ラルームの森 3
力なく脱力したケレティガは、体が洗い終わると同時に風呂場を脱出しようと試みるが、その小さな野望は、ティリーンが手首を掴む事によって拒まれる。絶望感に包まれる彼女にティリーンは少し待つように命令して、自身の体を素早く洗うと、風呂に浸かるように手を引っ張った。今度は私が焦る。それほど大きくない風呂釜は、大の大人が三人も入ればどれほどの密着を強いられるか分かったものではない。言い争う彼女らを尻目に風呂を出ようとすると、絶妙なタイミングでティリーンに目線を配られ、無言の威圧をくらう。逆上せてきている頭が身の危険を察して大人しく座す。
「お、お邪魔する!」
テンパりすぎて最早自分が何を言っているのかさえ、自覚しているか怪しいケレティガは、全身を真っ赤に染めながらお湯に足を伸ばした。手で体を隠しながらも隠しきれていない恵体が、目の前を通り、次第に湯に浸かる。広げられた私の両足の間に足を差し込む。
「……っ!」
時折肌が触れ合いその都度彼女は声にならない悲鳴をあげる。何故彼女はここまでしてくれているのだろうかと思わなくもないが、私も冷静に事を見届ける事が出来るほどに成熟してはいない。体の前側を見られなくない為か、背中を預けるような姿勢で湯に浸かるため綺麗な臀部からうなじまでのラインを全て鮮明に記憶した。なだらかな曲線美に生唾を飲んだのは言うまでもない。
その様子を愉しげに見ていたティリーンは、自身も交ざるために、態々私の後ろにスペースを無理矢理開けて、そこに入り込んだ。背中に大きく実った果実が押し当てられてそこから彼女の体温が伝わる。前方は、ティリーンに背中を押されたため、結果的に私の体をケレティガに押し付けるような形になり、何処とは言わないが、たぎった部分が彼女の熱い部分を撫でる。此方に顔だけを向けて睨み付けてくる彼女に、私はわざとではないことを伝えようとするが、頭がぼんやりとして口が動かなくなってきた。本格的に逆上せてきた事を理解し、何とか風呂を出ようとするが、二人に挟まれるような形になっているので抜け出せない。駄目だこりゃあと結論が出たときには、気が遠くなっていた。
気を取り戻すと涙目のティリーンが必死に謝罪をしていた。意味のわからない私が身を起こそうとすると、その肩をケレティガが押さえた。もう少し寝ていろと強い口調だが、優しいことを言う。
冴えてきた頭で思考して私が逆上せて倒れてしまったことを理解した。彼女達は自分たちの責任を感じているのだろう。二人揃ってしょぼくれた顔をしているので、どうしたのかと思っていたが案外矮小な事柄だった。目元を赤く染めたティリーンと腕組みしながらもチラチラとこちらの調子を窺うケレティガを両腕で抱き締める。素直に受け入れるティリーンと僅かな抵抗をみせるケレティガは対照的のようでその実似通っている。どちらも甘えたい盛りなのだ。ティリーンは言うまでもなく、ケレティガも今日一日を通して寂しがり屋であるのとは分かった。獣を助けるときも、独りぼっちのところを見て直ぐに助けようとしていたし、そのあと餌場で仲間と出会った獣を見て、暖かい視線を送っていたので、それが何となく自分を鏡で見ているようなそんな印象を受けたのだ。よく考えれば彼女の両親の姿を見ないし、孤独なことの怖さを彼女は実感しているのかもしれない。
「……ン」
強く抱き締め続けていると、二人も手を回してくれた。三人で抱き合うような形になった。寝かされていたベットに三人の重さが伝わりギシギシと老朽化による叫びが聞こえるが、それは関係なく三人で同じベッドに横になる。掛け布団のなかに全員で入ると、私は二人を両手に抱えて人の温もりを確認する。
「ふふっ、まるで父と母が居たときのようだ。」
三人でくるまっていると笑みをこぼしたケレティガが寂しげな目をしながら呟く。言いたくないことなら言わなくても良いぞと言い掛ける私の口をティリーンが塞ぐ。ここは彼女に昔話をさせて楽にしてやる場面だと教えてくれる。吊った目を緩ませたケレティガは、予想通り父と母に関する過去話を語る。それは彼女が人間を嫌悪している理由にも繋がる話だ。
