アーガレーヴィン街 1
生産の街であり、キーリス帝国のお膝元であるここアーガレーヴィン街は沢山の人種、年齢、性別の人が集まる。生産の街と言われているだけあり、お菓子から伝統工芸品まで品物は様々である。その中でも一番栄えているのは武器防具だ。帝国のお膝元にあるのも帝国がここの武器や防具を好んで愛用するからという理由も含まれているほどだそうで、現に飾られている品物はどれも見栄えも良い。洗練された刃が太陽の光を浴びて美しい光沢を放つ。マニアなら垂涎するほどの希少なものがまるで投げ売りの様に店頭に並ぶ。
「凄いです。」
お上りさんのように周囲を見渡すのはレザカで、武器や防具については中々見る目が養われているらしく、あれがどうとかそれがどうとか独り言を零している。その左右には宝石類や食べ物なども豊富に取り揃えられているが、彼女はそれらには一切目もくれずに武器を見に行った。クロネはそんな彼女を見送ってから自分は宝石類を見に行く。カナも伴うように付いて行くと、結果的に私とティリーンだけがこの場に残ることになった。特に購入したい物品があるわけでもない私達は行動をともにして色々と分け隔てなく見て回ることにした。全員が個人的な買い物に耽っているので、声も掛けるのも忍びない。と言うことで、ティリーンとともに他の皆には声掛けはせずに街の大通りを歩き出す。
色とりどりの鮮やかな品物が左右を囲む。店が立ち並び活気のある街並みはレジェノの屋台エリアを思い出されるが、こちらはあちらとは道の幅も店の数も全然違うので全く同じとはいえない。それに荒っぽい商売をしている人は少なく、どこも店頭に立って声を上げて宣伝をしたりしている店は限りなく少ない。
「主様は何か気に入ったモノはあったか?あったのならイー達に買いに行かせるが。」
後ろから気にならない程度に付いてきてくれていた給仕服の女達を指差しながら言ってきたので、私は特に目ぼしいものは見つかっていないことを伝えると、彼女はそうかと落ち込んだ。若干ながら情緒不安定気味なティリーンはどのタイミングで気分が優れなくなるのか分かりづらいが、どうやら彼女は私に奉仕をしたくてたまらないみたいである。罪悪感の払拭を早めに済ませたいのかもしれない。気にしなくてもいいのにとしつこく食い下がる訳にもいかない私は、何か見つかれば頼るという態度を示すと彼女は嬉しそうに破顔した。後、彼女の話であの三人の名前がイーとリャンとサンという名前であることが分かった。変わった名前だなとも思ったが、余計なお世話なのでそこに突っ込むようなことはしなかった。
程無くすると店の立ち並ぶ通りを抜けて大きな広場に出た。掲示板の所に設置されていた地図を見ると、この街の構造が五ヶ所で分けられているのがわかる。まずは、私達が入ってきたエリアが主にお土産の品が置かれた場所。現在地は憩いの場になっているようで、レジャー施設があったり木が植えられて自然保護をアピールしてあったり休日の集会場のような場所のようだ。そしてこの広場から出入り口側を背にして右の通りが武器や防具の本格的な店舗が列挙する場所。左の通りは、飲食店で中央から真っ直ぐ突っ切った所が工場群になっているみたいである。この広場にも作業服の人達がちらほら拝見できるので今は休憩時間の頃合いなのだろう。そう思えばそろそろ飯時だ。皆に集合をかけてご飯でも行こうかなと考えを巡らせていると、私の目には広場の中央に置かれた台座に目が行った。そこには大量の人達が集まっていて、司会役のような人も見える。何かの見世物でもしているのかと背伸びをしながら注目の的を視界に入れると、そこには台座と一体化しているのではないかというほどの貫禄のある装飾剣が堂々と鎮座していた。
「あれが話題になっているという剣だ。巷では伝説の英雄が使っていた剣だとまで言われている。」
急に接近したイーに驚きながら言われた内容については納得がいく。確かにあそこまで威風堂々とした剣はオーラと呼べるものすら感じるし、本で読んでいてあんな剣が挿絵に入れば不思議とテンションも上がりそうなほど格好が良い。金色の下手をすれば成金臭すらしそうなギリギリのラインを上手いこと図ったデザインは私も思わず欲しくなってしまうほどである。精霊がどうとか関係なく手に入ったら嬉しい品に自然と頬が緩んでいると、目聡く察知したティリーンが手を叩いて三人を呼び出すと、円陣を組むようにしゃがみ込む男子禁制の会議を始めた。ハブられたみたいで少し寂しい思いをするが、女同士の話に入るわけにもいかないので司会進行を執り行う蝶ネクタイに赤いスーツの男の説明に耳を傾ける。
「本日もこの時間がやってまいりました。進行役を私と彼女が務めさせてもらいます。ルールはみなさんご存知だとは思いますが、一応おさらい。ここに刺された伝説の英雄の剣を参加料を払ってから抜いてもらい、この剣が抜けたらそれはその方のモノとなります。制限時間内に抜けない場合は残念ながら何もないのでご了承下さい。それでは――」
スタートですという宣言とともに挑戦者達が列を作る。私もお金には多少の余裕が有るのと面白そうなので流れに従って彼らの列に参列した。ティリーン達は、何やら忙しそうだったので放置して一人で見知らぬ人達の間に並ぶ。
