に会いに来たが…顔見てなかったんだよな?…運命ってもんは奇怪なもんだな。フロル、お前が妹と別れてしまった日、妹は楓に救われたようだな。でも、フロルとすぐには出会えなかった。…だが、待てよ。楓、お前は雪のことを実の妹だと思っていたんだよな?」
楓は頷いた。
「となると…楓、お前の妹が本当は行方不明だった…そういうことじゃないのか?」
楓は困ったような表情で見つめていた。兎姫は黙り込んでいるフロルの妹の前に立った。
「お前がフロルの妹…つまり、お前の名前は雪じゃねぇな。雪…お前の名前って何だ?」
雪は体育座りの姿勢で俯きながら呟いた。
「フィリ…。」
兎姫は小さく溜息を吐いた。
「そうか…俺はもう帰る。後はフロル、お前に任せた。」
「えぇ?!何で僕が?!」
「救世部の卒業試験だ。心して挑めよ、じゃあな。」
兎姫はそのまま楓を残し、一人で帰っていった。室内にフロルとフィリ、そしてフィリの義理の姉、楓の三人が残っていた。
救世部室内、海美と直樹が黙ったまま、ずっと同じ格好で留守番をしている。海美はいつもの定位置、椅子に座ったまま読書。直樹は同じように定位置の机に突っ伏して眠り老けていた。そんな時、部室の扉が開いて兎姫が帰ってきた。無情といった表情のままいつもの定位置のソファーに寝転がった。そのままずっと天井を眺めている兎姫。そんな兎姫に海美は訊いてみた。
「兎姫さん…楓さんは一体どうなったのですか?妹さんが見つかったのでしょうか?」
心配そうに訊いてきた海美の目を兎姫は見つめ返し、気合を入れてソファーから起き上がると、兎姫は海美にこう言った。
「…楓の妹はフロルの妹だった。」
「「はい?」」
同時に首を傾げる海美と直樹。さりげなく直樹は聞いていたようだ。二人共、頭の中が一瞬だけ硬直し、そしてようやく意味を解読した。
「えぇぇぇっ!で、でも!でも、何で?!」
驚きを隠せない海美。兎姫は小さく溜息を吐き出し、そして冷静に気だるそうに一から説明をした。
「―――つまり、フロルは救世部を脱退する。だから―――」
その時、兎姫のスマートフォンが鳴り、兎姫の説明を遮った。兎姫は面倒そうに電話に出る。
「うぁー、何~?」
『響だ…一つだけ伝えておかなければならない事がある。』
電話相手は響。口調がいつもとは違っていてシリアスな雰囲気であった。
『俺、救世部辞める。』
「は?」
『新しく、行くべき場所を見つけた。だから救世部は辞めようと思う。』
急展開過ぎて意表を突かれてしまった兎姫。兎姫は響を止めようとはしなかった。
「ああ、分かった。じゃあな。」
響は何も言わずに通信を切った。
「…兎姫さん?どうかしましたか?」
少々頭がぼーっとしている兎姫の顔を見て、海美は心配そうに訊いた。
「…俺たちは3人組になったわけか…。」
「はい?」
「響が退部した。」
「え?!フロルに続いて響さんも…でも何で?」
「分っかんねぇーよ、そんなもん。」
兎姫はズボンのポケットにスマートフォンをしまうと、そのまま立ち上がり、部室を出て行った。そんな兎姫の背中を少し悲しげに見送る海美と驚きよりも疑問の方が大きい直樹は無言のまま、部室に残っていた。
まさかの結末!フィリはフロルの妹で、楓の妹でもあった!
前書きでの説明はこのためですよ。
ってことで、今日はもう書くのが面倒だから打ち切りまーす!以上!