キーリス帝国 8
アスドガの言い訳が始まる。取り乱した風に激情的に。私は顔色一つ変えずにそれを聞く。殆んど耳に入ってこないが、彼女が必死であることは容易に判断ついた。私は言い訳を続ける彼女の肩を叩く。殺されると思ったのか身をすくませる。そんな彼女に私はこれで泊めてもらった貸しは無しだ。それだけを言い残して彼女から離れると、コツコツと小気味良い音を奏でる廊下を破けた服のまま歩いていった。呆然と立ち尽くすアスドガを置いて。
私が拐われたと言うことは、ティリーンも何処かに監禁されている可能性が高い。彼女の事だから、私より早く抜け出しているかもしれないが、一応は実験場らしいところに繋がる経路を堂々と巡る。複雑な通路に翻弄されながらも青い蛍光灯に照らされる道を進むと、私が実験されていた部屋の管理室の扉と似通ったところを見つけた。オートロック式であろうその扉を拳で突き破る。
「凄い凄い凄い!これ程までの検体を見たことがない。彼女は私をどこまでも興奮させてくれる!!もっと見たい知りたい。」
爆音にも気付かず端末を操る眼鏡を掛けた男の頭を掴み、眼前の強化ガラスに叩き付ける。額を割った男は失禁しながらその場に倒れ込む。死んでいるか分からないが、取り敢えず割れた所から下に降りる。そこで息絶えていた人物を見て私は驚愕した。有り得ない人間だった。そこに存在していい筈がない。ではあの廊下で出会ったあれは一体何だったのか。腹を捌かれてスライム状の臓器を滅茶苦茶に引き出されて四肢をもがれていたのは先程廊下で会った筈のアスドガだったのだ。あまりにも意味の分からない状況に眩暈がする。つまりはどちらかが偽物だということなのだろうが、状況を考えて、内部機密を洩らした彼女のことを考えれば、此方側が本物であると考えるのが妥当な線だ。私は振り返り遣る瀬無い気持ちに包まれながら、跳躍して管理室に上がると無言のまま扉を開けた。早く精霊を見付け出して、此処を出たいという気持ちが私を急かす。
「そこのお前!止めれ!!」
異変を察した兵隊が武装をして二人で私の進路を塞ぐ。機嫌が悪い時に出てくる輩だ。余程死にたいとみえる。不思議な話だが、負ける気が少しもしない。丸腰であるのに全然緊張感がない。これは戦いではないのだろう。ここから行われるのはただの虐殺。勿論踊るのは私ではなく彼らだ。遠距離近距離に分かれて隙のない攻撃を演出する彼らに対して私は一切の回避をせずに、唯只管進行する。一向に足を止めない私に二人は段々と引けた腰で後退する。間合いをある程度詰めた所で、一気に近寄り、まずは後衛の頭を砕き、持っていた銃を奪う。使い方は分からないが、強い衝撃を与えると暴発することはなんとなく分かったので、粉微塵になる程の勢いでもう一方の男の足元に叩き付ける。装填されていた火薬を仕込んだ筒は破裂時に摩擦によって発生した熱に引火し、男を巻き込んで爆発した。苦しむ間もなく消し炭と化した人間に憂う感情さえ今はない。手早くティリーンを見つけ出したいという思考が渦巻いているのみだ。彼女の安否が心配で人の死に興味が惹かれない。
押し潰されそうな感情を抑えこみながら知らない道をみちなりに進むことしか、私には出来ることがない。バキバキと音を立てながら崩れていく精神を何処か他人事のように放りながら自分のやるべきことを見据えた。
最奥が何処まであるのか分からないが、それなりに深まった所に辿り着いた頃。血で染まった廊下に体の節々が欠損した人間が全身から血を溢れさせて倒れていた。強引にネジ切ったような破損部からこれがティリーンの仕業であると推理する。それもこんなに散らかしているから相当機嫌が悪い。
「ひぃ……助けてくれっ……さっきの嘘だ!嘘なん―」
最後まで言葉を紡げないまま事切れた腰を抜かした男の前に仁王立ちしていたのは、ティリーンだった。私と目が合うと、彼女は無感情だった表情を歪めて私を抱き締めた。どうやら研究員の男に連れの男は死んでいると嘯かれて激怒してしまったらしい。強ち間違ってはいなかった研究員の読みに感心しながらも、泣き叫ぶ彼女をぎゅっと包む。鼻を鳴らす彼女の後頭部を擦ると、嬉しそうに獣耳を動かす。心なしか尻尾もいつもよりブンブンと左右に振れている。機嫌を取った彼女を左腕に巻き付けながら、私達は遅い来る敵を殲滅して、次々と機密度の高いエリアに足を突っ込む。ブーブーと警告のため鳴り響く警報は、私達の進撃を止めることには繋がらず、被害者を増やすだけだ。てっきりゾンビ兵でも投入してくると覚悟を決めていた私にとっては拍子抜けといってよい。
「喧しい場所じゃ。人様の税金で余計なものを作るものじゃの。無理矢理連れ込んでおいて傍迷惑な奴等じゃ。」
蕩けたティリーンは雰囲気を崩す警報を一睨みする。特にこれといった障害もなく、厳重に守られた巨大な扉の前まで到着した。ロックをどう解除しようかと考えていると、頭上から殺気を感じて、上に向かって拳を振り上げる。私が殴り付けたのは英雄の剣の切っ先。それは私の拳の表面を削ると、飛び退いた。
