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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キーリス帝国  5 ※???視点

 人気のない裏通りを抜けて幾重にも撒くための通路を通ってから、背負っていた女性を裏路地にて下ろす。そこで一気に詰まっていた呼吸が正常に動き出す。息苦しい覆面を取ると、赤くなった鼻から血が垂れている。今回の相手は本当に強かった。俺は目を閉じて戦闘を思い出す。突っ込んできた女性を受け流しながら床に押し付けるまではいつもの流れと言っても良かったのだが、それを強引に解かれたところで何かが違う事を察した。その後の風圧を飛ばす攻撃は威力もさることながら退路を段々と断つように仕組まれていた。最後土壇場で逃げ果せたのは単に運が良かったと言ってい良い。


「っ……。貴方は……?」


 漸く目を覚ました女性は上体を起こして此方を見向く。俺も倣って見合わせると、レオロ・クラツェンという名を名乗った。初対面の相手なのだから名前くらいは教えるべきである。唯でさえ未だ錯乱状態にあるであろう彼女に余計な負担をかけるべきではない。立たせる為に手を差し伸べると、うっとりとした目で手を取る。真っ直ぐに目を見つめられると恥ずかしいが、目を逸らすのはマナー違反であるので笑みを溢しながら見詰めると、彼女の方が先に目を逸らす。


「いつまでもこんな所に居るべきではないし、君は本来行きたかった所に行くべきだ。そのために帝国に来たのだろう?」


 コクリと首を振る彼女に良い子だと頭を撫でてやり、近場までは抱えて送ってやった。感謝を述べる彼女を見て、良い事をしたのだと実感し思い耽っていた。



「ただいまぁ!」


 女性の目的地であった居住区を出てから俺は自分の家があるお隣の商店区域足を運び、全く人気のない奇妙な飲食店の暖簾を挙げた。店内は吐瀉物のような鼻を突く刺激臭がするため今日はお客さんがあったのだろう。物好きも居たものだと思いながら夢中で鍋をかき回している今にも死にそうな父親に向かって挨拶する。とても内気な性格をしているお父さんは、小声で何かをつぶやくだけで何を言っているのかは全く聞き取れないのだが、返事があることには変わりない。元々、この国で生まれたわけではなく、俺は孤児院出身である。帝国に来た切っ掛けは帝国の役員が俺達の住む町外れの森と森に囲まれたようなところにあった孤児院に訪問してきたことが切っ掛けである。終始険しい表情をした役人は孤児院側にこの場所を使用している料金を払えと難癖をつけてきたのだ。勿論、孤児院の立っていた場所は帝国の領地ではなかったし、支払う義務など皆無だった。しかし、支払わなければ皆殺しにすると外に控えていた兵士が連なってきて、恐怖に顔を歪ませる院長を見た俺は彼らに自分が何でもするからこの人達を見逃して欲しいと進言した。院長は頑なにそれを否定してきたが、抵抗むなしく俺は帝国に連行された。元より孤児院に来た理由も実験体を集めるためだったらしく生きの良いのが手に入ったと喜んでいた。それからの日々はあまり思い出したくないが、まだ幼い俺には辛いことが沢山あった。泣きながら辛い日々を過ごしていた。それでも孤児院のみんなを守るためだと自分に言い聞かせて身を粉にして実験台に横たわった。その頑張りはある日無駄だったと知る。ほぼ死んでいるのと変わらない状態になっていた俺の隣に違う検体が置かれた。それ自体はよくあることなので、お前も此処に連れてこられて可哀想にと同情していると、その検体の晒された姿と顔を見て俺は絶望した。見知った顔だった。孤児院でみんなを暖かく包み込んでくれていた院長が腹を掻っ捌かれて死に絶えた姿で隣の実験台に横になっていたのだ。瞬間、頭に血が上り、思考回路が焼けつく。身体を急激に熱くなり異質と化していく自分の体を異常だと感じることさえも煩わしく、現場に出ていた研究者は皆殺しにした。彼らが悪いわけではないのだが、八つ当たりのようなものに近い。多少の傷なら直ぐに治るし、人間の限界を越えた力を引き出しても身体は文句の一つの言わない。凄惨な実験を耐え抜いた俺の身体は最強に近い存在になっていたのだ。実験所を漁った俺は孤児院のみんなの死体を一人ひとり確認してから手を合わせた。偶然死んでいなかった少女だけを連れて、俺は実験所を去った。


 その後は、結構あっさりとしていて少女を抱えて街路を歩いていた見るからに怪しい俺に今の父親である飲食店の男は、衣食住を用意してくれた。飯がまずいのは文句の一つだが、途中から連れて来ていた少女――レミが料理を覚えてくれたので困ることも少ない。張り合おうと吐瀉物を生成する父に突っ込みながらも今では楽しい食事ができている。そんな中で、何故俺が正門のところの検問を助けているかというと、誰かが苦しんでいるというのを知ると、助けずにはいられなくなってしまった俺の性格のせいである。検問が酷いというのは風のウワサ程度しか最初は知らなかったが、自分の目で直接確かめてみると、実際に酷い仕打ちを受けている人達の姿があった。玩具のように使われる人々を見て、俺は立ち止まっていることなど出来るはずもなく、思うがままに正義を執行した。今でもその被害は減っていないので抑止に繋がっていないのではないかと挫けそうになる時もあるが、時折耳にする正義の味方という噂に浮かれて、もう少し頑張ろうと思う。


