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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ラルームの森  5

 彼女に促された食べ物を食べて過ごした私の身体は日増しに悪くなっていった。どうやら当たってほしくなかった推論は的中していたと言う事に他ならない。しかし、それだとして彼女がこんなことをする理由がわからない。目に見えて落ち込んでいるケレティガを見ていると、裏表なく私を心配しているように思える。そんな彼女が―。


 私は頭を振って切り替える。まだそうだと決まったわけではないのだ。自分に言い聞かせる。心の何処かで懐疑心は拭い去れないが、それでも悲しい現実を直視する勇気が私にはなかった。こんな私を見てティリーンは何を思ったのか。私とケレティガを二人にして彼女は暫くの間この家を離れた。自分の主のこんな姿を見たくなかったのだろう。私が逆の立場でもそうしていたと思う。日々やつれていく私に悲観的な想像が浮かんだのか、段々とケレティガが悲哀を顔を纏わす事も増えてきた。この負の条件を覆す方法は、実はもう分かっている。でもそれをする訳にはいかない。危機を感じる脳みそが必死に信号を伝達するが、その全てを無視してでも私にはやらなければならない仕事が残っている。


「死なないで……お願いだから……」


 泣きつく彼女の頭を撫でる。力が入らないからか撫でるというよりも置いた手が慣性に従って落ちていくのに等しい。碌な行動ができない。自分の体の不甲斐なさに苛立つがそれは理不尽な話かと納得する。涙を零すケレティガをとても愛おしく思う。そんな最中、外が騒がしくなっているのに気付く。こういう結末だったのかと怯える彼女を見遣る。恐怖が外の悲鳴により増強される。私は痩せこけた身体に二体の精霊に能力を施行してもらい一気に動ける身体を取り戻すと、傍らの剣を腰に挿し、彼女を抱えて家の裏口から出る。急な行動に理解不能なケレティガが目と口を開いてぽかんと呆けていたが、今はそれどころではない。裏口から表の確認すると、男も女も全身を鎧った兵士たちに生け捕りにされて、女の方はその場で服を破かれ犯されている。旦那の方は無理なりそのさまを見せ付けられて憤慨し暴れる様を嘲笑われれいる。惨たらしい情景だった。抱き抱えているケレティガはあまりにも残忍な人間の行動に過呼吸に陥るほど取り乱している。私だって良い気はしない。しかしこれが現時点で現実ではないと思うと、まるで歴史の教科書でも見ているような気分になる。遠い目をして様子を窺っていると、抱きかかえていたケレティガが手元を離れているのに気付く。しまったという焦りが生まれた私が周囲を見渡すと、裏の奥にあった大木を持って私の横を通り過ぎていった。下半身を露出した兵士の内、数名はそれで倒れるが、後の数人は雄叫びを上げて彼女の四肢を抑えつける。服を破こうとする男の首を私は綺麗に胴体から分裂させると、他の兵士も八つ裂きにする。


「ああああああああ!!!」


 大した抵抗もできない兵士を全員切り伏せていく。しかし幾ら切っても浮かばれない。楽しみに来ていた兵士たちは私から逃げ惑うばかりで攻勢をみせないため、全滅させるのは簡単だった。全員を殺し、後ろを振り向くと、涙を流す少女が私の後ろから抱き着いた。感謝を述べる彼女に私は向き合う。


「いつまで此処に居るつもりだ。」


 振り向いた私がそう言うと彼女はキョトンとしてから自分の体を見た。身体が段々と透けて光彩を放っている。驚いた彼女は必死に叫び私に助けてと何度も叫ぶが私はそれに答えない。何故ならそうならなければいけないから。元々私と彼女が出会ってしまったのが間違いだったのか。いや、何度も繰り返される残虐な体験をここで断つことこそが彼女にとって最も良い筈だ。私は消えゆくもう実体が薄れた彼女に抱きつき、後で行く、向こうで会えたら会おうと、伝えると、涙を流していたケレティガも絶対だよと呟き、全てを消し去った。


「くそ……」


 無力さに膝をつく。彼女が消えると同時に集落の建物は錆び果てて蔦が絡みつき、殺された人間たちは姿を消した。そこは寂れた集落の様相を呈していた。私の目線はケレティガの家に向く。立派な一軒家は錆びて蔦が這っても尚その大きさを保っていた。実際ここに今まで居たのかと思うと乾いた笑いすら溢れる。そんな私の頭上から一冊の日記帳が舞い落ちる。頭の天辺に痛みを覚えながら落ちてきた方向を見ると、建物の上に居たティリーンが私を見下ろしていた。此方が気付いたと感じ取ると、私の傍に下りる。そして今渡された日記帳がケレティガの生前のものであることを伝えた。確かに日記帳の表紙にはケレティガの名前が綴られていた。涙を堪えながら日記を開くと前半には父と母が居なくても集落の皆が助けてくれるという旨のことが殆どだった。明るい彼女の性格に皆が手を伸ばしてくれただけなのだろうが、彼女にとっては最大の感謝だったのだろう。父や母が亡くなった敬意についても途中途中で紹介されていた。概ね聞いたものと同じである。更に日記を捲ると、不穏な動きを見せる人間を森の近くで確認したということが書かれており、敵について考察してる部分もあった。描かれている紋章も遠目から覚えて日記の端に描かれているが、明らかにそれはキーリス帝国の兵士のものだった。次々とページをめくる。長々と敵の動きの考察が書かれていたが、ある日を堺にして字が震えているものになりその内容は帝国兵に捕まった彼女が如何に辱められたかという内容だった。事細かく書かれているところを見ると、これを書くことを強制されたのだろう。その後数日続いた日記はやっと死ねるという一言で締められて、その後の記述はなかった。


