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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キーリス帝国  1

 城門で私達を待ち受けていたのは、衛兵などではなく迎撃システムを搭載した最新兵器だった。ローナルで見掛けた機器よりも一層複雑な作りに見える。アスドガ曰く、帝国とローナルは技術協力をしているらしく向こうのものが多少ではあるが入ってくるらしい。それにキーリスの科学的な研究物を足してこのようにローナルに劣らない機器を完成させている。鼻高らかに説明する彼女もこれの製造に関わっているらしく私にはわからない細かな設定まで開示してくれた。明らかに機密事項にも引っかかているであろう内容もあったが、彼女がそれを気にしていないのなら何も言わない。私が黙り込むと話し足りない感じだった彼女も空気を読んで門の解除を行う。


「明らかにここは裏口のように見えるが、妾達も此方から入って良い物なのかの。」


 片手間で解除をするアスドガは後ろから覗きこむように見て、疑問をぶつけるティリーンに目線を変えないまま、答える。正門側から入国すると、入国時に普段働きもしない兵士から全身をまさぐられて難癖を付けられる事があるらしい。それも上層部は黙認状態で打つ手がなく、必要があって帝国を訪れる人の中にはそういう被害を訴えたくても訴えられない人が居るくらいらしい。そんな正門側から入っても良いことなど無いので此方の関係者口から入るのが自国民の常套手段というわけだ。雑談をしていると門が開き、歓迎のテンプレート音声が門の両脇からスピーカーを伝い流れる。果たしてこの機能は要るのかと甚だ疑問ではあるが、製作者は彼女のような変人も混じっているため、機能性だけを追い求めた設計にはなっていないだろう。呆れ返りながらこじんまりとしている門を潜った。



 華やかな色合いの花々が植えられた花壇が整備された道の両端に並ぶ。賑やかな活気のある声が沢山の人が行き交う通りを包む。前情報が碌なものがなかったせいか、どこか拍子抜けした印象を覚える。背の高い建物が列挙し、日中ということもあり、皆が一様に仕事にてんてこまいになっている。スーツにネクタイを締めた正装の男や女が自分の役割を全うしている姿がちらほらと目につく。


「やっぱり平日の昼間だし人は多いかぁ。」


 面倒くさそうに顔を顰める彼女に不都合があるのか尋ねると、大有りだと断言する。何故なら昼食を取ろうにも何処も満帆で入店できる飲食店が少ないからだそうだ。飯を食うには丁度良い時間帯なので確かにそれは不都合だ。意識し出すと余計に腹が減ってくるのは人間の悲しき性である。街路に目線を流して確認すると、彼女の言っていることが正しいことが改めて分かる。昼の休憩に入るのはアーガレーヴィンの工場だけではなく、どの仕事でも同じである。人で溢れかえる店にサヨナラをして私達は案内を受けながら国を練り歩く。混雑する時間帯であるため、それほど多くの場所を回ることは出来なかったが、それでも他所に比べてこの辺りの店舗や施設が充実していることは理解できた。街行く人は全体的に冷たい印象だったが、商人は声を張って宣伝しているし、様々なニーズに合わせた施設が点在している。学術的な学校から果ては風俗街まで。何でも取り揃えられる充実のラインナップだ。不満を言うなれば、ゴチャゴチャし過ぎて現在地を見失うことくらいなものである。今日回った周囲には田園などは見当たらなかったが、アスドガの話しによれば、自給率を上げるために効率のよい農業の研究なども行われているらしく、奥まった所にあるにはあるそうだ。


 説明を受けながら一時間ほど歩くと、休憩時間を終えた人達が持ち場に帰っていったので、私達は一旦飲食店がある商店の区域に戻る。因みに、私達が入ってきた関係者用の裏口から入って、最初にあった高い建物が並ぶ区域が企業区域と言って、仕事をする人が多く活動する場所で、それを突っ切った所が今私達が向かっている商店区域。そのお隣は居住区で見たところマンションなどが多い。今日行けたのはそこまでだが、他にも沢山の区域が整備されているらしく、後で連れて行ってもらうつもりだ。そうこうしていると先程までいた居住区を抜けて商店区域に戻っていた。何処が評判だとか分からない私とティリーンはアスドガに全て一任して食事処へ向かう。


「ここは本当にお勧めよ!」


 そう言って彼女が紹介したお店は人っ子一人見当たらないボロボロの外装の店だった。外面だけで判断してはいけないことは、ローナルで出会ったあの店で学んだが、この店は明らかに面持ちが違った。店の名前もくすんで見えないし、唯一見える書かれた文章は食えるものなら食ってみろと飲食店にあるまじき謳い文句。変人の彼女を信じた私達が馬鹿だったのだ。無言でUターンしようとした私とティリーンの首の襟を掴むとズルズルと引き摺りながら入店した。散々吐いた文句は彼女の本当に良いからという言葉で相殺され、もうどうしようもない状況。ウキウキ顔のアスドガに希望を託す気にはなれないが、彼女に店の選択を一任した負い目から大人しくメニューを手に取る。外だけでなく内装もボロボロである店のどれだけ放置されたか分からないメニュー表は油と埃が負の相乗効果を生み、取り返しが付かない所まで来てしまっているが、料理がゲテモノだとは限らない。対面に座したアスドガは相変わらずニヤけているし、半信半疑だが、彼女に賭けることにする。隣りに座るティリーンも覚悟を決めて私を見て頷く。


