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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キーリス帝国  3

 朝食も終えて腹も膨れた所で会議が開始する。いつの間にか拘束を抜け出したアスドガも席に着き、今日すべき事を挙げていく。まずは帝国内の情勢や土地を知るために前日同様探索に出ることが必要だ。何か発見した時や起きた時に、対策を打つためにはそれらが重要だからである。知っていて損はないのでこの予定は決定事項だ。アスドガも今日は有給申請をしているそうなのでゆっくりと回れるはずだ。そして次に、精霊に関する聞き込み。アーガレーヴィンでティリーンが聞き出した内容は抽象的な部分が多く具体性に欠ける。ならば道行く人に尋ねるなどして噂の真相を探る必要がある。精霊が居らずとも、この国には色々と黒い部分が多そうなので、はいそうですかで終わらせてはもらえないと思うが、一応は精霊に限定して聞き出す。アスドガでも知らないような事柄を一般市民が知っているかは果てしなく微妙ではあるが、何事にも行動あるのみ。愚痴っていても始まらない。


 エレベーターで最下位まで降りた私達は正面玄関から外出する。昨日は企業区域と商業区域、居住区を紹介されたので、今日は行ったことがない歓楽街や風俗街、公共施設街に向かう。ここから一番近いのは公共施設街との事だったので、手始めにそこに向かう。あまり馴染みない街通りの名称だが、ここには国民の税金で建てられた一般開放された施設が多く立ち並んでいる。学校や公園から図書館、病院まで、誰でも無料で利用できる。自国民以外は学校に入学したり図書館で本を借りたり無料で診察を受けたり出来ないが、それを加味しても自由度の高い場所だ。普通だったら無料なのを良いことに善からぬことをする輩も出てきそうなものだが、この区域の衛兵は真面目な人間が厳選されているらしく治安は悪く無い。朝の登校時間が重なったこともあって、道行く子どもたちが居たが、誰もが大輪の花を咲かしていた。無邪気な子供たちはこの国の正門のところで日々どんなやり取りが行われているのか知らないのだろう。幸福そうな少年少女に哀れみを覚える。現実を知らないのは構わないが、現実を教えてもらえないのは辛いものである。もし彼らが現在の国の有様を一歩離れたことが出来たのなら思うはずだ。自分たちが如何に無知であったのかを。


「……考えていることは大体想像が付くがね。それは杞憂というものよぉ。だって、彼らは一生この国から出ることはない。そういう風に育っているから。」


 アスドガの言葉は私の心に深く突き刺さった。確かにこんなに何もかもある場所から態々出て行く物好きはそうそう生まれないだろう。当たり前のように学業に勤しめて仕事があり、病気になったら病院に行ける。そんな生活を知っていて外に出る理由など観光程度のものだろう。この様子だと観光すらも行かなさそうだが。


「生まれた時の環境というやつは大事じゃな。」


 ティリーンが綺麗にまとめてそこを去った。



 公共施設街の隣は歓楽街で他所の人間が大量に見掛ける。飲み屋が多く連なり、朝なので繁盛とまではいかないが、そこそこの盛り上がりをしている。朝から飲み明かしてどうするのだと怠惰を罰したいが、疲弊しきっている人達を見ると、そんな無粋なことは言えなくなる。奥に向かうに連れて段々とシャッターの下りているテナントが多くなってきたなと感じていると、併設してあるここは風俗街とのことで、朝は完全に活気が無い。居るのは宿で一夜を楽しんだ男たちが帰っている姿位のものである。見ていてなんだか惨めになる光景に私は次の場所を促す。すると連れて行かれたのは、車を貸し出している貸出所という場所だ。車と言うと、ローナルから出ているあの大型のものを想像するが、此処に置かれているのは三、四人程度で乗ることが出来る物らしい。興味を惹かれて見に行くと、そこにあったのは想像とは掛け離れたオンボロだった。アスドガが言うには、動かないことはないがまだまだ実用的ではないとのこと。高価な燃料を阿呆ほど使い燃費が悪いので、使用するのは金を持っている事を自慢した成金くらいなものだそうで、値段を見たところ、一時間で安めの宿なら二泊はできそうな値段だ。しかもそれは燃料代は別途掛かるとのことなので、総額が幾らになるのかは聞きたくもない。私は一生縁がないだろう思うのと同時に倦厭けんえんした。


 やっと大体の案内が終わった時にはもう高かった日は沈もうとしていた。そろそろ帰ろうかと足を居住区の方へ向けようとしていると、車の貸出所の横にひっそりと佇む正門の衛兵の休憩所から悲鳴のようなものが響いた。何事かと思いそちらに足を伸ばそうとすると、私の肩をアスドガが掴む。


『離せ。確認しに行くだけだ。』


 そう吐き捨てるが、彼女は納得などするわけもなく強引に自分の方に私を引き寄せる。そして彼女は正門側の話を繰り返す。だからなんだと言うと、だからこれは日常茶飯事なんだと私に言い聞かせる。それがどうしたんだという感想しか浮かばない。いつもは見逃されているのかもしれないが、今日はいつも通りではなかったというだけではないか。不思議なところなど一つもないように思うが彼女は頭を抱える。こんな時だけ常識ぶる彼女は私に言い聞かす。


