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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キニーガの里 3

 隅々の垢まで丁寧に拭ってもらってから彼女はそれを桶に入れて私にどうだったかと聞いてきた。こんな所で嘘を付くのも何なので私は素直に気持ちよかったと告げると、ユラはそれは良かったと目尻を下げていた。そんな会話を経てから私達は布団に入ることにしたのだが、ここで見ないようにしていた問題が現実を押し付けてくる。一つしか無い布団。真ん中に寝転んでいるミラ。リガール夫妻は気を遣ってこうしてくれたのだろうが、いらない気だったと言わざる得ない。しかも、少し大きめのその布団は大人二人と子供一人なら入れてしまう親切設計なのだ。剥ぎ取られていた服を着ながらユラに視線を投げると、ユラはスタスタと布団へ向かい、ミラの右側に身体を差し入れた。そしてミラの左側をミラを跨ぐように手を伸ばすとそこをポンポンと叩く。


「明日も早いですし早く寝ましょう。」


 なんでもないように言うが私にとっては重要な問題だ。しかしそれを態々彼女に言うのもどうかとも思えるので、私はそうだなと下を向きながら言い、布団から少し離れた所に腰を下ろして身体を横たえる。


「何でそんな所で寝ようとしているんですか。もう……仕方ないな。」


 ユラの方に背を向けているのでどんな顔しているのかは確認できないが、確認せずとも不満気な表情をしていることは分かる。最後の方はギリギリくらいにしか聞こえなかったが、唐突に崩された敬語に何故か胸が高鳴るのを感じた。我ながらわかりやすい男である。いや、そんなことを考えるべきではないだろう。早く寝てしまおうと割と綺麗にされている固い床に完全に体を委ねて目を閉じる。室内には窓から覗く月光と窓をガタガタと揺らす風が存在感を放つ。


 ーギシリ。


 その中で自然な音の中に明らかに不自然な音が私の耳に拾われた。


 何の音だと思い薄暗くなっている室内を横目で見ると、ユラがミラを抱えてから布団をこちらへ移動させているのが見えた。そこまでするかと呆れた感情も生まれたが、それよりも何故か嬉しいという感情は心内を支配した。私が自分の感情に戸惑っていると、ユラの手が私の右肩に触れた。


「そんな気を張り続けていたらいつか疲れてしまいますよ。」


 優しい手のひらに誘われて私の身体は柔らかい布団の上に導かれた。床と違い体温の高い幼いミラが寝ていた御蔭か布団は全体的に心地の良い温度をはらんでいる。私を綺麗にそこな寝かしつけたユラはその直ぐ隣に熟睡しているミラをゆっくり置いて、自分はその横にミラを抱くように腰を下ろした。ミラのお腹の辺りを撫でてからその手をこちらまで伸ばす。


「いつでも頼って下さっていいんですからね。」


 その言葉を最後に私の意識は途切れた。




 次の日の朝は本当に早かった。


 まだ日の登り切っていもない時間にリガールから起こされて私は飛び上がるように身を起こした。リガール曰く、朝早くは動物も寝ぼけているため動きが鈍いらしく、狩るにしても動物の餌になる山菜も採りやすくなっているそうだ。それはわかるがこんな早くでなくともと本心が口に出そうになったが、こちらは教えて貰う立場である。我が儘を聞いてもらう訳にもいかないのは考えずとも分かることだ。取り敢えず腕や背中の筋を最低限のばしてリガールとともに家を出た。


「いやぁ、ここ最近は冷えるな。朝布団出たくなくなっちまうから嫌だな。」


「もう秋の季節ですしね。少し前まではあんなに暑かったのに季節が過ぎるのはどこでも同じことなんでしょうね。」


「聞いた話じゃそうじゃないところもあるらしいけどな。俺が傭兵していた時に出会った奴の中で一年中冬の季節の所の出身だって言ってたな。場所によってはその逆もあるらしい。衣替えとか考えなくていいなと軽口叩いたら、それに対してのデメリットの方が多いキレられたのを覚えてる。」


 世間話から始まりリガールの傭兵時代の旧友の話に行き、狩りの途中に見つけた珍しい動物の話とウェットに富んだ会話をしていると、森の入口に辿り着くのなんて直ぐだった。もうそのまま行くのかと思っていた私にリガールは森に紛れるための草を無造作に付けられた服と少し錆びている短剣を渡してくれた。どうやら予め用意してくれていたようだ。リガールの方を見ると、背中にカゴが背負わせられているのも今頃気づいた。


「本当は危険の少ない弓のほうがいいんだが、弓の使い方なんてわかんないだろう。だから昨日の模擬でも使った短剣タイプを持ってきた。これなら山草採るときにも役に立つし。少し錆びてるのはそれしか余ってなかったから勘弁な。」


 リガールは手慣れた手つきで準備を続けながらそう説明してくれた。準備が済むと、よしと言ってから私の先導をするように先に進んだ。先行していくリガールに遅れを取らないように私も慣れない山道を踏みしめた。


