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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キーリス帝国  7

 アスドガの部屋がある高層マンションの前にまで戻ると、アスドガが腕時計を確認しながら私たちの帰りを待っていてくれた。彼女に詫びを入れながら入室を果たし、自室に戻ると、私は彼女に研究物のあれらについて尋ねる。今日見た女は研究所のそれとは全く別物であったが、理屈としては似通っている。死んだものを生きた風にすること。あの非人道的な研究所で行われているのは詰まる所、それに帰結する。人間の踏み入れてよい範疇を越えた所業の実態を掴むには、それの根幹を見詰める必要があるのだ。


 凄む私に彼女は言い淀む。どうやら彼女の口から発言して良いものではないらしい。彼女ほどの権限を持った人間でも躊躇すると言うことは、それほど機密性が高い案件なのだということだ。これは益々怪しい。


「……これはあくまでも独り言よ。」


 前置きをしたアスドガは、研究の根幹を成している存在について白々しい演技を交えて語った。研究機関に配属になり、随分と経過したある日。例の裏の研究所に転属が決定したときに、上司から連れられてある全面を白を基調とした部屋に連れられていった。そこには複数の最先端技術が集結しており、生唾を飲んだのを覚えているそうだ。左右に展開した機器を掻き分けるように進むと、最深部にははりつけにされた女性がそこには居た。項垂れるように首を垂らして死んでいるのではないかと焦燥感に駆られる彼女に上司はこう言ったらしい。


「これは我々帝国の希望。そして秘密兵器と呼ぶべきか。君にはこれの研究をしてもらう。」


 上司の目は明らかに気が狂っているとしか思えないほどに濁っていたが、指摘してはいけないと本能が呼び掛けてきて、結局はそのまま言われるがままに転属した。自分の体を弄くり回されると知ったのも実験が始まった後のようだ。最初は絶叫を繰り返し何度も逃げ出そうとしていた過程で今の性癖に辿り着き、痛みが快楽に変わったのだそうだ。大方、危機は察した身体が痛みから逃れる現実逃避として根付いたものだろう。


 大体の話を終えたアスドガはついでにという風に話を付け足す。


「あの女性について完全に熟知しているわけではないけど、その女性から不死身になるための何らかの物体を取り出しているのは間違いないわ。独り言も長くなると、口が乾くわ。ちょっと外出するから適当に寛いでいて。」


 胸の奥のシコリのようなものを取り除いた彼女は、すっきりとした顔で手を振りながら部屋を出た。私たちに考える時間を与えてくれたのだろう。彼女なりの心配りだ。扉を締めたアスドガを見送ってから思考を纏める。やはりこの騒動の根幹を成しているのは精霊と考えて間違いない。街を浮遊していた女を見る限り、研究者も知らないほど秘密裏に計画は進行しているのかもしれない。ゆっくりしている暇はない。すぐにでも帝国の深部に乗り込む必要がある。しかしそれが私たちにできるかと聞かれれば不可能と答えるしか無く、結果的に行き詰まる。折角アスドガが身の危険を犯してまでも話してくれた物が利用できないのは悔しく思う。


「……二人で突貫したとして、生き残れる確率は万に一つもない。作戦を練ろうにも時間と人手が圧倒的に足りない。まともな手段でここを攻略するのは難しいぞ。」


 深刻な表情のティリーンに重々しく頷く。欠陥の多い私が彼女の足を引っ張ることも考えられる。精霊のために彼女を失ったのでは話にならない。必死に思考するが、上手く纏まらず結論が出ることはなかった。帰りの遅いアスドガを心配しながらも私達は夕食も食べずに異常な眠気に負けて眠りについた。





 ギィギィ……。耳の奥に響く音に目を覚ますと、首に違和感がある。起き上がろうとすると、どうやら首に掛けられた何かが邪魔をしていることに気付く。アスドガの悪戯かと軽く見積もろうとするが、周囲の風景の違いにハッキリと意識を取り戻す。


「どうだったかな。寝心地は。」


 暴れられないように分厚い鋼鉄の錠を両手首、両足首、首に付けられていたので、音源に見向くのも一苦労だったが、何とか視線を向けると、見ず知らずの男が半透明な強化ガラス越しに私を見下ろしていた。異変はそれだけではない。私が縛り付けられている現在の場所は、全面が白の壁に囲まれた広い空間で、出入り口のような扉は一切ない。まるで猛獣を閉じ込めて実験でも始めるための部屋のようだ。混乱した頭に極めて冷静になれと言い聞かせながら男にこれはどういうことだと睨み付ける。男はその読み取れたであろう質問に答えずに卑下た笑みを浮かべるだけ。苛立つ私を楽しんでいる。キチガイを喜ばせる趣味のない私は逆に気を落ち着かせることに成功する。大人しくなり反応の見せなくなった私を面白く思わない男は私達がアスドガに売られたことを話す。私の逆上を買うためであろう。しかしそれは無意味である。彼女が私達を売った所でそれは裏切りではない。元より彼女は仲間というわけではないし、私達を庇う義務もない。


