19話目『HAPPY MISFORTUNE。』
皆さん、約2か月ぶりの投稿になります。
忘れてはないでしょうか?星野夜です。
今回は19話目『HAPPY MISFORTUNE。』です。まずは、前回のあらすじを説明します。長くなるのと思いますので、面倒くさい人は無視で結構です。
18話目『SEVERE PUNISHMENT。』
木曜日、直樹とルセは敵襲に遭い、ルセは重傷で病院送りとなった。
一方の兎姫は、科学研究部の部員、白石刹那と戦って負ける。
部室で休む兎姫、付添いの海美は急遽、顧問の氷見先生によって病院へ連れてかれる。そこで重傷のルセを見る。
直樹は警察に勘違いされて中央刑務所に拘束中。そこで、重犯罪者佐々木岐郎に出会う。彼の大切な目的のために、直樹は岐郎を脱走させてしまう。
そして金曜日の朝…
金曜日の早朝。空は青々と晴れ渡り、暖かな日の光が地上を照りつける、そんな朝。事件は起こった。
兎姫は昨日の戦闘による傷で寝付けれず、珍しく早起きした。そして寝ぼけ眼でパジャマ姿のまま、テレビの電源を付けた。ニュースがやっていた。
『次のニュースです。昨夜、中央刑務所に30年間収容されていた重要犯罪者、佐々木岐郎囚人が脱獄しました。未だに発見されず、警察庁では緊急要請を張っています。付近に住んでいる住民などは、気をつけてください。』
と、ニュースキャスターが真顔で説明していた。
「おー…ここの近くじゃん…。また、物騒な事が起きたな…。何がしてぇんだよ、こいつ。」
兎姫は大きくあくびを一つ吐いた。
テレビの音に気付いたのか、兎姫の寝室に母親が入ってきた。
「あら、珍しいわね。兎姫がこんなに早く起きるなんて。」
「なっ!勝手に入ってくんじゃねぇよ!ノック一つぐらいしろ!」
兎姫は焦って、咄嗟にベッドに潜った。自分の髪の寝癖が酷いから、恥ずかしいのだろう。
「兎姫ったら、そう恥ずかしがって。私は下で朝ご飯を作ってくるからね。」
母は寝室の扉を閉じた。
兎姫は布団の隙間から扉を見つめ、母がいないのを確認して出てきた。兎姫の髪の毛は荒波の如く、跳ね暴れていた。
「あちゃ~…こいつぁ、酷い寝癖だ。今までの人生で甲乙を争うレベルだぜ。こりゃあ、今日は悪い日になりそうだな…。」
兎姫は母親の作った、いつも通りの朝食を簡単に取ると、いつも通りにオールを持って外へ。
「兎姫、そのオール…やっぱり捨てはしないわよね?」
母が心配そうに玄関で靴を履いている兎姫に言った。
兎姫はため息を吐き、細目で言った。
「母さん…前にも言ったよね。このオールを持つ理由は3つあるって。俺は捨てるつもりない。これは俺と…あの人を繋ぐ唯一の物なんだから…。」
兎姫はオールを見つめた。そのオールは元の色より少しくすんでいた。
「…そう、気をつけてね。」
「おー…任せとけ。」
兎姫はオールを持って外へ出た。
中央病院、356号室。窓のカーテンは開いていて、そこから日の出の光が差し込んでいた。室内の清潔な壁の白色がより綺麗に見えていた。窓際のベッドにルセが眠っている。全身に包帯を巻きつけていて、痛々しい姿であった。
病室の扉が開く。兎姫がそこに立っていた。兎姫はルセのいるベッドに近寄り、椅子に座った。ルセは目を閉じている。
「ルセ…起きてるか?」
と、兎姫は小声で呟く。
ルセは目を閉じたまま。
「起きてないか…。」
「いいえ、兎姫様。起きています…。」
ルセが目を閉じたまま、口だけ動かして言った。
兎姫は俯いて、
「ルセ…悪かったな、色々と…。」
そう呟き、兎姫は頭を下げた。
ルセは驚いて目を見開き、兎姫を見つめた。
「い、いえ…兎姫様、悪いのは自分の方ですから。頭を上げてください。兎姫様が謝る事なんてないんです!」
ルセは必死に訴える。兎姫が悪いとは一切思っていないルセの姿を見て、兎姫の罪悪感が増していった。ルセが自分自身を責める度に、兎姫の心には傷がついていった。