「抜けるかなぁ?」
「ばっか、やる前から不安になってどうすんだよ。こういうのは気持ちが大切なんだよ。」
私の前の二人組は仲の良い男女で、回りを気にせず会話を楽しんでいた。そういう光景を見ると、私も誰かしら連れてくれば良かったなと少しながら後悔した。しかし、所詮は暇潰しの一環のようなものなので、下手に人を巻き込むのも躊躇われる。結論が出ると、一人でもいいかと思い至る。
「くそぉー!!」
列の最奥。つまりは、会場の中心であるあの装飾剣のところで、悔しそうな声が響く。それとは裏腹に、司会役の嬉しそうな声も続く。彼らからすれば、剣が抜けなければ続けられる仕事なので、抜けない方が嬉しいのはわかるが、露骨すぎるのもどうかと思う。ぼんやり広場の景色でも眺めながら待つこと数十分。漸く台座に刺された剣が見えてきた。まだまだ列は長いが、ゴールが見えただけでも希望が持てるものだ。前の二人組も緊張の面持ちで迫り来る時間に抗っている。私もそれが移ってか、手に汗を掻き始めていた。
「次の方どうぞ!」
司会役の呼び掛けに男の方が素っ頓狂な声を上げて答えて、その隣の女は恥ずかしそうに男の方を見ていた。微笑ましいやり取りを見るに、二人は交際関係にあるのだろう。男の方が引っ張っているように見えて、その実、女の方がここぞと言うときは一歩前を歩いている。あれは、完全に将来奥さんの尻に敷かれるタイプだが、あの二人の様子を見るに、それでずっと成り立っていたのだろうからこの先も安泰である。
私は何を馬鹿真面目に見知らないカップルの考察を立てているのか。馬鹿らしくなって、私は剣の柄を握った男を凝視する。集中を高めるために深呼吸をしているが、拡声器を片手にカウントをしてくる司会役のせいで、全然集中しきれていない。あっという間に時間は過ぎ去り、ゼロがカウントされるのは直ぐだった。
「畜生、無理だったか。」
「まぁまぁ、次頑張ろうぅ?」
悪態をつきながら帰っていく彼らの背中を見送りながらも、私の番が来た。司会役に頭を下げながらも装飾剣へ歩み寄り、その柄に手を添える。グッと力を込めると制限時間のカウントが始まる。ダメで元々である今回の試みは、案の定失敗する。幾ら力を入れても剣は台座から抜けることはなかった。その内に時間が来て退場する運びとなった。悔しいがあれは私を認めてはくれなかったようだ。いつも勝手に出てくるケティミが出てこないのを見ると、あの剣が精霊に関係したものでもない可能性もあるので、それはそれで大丈夫だろう。
失敗をまだ会議を続けていたティリーンのもとへ帰って報告すると、彼女は鬼のような表情を作ってから、台座のある方向を睨む。小声で主様に恥をかかせるとは只ではおかない等と恐い言葉が耳に届いた気がしたが、恐らく気のせいである。
用事を済ませて皆の居るはずのお土産のエリアに戻る。相変わらず宝石類を見ているクロネとカナがそこにはいた。あれでもないこれでもないと右往左往しながら宝石を決める二人の姿は男にはわからない物があった。どれを身に着けても結局はつけている本人が美しいかどうかで全ては決まるそれなのに装飾品を一つ変えただけで見栄えが変わったりするものだろうか。他の目的があって着けるならまだしもと利便性しか考えていない私の貧困な発想ではそうなる。どれを装着しても二人は綺麗であるのだからそこまで拘らなくともと疑問を深めながらも二人に用事が済んだかティリーンに聞いてもらう。すると、二人はまだ買い物中であると強く言い返して来たので、レザカの方に顔を出すかということになった。クロネの話では、武器や防具のエリアであるところに向かったとの事だったので、言われた通りに向かう。
「むむっ。」
ゆっくりと探そうと考えていたが、思ったよりも早く彼女を見つけることが出来た。何故なら微動だにせず胸当ての防具を凝視している異様な人間が居たからだ。唸り声だけを上げて防具を見詰めているのは当然レザカで、彼女は一点を見詰めて細部を確認していた。そんなに欲しいなら購入すれば良いと思うのだが、彼女の背から覗いた防具の値段は予想よりも桁が一個多かった。これは迷うのも無理は無い。私なら諦めて違うものを買うまである。心情がわかるだけに同情していると、背後の私に気付いたレザカはバッと振り返り、どうかしましたかと単調に尋ねてきた。その間にも目は防具の方へ逸れそうになっているのがなんだか可笑しい。私にお金があればここで出すのだか流石に値段が値段なので躊躇していると、横に立っていたティリーンがなんじゃその程度かと富豪のような物言いをし、後ろに控えていたイーとリャンとサンに合図をした。彼女はレザカにお前には主様が危うい時に守る役目がある。それを果たすためにこれを使えと命令してから大金三人を持ってこさせた。何でもギリュのアジトのあった全財産を丸ごと持ってきたそうで、お金は余りある程だと断言した。三人には、帝国の銀行に預けてあるお金を持ってこさせたのだそうで、帝国以外にも様々な銀行に分割して預けているのだとか。尚、手続きは全て三人がやっているそうなので、相当足に使われているのだなと可哀想に思う。