「良い、もしこんなところで問題起こしてみなさい。絶対ご主人様は帝国のお偉いさんから睨まれるわ。そうしたら精霊探しどころの騒ぎではなくなるのよぉ。」


 小さい子供に言うように言われなくともそんなことは重々承知である。しかし、この悲鳴を背にしながら帰ることを私のポリシーが許さない。人に苦痛を与えている人間はそれと同じかそれ以上の罰を受けるべきである。そこに個人や権力のどうこうは持ち込まない。正義面しているわけではなく、当たり前のことである。助け合いの人間の営みの中で生きていけないのならば死んだほうが良い。アスドガを振り切った私はティリーンを伴い件の現場へ向かう。彼女も久々に暴れたいみたいなので丁度良い。言うならば私も似たようなものなので足早に休憩所に走る。呆れ返ったアスドガも何だかんだで付いてきた。



 見て見ぬ振りして通り過ぎる人並みを掻き分けて現場に侵入する。勇んで扉を弾くようにして開くと、そこには倒れた衛兵達とひん剥かれた女性。そしてその女性に手を貸す男の姿だった。私達に気付いた男は、女性を背に隠すようにして覆面の顔を此方に向ける。敵だと勘違いした男は身を低くして拳を構える。独特なスタイルだが中々骨のありそうな拳法家だ。構えを見ただけで、素人目にも隙がないのがわかる。予定が狂ったが、こんな相手なら戦ってみたい。


「拳で戦うなら妾の出番じゃろう?」


 私を制したティリーンが代わりに前に出る。明らかにただ戦いたいだけだが、相手を殺してしまわない事だけを約束させてこの場を譲った。覆面の男はティリーンが相対すると、構えを解いて、若い声で女性とは戦わないと宣言したが、ティリーンがそんな甘言を許すはずもなく、床に一蹴り入れて一部を破壊すると、怯えた風に構えを戻す。彼女の興が乗り過ぎなければ良いが。心配しながら私は一歩引いた位置で観戦の態勢に入る。ウズウズとしたティリーンに相対する男は、右腕を床スレスレに置き、左腕を上で構える。タックルでもカマスのかと言いたいが、そんなが芸の無い事をしそうな感じでもない。彼女もそれが分かっているから楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。型に嵌まらないティリーンに対して真面目な一打は通るのか。見物の一戦である。興奮冷めやらぬ私は、固唾を呑んで戦いの開始を待つ。


 静止は一時に収まり、直ぐに火蓋は切られる。先行を取るのはやはりティリーン。大きく踏み込んだ拳から放たれる一撃は、膂力がしっかりと乗るのでえげつない威力を持つ。隙だらけだが、一発で終わらせる自信の溢れた攻撃。珍妙な構えの男はそれを冷静に見守る。彼の中ではきっと突っ込んできている彼女がしっかりと捉えられているはずである。しかし妙に動きがない。


「……ッ!」


 手加減されていると感じた彼女は吠える。良い攻防を期待していた彼女は落胆した表情を隠さず、一瞬で終わらせると、意気込んで速度を急に速め接近する。拳が彼に密着するその時、信じられないことが起きた。


「ハァッ!!」


 唐突に構えを変化させた彼は彼女の拳に添うように手を置くと、流れるような形で彼女の手首を掴み、地面に叩きつけた。攻撃を避けられ、カウンターを喰らったティリーン本人も意味がわからないと顔を顰めている。流石にその後の絞め技は難なく躱して距離を取ったが、彼女は怪訝そうな表情を変えない。あまりに鮮やかな技に私も思わず歓声を上げるほどだ。彼のポテンシャルは見込んだ通りのものだった。恐らく相手の膂力を利用した合気と呼ばれるものと思われるが、ここまでの完成度は初めて見る。そもそも使う人をあまり見たことがない。地元に居た時に数度見たことがあるが、対処しやすい代物だったはずだ。どうやってあそこまでの研鑽をしたのか。単純に好奇心が唆られる。


 私の思考を他所に少し本気を出すと苛立ったティリーンは、力んで精神を昂ぶらせると又無策な突進を見せる。構える男もまたかと言う感じで構えを戻す。そこが彼女の狙いであったとも知らずに。


「おりゃぁあ!」


 彼の一歩前の位置で急停止したティリーンは振りかぶった腕をその場で振り下ろす。明らかに届く距離ではないがどうしたのだろうかと思うが、それは杞憂というものだ。超高速な拳からは凝縮された圧が放たれる。見たところ魔法も乗っているから、彼女が中々本気を出しているのだとわかる。これを捌くのは無理があるのか彼もタジタジになりながらその場を退き逃げて距離を取ろうとする。ティリーンはそれを見逃すこと無く追撃を掛ける。



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