「ルセ…マジでやめろよ…そう言うのは…。俺が悪い事は目に見えてる。被害者のお前がわざわざ、原因を作った俺を庇う必要はない。」
ルセはベッドから起き上がった!傷口が刺激され、ルセは痛みで顔が歪んだ。
「バカ!動くんじゃねぇ!傷口が膿んだらどーすんだよ!」
兎姫はルセを寝かせようとするが、ルセは兎姫の腕を掴んだ。
ルセは兎姫の顔を見つめ、そして言った。
「何で、何も悪くない兎姫様を私が庇わなければならないのですか!なぜ、兎姫様が悪いのですか!いつ、あなた様が悪事を働いたんですか!そんなはずないんです!兎姫様は1から10まで、どこも悪くないのです!悪いのは私めでございます!自ら手伝ったものの、敵を逃してしまい、兎姫様に迷惑をかけて…何て罪な人間なのでしょうか!どうすれば、この罪を払えられるのでしょう?そんなの無理に決まっています!家来として、私は恥です!どうか、この私を蔑んでください!どうしようもない、この私を!」
その言葉は、皮肉ではなく、ただ純粋にそう思っているらしい。ルセは馬鹿な事に、完全に兎姫が正義と思い込んでしまっている。だからこそ、兎姫は取り返しのつかない事をしてしまったと思っている。
兎姫はルセの必死な訴えに少し狼狽える(うろたえる)。そして、くらい表情で呟いた。
「お前は…俺の毒が回ってる…。普通じゃない。しばらく、俺の元から離れてくれ。」
それを聞いたルセは、悲しそうな表情で俯いた。
「そうですよね…私はもう、用済みですよね…。」
「そうじゃねぇよ。休暇を取れって事だ。そうしたら分かる。俺がそんなに良い人間じゃねぇ事を。」
ルセは俯いたまま、首を左右に振って否定した。ルセの瞳には涙が溜まっていた。今にも零れ落ちそうな程。兎姫からは垂れる前髪で分からない。
兎姫は椅子から立ち上がった。
「お前がいくら、俺を正義と思い込んでいようと…俺が犯した罪は拭えない。だが、お前の考えが正しくないとは言いたくない。人それぞれだ。だから、俺は俺の罪を拭いに行く。」
兎姫はそう言うと、そこから立ち去った。
病室の中にはルセだけ。ずっと項垂れていた。その瞳から涙が溢れ、布団に染み込んだ。ルセは我慢できず、ベッドに籠って泣きじゃくった。布団越しに、ルセの暗涙の声が病室に響く。
廊下、兎姫は病室の入口扉に寄りかかり、ルセの泣き声を聞いていた。そして静かにため息を吐く。
「…泣け、ルセ…。泣く度に人は強くなる…。次会う時には、お前は以前のように負けはしない…。」
兎姫は心の中を一度整理し、そして歩き出した。
「ふわぁ~…よく寝た~…。」
356号病室の中、ルセの隣のベッドに海美が眠っていた。カーテンが閉まっていたから、兎姫は気付けなかったのだろう。
「ルセさん、起きてます?」
海美はルセのベッドを見る。ルセは布団に籠ったまま。
「まだ寝てる…良かったー、無事みたいだね。襲撃されなくて良かったよ~。」
しばらくの間、海美はボーッと天井を見つめていた。
病院に寄ったために、学校に遅れそうな兎姫。なので、兎姫は学校へ行くための最短ルートの通路を歩いていた。そこは普通の民家沿い。極普通の田舎的光景が広がっていた。車はほとんど通らないので、思ってる以上の静かさだ。
兎姫は裏路地に行こうと角を曲がった。その時、角から一人の男が飛び出して来て、兎姫にぶつかった!兎姫は反動で尻餅を付く。
男は年を取っていた。頭には灰色に近い髪が。服装はボロボロの服だった。
「わりぃ、嬢ちゃん!俺は今、急いでる!すまない!」
男は焦り模様でそう叫び、すぐさま走り出した。
「テメェ!反省の色が見えねぇぞ!大人がそんな事をして良いと思ってんのか!待ちやがれ!」
兎姫は男を追って走り出した。男の足は意外と早く、ちっとも追いつけない。
「あんのっ、クソジジイ!何で、あんなに足が速いんだ!」
男は兎姫の来た道を逆流して走っている。つまり、兎姫は学校とは逆方向を進んでいる最中である。
ヤベェ、このままだと、マジで学校に遅れちまう…。だが、あのクソジジイも許せねぇ!