「おにぃ、楽しそう。」


 応援してくれるレミの為にも、俺は正義を執行し続ける。例え、今日出会った強敵と相対することになったとしても。熱い情熱だけは誰にも負けないと自負している。



 風呂に入り歯を磨く。布団に入るといつもの様にレミが同衾を求めるので、同じ布団の中で掛け布団にくるまる。もう高等学校に通う女子高生なのでそろそろ兄離れをする頃だとばかり思っていたが、レミは昔からこうしないと眠りにつくことが出来ない。その根底にはあの実験場での思い出があるのだろうが、いつまでも独り立ちできないのはどうだろうと思う。そうは思うのだが、気持ちよさそうに眠ること寝顔を前にすると、そんな思考すらどうでもよく思えてくるのは、俺がこの妹を家族としてしっかりと愛せているからだろうか。


 朝、起床すると俺は日課のランニングを済ませると汗を拭うために体を洗う。汗を落としてからレミを連れて学校へ向かう。学校に通えているのも全部父のおかげで、俺は別に勉学を学ぼうとも思っていなかったのだが、普段ぼそぼそとしか喋らない父は、その時だけ大きな声を出して勉強はすべきだと宣言したため、俺も学校に通わせてもらっている。因みに俺は高等部の三年でレミは一年だ。複数ある学校のなか、俺達は同じ学校に通っている。学力もそこそこ高いところだったので、入学には難儀したが、どうしても妹がこの学校に行きたいけど兄と一緒の学校に通いたいといったため、必死こいて勉強したのだ。未だに勉強は苦手であるが、ついていけない程でもないので、楽しく過ごせている。学校に到着すると、レミとは離れ離れになる。レミは一年の教室に向かい、俺は三年生の教室に向かう。


「おう、シスコン!」


「……それが挨拶か?」


 靴を上履きに履き替えていた俺の肩を叩いたのはクラスメートの男で仲良くさせてもらっている。お世話焼きな性格をしており、最初クラスに馴染めなかった俺を力づくでクラスの輪に引っ張ってくれた張本人である。実直な人柄で情に厚いそんな男である。人をすぐに弄ろうとする悪い癖もあるが、クラスでも人気のある男だ。


「そりゃあ美男美女の兄妹が登校して来てんだ。茶化したくもなる。」


 何のことだと返すが、彼は取り合ってくれない。俺やレミは彼らの美的感覚ではとても優れているようだ。堀が深くて鼻が高く、ぱっちりとした二重の目がこの国では人気があるようで、俺の居た孤児院のみんなは誰もその特徴を持っていたように思うが、彼らにとってみれば違うらしい。生まれ育った環境が違うのでそういうこともあるだろう。俺は友達とともに教室に赴き皆に挨拶すると、挨拶が返ってくる。こんな平和ボケしながらも優しい彼らを守りたいと思う。汚いことを知らない彼らはこの国で行われている非人道的な実験や入国時の外来者の扱いについて何も知らない。俺はそれでも構わないと思う。それを知って彼らがゆがんでしまうのを見るくらいなら俺が全員の盾になる。使命に駆られながらも俺の一日は早く進んでいく。



 学校が終わりレミと一緒に帰り道を歩く。指定の制服は男女ともに紺色の地味な格好だが、俺達はこれを気に入っている。日が沈むと寒くなってきたので、俺とレミの手はしっかりと繋がれている。


「今日も楽しかったか。」


 俺がそう聞くと、彼女は力強く頷く。自然と笑みが零れた。



『ちょっと宜しいか。』


 気怠そうな女性の声に振り向く。もう少しで家にたどり着く所だったので、誰だろうかと見ると、昨日出会った女性とその傍らに居た男がそこにはいた。バレたのかと一気に緊張感が高まる。前回は女性が一人で挑んできたので、何とか逃げ延びることが出来たが、今回は二人がかりで来るかもしれない。レミを守りながら戦うのは非常に難しい。表情を険しくして警戒する俺に対して、男は手を振りながら戦意がないことを表して、先ほどの女性の声で意思を伝える。


『ああ、別に不審なものじゃない。ただ単に聞き込みをしていてね。君は精霊って知ってるかな。』


 突拍子もない質問に俺は無言で首を横に振る。すると彼はやはり知らないかと項垂れてから質問に答えてくれて有難うと感謝を述べてきた。礼儀の正しいやり取りだったので、俺も気を抜いてこちらこそお役に立てなくてすみませんという。気にしないでくれと残してから彼らは去ろうとして、ついでという風に女性の方が口を開く。


「お主らは噂の正義の味方の正体を知っておるか?」


 虚を突かれたというべきか。完全に油断していた俺は言葉に詰まったが、慌てて言い繕うと彼女らは満足したようで帰っていった。妹が心配そうに見上げてきていたが、何でもないからと言い聞かせてその場は流した。


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