「もう分かっているとは思うが、主様が戯れていたのは本人ではない。彼女の無念が生んだ唯の幻想じゃ。主様はそれを知った上で彼女の無念を晴らしてやろうとしたのじゃろうが、そんなことをして何の意味がある?結果的に主様が傷ついただけなのじゃ。」


 ティリーンは正論を言う。確かに私は途中からこの集落が偽物であることは気付いた。腹を下したのも食べ物に見せかけた落ち葉などを食べているからだし、ケレティガが居ない時に見えた現実と居ない住人を見て理解できないほど馬鹿ではない。でも、それでも私は信じたかったのかもしれない。彼女が生きているのだと。願望にも似た虚像は一瞬で砕け散ったが、それでも私は彼女が繰り返される悲劇のヒロインを演じさせられ続けるところなど見たくはない。


「こんな主で失望したか?」


 何気なくティリーンに訊ねると、彼女は首を横に振ってそうではないと零す。そして続け様に主様の傷ついている様を妾が直視できなかっただけじゃと本音を漏らす。私はそれに心配してくれてありがとうと返すと、集落を出ることにした。そんな私達の進路を塞ぐように半透明な人形の何かが眼前に立ち塞がった。敵かと思い剣を取ろうとするが、その手をティリーンが止めた。理解の及ばない私が困惑していると、口もないのに半透明のそれは言葉を発する。


『やはり人間と言うのは愚かなものだ。あの娘は我々を巻き込んでまで全てをやり直したいと願った。言うなれば、森の精の長になれた。彼女はそれほどに強い力を有していた。しかし、それをこんな下らないことに使い果たした。死なずに済んだのに無駄死にだ。』


 淡々と語られるのはケレティガの愚行。何故彼女にそんなことができたのか。それは森の精が聴こえるまでの非凡さ。そして強い願い。その両者が現行の森の精の神聖さを追い越した。もう少しそうなるのが早ければ、帝国兵を圧倒し、退けることが出来たかもしれない力。彼女はそれを死に際に手にしていた。あまりにも遅すぎるものだった。全てを失った彼女が求めたのは、全てのやり直し。皮肉にもそれによって繰り返される惨劇と屈辱。心が磨り減り力は段々と弱まり、私が助け出した時には、もう実体を保つだけの力も残っていなかったのだ。


『まぁ、やっと我々森の精も彼女のお遊戯会に付き合わされなくなってホッとした。イメージを具現化するのは骨の折れる作業だったから。』


 森の精とやらはそう愚痴ってから、私達を下山ルートに案内した。土地勘のない人間ではどうやっても出られない様に設計されているらしいので、助かる。こんなところで野垂れ死にするのは御免である。足場の悪い獣道を掻い潜ること一時間程で森を抜ける。案内してくれたそれに感謝を伝えようとしたが、森を出るとそれの姿は見えなくなった。ティリーン曰く、そう言うものなのだそうで、私は気にしないようにして次なる道を歩き出す。ケレティガの想いはしっかりと心に刻んでいる。待ち受ける一面に広がる砂漠が何処まで続いているのか分からないが、歩むための元気はある。



 暑い日差しのもとで喉の乾きを覚えながらも必死に一歩を踏みしめる。柔らかい地面は気を抜くと足をとられようになるので、適当に歩くことができない。慣れない土地に余計な気力を使う。しかも、時折木が一本立っているくらいしか背景が変わらないので、非常に何処にいるのか分かりづらい。どうにか町まで辿り着きたいのだが、そんな感じのものは此処からでは全くと言って良いほどに見当たらない。流石のティリーンも暑さで項垂れてしまっている。


「何処まで歩けば良いのじゃ。全く、ラルームとの温度差が激し過ぎる。」


 此方側から見れば、薄黄色い砂漠の中にポツンと存在するラルームの森の方が異形に見える。明らかに違和感だ。森の精に管理されているところとされていないところの差がはっきりと出ている。ここまではっきりだと文句も言えない。


「仕方ないさ。あのなかはどちらかと言うと、自然すぎる環境。此方は完全に人間が手を加えて失敗しちゃったものだ。文句を言うなら、開発事業に失敗した事業者に言わないと。」


「分かっておるわ。まったく。」


 愚痴を垂れたところで現状が何か変化するわけでもない。今は唯、前に進むことだけを考えて、町に遭遇するのを祈るばかりだ。

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