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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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アーガレーヴィン街  6

 あまりの絶望感に腰を落としてしまった彼女にトドメを刺すのも酷な話なので、取り敢えずは彼女のもとで中腰になって何故それほどこの剣に固執するのか尋ねると、今付き合っているあの彼氏ともう少しで結婚までいけそうなのだが、金銭的に余裕がなく不可能な状態なのだそうだ。だから、この剣を売り捌いて資金を得てからここを出て小さな村なんかで余生を過ごしたいらしい。此処に居座りたくない理由は、結構前から気付いていたが、彼女はここらの素行不良者グループのリーダーをやっているらしく、そのことを彼氏は知らない。知られてしまえば破局する可能性だってある。だからこそ早く資金を稼いでとっととここからオサラバ決め込みたいということだ。どんな事情かと思えばそんなことだった。それだけのことで人に武器を向けるとは大分頭が緩いように思える。それに、話しによればこの件自体彼氏には一切話していないようなので、彼氏がまだここで働きたいと言う場合は一体どうするつもりなのだろうか。


「愛するモノと自分の保身の為とは欲深い女じゃ。」


 静観していたティリーンは此方に歩み寄ると敵意を消失されてから鼻を鳴らした。独特のオーラに気圧される女は短い悲鳴を飲み込む。しかし、黙っているだけではなくその目はティリーンを睨んでいる。随分と勇ましいことであるが、蛮勇は関心しない。人としての尊厳なんかよりも生物として自身の命というのは何よりも大切にしなければいけないものだ。何の利益もなしに自分から地獄の淵を覗く様なマネは命を分け与えられた神に対する侮辱である。冷々と二人を見ていると、ティリーンが別に手は出さないと私にだけ伝える。考え事が顔に出てしまっていたようだ。


「ここで妾がお前を八つ裂きにして、彼氏とやらと永遠の乖離を果たす運命もあったかもしれないというのに。真っ直ぐなまでの欲求は嫌いではない。だが、お前の望みを叶えてやることは出来ない。赤の他人であるお前に差す出すような手は持っておらんのじゃ。そこでじゃ。」


 前半の部分で止めに入ろうとした私をティリーンは手で制止して続きを述べた。そして彼女は女に情報を売る気はないかと持ち掛ける。女も何の事か分からずポカンとしていたが、ティリーンが拳を握ると即座に首を縦に振った。宜しいと返答したティリーンは女に精霊の情報について尋ねた。そう思えば、女は誰も抜けないとされていた剣を盗もうとしていた。それはつまりあの状況なら抜き出す方法があったということだ。ということは、彼女が精霊についてなにか知っている可能性があったと考えるのが妥当な線である。前に襲撃された時にはティリーンはいなかったので、彼女がそこまで知っていたとは思えないが、的を射た質問である。女も変に疑心暗鬼になって裏のルートを知られているのではないかと深読みして底無し沼に嵌っていく。


「……良い値で買ってくれるなら交渉するわ。」


 見定めるような目で強気に出た女の近場のコンクリートを足を踏み締めるだけで破壊すると、ティリーンは彼女に顔を近づけて、それだけの情報ならと返した。怯みながらも女は不敵に笑う。つられるようにしてティリーンも口角を上げると二人で交渉のテーブルについた。駆け引きを交えながらも討論が始まる。私の苦手な部類の話であったので、私は早々に二人の輪を離れて女が言っていた屋敷に向かう。女の仲間が無関係の人々に手を出しているかもしれないのなら、早めに行動しておいたほうが無難だと考えたからだ。




 女と遭遇したところからあまり距離があるところではなかったので走って行くと直ぐに現場に到着した。そこで待ち受けていたのは倒れこんだ無数の見窄みすぼらしい格好をした男たちだった。不覚にも驚いている私を私よりも数段身体の大きな偉丈夫が出迎えた。堅牢な肉体に手には大剣が握られている。態々刃を潰して殺してしまわない工夫まで見える。あんな大きな鉄の塊で殴られれば死ぬだろうけど、ちょっとした心遣いだ。此方を向いたまま、無言の男は私を足の先から頭頂部までナメるように見ると、口角を上げて武器を構えた。明らかにこの男は女の仲間ではないだろうが、彼は戦う気満々なのでこちらも構えを取る。先手はくれてやると言う風に手招きする相手に私は慎重に目を向ける。突っ込んで出方を見ても良いが、一撃でやられる可能性が拭い切れない。思いもしない強敵に忘れそうになりつつあった鼓動が響く。この緊張感が何故か心地よい。


「フン、此方から行くぞ。」


 一瞬にして大柄の男の姿が消えたかと思えば、構えていた短剣に衝突する。押し勝てるように設定された剣ではないため、私は後ろへ投げ出される。必死に受け身をとったためそれほどダメージは残らなかったが、圧倒的な戦闘力が私の気持ちを削る。今まで衝突した中で随一の力を誇る男に太刀打ちがいかなくなる前に距離を取りペースを崩させる。荒い息一つ見せない男はそんな私を遊ぶように強靭な腕から放たれる斬撃をぶつける。剣に意思を伝えて形状を盾にすることでなんとか威力を軽減できたが、無効までは出来ない。大急ぎで盾を威力が出る長剣に変えると、次は此方が先に攻撃を仕掛ける。遠心力を借りた水平斬りは奇しくも弾かれたが、その反動を利用した逆サイドの攻撃は確かに彼を捉えて、服の表面を切り裂く。肉体は回避行動をされたので届かなかったが、大きな一歩だ。