「そぉーんな行動取るとは、私様もビックリだわぁ。」
スカートが捲り上がり下着が露呈するのも構わず綺麗な着地をした女がにっこりと微笑む。他人の剣をぺろりと舐める女は、容姿だけを見れば完全にアスドガ。しかし彼女は本人ではない。完璧な物真似だが、一つ彼女がとらない行動を取った。それは、彼女の性癖に関係している。悟られていないと思って、にやけている女に私は一言告げる。
「キャンキャン囀ずるな。偽物。」
女の表情が固まる。いや寧ろ無表情になったというべきか。そしてクスクスと笑い始める。私を嘲笑する女は満足がいくまで笑うと、前傾姿勢になり胸の谷間をのぞかせながら、ネタばらしを行う。
「偽物とはちょっと違うわぁ。だって、私様は身体の隅々までアスドガと同一。遺伝子情報に至るまで全て一緒なのだから。知ってる?全く同じ人間を生み出す技術があるのぉ。」
愉しげに語る内容は、私の予想の遥か上を行くものだったが、私がやることは変わらない。
「私が偽物だと判断した。それは変わらない。」
結論だけ述べて殴り掛かる。彼女は避ける気がないのかそのまま立ち尽くしている。都合が良いので、殴り付けると、彼女の身体は触れたところからグニャリと変形し、私の腕ごと取り込もうと巻き付いてきた。どうやらこれが目的だったようだ。オリジナルと同じでスライム化の能力は此方も有しているみたいだ。厄介だなと感じながらも、右足を軸にして腕を体ごと回すと巻き付いたそれらは四散する。それらは本体に戻ることなく、ジュウと溶けるようにして消え失せる。本体から切り離してしまえば、状態を保てないのだろう。これは良い事を知った。作戦を思い浮かべた私は、端的な内容をティリーンに伝える。彼女はそんな作戦で大丈夫かと不安そうであったが、私が自信に満ちた顔で頷くと、渋々同意してくれた。
調子づいた私は無謀にももう一度女に突っ込む。余裕綽々で腕を広げて立ちはだかる彼女の手前で足でブレーキを掛けると身を低くして彼女が手にしている私の剣を奪いながら後ろへ抜ける。一定の距離を取ったところでティリーンに合流すると、武器に眠るアーモロに向けて、私一人では持てない程の大槌を作ってくれと呼び掛けると、金色の剣はミチミチと言いながら変形し、一人では持っていられなくなる。それをティリーンと一緒に支える。怪力の二人で漸く駆動出来るほどの重量と大きさを手に入れた武器は、ゆっくりと振り上げられる。私の思惑を読み取れないのか彼女はぼんやりとしているが、そんな彼女に強烈な一撃をお見舞いする。彼女を覆い隠すように放たれた大鎚は女の全ての部分を全損させて跡形もなくした。恐らく彼女はスライムの決定的な弱点を知らなかった。私もあの実験場で見掛けるまでは知らなかったことだが、スライムは不死身という訳ではなく、核のようなものを有しており、それを基点に自分の体を修復しているに過ぎない。つまりそれをぶち壊してしまえば、もう復活することは出来ず、唯のよくわからない液体と化すのだ。大槌に押し潰されてペースト状に広がった女の中心には球体のような石が割れていた。私はそれを拾ってポッケに突っ込むとティリーンを連れて巨大な扉の前に立つ。
「アーモロ。これはどうにかなりそうか。」
『もー人使い荒いのー。まぁ所詮は人間が作ったものだしー解除できないことはないよー。』
文句を言いながらもロックは彼女の手によって解除されていく。何重にも掛けられたロックが音を立てて次々と解除されていく様はとても愉快だが、数が多いため、そこそこの時間が掛かる。敵の増援も来ないので退屈な時間を過ごしていると、漸く解除が完了する。額の汗を拭うアーモロは疲れたと言い残して姿を消し、そんな彼女に私はお礼をいう。
「じゃあいよいよ閉じ込められているらしい精霊とご対面じゃな。」
期待を込めたティリーンの手を握り、開放された扉の向こうへ進む。
前情報通りの白を基調とした部屋には大小様々な機械が並んでいた。具体的に何の機械なのかはズブの素人である私たちには分からないが、大仰な見掛けからしてなにか重要な役割を果たしているのだろうと推測する。ボタンなどが無いところを見ると、管理室は別にあるのだと分かるが、動かそうなどとは到底思わないので大人しくアスドガが言っていった最奥の女性に向かう。進路を阻む機器を退けながら部屋の中腹まで来ると、例のカプセルが窺えた。ゴールが見えれば後は早いものでさくさくと進行し、難なく目的まで辿り着く。目を閉じた全裸の女性はとても美しく人間味を感じない。体中にいろんな管を通されて実験体にされている女性のカプセルをまずは叩き割る。警告のアラームが此処でもなるが、そんなことは関係ない。排出される液体にともなって女性も此方に倒れこんでくる。その過程で彼女を縛り付けていた管も身体を離れる。抱き留めるように彼女を包んだ私は彼女の肩を揺さぶる。綺麗な瞳を開いた女性はニッコリと笑み、そして助けに来てくれたと嬉しそうに語った。




