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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ラルームの森  2

 視線を感じながらもそれほど広くない集落を散策する。森のなかの小さなところなので時間が余りかからない内に全部を回り終わる。気性を穏やかな人物が多いのか、人間だということで睨みつける人はいても無闇矢鱈と襲い掛かってくるようなマネはしない。不快感は有るのだろうが、野蛮な行為はそれ以上に好まないのであろう。それに近くにいるティリーンを神獣だと気付いている老人たちは、私をその使い程度に考えているらしく、それほどの嫌悪を向けない。彼らの中で精霊や神獣に付き従えるのは誠実で無垢なものだけだと過信しているからである。私のこれまでの行いを言い聞かせれば彼らどんな反応を見せるのか見物ではあるが、グリズと同様の反応を見せるのがオチだろうと思い至る。


 一通り回った私達はケレティガの家に案内される。彼女の家には空き部屋が一室あるそうで、そこを貸してくれる事になった。その代わりに仕事を手伝うという条件がついたが、元よりなにか手伝ってタダメシ喰らいは回避したいと考えていたので丁度良かった。彼女の仕事というのも基本的には何でも屋のようなもので、困っている人の悩みを聞いて、解決するというものだ。漠然としない内容だが、人の役に立てるのならこの手を貸すことに躊躇いはない。


「ティリーン様は家で待機していて。この後、老人たちが来る手筈になっているから彼らに神獣であることの説明と良ければ高説垂れてくれれば尚良いわ。」


 少し毒のある言い方だがこれは彼女の持ち味というやつで、裏がないのは関わりを少し持っただけで理解した。ティリーンは私に付いてこようとしていたが、ケレティガに先手を打たれてしまったので、悲しそうに此方を見遣るばかりで目で訴えかけてきた。私が行ってきますと告げると彼女はがっくりと肩を落とす。



 ティリーンを置いてケレティガと外出した後、家を離れたところでケレティガは大丈夫なのかと私に訊ねる。要領を得ない質問に首をかしげると彼女は親指で家の方向を指す。どうやらティリーンの心配をしているようだ。彼女にとってはあのティリーンの悲しそうな表情が心苦しかったのだろう。けれどそれは杞憂だ。私は悲しい顔をしながらもチラチラと此方の様子を窺っていたのを見逃してはいなかった。ああやって私達を誂っていたのだ。そのことをケレティガに伝えると、神獣とはいってもそういう茶目っ気があるのねと感慨深いように腕を組んでウンウン唸っていた。


 ややあり、集落の人間から声を掛けられた。ケレティガの何でも屋は大体がこのその辺りを歩いて声を掛けられたら、その人の悩みを聞くスタイルだそうで、基本行き当たりばったり。一日暇な時もあれば、休む余裕もないときもある。安定しない仕事だが、物々交換が原則のこの集落では、その積み重ねが大事なのだ。色々な人が支えあって生きていることを実感させられる。


「ケレティガちゃん!ウチの裏に獣が入り込んでいるみたいなのよ。農作物を食い散らかしてるから追っ払ってくれないかしら。」


 その頼みごとを請けた私達は彼女の家の裏にある耕してある庭に訪れた。確かに彼女が前述した通り農作物は荒らされ、整えられていたであろう土も乱雑に扱われている。これでは商売あがったりだ。唯一の救いは、柔らかい土に足跡が残っているため後を追いかけるのは造作も無いことだ。早速追跡を開始した私達はそれの足の付着して落ちている土を探しながら段々と近づく。足跡は庭の奥の森の中にまでつながっていて、覚悟を決めてから入り込む。獰猛な動物はそれほど居ないという情報を事前にケレティガから貰っていたので大した緊張はないが、見知らぬ土地であることに変わりないので、ゆっくりと慎重に足を動かす。


 耳に入り込んでくる情報を精査して、必要な情報だけを厳選していく。草木が揺れる音。小動物が野を駆ける音。森を流れる川の音。全てが独特の音感を持ち、耳に届く。普段であれば、風流だなと感想を述べるところではあるが、風流さに浸るほどの余裕は持つべき時ではない。


「……此方よ」


 手慣れた様子のケレティガは、私には聞き取れない程の微量の音を聞き分けて私に指示を出す。ピクピクと動く長い耳は可愛らしいだけでなく、驚異的な聴力を発揮するのに一役買っているみたいだ。端的な言葉を繰り返す彼女に従うと、犯人が見つかる。痩せ細った四足歩行の獣は、こちらが不安になる程のヨロヨロとした足取りでさまよっていた。これは絶好のチャンスであるので止めを刺しに向かおうとすると、ケレティガから頭を叩かれた。そしてこれだから人間は野蛮なのよと吐き捨てた彼女は、私の肩を掴んで諭す。


「お前にはあれが旨そうな肉に見えているのかもしれないが、あれも森の精から賜りしモノなのだぞ。我等と何も変わらない。その相手が彼処まで手負いで苦しんでいるのだ。手を差し伸べるのが、当たり前のことだろう。」


