エリーナ砂漠 2
悶える化物に慎重な足取りで近づく。もしあれが急激に動き始めた時に対応できるように細心の注意を払う。あれは一発でも食らうと大変なことになる可能性がある体液を放てる。慎重に事を運ぶのが最優先だ。しかしながら、臆病になりすぎるわけにもいかないので絶妙な距離感が求められている。そこまで器用さに自信がない私にとっては難題と言っても過言ではないものだったが、不思議とあれが暴れ始めるのは体感でまだ先だと伝えられる。生物としての直感が鋭くなっているみたいだ。私はその自分の感覚を信じて只管突き進む。音による麻痺が取れ始めた所で漸く理想な位置につく。
「ティリーン、頼む!」
ティリーンに合図を送ると、了解とともに集められた砂が私の眼前に集まる。身の危険を察した芋虫は必死に逃れようと身を起こすが、もうその時には手遅れだ。私は前回の失敗と同じように拳を構えて魔力を這わせる。身体のストッパーも外して力を上限を決めずに振り絞る。怒号をあげながらストレスを吐き出すかのように全てをぶちまける。相変わらず肩は外れるわ、骨は傷つくわでろくな攻撃ではないが、これが最も妥当な策だと踏んだ。集められた砂は砂塵をあげて爆発する。再度鳴り響く轟音に巨体を揺らしてそいつは苦しみ、また動きを止める。そんな化物に四散した砂が覆い被さるように飛び散る。思っていた通り、表面の体液はそれと合体して溶けながらも飽和したような状態になる。私はその間に腕を直して剣を抜く。砂が付着した部分を確認しながら踏み、身体をよじ登ると、中心地から尾の方に向かって刃を立てて切り裂いていく。絶叫しながらも動くことの出来ない化物はもうされるがままに引き裂かれて最後には絶命した。金色の剣が私の想像以上に強くて助かった。役目を全うした刃毀れ一つない刃を見て感謝を思う。あの全てを溶かしてしまいそうな体液を直に受けてこれなのだから凄いの一言だ。
蒸発する様に消えていく化物を見ながら後退する。死んだ後にも体液をぶちまけるという悪足掻きを見せてきたからだ。冷静に対処すれば回避も楽なくらいのものなので大丈夫だが、気が休まらないのはいただけない。溜息の一つも吐きたくなるが、そこまでの余裕はないので淡々と避けてティリーンの元へ帰る。
「怪我はないか?」
仁王立ちで迎えてくれたティリーンに大丈夫だと手を振りながらも項垂れる。そもそも体調が悪い状況で無理な動きをしたせいで空腹だけではないものまで訪れそうになる。一番の危険分子を排除できたのだからやっとゆっくり出来ると考えていた。そんな私を嘲笑うように複数の殺気が後方から向けられる。冷や汗を垂らしながら、ティリーンとともに後ろを振り返る。そこには今先程倒したものと同種と思われる巨大な芋虫がご満悦な表情で此方を見下ろしていた。その顔は生きの良い餌を見付けたと雄弁に語っている。冗談だと言ってくれと愚痴りたくなるのを飲み込み、私達は背を向けて逃走を図った。その進路を阻むように数体が地面から顔を生やす。
完全に囲まれた。一体一体ならば処理することも出来るが、複数囲まれてしまうと難しい。もし四方八方から毒液を振り撒かれでもしたら目も当てられない状況に陥る。何とか打開策を練ろうとするが、疲労からか頭がうまく回らない。
「ーーー!!!」
もう駄目かと半分諦めかけていた私達の耳に雄叫びが届く。人間のような声だか、聞いたことのない言語であることは間違いない。音源の方を見遣ると、松明を持った無数の人間が此方に向かってきていた。彼らは文明が発達していないのか獣の皮をそのまま腰に巻いているだけの格好で、木に大きな石をつけただけの武器を上げて威嚇をしている。一定のリズムで出される音は人間の喉から出ているとは思えないほど大きなもので、それだけで化物共を怯ませる。彼らを恐れているのか、化け物どもは先程の威勢は何処へやらといった感じで退却を余儀なくされた。緊張の取れた私達がホッとしていると、理解できない言語を話す原住民たちに囲まれる。お礼の一つでも言おうかと思っていると、彼らは何故か武器を構え始める。どういうことだと言いたいが、敵対するというのなら此方も応えるまでだ。剣を向けようとしたところ、剣に擬態していた伝達の精霊、アーモロが唐突に姿を現す。
『ここはアーちゃんの顔に免じて抑えるのー。』
ぼんやりとした彼女に毒気を抜かれる。戦闘意識は弱まり剣の構えを解く。闘志を見せていた彼らもアーモロが顔を出した瞬間、一斉にひれ伏した。彼らもまた、精霊を信仰する種族なのだろうか。気が抜けた私が呆然としていると、アーモロは此方に振り向き、彼らの言葉を伝えてくれる。そう考えれば、彼女は全ての伝達を司っているので、どの言語であっても読み解き、伝えることが可能なのだ。そんな彼女の情報によれば、彼らは単に自分たちのテリトリーに入ってきた人間を捕えようとしたにすぎない。不確定分子を取り除くのは世の常だ。彼らはそれを実行したに過ぎなかった。私はアーモロを通じて彼らに謝罪を入れると、彼らは心良く許してくれた。どうやら野蛮という訳ではないらしい。
