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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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エリーナ砂漠  4

 罪悪感に駆られた私は彼女の頭に手を伸ばそうとするが、それは空を切る。エリは距離を取って此方を睨む。そりゃあそうだ。乙女の純情を踏みにじってしまったのだ。私は彼女に私と結婚することのデメリットを教えていく。先ずは、ここを出ていかなければならないこと。死ぬ可能性のある旅を続けていること。絶対に護ってやれる自信がないこと。様々な要因を口にする。彼女の意志はそれでも崩れない。何故そこまで私にこだわるのか。純粋な疑問が生まれる。聞いてみると、それは彼女のコンプレックスからだった。普通に美人と可愛いの境界線にいる彼女はもう少し歳を重ねれば立派な美女に変貌するだろう。大きな吊った目もクールな印象を与え、シュッとしたスタイルも相成り、美しさを表す。問題点があるとすれば、この種族においてはそれが全て負の要素になっていると言うことだ。徹底的な男尊女卑社会である此処は、男に尽くす女こそがたっとばれる。故に彼女のような強気そうな女性はあまり好まれない。族長の数多居る子供の中の一人ではあるという事くらいしか好まれる要因が存在しないらしい。私からみれば、万人受けしそうな顔立ちであるが、生まれた環境というのは大切だ。


 話を戻すと、彼女はそんな環境下にいたものだから自分に自信がなかったらしい。にも関わらず、族長を倒したという男に求婚された。それは彼女にとって初めての優越感だった。自分を気に入ってくれる強い人が居たと初めて自分を好きになれたのだという。堪えた涙もこの辺りを話す過程で頬を伝う。私が予想していた以上に彼女を傷付けてしまったそうだ。ティリーンも同情したらしく、どうにか出来ないかと此方を見向くが、方法が見当たらない。


 話が行き詰まったところで出入り口が開かれる。意気揚々と入ってきた元族長は私達の只ならぬ雰囲気に飲まれて、その場で固まる。ここで第三者の人間から意見を聞くのもまた参考になるか。私は新しい発想を頂くために彼に現状を伝える。すると彼は憤慨した様子で自分の娘では不満かと憤る。そういうことではないと釘を差してから、自分が旅をしていることや彼女を危険に巻き込んでしまうことを告げて反応を見る。彼はそれに小首を傾げながらそれがどうしたとあっけらかんと答える。唖然とした私は娘が心配ではないのかと言い放つが、彼は意見を変えずに、何処にいても死ぬときは死ぬと身も蓋もない事を言う。言葉の見つからない私が困惑していると、呆れ顔のティリーンが私の肩を叩く。


「もう主様の負けじゃ。彼女を受け入れるしかないわ。」


 そんな簡単に決めて良いのか。段々と私も抵抗することに嫌気が差してきた。エリは良い子だし、一緒に旅をしても良いような気がする。多分大丈夫だ。自己暗示をかけている気がしないでもないが、そこは気にしないことにしよう。私は敢え無く首を縦に振らざる得なかった。



 ぴったり隣を陣取るエリと共に朝食を摂る。


 これにはティリーンも難色を示していたが、左右で分かれることで話は解決した。これは一体どういう状況なのかと考えないようにしていた事情を思い返しながらも、自爆することが目に見えているので、そっと目を逸らす。私からすればティリーンはまだしもエリは、そこそこの年齢差があり、子供だと感じてしまう。そこでいきなり嫁に貰えと言われてもそういう目で見ることは出来ない。成人の判断は場所によって異なるので、此処での取り決めを知らないが、本来ならば兄妹と言われてもおかしくない歳の差である。それに見た目以上に行動がどことなく幼いので、余計にそう見える。こういうのはエリに失礼になるが、まるでママゴトの延長線。現実味が皆無なのだ。そんな気持ちで結婚なんて大それたことをするのはとても不誠実なのだが、流されるがままに事は進んでしまった後だ。一言で表すなら、後の祭り。納得せざる得ないのだろうが、彼女は果たして私で良いのか。朝食の間に聞いてみると、逆に嫌な理由がないと漢らしく返されてしまった。男である私以上に漢らしい少女である。いや、逞しいというべきか。


 一人だけそんな気分を味わっていると、慌てた様子の出張らっていた筈の族長が何かを必死に伝えようと、此方に叫び声を上げた。突然の出来事だったので、翻訳が追いつかないアーモロに聞くと、彼は敵が集団で向かってきていると言うことを伝えていると私に教えてくれた。敵とは何か。疑問に思うが、取り敢えず私も退治に参戦しよう。重い腰を上げて私は戦場へ赴く。



 テリトリーを出た所で、遠方から迫る群衆が確認できる。私の視力ではそこまでよく見えないが、出で立ちからして他部族の人間たちであろう。そこで私はこれが土地を巡る争奪戦だと理解する。つまりは小規模な戦争だ。私としてはとても興味が無い。しかし、このまま何もしなければ、後ろに居を構える女子供は無残な死を遂げてしまう。それは私の本懐ではない。不承不承と剣を手に取る。鞘から出る金色の剣身が映えている陽の光に反射して神々しく輝く。全身を露わにした時には、一振りするだけで斬撃の軌跡が綺羅びやかに残る。鮮やかな光景に自軍から歓声が上がる。当の本人はまさかそんな綺麗な色合いが散らばると考えていなかったので、釈然としない面持ちで剣を敵軍に向ける。敵の出方を待ちたかったが、抑えきれない自軍がもう既に突出して攻め込んでいた。戦略も糞もないが、私もそれに釣られるように足の踏みしめが利きづらい砂の足場を踏み締めた。


