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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ケネイン街  9

 季節が完全に夏に移行して久しい頃。漸く退院の目処が立った。私達は御見舞いに来てくれていた人達に退院予定日と感謝を伝えた。ティリーンが痛み分けをしてくれた御蔭で、喉に障害を残しながらも身体はリハビリを重ねて通常通りに動作が可能になっていた。最初、レザカと対面した時のティリーンはまた女かとジト目で此方を見てきていたが、今では仲良く話したりしている。クロネもカナと気が合うみたいでよく話している。女所帯になってしまったので私は輪からはみ出ることが多くなったが、皆が楽しく話しているのを見るのも楽しいのでそれほど気には病まない。時々、寂しく思うことはあるが。


 そうこうしていると退院の期日は直ぐに来た。


 荷物を纏めて風紀が改善した街なかを窓から覗く。精力的に働いてくれた上官やルゼル、それにバドロールと試験で落ちて二軍扱いになっていた隊員達の懸命な努力の結果、不良が跋扈していたケネイン街が今では規律を持った街に変貌を遂げた。逐一報告に来てくれていた上官の御蔭で良くなっているのは知ってはいたが、窓から吹く風に邪な匂いはない。あの薬もパッタリと流通が止んだらしい。流通元が崩壊したので、当たり前といえば当たり前ではあるが、実感として思えるほどというのは相当に効果があったのだろう。別業者が請け負って別ルートで入手などは出来ていなかったようなので安心である。大いなる働きに感謝して、病院を出た私はティリーンをレザカたちに預けて一人で街を歩き、仕事先に別れの挨拶を告げに行く。ティリーンは心配だから付いていくと言って聞かなかったが、もうこの平和を取り戻したような街で大規模なことは起きないと断言して、頼むと言うと、彼女は口を尖らせながらも了承してくれた。思い返せばそれほど来てもいない機関の建物を見上げる。一階のフロントに入ると、整理券を持った人達が今日も並んでいる。私はそれらを横目に見ながら二階へ繋がる階段を上がる。そして、治安改善科と書かれた看板が目を引く部屋の扉を開く。


「来てくれたのか。もう大丈夫なのか。」


 出迎えてくれたのは贅肉が落ちて凛々しくなった上官。初対面の時にはなかった威厳のようなものを感じる。部下に気を使える立派な人間になった彼には一番世話になった。言葉を出せない私は紙に『お世話になりました』と書いて頭を下げる。彼はそれに頭を上げてくれと言ってからこちらこそ世話になったと言ってくれた。


「おう、来てたのか。」


 上官の背に隠れて見えなかったが、ひょっこりと顔を出したのはルゼルだった。彼はあれから治安改善科のエースとして活躍していると聞く。彼にも頭を下げて『ここの治安はお前に任せる』と書き込んだ紙を見せた。ルゼルは言われなくてもそうするとぶっきら棒に答えて、その後ろに居たバドロールにお前も何か挨拶しろよと諭した。彼女はそれに身を震わせながら反応すると、私の前まで来た。化粧を覚えた彼女は美しさを磨き、女としても成長して見える。薄化粧であるが、とても良く似合っているように思える。思った通りに伝えると、彼女は照れながら色々有難うとだけ零して部屋の奥へ消えていった。ルゼルはそれを憂いた表情で見て、上官は息をついて暗い顔をしている。しかしそれの数瞬のことで、彼はもう出発するのかと尋ねてくる。私がもう行くことを伝えると、元気で頑張れと激励を交わしてくれた。私はその気合を胸に機関の施設を後にした。



「別れは済んだのか?」


 街の出入り口にはもう既にティリーンやカナ、それにクロネとレザカが待っていて、ティリーンがそう言った。私が肯定の意を伝えると、そうかと顔を伏せた。何か思うところがあるのかもしれない。私としては、スッキリとした気分さえするが、気の持ち様など人の数だけある。彼女に口出しをするのはおかしな話だ。