ラルーム族では仕事が各自の家庭によって決まっており、嫁入りをすると、入った先の家の仕事をしなければならない。ケレティガの両親は何でも屋の家系を継いでおり、今よりオープンだった環境は彼らを外部へ誘った。森の外は沢山の物にあふれて、様々な特徴を持った人間が跋扈し、幼かったケレティガにとっては興味を唆られるものだった。俗世を断つような思想を持つひとが多い中で彼女の両親は変わり者だったのだ。優しい性格で影響を受けやすい。その上素直であるから集落の者は彼らがいつか人間たちになにか酷い仕打ちを受けないかと心配していたらしい。その心配は見事に的中することになる。いつものように親に連れられて街に出ていたケレティガは何人かの男たちが此方をつけてきてるのに気付いた。両親にそれを告げると、顔面を蒼白にしてあまり目立った姿勢の変化は付けず、彼女に逃げろと告げたらしい。その後に聞いた話ではあるが、同族のはぐれ者を集めた孤児院がその少し前に人間たちに襲われたという情報を掴んでいたため、自分たちが襲われそうになっているのだと父親は即座に判断できたらしい。それはともかくとして、一人逃げ出したケレティガは難を逃れて集落まで戻れたが、両親はその後集落に帰ることはなかったそうだ。彼らがどうなったのか。彼女には調べる術もなく、唯人間への恨みだけが募っていた。
「まぁ、お前を見て、人間を全て嫌う理由はないと思ったがな。」
私の無骨な腕に身を預けながら彼女は最後にそう締め括ってくれた。美男美女の多いこの集落の種族は、人攫いにとってみれば楽園と言っても良いだろう。恐らく高価で取引される。もしこの場所の情報がバレでもしたら大変だ。彼女が直ぐにどうやって入ってきたのか尋ねてきたのはそういう事だったのかと今更ながら納得がいく。
「暗い話ばかりでは気が参るもう寝よう。」
話の聴き終えた後、ティリーンのその言葉を合図にして私達はそのまま就寝した。
静けさに包まれながら起床したときには、気怠さはなく、昨日は気づかなかったが、ラルームの民族衣装を着せられていることを知る。二重構造で下地は白地で全身を覆い、上の生地は間接部の空いた鮮やかな色彩が描かれている。華美な服装なので、自分にはあっていないような気がするが、あのぼろぼろな服を今更着直す気にもならないので、有り難く着させてもらう。
どちらが着せてくれたのかは知らないが、二人共にお礼をしてベッドを出る。私を掴んでいた手も優しくほどく。気分が良いので家を出て早朝の空気を鼻から一杯吸い込んで、口から吐き出す。数回繰り返すと体内が綺麗になったような感覚になる。実際にそんなことはないが、気の持ちようとは大事なことで、幾分か気分が上がる。行動する気力が沸いてきたのでついでだと思い水場に向かう。まだ誰もいないそこで顔を洗ってから、口を濯ぐ。吐き出すと鬱陶しい粘着質の汚れが剥がれる。もう言うことなしな状態に満足感を覚えて帰還する。玄関の扉を開くと、腰に手を当てたケレティガが立っていた。半目で明らかに寝起きで寝惚けている。そんな形相の彼女は、不安な足取りで近寄ると、私の腕を取り、寝室まで引っ張ろうとしてくる。もう起きたのだから、二度寝はしたくないと思うのだが、寝惚けた彼女はやだやだと駄々をこねて我が儘を言う。その言葉の端々に父上と溢しているので、どうやら私を父親と間違えているみたいだ。しかし、それを否定しても今の彼女に有効だと思えない。
「はぁーやぁーくぅー」
大人びた印象の薄れた彼女に強引に引き摺られながら結局思考は纏まらず、されるがままに寝室へ舞い戻った。掛け布団を抱きしめて主様と寝言を漏らすティリーンの隣をポンポンと叩かれるので、お邪魔しますと昨日のケレティガのように一言言ってから座ると、一気に抱き着いてえへへと笑む。大変可愛らしいのだが、その無防備さは親族以外に晒してはいけない類のものだ。彼女が正気を取り戻した時、羞恥に震えることになるだろう。それはそれで見てみたい気もするので、何も指摘しないが、幸せそうに私を包むケレティガは一時すると穏やかな寝息を零す。漸く動けると腰を上げようとした私はそこで彼女が思ったよりの力を込めている事に気付く。当然立ち上がるためにはこの拘束を逃れなければならないのだが、纏わりつく腕を掴むと顔を横に振りながら拒否する。仕方ないので彼女が本格的に目覚めるため唯その時を待つことにした。
時間を要すると思っていた事象は想定外に早く起きる。それほど眠れていないであろう彼女の目は、少ししてから開く。またして寝惚けた目で私を見上げてくるので、おはようと挨拶をすると、彼女は一気に目を見開く。
「ちょっ、なん、えっ!?」
慌てて抱きしめていた腕を解き、壁の端まで逃げる。無駄に傷つく反応ではあるが、その程度の心の傷なら直ぐに修復する。私は漸く立ち上がれたので、背を伸ばすように屈伸すると、彼女の先ほどまでの行為を自身に言い聞かせる。予想通りに顔面を真っ赤に染めた彼女の拳はとても正確な曲線を描いた。
「へ、変態!なんで途中で止めさせないのよぉ。これじゃまるで……」
キッと私を睨みつけたケレティガは別に何でもないからと要領を得ない事を吐き、部屋を出て行った。殴り飛ばされて頬を痛めた私は目を擦りながら今頃起きたティリーンに意見を頂こうとするが、質問をする前にそれは自分で考えるべきことじゃと釘を差された。ティリーンも出て行った寝室で私は理不尽さを嘆いたのだった。




