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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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エリーナ砂漠  3

 思わぬ事態はあったが、何とか彼との賭けに勝つことができた。強い者が優遇される此処では勝つことが全てであり、負けた者は、勝者の言うことに従わなければならない。私は失神していた男が起きたのを見計らって、ティリーンに手を出さないことを約束させた。そうこうしていると、彼は私に族長の座を譲るといって聞かなくなった。敗者である自分が皆を指導することはできないと言う。私としては、ティリーンさえどうにかしなければ後は特にご自由にどうぞという感じだったのだが、あまりに退かない彼に話は平行線を辿る。彼も必死なのか女や金、支配人数を提示して私の気を惹こうとしてくるが、私としては、普段の会話が面倒くさいため言語の通じない女も、一般的に普及していない紙幣も、それほど興味を惹かない。唯一、扱える人間がいることに関してはあったら良いなくらいには思う。しかし、その人間達を纏め上げたりできる自信はないため、結果的には必要としない。


 悔しそうに表情を歪める男に、私はやはりお前が此処を治めるべきだと諭す。私のような男は人の上に立つための素質がない。それならば、現在統治出来ている彼が引き継ぐ方がよい。中々折れなかった男は、漸く条件付きでそれに首を振る。最早どちらが勝者が分かったものではないが、その条件と言うのが、一応族長を私の名義にしておいて、この集団の運用だけを彼がすると言うものだった。責任を持てないという理由で、それも断ろうとしたのだが、そこだけは絶対に引かないと断言されてしまい、私はそれに頷かざる得なかった。




『疲れたのー』


 族長の家の寝室に招かれると、皆は自分のテントに戻っていった。そのタイミングで通訳をかってでてくれていたアーモロは、一言残して限界が来たようで姿を消す。


 私達も疲労が溜まっているため、直ぐ様、敷いてある布を何重にもした布団に寝転がる。正直言えば、食事を摂りたかったが、そこまでしてもらうのは虫が良すぎる。もう眠ってしまって食欲を紛らわせようとする。しかし、そうは問屋が卸さないという胃と腸が悲鳴を鳴り響かせる。それに羞恥するほどの元気もない私は、横になった姿勢でティリーンを見る。彼女も私と同様に項垂れている。アイコンタクトでお互いに空腹を訴える。こんなことならば、族長に頼んで飯だけでも用意してもらえばよかった。後悔が腹に来ていると、そんな私達の寝室の出入口になっている布が捲られた。大した反応も見せられない私達の視界には料理の乗った皿を抱えた少女が目線をキョロキョロと挙動不審に動かしている姿が写る。私達は獣になった。


 恥の外聞も捨て去り料理に飛びつくと、久し振りの食事にありつく。虫やらも入った変わった料理もあったが、空腹は最大のスパイスであり、どんなものでも美味しく変えてくれる。普段だったら食うのに躊躇う食材も今の私たちには関係ない。兎に角腹を膨らませることが最優先事項である。時折、無理に動く食道や胃が急激な動きについて来れずに咽たりするがお構い無しだ。用意されたものはみるみるうちに消え去り、あっという間に完食した。食後の一杯に水を貰い、満足感に身を任せる。ここで漸く料理を運んでくれた少女に感謝を伝える。言葉は分からないが、頭を下げれば感謝は伝わるだろう。正座をしたまま頭を下げると、少女は顔を真っ赤に染めてコクリと会釈して走って出て行く。感謝が伝わったか自信がないが、恐らく伝わったと判断してすっからかんになった皿を重ねて部屋の片隅に置く。


「それにしてもラルームからだしどれほど食べてなかったのだろうか。このまま飢餓しても不思議ではなかった。ここの人間と出会えて良かったな。」


 ティリーンに同意を求めると、彼女も力強く頷く。


「面倒な取り決めが多いし、欲を言えばもっと栄えた所が良かったがの。」


 流石に欲張り過ぎかと笑う。だが、彼女の言うことは最もである。出来ることならば、言葉が通じて通貨が同じ所が良かった。そうであれば、決闘などという騒ぎにはならなかったのだから。でも、それは既に終わってしまったことだ。後からウジウジと愚痴るのは男らしくないので、話はそこで切る。


 たっぷりと余韻を楽しんだ私達は本格的に眠くなってきたため、少し眠ることにした。どんなことが起こるか判断つかないから、深くは寝入らないように注意しながら夢の世界へ旅立つ。


 いや、正確には旅立つ途中でそれは遮られる。ぞろぞろと入っていた少女たちが私の視野の隅に写ったからだ。ティリーンは我関せずで寝たが、私としてはゆっくりと歩を進めてくる少女たちに気が気でない。次々と布団に侵入してくる少女たちにどういうつもりか聞き出そうとするが、アーモロが顕現しない現状、言語の壁が立ち塞がる。先程料理を運んでくれた少女も居るようなので、これも上の人間が仕組んだことなのだろうが、露出度の高い少女たちを囲まれた状況は、とても犯罪的で場所が場所なら現行犯で逮捕されてもおかしくない。本人たちも悪気があるようには見えないので、何かを裏があるという訳ではないのだろうが、私の理解は追いつかない。せめて口々にしている彼女たちの言葉が分かればとどうしようもない事を考えるが、そんな都合の良い事態が起こるわけもなく、意味も分からないまま、私は身を寄せる少女たちにされるがままにされた。怪我させてしまわないように注意して余計に動かないように心掛けると癒えるものも癒えなかったが、只々彼女たちが帰るのを待った。気まずい時間は長々と続いた。