 私達が入っていったのはこの里に訪れた時にところではなく、その正反対と言っていい。リガールが言うにはあそこには泉の水を汲みに行く時や異変を感じた時にしか余り行かないそうだ。私達があそこで寝ているのをリガールが見つけられたのも森の異変を敏感に察知したかららしい。今回来ているのは、あちらほど草木は生い茂っておらず、こまめに整備されているような印象を受ける。恐らく狩りを行いやすくするように誰かが管理しているのだろう。一先ず安堵が溢れる。しかしそんなに距離のない所でこんなに変わるものなのだろうか。その疑問をリガールにぶつけると彼は自慢げに答えた。


「それは精霊様のおかげだ。森の管理は基本的に精霊様が行ってくださってんだ。その精霊様が俺たちの里に外敵を招き込ませないようにあんな入り組んだ道を創りだしてくれてんだ。そしてコチラ側は狩りをするために精霊様が俺たちに用意してくださった場所だからこんな綺麗に整頓されてるってわけだ。」


 だからこの里では精霊を祀っているのかと腑に落ちた。彼らの生活は精霊によって支えられてるのだ。リガールはまぁ姿を拝見したことはないんだがなと言っていたが、その目に疑いはなく精霊の存在を信じているというのは分かる。代々昔から信仰されているのか信仰心はとても深そうだ。因みに、先ほどの話はキニーガの里に代々伝わる伝承の話なのだと言っていた。


 整備されているようだと言っても長らく歩いていると、疲労は当然溜まる。話して誤魔化していたが少し足が重くなってきていた所で先行するリガールが足を止めて口に人差し指を当てて、黙るように目で命令してくる。何かを見つけたらしい。


「ありゃあ草食獣のジャレーノだ。あいつの肉は肉厚で美味しいぞ。」


 こちらにまだ気づいていないジャレーノは茶色の毛をもっさりと蓄えていて、その顔からは豚のような鼻とその左右から生えている角だけだ。身体はイノシシのように太いが圧倒される大きさというわけではなく威圧感などはない。美味しそうにそれは地面に落ちている実を啄み、ぼーと顔を上げてぼやけて、そして又顔を下げて身を食べてを繰り返している。とても間の抜けたやつだ。しかも一体の単独なので狙ってくれと言っているようなものである。リガールは機会を伺うように中腰で構えてから腰に刺してあったつちを手に取ると、素早く隠れていた草の茂りからジャレーノに突っ込み槌を振り上げる。ジャレーノもそれに気づき逃げようとするが、それより先にリガールの得物がそれの頭部を強く打った。


「ぶひゅっつ!!」


 鈍い断末魔を上げながらジャレーノは舌を垂らして地面に臥した。


「取り敢えず一体だな。」


 リガールはそれを手で掴むと手際よく持ってきていた短剣に持ち替えると皮を大雑把に剥き、肉は臭くならないようにするために血を絞るように抜き、ロープを取り出して丁寧に縛った。その一挙一動は簡単そうに見えて難しい。とても数回見ただけで真似はできないだろう。


「次はお前がやってみろ。」


 綺麗に締め終わったリガールはこちらに振り向きそう言った。出来るだろうか。不安しか浮かんでこないというのが正直な感想である。しかしやらなければここに来た意味もない。私は覚悟を入れなおしてから得物を探すところから始めた。勿論、素人の私が一人で探した所で得物を探し当てるのにどんだけの時間が掛かるかもわからないので、リガールの指導のもとである。


 やはり彼の長年を費やして身に付けた嗅覚というのは素晴らしい物で、得物は直ぐに見つかった。


 相手はリガールがの下したジャレーノである。先ほどのものと大きさも然程変わりがなく、前のものと同様に間の抜けた食事中と来たものだ。一つ問題があるとすれば今度は二体で食事をしているというところであるが、私はそれほどの問題ではないと結論づけて腰に差していた短剣を引き抜き小指に意識を向けながら草の茂りから目標を見据える。食事風景も傍観していた時と違ったものに見える。同じルーチンワークを繰り返している風に見えて、時折早めたりおそめたり緩急かんきゅうをつけながら周囲を警戒しているのだ。どのタイミングが正解なのかが推し量れない。


「相手をよく見て観察しろ。そうすればここだというタイミングがいずれ訪れる。」


 私が推し量れずにいるのを察したリガールはそう助言してくれる。改めて集中をして相手を細部まで凝視する。


「ブルルッ」


 鼓膜がその音を捉える。観察をしているとその音が物を口にいれてから少ししてからなっているのに気づき、そして一つのこと勘付く。あれは食べ物を飲み込む時の音であり、もしかしたらジャレーノという獣は喉元の発達が悪く、嚥下に時間がかかっているのではないかと。それが確かならば、その隙を突くべきだ。私の喉も緊張からゴクリと鳴る。汗ばんできた手を服で拭ってから短剣を握り直し、あの音が再度捉えて瞬間に私は身を乗り出した。


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