兎姫は迷い、そして挙げ句の果てに、クソジジイを追う事を決めた。兎姫のプライドが許せなかったのだ。
兎姫は男を追う。男はそんな事には気付かずに、全速力のまま走り続けている。なぜ、こんなにも老人が急いでいるのだろうか?兎姫はキレながらも、それが疑問で仕方なかった。
そして男がたどり着いた先、そこは中央病院!先程、兎姫がやって来た場所。つまり、兎姫は戻って来てしまった。
「何だよ、クソ!また振り出しからか!ジジイ!」
兎姫は叫ぶ。
その男は声に反応するように振り返って訊く。
「あぁ?ちょいと聞こえなかった。もう一度言ってくれ。」
これだから、老人と言うのは…面倒くせぇんだよ。
「だから、お前、さっきのあれは何だ?」
男は、
「はい?何だって?最近、耳が遠くてのぉ~…。」
はぁ~…めんどくせぇな…。
「だぁかぁらぁ!さっきのあれ!何なんだ?!」
「?…駄目だ…。さっぱり聞こえない。」
クソジジイ!ぶっ殺すぞ!
「ジジイ!テメェ、マジでしばくぞ!聞いてんのか?!」
「ん?…聞いてない。耳が遠くて、良く聞こえないな…。」
聞こえてんじゃねぇか!
兎姫は小さくため息を吐く。
「すまねぇ、じいさん。お前に付き合った俺が悪かったみたいだ。」
「いいや、悪いのは俺の方だ。ぶつかったのは俺が原因だからな。」
やっぱり聞こえてんじゃねぇか!
兎姫はイラつき、今にも老人を殺しそうな雰囲気であった。我慢している怒りのオーラが表情に出始めている。顔面の片方側の筋肉だけ異常に歪んでいる。
「そんな事より、俺にはもっと重要な用事があるんだ!急がねばならない!悪いが、嬢ちゃんには付き合ってられない!」
その老人は既に息が荒れ気味だというのに、また走り出した!そして院内へ。
「あ!…ちょっと待てって!」
兎姫はあの男の行動に蟠っていた(わだかまっていた)。だから、学校を無視してでも兎姫は男を追った。どうしても突き止めたかったのだろう。兎姫の人助け精神が働いている最中である。
男は早速、ロビーのカウンターにいる女医に慌てて言った。
「ちょっと良いか?佐々木ルミは何番の病室にいる?!」
あまりの勢いに、女医は少々困り顔。
「あ、え…はい、少しだけお待ちください…。」
女医は近くのPCで『佐々木ルミ』がいる病室を調べた。
「すみませんが、佐々木ルミさんは、当院には入院しておりません。」
男は唖然とした表情だった。
「な…じゃ、じゃあ…以前に入院していた形跡とかは…。」
「ありません。別の病院ではありませんか?」
男は少しだけフリーズした後、何かを思い出して急に走り出した!そして兎姫と擦れ違う。
「おい!どこ行くんだよ、じいさん?!」
老人はピタッと止まり、振り返った。
「俺は、行くべき場所がある!ここじゃない!急がねば!」
そう言った直後、その男は背を向け走り出した!