 メニュー表を開くと、私は即座に心の折れた音が聞こえた。


「私様は『ゲーノのゲロ風パスタ』が好きなんだけど、一緒でいい?」


 私とティリーンは声を合わせて待ってくれと必死な抵抗をみせた。彼女はその私達の反応に笑いながら、今にも死にそうな店主にオーダーを伝えた。絶望の淵から突き落とされたのだ。流石に飲食店であるので、食べて死ぬようなものは出さないだろうと思うが、私達以外に一人も客がいないのがいやに恐ろしい。店の奥に調理に行った店主は、奇声を上げながら様々な音を奏でている。明らかに調理中に発生しないようなものもちらほら聞こえる。顔を青くしながら待つこと数十分。長々と時間を掛けた店主が、全身から汗を滲ませながら吐瀉物を皿によそったとしか思えない下手物を据えた。最後の可能性として、酷いのは見掛けだけかと希望的観測をたてたのだが、鼻を突く刺激臭の前に儚くも砕け散った。


「……これは、飯か?」


 鼻を摘まんだティリーンが、アスドガを睨み付けながら極力口を開かないようにして尋ねる。アスドガは、それに満面の笑みでそうだと答えて目の前のゲロを口を含む。


「おろろっ、……うぇ」


 喉をやられて恍惚な表情を浮かべる彼女を見届けると、私達は金だけ置いて、早々に立ち去った。やはりあれは、人間が食べるべきものではない。



 一人トリップした彼女を店を置いて、私達はそこいらの店でパンを購入して据え置きのベンチでもそもそとそれをかじる。文明を手に入れた人間が食べるべき物の味と匂いがした。間違っても鼻が曲がるほどの刺激臭がすることなどないのだ。焦がしの付いたパンの甘い風味に至福を覚えながら、気が付くと自分達が全てを完食していた。食事と言うのはこういうものでなくてはと、一人頷いていると、隣のティリーンも私の肩に寄り添うように凭れ掛かり、満足そうに顔を筋肉を緩めている。


 丁度日も照っているし日向ぼっこでもしようかと気を抜いていると、吐瀉物を食べていたアスドガが怒っているという顔で此方に駆け寄ってきた。私としてはあんなところに連れて行った彼女を殴ってやりたい所だが、グッと抑えた私はどうかしたかと悪びれもなくソッポを向く。


「出されたものくらいちゃんと食べないと駄目でしょ!」


『食べ物ならな』


 そう見下すと彼女は頬を赤く染めながらぐぬぬと詰まっていた。彼女も流石にあれが食べ物として欠陥品であることぐらいは理解しているようだ。そう解釈しようとしていたのに、彼女が小声で見下されている、今見下されているわと淫靡に頬に手を添えて喜んでいたのでもうこの女を正常にするのは私などでは手が余ると思考を放棄して、投げ遣る。又も自分の世界に入る彼女の頭を割りと強めに叩いてから気を取り戻させると、宿を紹介してもらうことにした。可愛らしく寝息を立てながら昼寝に入ったティリーンを背負ってから行動を開始しようとするが、ここで彼女が何なら私様の家に来ないかと誘ってきた。問題が有り過ぎる彼女とはあまり長期に渡って付き合いたくないが、土地勘のないままここを彷徨うことに比べれば、幾分かましか妥協して彼女の提案に乗ることになった。大変不本意ではあるが。


「今日の夜が楽しみだわぁ。」


 涎を垂らしながら薄気味悪い事を言うアスドガに従って街路を進み、居住区に辿り着くと、彼女は馬鹿でかい高層マンションの前で止まった。慣れた手つきで玄関口の認証やらを解除しながら私達を手招く。まるで悪魔の誘いに乗るような心境だが、大人しく従って付いていく。高級感漂うロビーに完全に浮いた旅人と白衣の研究者が沢山の燕尾服の使用人達の前を通過していく。設置されたエレベーターの前にはボーイが立っており、アスドガが階層を指定すると彼がボタンやらを押してくれる。それくらい自分でしても良い気がするが、金持ちの考えることはわからないので口は開かない。カチカチと音を立てて階層を示す表示が最も高い階層を指し示した時、扉は開いた。こういうマンションというのは最上階は一番家賃が高いと聞いたことがある。こんな性格だが、相当稼いでいるのだろうか。エレベーターを降りながら考える。


「一応国お抱えの研究所の所長だからねぇ。まぁ裏の組織だから表立って目立ったことはしないけど。」


 そりゃあ表立って人体実験などしていたら他国からの批判だけでなく、国民からも反乱が起きかねない。国の要人が態々口を滑らせて良いコトなど存在しない。そのため彼女たち裏の研究者は、機密に近いため高い給金を支払って、逃げ出したり公表したりしないように地位を保たせているのだろう。この最上階もその給金が物を言わせた結果だ。凄いなと思いながら部屋を探していると、彼女は隣のエレベーターに乗り込もうとしていた。ここの階ではないのかと質問すると、彼女は最上階はここの専用のエレベーターでしか上がれないし、現在地は最上階ではないことを伝えた。どうやら勘違いしていたが、最上階だと思っていた此処は最上階一歩手前であったらしい。軽く恥ずかしい思いをしながら専用のエレベーターに乗り込む。エレベーターはすぐに稼働し、目的地に向かう。



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