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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キニーガの里 4

 ガサリという音に反応した手前のジャレーノはフゴと一鳴きしてから背を向けて駈け出した。しかし、私も負けているわけではない。手際良くとはいえないが、ジャレーノの眉間と思わしき場所に短剣を突き刺す。


 ガキン。思った通りの所に当たらず短剣はジャレーノの皮を切り裂くにとどまり、それが抵抗をしてきたことによって、私は空中へ身体を投げられた。咄嗟に受け身をとるが、そんな状況で冷静に対処できるわけもなく、私はみっともなく落ち葉の目立つ地面に転がった。すると、今までされるがままだったジャレーノも腹を立てたようで二体揃って私を睨みつけると―目元は見えないが―角を前方に向けるように構えてコチラに突っ込んできた。どすどすという足音が段々と近づいてくる。緊張感が高まり恐怖心から短剣を持つ手が震え始める。先ほどの痛みも相成り奥歯が無意識的に噛み締められる。でもただそれが突撃してくるのを待つという愚考は自然と出てこなかった。


「ふぅ」


 思考を切り替える術は自然と思い浮かんだ。標的を目で捉えながら自分に言い聞かすように大きく息を吐く。クリアになってくる視界を力いっぱい確認しながら状況を詳細に掴む。敵は二体。肉食ではないため歯鋭くない筈だ。問題なのはあの角で全力で突かれてしまうと大怪我は免れないというところである。しかしジャレーノの動きは俊敏とはいえない。冷静に対処すれば攻撃を回避するのも無理は無い。


「ブモゥォオオオ!!!」


 二体は叫ぶようにして勢いをつけて迫ってきている。その姿は冷静になった頭で考え見ると隙だらけであり、手元にあった大量の葉っぱを両手で持ってそちらに投げてから横に飛び込むように回避すると、二体は面白いほど計画通りに枯れ葉で顔を背けて暴れてそのまま一体は派手に延長線上にあった木にぶつかり、もう一体は足を滑らせて倒れこむ。私は身を起こして木に衝突した方に近付き、脳震盪を起こして痙攣しているそれの頭部を左手で抑えこみ短剣の柄でしつこく叩いてから次は刃の方を向けて眉間に突き刺し上に切り裂いた。一体を仕留めて少し力が抜ける。そのせいか後方に迫ってきていたもう一体に気づくのに遅れてしまう。気付いた時にもう回避できないような位置であり緊張感が一気に全身を駆け巡った。反射的に目が閉じそうになるが、その瞬間横から現れたリガールが槌で正確にジャレーノの頭部を打つ抜いた。


「今回は状況も良くなかったから仕方ねぇーけど、狩りの途中で気を抜くのは絶対やっちゃいけねぇ―。それだけは覚えておいてくれ。」


「は、はい。」


 リガールは分かったならいいんだという風に笑うと、横たわっているそれらを手早く締めてから次の場所へ移動を開始した。私も抜けそうになっていた腰を叩いて奮起させてからそれに追従する。


 訪れたのは山菜が集まる穴場と言えるどころだった。


 足場に座り込んで辺りに生えた食べれそうな物に手をつけていく。リガールは色だけでなく鼻を使ってそれに毒があるか確かめていき、それをカゴに入れる。私も真似しなが手に取るがどれが毒ないかなんて分かるわけもなく早い段階でリガールに助言を求めた。そこでどんな臭いや色が駄目なものでどれが食べられるものなのかを簡単に教授してもらい、後は採り終わった後で彼に精査してもらう事になった。そうこうしていると薄暗かった景色は明度を上げ、辺りには燦々と太陽の光が木々に遮られながらも森に差し込まれていた。


「もう中々いい時間だな。今日の狩りはこれで終わりにしよう。帰ったら飯食ってまた稽古でもするか。」


 動きまわって疲れた身体を二人して伸ばしていると、リガールがそう告げた。もう昼前くらいだろう。本格的に昼ごろになると動物たちが活性化し、活動的になる。その前には帰っておいたほうが余計な怪我をせずに済む。それに、腹が減ってこちらの戦闘力は徐々に低迷中である。森は明るくなって見易くなったことで帰りは行きとはまた違う新鮮な気持ちで帰ることが出来た。



 昼飯を食べるには丁度いい時間に私達は家に辿り着くことが出来た。家に帰ると、リガールの奥さんとユラとミラが料理をしながら出迎えてくれた。昼飯は腹が減っていたこともあって、皿を抱えて行儀も礼儀も何もない姿でガツガツと胃に落とす。疲れは不思議と和らいだ。


 リガールは狩ってきたものの整理をしておくので先に訓練所に行っておいてくれと言うので、私は一足先に訓練場に顔を出した。そこには昨日と同様に沢山の男たちで溢れている。戦士を鍛える風習以前に、この里の男たちはそもそもこういうことが好きなのだろう。倉庫から木剣を取り出し、握り方を意識しながら剣を振り上げ、振り下ろす。その単純作業を集中力を欠かないように気を張りながら繰り返す。そうしていると数人に少し模擬戦でもやらないかと持ち掛けられた。