「バカ!オメェ、マジで死ぬぞ!」
兎姫は男の後をまた追う。男は外へ出て、道路へと曲がる。その時だった。男は小さな段差に足を躓き、派手に転がり倒れた!若者ならば何と言う事はないが、あの男は老人だ。あの転け方では相当な痛手であろう。悪ければ死ぬ可能性も。兎姫は倒れている老人に走り寄った。
「馬鹿野郎っ!そんな身体でバカみたいに爆走すっから、そんなんになるんだよ!知らねぇのか、急がば回れってことわざをよぉ!大丈夫か、じいさん?!」
その老人は背中を強打していて立てそうにない。のにも関わらず、その老人は両手を突っ張って、立とうとしいた。少しずつ、身体が持ち上がる。
「俺はぁ…道草食う程…暇じゃ、ねぇんだよ…。まだ、走れる…。後悔したくはねぇ…。後悔するぐらいだったら…死んだ方がマシだ!最期くらい、俺が寄り添ってやる!そう決めたんだ!…だからぁ…だから、俺はぁ!」
老人は立ち上がった!ボロボロなはずの身体を持ち上げて歩き始める。
「…じいさん…最期って…。」
兎姫は驚嘆し、何も言えなくなった。
ただのジジイじゃねぇ…。こいつ…一体、何者なんだ?なぜ、そこまでして急ぐ?何がしたいんだ?
老人は傷ついた身体を無理やり動かし、重い体を引きずりながら進む。息は荒れに荒れ、体力は先程の転倒によって限界に近付いていた。だけど、老人はその足を止めない。ずっと一点を見つめながら歩く。そんな老人を見ていられなかったのか、兎姫は老人の肩を掴んだ。
「じいさん…ちょっと待てよ。」
「何だ?!俺は急がねばならない!」
「だからだ!俺に訊かせろ!お前、どこを目指してやがる?」
老人は表情を暗くして言った。
「…志島第一病院だ…。」
「馬鹿じゃねぇのか!ここから何キロあると思ってんだ!これだから老人には付き合ってられないぜ。」
「何だと!ふざけるな!馬鹿にしやがって!」
老人はボロボロの体で、兎姫の顔を殴りつけた。鈍い音がして、兎姫の頬に赤く痕が付いた。兎姫は冷静を気取って、そのまま立っていた。老人は再び、兎姫の顔を殴る。兎姫は何の抵抗もせず、そのまま受けた。また鈍い音がした。
「じいさん…それで、何になる?」
「黙れ!俺にはやらなければならない事がある!そのためだったら、どんなに遠かろうと、どんなに危なかろうと、俺は進む!その障害となるものは、全て退かして進んでやんだよ!」
老人はまた、兎姫を殴りつけた。この拳はなかなか強く、兎姫は後ろに蹌踉めき(よろめき)倒れた。3回連続でパンチをまともに受けた頬は、赤く腫れ上がっていた。それでも兎姫は、何の感情も変えずに立ち上がった。
「なぁ、教えてくれよ、じいさん。この行為に何の意味がある?時間の浪費は人生の浪費だ。」
「時間の浪費…ふざけるのも良い加減にしろ。お前に、お前に何が分かるんだっ!」
仁王立ちで立ち尽くす兎姫に対し、老人は全体重を乗せた拳を浴びせた!今までとは格段に違う威力を持った拳に、兎姫は籠った呻き声を上げて倒れ込んだ。鼻から出血して、地面に垂れた。
男は背を向け、
「俺は先を急ぐ…。すまない…。」
男は再び、歩き出した。その時、
「ジジイ!こっちを向けぇ!」
兎姫の声だ!男は振り向く。そこには兎姫が立っていた!着ていた服に鼻血が染み込んでい赤く染まっていた。
「くだらねぇんだよ!もっと落ち着いて行動しろ!」
老人は顔を真っ赤に染め、兎姫に向け、殴りかかろうとした。拳が兎姫に当たる瞬間、
「オメェ、会いたい人がいるんだろ?」
その言葉に、男の拳が眼前で止まった。
兎姫は微かに微笑む。
「…なるほどな…。じいさん、俺に良い案がある。」
その直後、二人のいる場所に、一台の車が止まった。運転席の窓が開く。
「兎姫、どーしたの、その顔?また喧嘩したわね?」
その車の運転手は氷見だ!