 ある程度時間が経過すると彼女たちは私の反応があまりに味気ないものだから寝付いた。此方としては助かる反応だ。しがみついていた少女たちを剥がして、布団に収めていく。仲良く寝る少女たちに温かいものを感じながら私はそこを脱した。とてもではないが、あの中では寝れない。悪戦苦闘しながらも抜け出すと、料理を運んでくれた少女だけは寝ておらず、しっかりと此方を見上げていた。真っ直ぐ横一閃に切り揃えられた前髪と所々がハネた肩まで伸ばした髪が特徴のその少女は、何かを伝えようと自分を指差しながら、口を開く。


「エリ」


 ハッキリと聞こえたのはその二文字だ。もしかして名前を教えてくれているのだろうか。物は試しにエリと呼んでやると、彼女は嬉しそうに大きな吊り目を見開いた。頭を撫でてやると、愛玩動物のように目を細める。中々可愛いものだと撫でてから、外の様子でも見ようと外出しようとすると、彼女は私の服を掴んで自分も連れて行けという風に目で合図する。特に用事があってのことではないので承諾すると、キリッとした顔立ちを若干緩めて私の横に並ぶ。そこまで遠くまで行かないように気を付けて外に出る。深夜どころかそろそろ日が見える時間帯なので冷え込んでいるが、エリの持ってきてくれた毛布の御蔭でそれほど寒さは厳しくない。綺麗に見える星空が役目を終えて去る。そして朝が始まる光があらわになる。高い建物の無いここからだと、その全てが鮮明に観測できる。天体観測などの趣味があるのなら一度は来るべき所だ。そんな洒落た趣味を持つ友は私には居ないが、好きな人に出逢えば、是非とも紹介したいものだ。白く濁る吐息に冷気が乗る。この息が空気を舞い、まだ見たこともない土地に届くのだと、沢山の出会いを予感させるものだとしたら、とてもロマンチックだなと独りでに考えていると、暇になった少女がクレームを入れていたので、彼女の手を掴んで、適当にそこいらを歩く。彼女は動いていれば楽しいようで文句なく連れ添う。


 意味ありげな視線を投げる少女を連れて、日が明けた頃合いに一際大きな家に戻る。その頃にはもうエリは寝てしまっており、歳相応な寝顔を晒す。私は彼女を背負って帰り、家に着くと彼女を私用の筈の少女たちが寝ている布団に横たえる。私はやっと一人になってふっと一息吐いた。ここのところ疲れる事が多かったので、休息はとっておきたい。仕方なく私はテーブルとセットで用意されていた背凭れ付きの椅子に座って適当に取ってきた毛布を被って瞳を閉じる。



 数時間も経たずにティリーンに起こされた。まだ全然睡眠不足だが、仕方なく起きる。悪戯に微笑む彼女は寝ぼけ眼の私に自身の下を見るように促す。意図を考えるのも面倒なので言われたままに目線を下げると、そこには不自然な形で寄り添うエリの姿があった。意識は一気に覚醒した。ティリーンは随分と気に入られたものじゃなと軽口を叩くが、私としては少し重い愛情表現に見えて仕方がない。長居をするつもりのない私にとってはそれは心苦しくある。丁度目を覚ました少女におはようと声掛けると、彼女は意味を理解できないので小首を傾げたが、なんとなく挨拶であることは理解できたみたいで、ぎこちない言葉でおはようと紡いだ。献身的な少女だと感心すると同時にどうしようかという言葉が頭を巡った。


『おはようなのー』


 微妙な空気を取り払ってくれたのはアーモロだった。今日も通訳をかって出てくれるそうだ。感謝を伝えると彼女は謙遜しながら私に抱き着く少女を見て、幼い子が好きなのかと疑問を投げ掛けてきた。特にそんなことはないがと伝えると、その娘がこの人は私の旦那様だからと強く言っていると言う。そんな訳があるかと少女を見遣ると、確かにエリは眉間に皺を寄せた表情で犬歯を剥き出しにし、威嚇するようにアーモロを睨んでいる。その表情でその台詞なら間違いはない。しかし内容に心当たりがない。アーモロを通じて会話をすると、どうやら私はとんでもないことをやらかしてしまっていた事が分かった。昨日の話ではあるが、彼女が料理を持ってきた時に私は正座をしたまま彼女に頭を下げた。それはこの種族の間では求婚を行うときに男が女にするものらしい。つまりは、私は預かり知らぬところで求婚を行い、またまた預かり知らぬところで成就させていたのだ。文化の違いとは恐ろしいものである。エリは勘違いであることを知ると涙を堪えて俯向く。




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