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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ラルームの森  1

 警戒心の強い美男美女に睨まれながら彼女の暮らしている集落に迎え入れられた。誰もが長い耳と整った顔をしている稀有な民族は、不愉快そうにしながらも私達の手当てを行ってくれた。私達を案内してくれたケレティガには感謝してもしきれない。


「治療が終わり次第、どうやってここに侵入したのか教えてもらうぞ。」


 不器用に腕を組むケレティガに頷きながらも、絶対安静の身体をふかふかのマットに横たえる。助けてくれた恩人に訳を話さないのは不義理である。わざわざ命令の体を取らなくても良い。少し話してみて思ったが、彼女はぶっきらぼうに見せて実は優しい不器用な人間なのだと思った。病室を抜けていく彼女を目で追っていると、その頬をティリーンに掴まれる。また他の女の尻を追うつもりかと眉根を寄せながら問われたので、大人しくベッドに潜った。全くと吐息をつく彼女は我が儘を言う子供を見るような目で見てくる。それほど見た目も精神年齢も若くはないと自覚しているのだが、精々三十年も生きていない人間は、彼女にとってみれば、赤子も同然なのかもしれない。こういうところで何気なく彼女が人間とは一線を画した存在なのだと思い知らされる。


「まぁ、不貞をねちねちと問い質すほど、器量の狭い女ではないつもりじゃ。主様が最終的に辿り着くのは妾の隣だけじゃからな。」


 余裕な表情の彼女に左手を握られながら、私はそのまま眠りにつく。




 暫しの休息を満喫した私は長々と眠りこけていたらしく、目覚めたのは、日が跨いだ後だった。差し込む陽射しに右手を翳すと、日を浴びた掌の血潮が映る。清潔さも何もないガサガサの手だが、どんな時にも時を共にした相棒だ。改めて考えてお礼を述べると、部屋の扉が数回ノックされた。入室の許可を求めてきたので、了解すると扉が開く。


「失礼するぞ。」


 入ってきたのは長い髪を後ろで纏めた好青年で、目尻の上がった強気な顔立ちからは想像つかない笑みを浮かべて私を見た。彼はこのラルームの長役おさやくで、グリズと言う。私達の受け入れと治療を承認してくれた張本人でもある。そして此処は私達が暮らしている場所とは異なる場所にあるらしい。耳の長い彼らは全体的に年齢が高く、目の前の二十歳程度にしか見えない青年も聞いたところによると、百年以上も生き続けているそうだ。にも関わらず、彼よりも年を召している人がちらほらといるというのも驚きである。そんなことを言い出したら、ずっと傍で左手を握ったまま寝息を立てているティリーンのほうが幾分か年上で有るのだが、彼女に関して云えば少し慣れてしまったところがあって、別物として考えてしまう。


「ふむ、神獣様もお元気のご様子。その主たる貴様も元気そうで何よりだ。」


 ティリーンに信仰深い顔を向けてから、普通に顔に戻して私にそう言う。複雑な心境ではあるが、これには訳がある。森の奥地である僻地にしか居を構えない彼らラルーム族は、森などの自然の中で暮らす場合が多いので、当然ながら精霊などの信仰が活発だ。その筋の宗教では、神獣というのは精霊よりも権限を持っている存在であり、服従することが喜びだと考える狂信者すら居るそうだ。そこまでではないにしろ、彼らはティリーンを信仰を向ける相手として捉えている。この集落に迎えられてのも彼女がグリズに私を助けてくれとお願いしたというのが大きい。宗教に興味のない若者などは私達が唯の人間に思えたようで、敵愾心を向けていたが、そもそも彼らは人間が嫌いだというので仕方のない事だろう。そういう教育を受けてきたのならそう反応するのが当たり前である。そのような教育になったのも整った容姿が多いラルーム族の人間は、人攫いの被害に遭う機会の多いという背景もあってのことなので尚更だ。


「ゆっくり眠ることは出来たか。ウチの薬草が効いたみたいで何よりだ。それはそうと、貴様は神獣様の主であるようだが、どのような経緯でそうなったのだ。格式の高い神獣様は下位の存在である人間には一切口も利かないとも聞く。その辺りについて気になるのだ。」


 ウキウキと身を乗り出すグリズに引きながら私は彼女との出会いを語る。言うならば馴れ初めと言っても良いかもしれない。思い返してみれば辛い思い出でもあったが、メイカが亡くなったのは私のせいであり、悔やんでも何も始まらない過去の話なのでサラッと紡ぐ。私が死んだ後にあの世で彼女から散々罵られ、報復を受ければ良いことだ。ティリーンの頭を撫でながら抽象的な感じに纏めてダラダラと私の旅をたどった。