「遅いよぉ~、氷見ちゃ~ん!…ねぇ、一つ頼みがあるんだけど。」
氷見は兎姫の顔を訝しげに見つめる。
「PRIMARY IMPORTANCE DUTY?兎姫、昨日みたいな事はないわよね?」
「大丈夫だよ!今回は立派な人助け!この人を志島第一病院に連れてってくれない?」
氷見はその老人を見る。老人は弱々しかったが、どことなく逞しい(たくましい)雰囲気を持ち合わせている。
「何か深い事情があるのでしょうけど…追求はしないわ。早く乗りなさい。」
「それでこそ、氷見ちゃん!」
兎姫は動揺する老人を後部座席に乗せる。
「じいさん、行きたかったんだろ?志島第一病院に。氷見ちゃんに感謝しろよ?」
その老人は呆気に取られて、目を見開いて兎姫を見ていた。それから、急に泣き始めた。
「どーしたんだよ、じいさん?立派な成人男性がだらしねぇ。」
「ありがとう…本当に、ありがとう…。先程は怒りに任せ、殴りかかってしまった。すまない。そんな俺を…送ってくれるなんて…何とお礼をしたら良いのか…。」
認識しづらい話し方で男は話していた。顔から涙を流していた。
兎姫は何も言わず、無表情のまま、ただ黙って窓の外の流れゆく景色を見ていた。
「おい、新人。起きろ、裁判に被告人として出てもらう。」
見張りの警備員が、牢屋にいる直樹に呼びかけた。
「・・・・・・。」
無反応。直樹は眠っている様子だ。
ここは中央刑務所。
警備員は牢屋の扉を開き、直樹を叩き起して無理やり連れて行った。直樹は訳が分からないと言う表情だ。
「な、何だよ?!俺に何の用だ?」
警備員は無表情で、
「裁判だ。お前は被告人。昨夜、お前と同じ牢屋に収容されていた重罪人が脱獄を図った。お前にはその手伝いをした疑いがかけられている。」
「はぁ?何の事だ?知らねぇよ、そんなの!」
「お前がどうこう言おうと、この裁判には出てもらう。」
警備員は直樹を無理やり引き連れ、パトカーに乗せた。直樹はそのまま、裁判所へと連行されてしまった。
中央病院、356号室。布団に籠って泣いていたルセは、落ち着いたのか、ゆっくりと布団から這い出た。
そのベッドの横のベッドに、海美はまだいた。未だにボーッとしている。
「…海美?まだいたの?」
ボーッとしていた海美が気づき、ルセを見て驚いた。
「うわっ!…ルセ、起きたの?」
「何よー、そんなに驚く事ないじゃん。…学校、行かなくて大丈夫?」
海美は少しだけ考えて、そして言う。
「大丈夫だよ、心配しないで。ルセは命を狙われてるんでしょ?怪我してるのに、どうやって対峙するのさ?」
ルセは微笑する。
「…海美こそ、敵が現れたらどうするの?100%やられるでしょ?」
「酷いなぁー。」
海美はベッドから飛び降り、ルセのベッドの横にある椅子に座った。その時、海美は何かを踏み潰した感覚を覚えた。尻の下を確認すると、座った椅子に一枚の紙が置いてあった。
「あれ?何これ?」
それを手に取る。その折り畳まれた一枚の紙を開いて、中を確認した。紙にはシャーペンで文字が書かれていた。それを読んだ海美。しばらく黙り込んでしまった。
「…どうかした?何が書いてあるの?」
ルセは気になって身体を起こした。ちょっとだけ痛がってはいたけど、まだ平気そうではあった。
海美は手に持った紙に書かれている内容を読み上げる。