「俺はノワラル。そんであっちの細いほうがベナト、太いほうがカイルだ。よろしくな。」


 紹介しているノワラルという男は髪をオールバックにした厳つい印象を受ける兄貴分といった感じで、ベナトは目元が隠れるくらいに髪を伸ばした優男。カイルは筋肉だと分かるしっかりとした太めの体型の男である。


「よろしくお願いします。では誰からやりましょうか。」


 私も挨拶をしてから人選はあちらに投げる。ノワラルは困って風に手を顎においてから考えこむと、そうだなと言ってからじゃあ最初は俺からだと結論を出す。私はリガール以外の相手に年甲斐もなくワクワクしているのに気づき少し恥ずかしくなる。しかし体格、表情、立ち姿、どれを見てもノワラルは明らかな強者であり、その相手が素人の相手をしてくれると思うだけで光栄な気分になる。相手を不快にさせない最低限の期待には応えたいと気持ちを引き締めてノワラルと相対した。


 お互いに礼をして武器を構える。ノワラルも私を気遣って短剣タイプを使っている。二人の剣先が互いを捉える。ベナトの合図で開始が宣言される。


「始め!!」


 宣言されると同時に私は後方へ移動して彼との距離を開ける。相手の行動が完全に読めない状況で迂闊な行動は慎むべきであり、慎重に攻めるのが基本だろう。ノワラルは私の行動に対して意味深長な笑みを浮かべるだけで彼に動きはなかった。


「初心者にしては良い考えだけど、これは対処できるかな。」


 ノワラルはそう告げると、腰を低くして体を捻るように構える。木剣を持っている右手は左脇の下の方に差し入れて左腕は自然な形、足は肩幅以上に開いている。特殊な形であることは私にも理解できた。何よりも近寄るでもなくその場で構えていることからあれがカウンターの構えであることは想像に易い。私は小石もないきれいに整理されている地面を蹴って細かく左右に移動しながら対策を考える。恐らく考えもなしに攻めればこの戦いは一瞬にして終わってしまう。それでは相手も私も面白く無い。かといってここで立ち止まっていれば、気を抜いた隙に一発決められて終了する。適度に身体を動かすことで緊張感を解して集中力を高めるのが最適解だと結論付けたのである。


「考えてるだけじゃつまらないだろう。俺も少し攻めさせてもらうぜ。」


 構えを一度解いて流れるような足運びで私の眼前まで移動する。私が咄嗟に木剣の側面を前に差し向けるとそれを読んでいたように彼はその木剣を下から振り上げた。振り上げられたそれは見事に中心を捉えて強大な力が木剣を伝い私の手を痙攣させる。


「くっ!」


 私は敢えて木剣から手を離ばなすとそれが飛んでいった方に転がるように向い再度それを手にした。


「もしこれが本当の戦いだったなら今ので追撃して終わりだったんだが、今回は模擬だからな。トドメはまだまだ取っておこうか。さぁ、もっと楽しもうぜ。」


 立ち上がった私は荒くなる呼吸をそのままに、目線を地面からノワラルに戻す。余裕綽々な表情は強者の表れなのだろう。これだけの実力差があれば不思議とそれに不快感は覚えない。再びカウンタの構えを始めている彼にどうするのが最適であるか。疑問は解けぬまま私は彼に突っ込んだ。


「やけくそになったか。それもまぁ面白い!」


 勿論作戦がないわけではない。短剣を上段に構えて走りだすとボディがガラ空きになるため相手の狙いがつかみやすくなる。ノワラルの短剣は想定通りに腹部に向かう。ここですかさずに右足でブレーキを掛けて、振り払われる木剣を自分のそれで耐えられる様に木剣を腹部の右側面を守るよう逆手で構える。予定通りの攻撃は若干腹部まで通るが、この程度なら無いと考えていい。力いっぱい握っていた短剣をノワラルのそれを弾くように振り回すと、私は彼に向けて短剣を振り落とした。


「よっと!良い感じになってきたじゃねーか!」


 身軽な動きで私の攻撃は呆気無く回避される。元々彼はカウンタのような必殺技を仕込むようなタイプではなく、身軽な動きで相手を翻弄するタイプのようだ。何故なら俊敏な動きに切り替えた瞬間、彼の目が生き生きしだしたからだ。ここからは本気の片鱗を小出しにでもしてやるといったふうな意思をその瞳から感じた。


 私の口元も緩んでいるのに気付いたのはノワラルに負ける少し前のことだった。




 私が負けたのはあれから少ししたくらいだった。多芸な剣技。リスクを恐れない身のこなし。そして何よりも圧倒的な基礎体力。数回の剣戟を防ぐのが精一杯で無限にも続きそうな連撃に早々に音を上げてしまった。額を拭うと汗がたまのように吹き出しており、自分の体力がこの里の住人と比べて如何に劣っているのかがよく分かる。汗一つかいてないノワラルの姿を見ると自身を失いそうにすらなる。


「いやー、思った以上に楽しめた。ありがとな!」


 そう言って差し伸べられた手を掴む。


「全然太刀打ちできなかったです。こちらこそありがとうございました。」


 悔しい気持ちも多分にあるが、それよりも充実感のほうが大きい。今まで気付かなかったが私もまだまだ男なのである。

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