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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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アーガレーヴィン街  5

 整列していた順番が遂に回ってきて、剣に手を掛けようとしたティリーンに司会者は私の方を指差しながら相談をし始めた。大体の内容は、抜くのは男の方ではないのかというセリフと冷や汗。言葉巧みにティリーンを引かせようとするが、彼女の意志は鉄のように固いため一切引こうとしない。何か不都合があるのだろうか。思惑が見え透いてきた所で、後ろの並んでいた人間から野次が飛んで来る。ダラダラと説得を続ける司会者に疑惑の目が向く。重圧に耐えられなくなった司会者はもうどうにでもなれと半ば投げやりになりながらティリーンの進路を開けた。自信を漲らせている彼女に敗北の二文字はない。例えその装飾剣に精霊がいようがいまいが関係なく、彼女は台座と一体化していると言っても良い剣を見事抜くだろう。神獣は神の次に神位が高いと言われている。その彼女の前では、人間だけでなく精霊も平伏し、付き従う。当然の摂理とも言える。


 司会者が時計の針を進め始めると同じタイミングでティリーンが柄に手を掛けて目を瞑る。小声で寝ているのなら起きろ。早くしないと折るぞと怖いことを口に出している。冗談を言っているような瞳はしていないので、本気で言っているのだろう。対話を続けること数秒。ティリーンは柄から手を離す。


「も、もう宜しいのでしょうか。」


 本気で落ち込んでいた司会の男は怯みながらも期待を込める。ティリーンはその男に首肯をして剣から一歩退いた。安堵の溜息が彼の口から漏れ出す。様子を見るに、彼女だといけない理由があったのかもしれないが、想定していたことが外れて安心したという顔だ。しかし、私には彼が思っている状況にはならないように思えた。何故ならティリーンの目には相も変わらず一片の曇りもなく、余裕も崩れてはいない。上手く言ったという表情である。彼が思っているような失敗の未来はないと思う。


「ああ、もう済んだ。」


 剣に背を向けたティリーンを見て、安堵がより強固なものになる。が、それは即座に打ち砕かれることとなる。彼女は手を掲げて来いと一言掛けると、周囲の空気は一変し、台座は光輝く。直視できないほどの強い輝きに会場に居た人は一様に目を閉ざす。私もつられるように視界を塞ぐと、数瞬してから辺りは色を取り戻す。


「全く、騒がしい武具じゃ。」


 光源にはティリーンが仁王立ちしており、その手には金色の装飾剣が握られていた。もう一度微量に光ると、そこから溢れ出るようにスレンダーな女性が顕現し、所持者であるティリーンを確認すると、眠たげな眼を擦った。そしてこう言うのだ。


『おっはー』


 気の抜ける声に会場が静まる。徐々にあれが剣に取り付いていたのか等と私語が増え、段階的に騒然となっていった。天女のように羽衣を纏った非現実的な存在に驚きを隠し切れない人間が多数。好奇心から立ち見する人間が少数。圧倒的なリアリティのない現象に大体の人は理解の追い付かない頭を働かせるために無為に言葉を羅列している人が殆どである。三人目の遭遇である私は黙ってティリーンと精霊の会話を聞いていたが、内心では少し驚いている部分もある。ケティミが全然反応を見せないところから見て、剣の噂の有無は限りなくガセに近いと薄々考えていた私には多少の衝撃を与える光景だった。ティリーンの様子を見ることで、本当は居るのではないかと思わせられた為、目に見えて驚くマネはしなかったが、驚いていた。此方を見ながら会話を続ける彼女らを尻目に私は慌ただしい会場から少し離れた場所に腰を下ろした。女の会話というのは長期化することが予想されるので、先手を打っておこうという策である。


「ふむ、それでは主様。此方に来てくれ。」


 態々長丁場に備えたのだが彼女らの会話はすぐに終結を迎えて私を呼び寄せた。回りを気にしないティリーンと精霊はマイペースに儀式に取り掛かると、私と精霊の回りを光の円陣が包み込む。暖かな風が舞い、彼女の手に触れることによって契約が成り立つ。


『アーちゃんは汝を主と認め、正式なー主従契約をー結ぶー。』


 やる気のない精霊に従って言霊は光の文字となって宙を舞い、一つ一つが私の身体の中に刻まれていく。全部が吸収されると、光は収まり、彼女の姿だけになった。


『アーちゃんはアーモロ・レーヴィンクルっていう名前があるのー。この剣はご自由にどうぞー。』


 それではおやすみなさいと宣言したアーモロは眠るように姿を消した。呆然と立ち尽くした私の手にはティリーンから渡された剣がしっかりと握られていた。持ちやすいグリップは試しに数回剣を振ってみても全く手から離れない。短剣に慣れている私にとっては重量を感じるが、そこは慣れでどうにか解決できる部分だ。鞘がないので持ち運びは不便だなと考えると、浮き上がるように鞘が出てくる。そこで空かさずティリーンが説明をしてくれる。