『ルセ、俺にはもう近づかないで欲しい。俺はある組織にマークされている。このままだと、お前にも被害が及ぶ。いつか、こんな事がなかったか?見知らぬ人物が無差別に命を狙ってくるとか。…笑っちまうよな、まるで映画だ。…だけど、それが今、起こってるとしたなら…それは俺のせいかもしれない。根拠はあるが、今はまだ言い時じゃない。全て片付けた後で説明してやるから、ルセはそこで、のんびりと紅茶でも飲みながら優雅に過ごしててくれ…。…こんな事、本当は俺なんかが言える立場じゃないけど…。ごめんな、ルセ。それと、ありがと。後は俺に任せとけ。』
「兎姫様…やっぱり、一人で行かせるなんて我慢できない!」
ルセはベッドから立ち上がろうとした。しかし、傷が疼いて動けなかった。
「ルセさん!ちょっと!動いたら傷が開いちゃうでしょ!兎姫さんの言う通り、ここでのんびりと過ごしていましょう!それが良いに決まってる!そうだよ、それが良い!」
海美は必死にルセを説得する。
ルセは再びベッドに仰向けになった。
「何で…それが良いんだよ…?」
「聞いてた人の話?兎姫さんはあなたに『全て片付けた後で説明してやるから、ルセはそこで、のんびりと紅茶でも飲みながら優雅に過ごしててくれ…。』と言ったんですよ?兎姫さんの命令を無視するつもり?」
「だ、だけど―――」
「家来なら家来らしく、王女の命令を聞き受けるものがスジってもんじゃないの?」
らしくない言葉使いで海美はそう呟く。
「・・・・・・。」
静かに時が過ぎ、窓からそよ風が吹き抜ける。無言で座ったままの海美の髪が風になびいている。
「俺みたいな使えない家来でも…兎姫様は見捨てる事はしませんでした。だから、俺も兎姫様の命令には何でも従うつもりです。」
海美はそれを聞いてホッとする。
「しかし…もし、今回のことで兎姫様が死ぬような事があったとしたならば、家来としては失格です。家来になった意味がない。海美、家来は雇い主が死んでしまったらオシマイなんだよ。」
悲しげな表情で呟くルセ。
海美は窓の外を眺めて黙り込んだ。
そんな時、海美の目に一つの影が映り込む。窓ガラスの下枠からそれは出てきた。同時に病室の入口が開き、ルセはそこに目が入った。一本の鋭い刃物を持った男が病室に入ってきた!その男は海美目掛けて走ってきた!しかし、海美は後ろを向いているため、気付いていない。
「海美!逃げろ!」
ルセはベッドから起き上がって、何とか海美を弾き飛ばす。窓の外を見ていた海美が不思議そうな顔だった。そして地面に倒れる。直後、海美のいた空間を男の刃が裂いた。海美は目を丸くして驚いた。その瞬間、窓ガラスが派手に割れ、破裂音が室内に響いた。ガラスが海美に降り注ぎ、海美は自分の体を守るために地面で丸まった。そんな海美の横に男が倒れた!胸部から出血している。その男は死んでいた。
「あれ?人違いか?」
窓の外から一人の人間が顔を出していた。それはあの時、ルセを銃殺しようとしたあの男であった。その男の手には6発装填式レボルバーが握られていた。
「クラァッ!」
包帯だらけのルセが即座にベッドから飛び上がって、窓の外の男の顔目掛けて飛び蹴りを決め込んだ!男は別の人物を撃ったことに動揺していて避けられず、顔面に蹴りがクリーンヒットして落ちていった!ルセはそのまま地面に不時着した。傷ついた体にそれは相当応えた。あまりの痛みにルセは苦痛の悲鳴を上げた。包帯から血が滲みだした。
「ルセさん!何してるんですか?!そんな動いたら…傷が。」
海美はルセをゆっくりと起こし、ベッドに戻した。ルセは痛みで歪んだ表情になっていたものの笑顔だった。
「言った通りだろ?襲撃された…。だが、」