 だが、そんな私を嘲笑う様に彼は速度を早くする。咄嗟にしゃがみこんでいなければ、今頃首と胴体は永遠の別れを興じていたことだろう。音もなく切り裂かれた先程まで私の首が居座っていた空間は威力を伴った斬撃によって切り裂かれていた。


「これも避けてくれるか。」


 ニンマリと嬉々とする男に戦慄を覚える。完全に遊ばれている自覚はあったが、それだけではない。彼は私に合わせてギリギリを見定めているのだ。そして、そのハンデを自ら背負いながらも私を圧倒している。絶対的な力の差を思い知らされる。旅をして来た中で、最も絶望的な状況である。どうにかして逃げることを考えなければ。


 長考を悠長に待ってくれていた男も、暇になったのか動きを見せる。大剣を肩に担いだ男は、その体勢のままに腰を下ろした。獰猛な肉食獣のようにギラギラと瞳を輝かせる様は、最早人間と言って良いのか躊躇われる程だ。ゴクリと生唾を飲み下す。


『……かかってこい。』


 アーモロの声なので格好はつかないが、それでも十分に挑発の役割は果たす。大男が飛び掛かってきたからだ。今度は目が慣れたお蔭か、私の視界に彼を捉える。一切に遠慮を感じない一撃は、大きな隙となる。これはもらったと思って、擦れ違うようにそれを回避すると、長剣を男の背中に叩き込んだ。完全に不意を突いた攻撃。勝利を確信した私を彼は咆哮だけで吹き飛ばした。予想を遥かに越えた現実に脳の処理が追いつかない。


「良い。実に良いぞ。」


 家の囲いを壊して停止した私に焦らすように歩いて近寄る。何とか応戦するために立ち上がろうとするが、痛む全身が言う事を拒絶し、休息を要求する。私はそれを無視して根性で立ち上がると、長剣を構える。戦いの意を汲んだのか彼もそれを見て興奮している。ボロボロな身体で勝てるほど楽な相手ではないが、負けてやる理由もない。強く思いを込めると、金色の豪奢な剣は突然輝き出す。剣を伝って私の身体を包むと傷口が塞がっていく。別に痛みが麻痺して感じなくなっているのではなく、本当に傷口が塞がっていっているのだ。こんな事ができるものなのかと驚嘆していると、戦っていた男は急に戦闘モードを解除して武器を地面に突き刺した。未だに現状の理解が追いついていない私に彼は口を開く。


「まさかお前が次の英雄とはな。ここに伏している奴等とは無関係か。それなら戦いはここまでだ。さっさとこの家から出て行って貰えると助かる。」


 とても理性的な対応で事を収拾させると、彼は家の中に帰っていった。私は一気に緊張が取れてその場に座り込んだ。そんな私を姿を見せてこなかったケティミが抱きとめた。


『お、お疲れ様でした。』


 お下げ髪の精霊は優しげな微笑みもあって女神のような神々しさを放っている。安心して彼女に抱かれていると、彼女は自分からアーガレーヴィンに来てから一切出てこなかった訳を話してくれる。何も難しい話ではなかった。彼女は単に照れて出てこなかっただけなのだそうだ。あのシャイニという言葉の意味を知られたのが彼女にとってとても恥ずかしいことだったみたいだ。私は気にしていないことを伝えて、私をシャイニと呼んでくれるケティミに感謝を伝えた。彼女は顔を真っ赤にして喜んでいたが、そうだそうだという風に剣に触れた。剣を撫でると彼女はこの剣の効果を教えてくれた。


『この剣は大昔に私達の主が使っていた剣で、効果は自然界の効力を強めるものでした。そして私達精霊は自然界のことわりの範疇なのです。よって、この剣は私達の力を増長してくれます。今回シャイニの身体を癒すことができたのも私の能力が増大化してもらえたからなんです。』


 どうやらあの輝きはケティミのものだったらしい。感謝しきれないなと思う。ついでに彼女の能力が癒やしであることも分かったし、色々と良いことはあった。彼女は私を惑わすように癒やすことが私の能力の本領ではないと言っていたが、どう考えてもそれ以外が思いつかないので、現状ではそういうものだと結論付ける。



「主様ぁあーー!!」


 飛んで来たティリーンに事後報告をする。女と交渉していたティリーンは爆音を聴きつけて走って駆けつけてくれた。もう戦いは終わってしまっているので、何にもならないが、その心意気は褒められるものなので獣耳を撫でて褒めておいた。心労を溜め込みながらもやっとの思いで帰宅に向かうことが出来た。





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