 あまり口の達者な方ではない彼女の言い分には、色々と穴があり、指摘したいとも考えたが、彼女にとってみれば、目の当たりにしているあの死にかけの獣も、川付近で死にそうになっていた私も大差ないのだと気付くと強く出れなくなった。溜息をついた私は大人しく彼女に従うことにする。論破できたと誇らしげな彼女の表情はどことなく苛立ちを覚えるものがあるが、まぁ良い。此処は彼女を立ててやることにする。それは良いのだが、どうやってこの獣を助けるというのだろうか。まさかコイツに食べ物を恵むために態々集落に飯を貰いに行くとでも言うのか。ケレティガに疑問の目を向けると、彼女は又しても誇らしげに胸を張り、自分に特殊な能力が有ることを告げた。それというのが、森のモノならどんなものでも対話することが出来るのだ。聞いた話では山菜などの思考しないものは端的にしか対話できないが、脳がある動物などは立派な会話が出来るとのこと。彼女はそれを用いて、獣を餌のある草の多く生い茂った場所へ連れて行くと策を打ち上げる。それはそれで面倒くさいが、やる気に満ちた彼女の前では私の戯れ言や愚痴など通用するわけもなく、慣れらない山道を一日中歩いた。





「あー、疲れた。」


 風呂釜から溢れるお湯が心地の良い音を奏でる中、私は疲労が溜まった身体を揉む。全く以てまだしっかりと回復していない人間にさせる労働ではない。あれから餌場まで獣を連れて行くのにもそこから帰るのにもガタガタの舗装されていない道が私の足の襲い続けた。足の裏は沁みるので恐らくマメが出来て潰れている。非常に痛い。この風呂に入ることに出来なければ不満が溢れるところだった。森のなかということもあり、自然と流れてくる綺麗な水が大量に利用できる。今入っている風呂もお湯は裏から引かれたもので、手で掬うと一片の汚れ無く滴り落ちるので本当に清潔な水だ。それに天然の特殊な葉を使って作った入浴剤と言うのは、それが入っているというだけで疲労が取れる気がしてくる。体の芯まで温まると明日も頑張ろうと思えてくるのは何故だろうか。


「ちょ、ちょっとティリーン様!?」


 そろそろ上がろうかなと考えていると、脱衣所の方からケレティガの声が聞こえた。立ち上がろうとした身体が自然と湯に浸かる。何故彼女が此処に来ているのか。私が風呂を借りているのは家主である彼女自身がよく知っていることだろうに。これはもしかして何かが起きようとしているのではないかと身構える。


 予想は的中する。


「背中を流しに来たぞ!主様!!」


 せめてタオルで胸部や陰部を隠すなりすれば恥じらいがあって良いのだろうが、丸裸で扉を開いたティリーンはにこやかな我が物顔で闊歩すると、私に立ち上がるように進言した。当然彼女に洗われずとも、風呂に浸かる前に身体は隅々まで洗っているので必要ないと断言するが、彼女はそれでも構わないと再度要求する。背中を流すというのを一回やってみたい。ティリーンが言った理由は以上で全てだ。それならケレティガを洗ってやればどうだと冗談をかますと、それは良いアイデアじゃとにっこりとして脱衣所で固まっていたケレティガの服を一気に取っ払う。私は目線を壁の方へ向けて何も見ていないし、私のせいではないと責任逃れをする。気を取り戻した彼女は一気に白い肌を真っ赤に染めて羞恥に震えていたが、その姿は本人が思っている以上に扇情的であった。耳まで真っ赤にした彼女は平常時の威勢を失い、両手で出来る限りの露出部を減らしながらもティリーンに連れられて入室する。私が居るので恥ずかしいが、純粋な厚意で体を洗おうとしてくるティリーンに律儀にも反抗できないでいるのだ。


「や、優しく頼む。」


 目一杯ぎゅっと目を閉じたケレティガは、いつでもかかってこいと言わんばかりに気合いを入れてから、か細い声を呟く。人に洗われなれていないのか、ティリーンが泡のついた手拭いで体を撫でる度に、身を強張らせて喘ぐ。淫靡で蕩けた目の彼女に建前も無くしてガン見してしまう。


「ば、ばかみるなぁ」


 益々身を縮めた彼女は、右手の人差し指を噛んで声が漏れるのを防ごうとする。しかし、そのさまはまるで情事の真っ最中のようで更に心の奥底が掻き立てられる。いい加減にしろと零れる言葉も私の心には届かない。


「むぅ」


 彼女に釘付けになっている私を視認したティリーンは、八つ当たり気味に粗っぽくもねっとりと手を這わせる。その手には既に泡のついた手拭いの姿はなく、ただ性感を高めようとしてくるティリーンの手しかない。しかも、優れた技巧で元よりある程度の快感を覚える場所には手を伸ばさず、首もと、横腹、手首などを開発するという荒行を見せ付けた。まとわりつく手のひらに何度が抵抗をみせたケレティガであったが、最終的には細かい吐息を溢すだけになった。口の端から垂れる唾液は淫靡に輝いていた。



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