入口側に一人の男が胸部を撃たれて死んでいた。手には刃物が持たれている。ルセを狙ったのではなく、海美を殺そうとしていたのだ。
「だが…狙いは俺じゃないみたいだが…。」
「もしかして…私?」
ルセは苦笑いをした。
そんな時、入口から数人の看護師が急ぎ目でやって来た。先ほどの銃声を聞いて駆け付けてきたのだ。病室の光景を見て、看護師全員は当然の様に驚いた。
「これは一体、何事ですか?!」
海美は急にやって来た人物に驚いて椅子から立ち上がった。
「あ、いえ…あの、これはですね―――」
「海美、黙っとけ。俺が説明する。…これは不審者による殺害です。先ほど窓の外から逃げて行きました。警察に連絡してください。」
一人の看護師が警察へと連絡しに行き、二人の看護師が担架で死体を運んでいった。病室の地面に血の跡だけが残っていた。
「海美、お前はもう帰れ。今さっきので分かっただろ?お前、狙われてるぜ。何かしたんだろ?」
海美は思い当たる事がなかった。だけど狙われたのは確実だった。背中に何か寒いものを感じ取った海美。顔色がルセに負けない程青ざめていた。
「あ、あははは…あははははは。」
ルセは少しだけため息を吐いた。海美の頭を軽く叩いて言った。
「まぁ、どうにせよ…海美には兎姫様が付いてる。大丈夫だろ?さっきのあいつが殺されたことを敵が察知する前に早く帰れよ、海美。」
「あ、うん…そうするよ。お互い、気を付けないとね。」
「まったくだ。」
海美は心配気にその病室を発った。
志島第一病院、とある病室の扉が思い切り開かれた。扉が壁に思い切り当たり、ガンっと大きな音を立てた。一人の男がズタボロの体で入ってきて、一つのベッドの前に座り込んだ。そのベッドには女性が一人寝込んでいた。
「じいさん…あんた、もしかしてその患者に会うために脱獄してきたのか?」
病室の入口、そこから一人の女子が訊いた。
「ああ…30年ぶりだ。俺が見ない内にこんなに立派な大人になりやがってぇ…。ルミぃ~…。」
その男は寝込んでいた一人の女性の手を握った。それに反応したのか、女性が目を覚まし、起き上がった。ボーッとした瞳で男を見つめていた。
「お父さん?」
「そうだ、ルミ。約束、しただろ、昔。」
それは30年前の事。
当時、この男、佐々木岐郎もこんなに年を取ってなかった。寝込んでいる女性、岐郎の娘、佐々木ルミも子供だった。
ある日、ルミは原因不明の病にかかってしまう。それからずっと、ルミは病院にこもりきりになってしまった。病気はちっとも治らず、むしろ悪化していった。咳は酷くなり、時折吐き気を催した。薬で対抗はしているものの、病は原因不明で治らない一方。日に日に気力の亡くなっていく娘を見て、岐郎はたまらなかった。今にも死んでしまいそうな程悲しんだ。でも、常にルミの近くにいてあげた。できるだけ多くの時間を費やして一緒にいてあげた。ルミがしたいことがあれば、どんな事でも出来る程度でしてあげた。欲しいものがあれば、バイトをしてまで金を貯め、買ってあげた。でも、病の進行は止められない。ルミは衰弱していった。
そんなある時、一人の男性患者がその光景にこう呟いた。
「かわいそうにな、まだ小さいのに。でも仕方ないか。」
それを岐郎は聞いていた。我慢ならず、岐郎はその男性患者を殴りつけた。『仕方ない』という言葉にキレてしまったのだ。そこから殴り合いとなり、岐郎が殴った勢いで男性患者は角に頭を強打して死んでしまった。これが原因となり、岐郎は刑務所に送られることとなった。
岐郎は刑務所に入れられる前に、衰弱しきったルミに言った。