「まぁ今はまだそう冷静ぶっているといい。お前が狂うのはこれからだからなぁ。」


 皺の目立つ顔を余計に皺くちゃにした男は、手元の端末を弄ると、私の身体の上に設置してあった複数本のアームを動かす。その手には刃物などが握られており、着実にそして焦らすようにゆっくりと接近する。絶対に逃れられない状況に自然と呼吸は荒くなる。彼は私の身体を麻酔も無しで弄くろうとしているのだ。狂気に染まる男を見るに、やると決めたら最後まで彼は手を止めることはないだろう。私は迫る刃を注視する。まだ距離のあったそれはいつの間にか腹部に当たる。服があるためまだ大丈夫だと言い聞かせるが、直ぐに服程度は貫通し、私の腹を引き裂いた。


「―!!!」


 あまりの痛さに声にならない喉で叫ぶ。しっかりとした医者のように切れるところに沿うようにして切るのではなく、強引に裂かれたので身体から大量の血液が溢れる。頭に危険信号を送る腹部は他のアームによって無理やり拡げられて、端々が裂けていく。


「ハッハッハッ!これが我等帝国に楯突こうとした人間の末路だ!!」


 飛びそうになる意識で聞き届ける。開いた腹のなかにアームは真っ直ぐ入り、臓器に触れると、鍋でかき回すようにやたらめったら左右に揺さぶる。その度に鈍痛が走り、無骨なアームのせいで臓器に傷が入り、圧迫されることで吐瀉物が込み上げ、喉で停滞する。どこまで私を痛ぶるつもりかしらないが、これは長期戦になりそうである。しかし私はもう今の時点でかなり限界が近付いている。耐えきれると断言はできない。ケティミが霊体の回復を行ってくれているのか、何とかあと一歩を保っている状況である。芳しくない。それに喉に詰まった吐瀉物のせいで軽く窒息しそうにもなっている。冷や汗が流れて目からは涙が流れた。体が最終警告を鳴り響かせている。


「くくっ、これで終わりだぁ!!」


 腹を引き裂いた刃がギシギシと音を立てて駆動し、私の眉間の真上に配置された。彼の掛け声と共にそれは真っ直ぐ直下へ降り下ろされ、私の頭に一刀を投じた。溢れる血を最後に私の瞳は世界を拒絶した。




 何もない世界。ふわふわとした浮遊感が私を何処いずこに誘う。きっとこのまま身を任せれば、私は死に絶え、何も考えることができなくなるのだろう。だが、それで構わない。正直私は頑張ったと思う。平凡だった自分にしては良くできた方である。これ以上を求めるのは酷と言うもの。やっと全ての事から解放されるときが来たのだと身勝手な思考が巡る。そんな私の手が誰かに掴まれる。振りほどこうとも思えず、そちらを見やると、そこには見たことのない女性が悲観な表情で口を開く。


『お願い……た、すけて……貴方を……助けるから』


 彼女の言葉に反応して体が輝く。現実世界に押し戻されているみたいだ。彼女はいったい何者なのかは分からないが、手助けをしてくれるらしい。霊体に関してはケティミのお陰でそれほど傷はない。だからこそ実体の回復が為されれば、自動的にまだ死ねない。女性の頭を撫でて行ってきますと告げて現実へと帰還する。



 正に一瞬の出来事。溢れていた血が留まり、刺さった刃は抜けている。引き裂かれた腹部ももう何ともない。寧ろ好調である。全身に魔力を這わせる。そして、脳みそのリミッターを更に解除する。身体の負担は一切考えない。いつも間にか治った喉が雄叫びを上げる。ミシミシと悲鳴をあげる鋼鉄は私の腕の骨が折れると同時に砕ける。今は激痛すら嫌ではない。腕の骨は数秒で治る。原理などはない。そうであるからそうなったのだ。拘束を無理矢理断った私は二本の足で立つ。


「覚悟はできているんだろう。」


 野生の肉食獣の眼光で狙いを定めて、身を屈めてから一気に跳躍する。勢いで折れた足の骨も空中で治り、その治った足で強化ガラスを叩き割る。一発は耐えたが、連続で拳をぶつけると、全体に広がった皹が音を立てて破綻し、大きな風穴を作る。一旦下に落ちてから、もう一度跳躍してそこに侵入する。壁に追いやられている男はギリギリと歯軋はぎしりして、露骨にストレスをひけらかしながら、懐から鉛玉を放つ道具を手に取る。


「し、死ね化け物!」


 パァン。焦った攻撃は私の左肩に偶然当たるが、身を捩る位の威力しかない。体内の弾は、吐き出されるように出て、傷口は自然と塞がる。連発で撃たれるが、私は回避を一切せずに彼に近寄り、最終的に首の骨を折った。実験室の方に投げ入れると、人間を自動感知したアームが落ちてくる男を貫通した。自業自得である。ほくそ笑み私は精霊を助けに向かった。



 自動ドアが開き廊下に出ると、そこには見知った顔がある。その表情はやけに暗いが、見たところ偽物と言う訳でもない。死人でも見る形相の彼女に私は訊ねる。


「残念ながら死ねなかったぞ。アスドガ。」


 悲壮感に顔を歪めるアスドガに私はそう伝えた。



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