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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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死霊の洞窟  2

 センサーが私を感知したのか開かれた壁から突出したカプセルは、観察しやすく一列に整列し、半透明の開け口から人の顔が覗いている。気味の悪いほどに青白い顔色をした検体は、それぞれ年齢も性別も違い、一貫性はない。此処が実験施設だとして、彼らは一体何を生成しようとしたのか。判断材料は十分に揃っていた。恐らくこの人体実験は、不死身の人間を作るための研究だ。あの骸骨や屍、それからスライムはその過程の副産物だろう。人間が侵してはいけない領域に足を突っ込んだ実験である。別にそれを倫理的な観点から問い質す気はないが、こんな惨いことをしてまですることなのかと人間性を疑う。無感情にこんなことができる生き物を人間とは呼びたくない。


『イカれている……』


 誰も居ない室内に無意識に零れた独り言が反響する。数十体分の検体を全て確認すると、年端もいかない少年から老年の女性まで、多種多様な人材が揃い踏みである。これは、考えたくはないが、老若男女、どんな人間にも適合するモノを作るためなのだろうか。疑問は尽きないが、何とかして彼らを助けることはできないかと模索する。もしも彼らが可能性は低いが、生きているのなら、見捨てることはできない。カプセルの外装に手を這わしてそれらしきものがないか探す。


 機密性はやはり高い代物なので、そう易々と見付かってはくれないが、私は諦めずに探した。そもそもカプセル自体にそういう機能が付いているのかも微妙な線だったが、どうにかそれらしきスイッチを見付ける。これが正解なのかは解らないが、何もしないよりは、幾分かマシだと自分を言い聞かせた私は、最年少の少年のカプセルのその件のボタンを押した。すると、ごぼごぼとカプセルを満たしていた液体が下に繋がれた排水のための管のようなものを通って抜ける。機会音を鳴らしてからゆっくりと蓋は開く。


『大丈夫か!』


 疲れ果てているアーモロに頑張ってもらって、大きな声で彼に問い掛ける。黙りきった少年は、瞳を開くことはなかった。とてもやりきれないが、やはりもう息絶えている。首もとに手を添えても脈拍は打たれない。生命を感じられない。虚しさに苛まれながらも、私は彼を手放した。全員、確かめてみたが、動きを見せるものは居らず、一様に死亡していた。手術台の女性と違い、外傷が発見されないため、一人でもと掛けていた淡い期待は見事に打ちのめされた。医療の心得はない私ではあるが、彼らが生きていないことは、生きている人間として感じ取れた。それが何だが悔しくて、思わず目を伏せた。そんな時、予想外の所に出現した閉め切られた扉が音を立てた。異変を検知した誰かが調べに来たのかもしれない。私はカプセルの裏に忍び、入室してきた白衣の人間を見逃さないようにチェックする。入ってきたのは若い男女で、男の方は眼鏡を掛けた冴えない風貌で、女の方は強気な態度を滲み出している。


「侵入者なんて居ないじゃない!心配して損したわ。ジャガエ、アンタ嘘ついたんじゃないでしょうね?」


 響く声量を冴えない男にぶつける女。やはり私が侵入したのはバレているようだ。そうならばもう少し強そうな人間を連れて来ても良い所だが、痩せた二人は特に怯えたような態度ではなく、どちらかと言えば余裕のある風体だ。その余裕がどこからくるものか判断付かないが、ここで争っても私にメリットはない。早々に退散したい所だ。しかし私が入ってきた扉は言葉の伝達しかアーモロの補助を受けられない今、開くことは出来ないし、彼らが入ってきた扉の前には二人が話し込んでいる。こうなればもう選べる選択肢は限られてくる。


『……動くな。』


 彼女らの死角を移動し接近した私は長剣を二人の首元に向けて脅迫した。気は進まないがこれくらいしか策がない。仕方なしに切っ先を二人の向けると二人は思っていたより全然落ち着いており、それがどうしたという風で取り乱さない。想定と合致しない状況に腹も立つが、私はここから出してくれと本心を告げる。それでも反応を見せない二人が癪に触るが、此方としてはどうしようもない。じっと私の剣先を見ていた女研究者は、目線を此方に向けると、それは脅迫のつもりかとあっけらかんと尋ねてくる。一応そのつもりだと返すと、彼女はニッコリと口角を上げて、隣の男はげんなりと頭を抱えた。次の瞬間。音もなく気付けば私は壁に叩きつけられていた。丈夫な素材で出来ている壁は傷一つ見せていないが、衝撃はちゃんと身体に蓄積されている。遅れてきた痛みの発露に目尻をピクつかせるが、この程度音を上げるほどヤワな身体はしてない。


「ふーん、このアスドガ様の拳を受けて立っているとは中々面白い!どんどん実験に付き合ってもらおうわぁあ!!」


 狂気じみた女にぎょっとしながらも、彼女たちが護衛も付けずにここを訪れた理由が判明する。単純に必要ないからである。明らかに人間の動きではないし、人体実験を受けているのは此処に眠る検体だけではなく、この研究者たちもなのか。笑い話にもならない事案だ。