「ルミ。俺は絶対に刑務所から無事に出て、お前に会いにいくから。それまで待っててくれ。不甲斐ない父親ですまなかった。」
そう言って岐郎は捕まった。
そして一週間前、牢屋で聞いた。娘の余命があと一週間だということを。岐郎は昨夜、刑務所から脱獄。そして今、ここにいる、志島第一病院。
「ルミ、ごめんな。ずっとお前のそばにいてあげたかったんだ。だけど、無理だった。こんな不甲斐ない父親ですまない。」
岐郎は深く頭を下げる。
「やめてよ、お父さん。…でも、何で?だって、お父さんはまだ―――」
「まだ俺は捕まってる。でも、今日は脱獄してきた。」
その言葉に驚いているルミ。当然の結果だ。
「お前、もう死ぬんだってな…。」
「うん…。」
そこからしばらく、両者共に黙り込んでいた。そんな光景を病室の外から兎姫と氷見先生は見ていた。
「お父さん…私、もう寝て良いかな。疲れちゃってさ、久々に口を開いたから。」
岐郎は分かっていた。もうルミは死ぬこと。
「ああ…ルミ、最期に言いたい事がある。聞いてくれ。」
ルミは小さく頷いて真剣な顔になった。
「俺は今日、死ぬんだ。」
「え?」
「…実はな、俺は今日、死刑されるはずだった。そこを脱獄して何とかここまで来たんだ。でも、そこまでしてでもお前に会いたかった。もう二度と、お前を見ることができない。そんなのは絶対に…死んでも嫌だ。後悔はしたくなかったから…だから、来たんだ。ルミ、俺はお前が病気にかかったことを不幸だなんて一度も思ったことがない。これはなるべくしてなったことだ。だから、俺は一生お前に尽くしてやると、そう思ったんだ。お前を幸せにしてやりたいと思っていたんだ。ルミ、お前は今、幸せか?」
ルミは小さく頷いた。
「幸せだよ、お父さん。私の最期を…お父さんは見ててくれるから。」
岐郎は涙が流れるのを必死で抑え込んでいた。
「…ルミ、今までありがとな。俺が今息をしてるのも、こうして会話ができるのも、全てルミがいたからだ。…ありがと、ルミ。」
「うん…私もだよ、お父さん・・・・・。」
そしてルミは目を閉じた。心拍数を計測する機械の長い機械音が病室に鳴り響いた。
兎姫は病室に入り、岐郎の横に立った。
「…じいさん、別れは…しっかりと済ませてやったんだろうな?」
「・・・・・。」
「じいさん?」
よく見ると、岐郎も目を閉じたままだった。頬を伝って涙が流れて床を濡らしていた。
その時、病室の入口から一人の人間が走ってきて叫んだ。
「兎姫!やったよ、妹見つかったんだ!」
その声はフロル。フロルが最悪のタイミングで飛び込んできた。
兎姫は呆れた表情で振り返る。
「あれ?…何かマズイタイミングだったかな?」
「最悪だよ、フロル。今さっき、そこの家族が死んだ。まぁ…仕方がなかった…これはこれで。お互い、幸せそうだったんだ。こんな場で言っていいのか分からないが…ハッピーエンドってやつだろ?…終わりよければ―――いや、何でもねぇ。」
兎姫は無言のまま、その場を立ち去った。
佐々木岐郎は無事に娘と再び出会うことができ、そして幸せそうに二人一緒に眠りについた。
いやぁ…何とも言えないですねー、自分で書いたんですけど。兎姫も終わりよければ…とはいかないみたいですね。
そうそう、フロル、妹を見つけたみたいですね!よかったよかった!
なんか、人が死んだ時に朗報が来るのって…リアクションに困るな。
まぁ、とりあえず、次話では妹についての話!Dont miss it!