 時折身を揺らすほど興奮していたグリズは、話が終わると、一息ついた。人と上位存在が交わるというのはとても希少な事象に見えて、どこでも起こりうるものなのだ。それは相手がティリーンならばという訳ではない。アーガレーヴィンで出会ったレザカの師匠であるヒーロも人と交わり、操を立てるまであった。彼女彼らは人間と同じで考えて自分の意志で行動する。人より長い年月を生きて強い力を持つが、それは神様から貰ったおまけのようなものである。こんなことを言うと、信仰している人たちに怒られるだろうが、本質的に神獣も精霊も人間も変わらないのだ。唯個々人に個性と呼ばれる良し悪しが有るだけ。短気な奴が居れば気の長い奴も居る。泣き虫が居れば活発な子もいる。何も変わらない。どの種族で生まれたかだけの違い。私の持論に彼は頷いてはくれなかったが、否定まではしなかった。そうこう話し込んでいると寝ていたティリーンも目を覚まし、グリズの案内で食事処に連れられた。


 木々が美しく重なり合い柱の役目を成し、完璧な自然の調和が取れた建物では、大きな葉を皿の代わりにして皆が朝のひと時を楽しんでいる。机や椅子も自然にできた窪みやらを利用しているので利便性で云えばそれほど良くないが、子供の頃に友達と集まって作った秘密基地がどことなく思い出されて懐かしい気分になる。菜食さいしょく主義である彼らは何処までも殺生を嫌い、すきあらば自然独自の風景を守る。親の代子の代と受け継がれることによって昔ほどこの集落でも強制力はないそうだが、基本的には彼らの舌にあっさりしたものがあっているので、自然と肉を使わない料理が多いらしい。


「ハイお待ち」


 外部の人間である私に店員は露骨に不機嫌な顔をしながら飯を置く。他の二人には恭しく置くので酷い差別感はあったが、腹を立てるべきことでもないと聞き流す。怪訝そうなティリーンを諌めて、朝食が始まる。料理に関してはやはりプロであるからか手を抜かずに作ってくれている。中央の凹んだ葉っぱの容器には、酸っぱさのある色とりどりの野菜が盛りつけられている。目の覚める刺激に最初こそ戸惑ったが、癖になる味で次々と口に運んでいる。店の裏で作られた野菜ということもあり、鮮度は高く、シャキシャキとした触感がたまらない一品。少食である人が多いからか、量がないのがネックだが、郷に入っては郷に従えとも言う。ここは彼らの食生活に合わせるべきであろう。空腹だった私は物足りないながらも早々に完食した。ゆっくりと口に運んでいたグリズなどは食べ方が端たないと苦言を呈していたが、ティリーンも似たような食事を行っていたので、後半は頭を抱えていた。


「む、病室にいないと思ったら、こんなところにいたのか。」


 グリズも食事を終えた頃、私達を探していたらしいケレティガが顔を出した。寒くないのかと言いたいほど露出度の高い服装で高潔な性格というのがアンバランスでありながら、絶妙な魅力を溢れさせている。長い髪を後ろで纏めている為、綺麗なうなじはチラチラと現れる。そんな彼女が何故私達を探していたのかと言うと、この森にどうやって入ったのかという質問にまだ答えていなかったからだ。それほど大した話でもないので、その場で真実を告げる。


「ついでに言うと、妾とて全てを運否天賦に任せて訳ではない。一応は人ならざる者の声も聞いてここまで来た。結果として生き残ることも出来たのじゃ。」


 食後の一杯に舌鼓を打つティリーンは、何でもないようにそう付け加える。彼女の目から見える世界は私とはまた別なものが見えているのだろうと思う。ご機嫌に飲み物を呷る彼女が改めて神聖な存在に思えるが、目敏くそれを察したティリーンは、私に意味深長な目配せをしてきたので、変に畏まらないよう心掛ける。優雅な佇まいのティリーンにキツく目を吊っていたケレティガもあまりにも余裕綽々の態度にたじろぎながらもつまりは森の審査を合格したということなのかと踏ん張って尋ねる。その質問にティリーンは森の審査と言われても妾は唯迎え入れられただけだとバッサリと質問自体を無いものとされる。ケレティガは悔しそうにしながらも揚げ足取りもせずに閉口した。真面目な部下にグリズはまぁまぁと慰めながらも誇らしく思っているのだろうと思わせる柔らかい表情を浮かべている。最初の出会いの時の反応を見る限り、彼女も人間が嫌いそうなのによく私達に関わろうとしてくれる。優しい少女は自分の考えをしっかり持っているのだろう。そこには腕っ節ではない強さを感じる。何気なく見ていると、ケレティガは舌を出してあっかんべーと子供のような威嚇をしてきたが、可愛らしいという感想しか出てこない。


 長居すると店の迷惑になるとのことで、店を出た私達は忙しいグリズとは一旦ここで別れて、ケレティガの案内でこの集落を巡ることになった。この集落には、紙幣という概念が存在せず、基本的には物々交換。そして知識人が多いのか本を呼んでいる人物が多い。ケレティガにそれとなく聞いてみると、ラルーム族は生まれつき知力の高い者が多く、書物などは人気の品だそうだ。鎖国状態であるため物資は少なく本は皆で回し読み状態みたいだが、彼らはそれはそれと上手に楽しんでいるようだ。



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