「あまり暴れないでくれよ。出費がかさむ。」


 気落ちしている男も彼女の凶行に対して反応は見せず予算の話をしているほどなので、頭がオカシイのだろう。とんだ場所に居合わせてしまった。自分の悪運に頭を掻きながら私は彼女を冷静に見詰める。女はそんな見詰めるなよと変なことを言っていたが、変人の言っていることを態々気にしてやる暇もないので、彼女の動きに気を配る。型もなく只のゴリ押し戦法であることは構えをしないところから見ても明らかなのであるが、幾ら人間の域を超えているからと言って私が見逃している間に殴りつけたのは可笑しい。ヒーロの攻撃でも全く見えないなんてことはなかったのに、彼女のそれは本当に見えなかった。何か裏が有ることは火を見るより明らかだ。様子を見ようにもここは屋内なので狭い。相手の手の内を明かすには実に難しい条件が揃っている。


「ビビってんじゃないわよっ!!」


 気を抜いたつもりはないが、腹部に唐突な衝撃が走る。まるでパンチをされた感覚に狼狽える。吐き出された息をすんでの所で持ち返す。食い縛り痛みに耐えるが、正体不明の一打は私の精神に大きな穴を開ける。距離を詰められては居ないことから考えても、接近は許していない。このままではジリ貧になるのは免れない事実である。なんとかして早急に対策を講じなければいけないが、意味不明なあれをどう攻略するかは、現時点で全く検討つかない。何にせよ。距離をとっても意味がないことは理解したので、今度は距離を詰めてみる。アスドガという女は、距離がなくなる前に拳を振るう。しかし、馬鹿正直に真っ正直にいても原因不明の謎の攻撃にやられるだけなので、咄嗟の判断で回避行動をとる。それは成功したらしく、ここで初めてアスドガの驚いた表情を見ることができた。


「そんな動きができるのかっ……!ふむふむ、面白い。」


 私は肉薄し、長剣の彼女の首を叩き切るように切り裂く。完璧なコースを描いて放たれた斬撃は、見事に目的を破壊する。しかし素直に喜ぶ事が出来ない。何故ならまるで水に刃を入れたように感触が鈍かったからである。人間の首を落とそうとしたら、まずは肉を抉る感触がきて、次に固い骨にぶち当たる。その行程を一切感じる。ただただ剣を横に振っただけにしか思えないほど呆気ない手元に返ってくるフィードバック。


「実に良い実験だっ!面白い面白い面白い!!少しだけ貴方に興味が出たわ。一杯遊んであげるから覚悟してね。」


 首を切り裂いた筈のアスドガは、ピンピンとしながら私の目の前に立っていた。更に意味がわからない。私の腕を掴んだ彼女は、そこに何かしようとしていたので、私は体を回転させて振り払うと、距離を開けすぎないように注意しながら開ける。いつもの相手とは毛色が違う彼女に苛立ちが募る。早くここを脱出してティリーンを迎えに行きたいのに、彼女と椅子に座り込んでいるジャガエと呼ばれていた男のせいで、行くことが儘ならない。もう手加減無しでこの二人をブチのめして扉も破壊して戻ったほうが早い気がしてきた。ここまで使うまいと決めていた魔法を使うときなのかもしれない。身体への負荷は蓄積されていくため、また倒れることになるかもしれないが、今殺されてしまえばそんなことは関係なくなるので仕方ない。


 もし倒れたらまたティリーンに看病でもしてもらおうと気持ちを緩めて、身体強化のための魔力を這わせる。その現象に興味が有るのかアスドガが黙って様子を凝視していた。時間を要するような魔法でもないため数秒で完了させると、彼女にまずは一打を加える。気を抜いていた彼女の鼻っ柱が砕けるのを感じた。魔力を纏った私の拳は彼女に通ったのだ。


『何故通るようになったか知らんが、もう後は殺すだけか。』


 この魔法の難点である気持ちの増長のせいでもうここを脱出することなどどうでもよくなっていく。目の前の標的を如何に痛ぶるかしか脳にない。それでも笑みを崩さないアスドガに私は更に苛立つ。剣で瞬殺するのは勿体無いと思い、剣を鞘にしまうと、私は拳で彼女の眉間、喉、胸間、腹、人間の急所に当たる一直線をほぼ同時のタイミングで殴りつけると、追随して頭をがっちりと掴む。後は頭を握りつぶせば全てが終わる状況を作り出す。


『命乞いの一つもしないのか。つまらん女だ。』


 未だにヘラヘラとした表情を崩さない彼女に冷徹に言い放つと、女の頭を握り潰した。ふと男が居た方向を見ると、最初の冷静さは何処へやらといった感じで、恐怖の表情を浮かべている。大方、この女が負けることなど想定していなかったのだろう。私が扉を開けて、外の屍や骸骨を排除すれば殺しはしないと言うと、彼は首を振ってそうではないと私の後方に指を差す。その手には引っかからないと言おうとした口がネトネトとした粘着性のあるもので塞がれる。そちらを振り向くと、半透明になったアスドガが呼吸を荒くしながら私に後ろから抱き着いていた。耳元でやっと見つけた私様のご主人様と身の毛もよだつことをほざいている。これはどういうことだと男に問い質そうに目線を戻すと、そこに彼の姿はもうなかった。



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