お詫びがしたいとのことで、招待されたのは彼らの住み処。テントのような家が立ち並ぶ此処は、移動しながら放牧や狩りを行う彼らの今の現住所とのことだ。そういう種族が居ることくらいしか知らなかった私には新鮮だったが、この砂漠地帯では珍しいものでもなく、何処の人間でもそういうやり方をとっているらしい。そうでもしなければ、この劣悪な環境下で生き抜くことはできないそうだ。年がら年中暑いここに四季というものが存在するはずもなく、一年中茹だるような暑さが続く。
それは人間だけでなく、動物にとっても同じことだ。ずっと同じところに居座れば、資源なんて直ぐに枯渇してしまう。だから、新天地を求めて、次々と居場所を変えるのだ。そうなると、狩りが出来なくなるので人間達も移動を開始する。そうやって人間と動物のいたちごっこは永遠と続くのだ。その輪にはみ出しているのは、道中出会ったあの巨大芋虫。名前をワームと言うらしいが、あれだけは何処にでも生息している。私達は見事に術中に嵌まってしまったが、あれは、オアシスに人間が集まるのを理解していて、狙いを定めた泉に予め睡眠効果のある体液垂らしておくのだそうだ。日の光が大嫌いなあれらはそれを使って対象が寝て日が落ちるのを待つ。そして寝ている間にペロリと丸飲みにする。つまりは、私があと少しでも起きるのが遅ければ彼処で御陀仏になっていた。背筋が凍るような話である。
そんな話を聞きながら連れてこられたのは、テントのような小さな建物が並ぶなかで、唯一の大きな家。恐らくは彼らの族長の家だ。一度は族長との面会わせをするのが、この場所に入る条件なのだ。そう言うしきたりは何処の場所でもある話なので、素直に面会する。
大きな建物の奥から出てきたのは、恐らくこの中で一番図体の大きな男。鋭く睨み付ける眼光は獣そのものである。理性を感じさせない男は、何やらティリーンを見ると騒ぎ出した。翻訳を頼んだところ、彼はティリーンを欲しがっているようだ。ここにおいては、強さこそが権力の証であり、強ければ幾ら傍若無人な行いをしても許されるそうだ。私はティリーンに良かったなと心にもないことを言うと、彼女は私を頭を叩く。勿論冗談であり、彼女を渡すつもりなど微塵もない私は、彼にその旨を伝える。アーモロの必死な説得も虚しく、彼は憤慨して私に決闘を申し込んできた。私はそれを受けるべきかどうか迷ったが、ティリーンがさっさと勝ってこいと言ったので、受けることにした。彼女のご要望の通り、さっさと勝ってしまい、飯でも貰えれば御の字である。
腹を立てる族長に従い付いていくと、開けたところに着く。どうやら此処で雌雄を決しようと言うことか。面白いと思い腰に差していた剣を抜く。彼もご自慢の鋭い石を木にくくりつけた武器を構える。左右に反復横飛びするその動きに何か意味があるのかと思考しているうちに、試合の鐘が鳴った。
「ハァアアア!!」
先手必勝。先ずは私が攻撃を仕掛ける。出方を見るまでもなく、速攻で終わらせる。低姿勢から横一線に切り抜かれた空間には族長の現在地が含まれる。勝ちを確信する私の頭が殺気を捉える。何事かとその場を退くと重たい一閃が繰り出される。紙一重で回避できたが、今のは危なかった。一撃を貰ったところで降参しなければ負けないこのルールでは関係ないのだが、今のは頭にクリーンヒットしていれば、死んでいた可能性すらある。私は気を引き締め直す。一切の油断を断ち、目の当たりにしている情報を正確に捉える。明らかに目につくのは、あの謎の動き。そして先程から自分からの攻勢を取らない。カウンター重視の戦闘スタイル。実は彼は誰よりも冷静なのだ。人を煽りながら近付きば攻撃が当たったように見せて、油断させ、その首を刈り取る。何とも理想的な運びだ。そんなものに引っ掛かったかと思うと、恥ずかしい限りだが、これは上手いこと事を運んだ彼を称賛すべき事柄である。
折角なので、ここらでその術を教授していただこう。私は無鉄砲に飛び込む。同じ動きを繰り返す彼に武器を振りかぶる。そして当たる手前のところで、中断して冷静に注目する。すると、彼は私の剣撃の一閃をギリギリ当たらない体勢で待ち構えていた。手の内は、その圧倒的な予測能力にあったと言うわけか。マジックの種を明かしてしまえば、後は簡単だ。私は後ろに下がりながらも砂を拾って彼の目を狙って投げ付ける。
「ーー!?」
叫ぶ男は視界を塞がれる。その間に腹に蹴りをいれて体勢を崩し、四肢に丁寧に剣で一回ずつ刺し込み、動けない状態にしてから降参しろと問う。まだ戦う気力は折れていなかったが、私が首を少しずつ切っていくと漸く降参した。何とも我慢強い奴だ。素直に褒めたい。