 全く勢いを殺さずに進む人々に私は驚きを隠し切れない。走りにくいだけでなく、体力も奪われやすい環境に私はペースを落としていた。短期間なら私でも走り続けられるが、こうも距離がある現場だと足腰の疲れからか気が抜ける。ベストコンディションを保つことは難しい。少し離れた後ろから立ち向かう皆を見る。誰もが我武者羅に足を動かし、敵と出逢えば棍棒を縦横無尽に振り回す。族長クラスの数人だけが冷静な動きをみせている。殆ど脳筋の現場で実力は拮抗している。私が入らずとも、良い戦いをしている。危機感が減り、ダレてきていた私のもとに前線を抜けた敵が走り込んでくる。丁度暇をしていた私はゆっくりと歩きながら、彼が到着するのを待つ。


「ーーーッ!!」


 私達の属している集団と大体同じ言語だと思われる言葉で叫ぶ彼が眼前に迫る。単調な石斧の振り下ろしは注意する必要が無いほどに愚直な一線を描く。族長のマネをして少し身を反らせば回避可能である。後は、剣の柄の部分で顔面を叩くと、鼻血を垂れ流しながら地面に臥せる。命まで奪って良いのか知らないのでその男は念入りに顔面を叩いてそこに放置しておく。


 前線の穴が拡がったらしく次々と送り込まれる刺客に冷静に対処していく。相手が多い場合でもどうすれば良いかは、頭のなかに経験として残っている。と言うか、殆ど似たり寄ったりな状況が多かった。ろくすっぽ動きまわる敵を最低限の動きで回避し、一打を与える。無駄な動きを出来るだけ削って隙を作らない。これならティリーンの手を借りずとも対処できそうだ。後方の少女たちを任せたティリーンに思いを馳せながらも周りの敵は払った。それでも途切れる事無く波状攻撃を仕掛けてくる敵にストレスが溜まる。そんな私の背中に殺気が向けられた。上手く隠したつもりでも隠しきれていないそれを敢えてギリギリまで避けないで、触れる間際でしゃがんで回避する。すると、前方に居た男の胸に鋭利な石の武器は突き刺さる。私は刺した方の服を掴んで刺された奴にぶつけると、一定の間隔を空けることに成功した。予想以上の効果に悦に浸るが、余韻を楽しんでいる間にも攻撃は止まない。


 いい加減疲れてきた私だったが、気付かずに迫る剣撃に目を見開く。その軌跡は私の首の薄皮一枚を切り裂き、振り切られる。危うく死ぬところだった。武器の持ち主に私怨をぶつけながら睨む。その勢いのまま突っ込もうとするが、良い具合に迫る他の男達のせいでそれは断念させられる。


 思わず舌打ちをしそうになるくらい不快である。懲りずに何度も挑むが、全て彼らの手によって進路は断たれ、苦虫を噛み潰す。愚痴の一言でも零したい気分ではあるが、あれは恐らく彼らの作戦のようなものなのだろう。此方側の人間がそういうことをしないから、てっきり相手さんもしないと踏んでいたが、そんな都合の良い事はなかった。一人を徹底的に追い込む戦法は私を苦しめる。皆殺しにして早く楽になりたいが、下手に暴れるのもなんか気分ではない。もう結構戦況とかがどうでもよくなった所で、他の所で戦っていた人間が此方に救援を寄越した。どうやら此処に集められているのが、相手の上層部だったみたいで、他の場所のパワーバランスが崩れていたのだ。私は向かってきた連中に後を任せて後ろに引く。


「はぁ、疲れた。」


 大した働きもしなかったが、ドッと疲れた。


 そこからはこれと言った波乱はなく、粛々と殲滅が行われた。お互いにルールが有るらしく、降参した人間たちは見逃されて殺されはしなかったが、命乞いをしない戦士には死が待っている。あまりにも一方的な戦闘運びになっているので、虐めているようにしか見えないが、これが彼らのやり方だと言うのなら、私に止める術はない。私は後方で一人、突っ立ったまま考え事に耽っていた。相手からしたら現状は地獄絵図と言っても遜色ないだろう。私から見ても惨たらしい。張り合っていた戦力が私という不確定要素のせいで均衡を崩し、バランスを崩している。仕方なく戦ったが、金輪際関わるべきではないのかもしれない。


 意識が固まった所で、小さな戦争は此方側の勝利という形で幕を下ろす。大した達成感もない。唯弱い相手を嬲っていただけ。曖昧なルールのせいで、命を散らした人間も多い。私が言えることでは無いのだが、もう少しやりようがあったのではないかと思う。複雑な心境で私は身を翻す。




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