「あのアーモロという精霊の能力は様々なモノに伝達して影響を与えることだそうじゃ。妾が聞いた限りでは、これを使えば精霊を介してじゃが、喋ることも可能なはずじゃ。」


 詳しげに語るティリーンに従い剣を手に持ったままセリフを思い浮かべて、剣を伝うイメージをする。


『こんな感じだろうか。』


 思い浮かべた台詞が可愛らしいアーモロの声になって外気を震わせる。不便だった会話もこれを使えばある程度容易になる。私は最初にティリーンにお礼をしてからアーモロにも礼をする。劣等感を抱きつつあった問題がこれで解決したのだ。現時点でこれ程嬉しいことはない。鼻高々に腰に手をつくティリーンは更にこの剣についても教えてくれる。この剣は昔英雄が姫を救う時に使用した本物の武器なのだそうで、これ自体で売れば豪遊して暮らせるだけのお金になるそうだ。そして、精霊達はこの剣を通して力を行使し、英雄を助けたのだという。全部アーモロから聞いた話だそうだが、凄い話だ。幼い時に見聞きした伝説に触れるのは昔の少年心を想起させる。物思いに耽りたくもなったが、彼女の説明はまだまだ終わることはなく、アーモロの力の応用で剣の変形が出来ることを知らせた。指導のもとイメージを固めて魔法の時と似たような要領で手にイメージを送り込むと、謎の不快感を挟んでから形を短剣に変えた。モノに情報を伝達して影響を与える。これが最もわかりやすい彼女の能力の使い道なのだろう。


「妾と主様の絆の印だと思って大切に使って欲しい。」


 先程までの威勢は何処へやらといった感じのティリーンに大切にすると伝えて抱きしめると、周囲から大きな拍手と掛け声が響いた。中にはお幸せにと叫んでいる輩もいるので何か勘違いしていないかとも考えたが、今それを口に出すのは無粋というものだと感じ取り、素直に観衆の声に笑顔で応えた。



 ティリーンのお陰で難なく入手できた剣。これで、ケティミを含めて三体の精霊を収集することができた。話によれば、後二体ということになるのだが、事を急ぐ必要はない。旅を続けながら気長に捜索すれば良いだけの事なので、悠長に構えて私達は屋敷へ戻ることにした。もしかしたら昼飯があるかもしれない。そんな儚い願望は目の前の現実によって打ちのめされる。


「待っていたわ。」


 屋敷に向かう途中の細い通路で、布地で顔の下半分を隠した女が私達の前に立ち塞がった。上機嫌だったティリーンの顔が翳り、剣呑とした瞳が背筋の凍るような威圧を放つ。


「そ、そんなんじゃビビらねぇーよ!!それよりも、その剣を此方に差し出せっ!」


 完全に恐怖に身体を震わせている女は口調だけは一丁前に啖呵を吐いた。しかし、彼女が何故居るのだろうと疑問を感じる。あんな早朝から彼氏の方には釘を指した筈なのに。ああ、そうか。早朝に彼氏の方に言っても、伝わるのは最速で昼から。都合が合わなければ際限ない。無駄な行いにため息が溢れる。穏便に解決したかったのにと手に入れたばかりの剣を構える。


『これは、ティリーンと私の絆だ。渡すわけにはいかない。』


 剣を通して私の意思がアーモロの声で紡がれる。女は突飛な出来事に口をポカンと開けて、剣が喋ったと仰天している。更々加減してやるつもりもない私は、それを初期の長剣にしたまま、水平に構えて、威圧感を高める。気圧されて後退する女。もう勝負はついているといっても過言ではない。


「ちょ、ちょっと待って!」


 ジリジリと距離を詰めると彼女は、手を突き出して停止を要求した。無論、従う価値はないので遠慮なしに接近しようとすると、女は真後ろに見える屋敷を指座してあれはお前達の家だろう。そう呼び掛けてきた。目線をくべると、そこは、見知らぬ家だった。只のハッタリをかまされたのかと思うと、苛立ちが募る。容赦なく違うと言い返すと、彼女は冷や汗を垂らす。


「……えっ、マジで?」


 素の声が出る。私が力強く首肯すると、彼女は頭を抱えてうずくまった。どうやら本気で私の住所を間違えてしまったらしい。何の罪のないお宅が、謎の被害を被っているみたいだ。目を泳がしている女を見る限り、余程不味い状況なのだろう。ここで私にボコボコにされて、何の関係もない家を占拠している仲間を呼び寄せて逃走する。帝国のお膝元でそんなことが起きれば、首が飛ぶのは時間問題。彼女の頭のなかでは凄まじい勢いで計算が行われていることだろう。自分が助かるための算段。それを探す。


『大方、他所の人間である私達なら帝国側の人間も庇わないと思っていたのだろうが、君達が襲撃したのは地元の人間である可能性が高い。地獄が待っていそうだ。』


 他人事だと思って適当な事をほざく。顔を青くする彼女は、とても愉快だ。人間、悪いことはできないなと言うのが、ここで証明された。



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