 ティリーンから目を話した私の視界にレザカが顔を覗かせる。彼女は、背に何かを隠しながら近寄ると、上目遣いになりながら目の前にしっかりとした革地の鞄を差し出す。


「荷物を入れるのに、簡易のその麻袋では心もとないでしょう。」


 私が病院から支給された安っぽい鞄代わりの物を指差しながら指摘する。確かに、耐久性もないしどこかで変えようとは思っていたので、有り難く頂く。


「中に財布も入れておきましたから、ご自由にどうぞ。」


 不器用に呟く彼女の頬には朱が差している。贈り物をするのに慣れていないのか照れているようだ。そんな態度をとられると、何故か此方も照れが出る。クロネがからかうように口許を押さえながらこっちを見ていたので、露骨には表情には出さなかったが、照れながらもこちらを見上げる彼女に胸がときめいたのは確かである。隠し切れない顔をクロネとそれに同調したカナに冷やかされながらも私達は着実にケネイン街を離れていく。次の目的地は今のところは決まっていない。ティリーン曰く、何か手があるそうなので彼女の意見を尊重して、指示通り道なりに歩いて行く事に決めた。ケネイン街の最初入った方ではない出入り口の方から出て、賄賂を強請る業突く張り共が居なくなったことを確認してから動物の行き交わない静かな道を騒がしくしながら進む。ある程度進むと見覚えのない給仕服を着衣した女が三人、二股に分かれた道の中央に居座っていた。待ち構えるように立っていたので、敵かとも邪推しそうになったが、ティリーンが彼女らに警戒せず近付いて行ったのを見て安心する。彼女が声を掛けると、彼女らは真っ青な顔を隠せないように怯え、なにやら重要な情報を伝達してくれているみたいだ。ティリーンが彼女らになにをしたか見当もつかないが、相当のことがあったのだろう。本気で切れたティリーンは人間が敵う相手ではないのだから。可哀想にと内心同情していると、ティリーンはこちらに戻ってきてあの三人からの情報を開示した。


「この右の道を抜けると、ギリュのアジトだった建築物があるのじゃが、あれはもう殆ど機能していないから用はないじゃろう。そしてこの左の道を抜けた先には、ケネイン街と同じくキーリス帝国の傘下に当たるアーガレーヴィン街と呼ばれる生産の街がある。そこで珍しい武器が話題になっているらしい。もしかしたらそれが精霊に関係ある代物かもしれない。そういう噂が立っているそうじゃ。どうする?」


 火がない所に煙は立たないとも言うし、行ってみる価値は十分にあるだろう。私が首肯すると彼女は決まりじゃなと返してから給仕服を着た女達に案内を命じた。彼女らの間には絶対的な上下関係があるようだ。一人は肩を震わせながら及び腰で不自然な足取りを見せ、他二人も凛々しい顔立ちに似合わず私に頑なに目を合わせずに下を向いて黙って案内役を全うしてくれている。ティリーンに彼女らに何をしたのかと紙に書いて聞くと、乙女の秘密じゃと満面の笑みで返した。


 末恐ろしい片鱗を見た気がした。私は話を逸らすことにする。


『そう思えば、ギリュが持っていたらしい精霊はどうなったんだ?』


 簡潔に書いて彼女の目の前に紙をやるとティリーンはそれのことかと納得のいったような顔をしてから手首に巻かれているアクセサリーを私に見せた。シンプルな装飾といった印象を受けるアクセサリーで、ティリーンにとても良く似合っているように思う。そう伝えると嬉しいが大切なのはこれの中身だと表面をコツンと小突く。ティリーンが一言掛けるとアクセサリーが神々しく輝きを放つ。私以外のメンバーはこういう現象に慣れたのか素知らぬ顔でいる。私は驚いて足を止めると、私の身体からも光が溢れて本が出てきた。レザカに注意されたので進みながらそれらを見ると、本とアクセサリーは宙に浮いて一段と輝く。


『か、カリャミュさんですか!?』


『おー、そういうお前さんはケティミ嬢か。お久しぶり。』


 顕現したのはお下げ髪の眼鏡を掛けた女性とボサボサの髪をボリボリ掻いている一見、見窄らしい少女。片方はよく知っているケティミ・ノルドランであるが、もう片方に見覚えはない。彼女がギリュの封じ込めていた精霊である可能性が高い。彼女は面倒くさそうに歩く私達に並走しながら、周囲を見渡す。そして先行している女達を見付けると、その目線をティリーンに戻す。ティリーンが無言の圧力を掛けると、彼女は更に面倒くさそうに息をついた。何にしてもこれで精霊は二人揃ったのだ。そう考えると、後三人も案外直ぐ見つかるかもしれない。


『あ、ああ。アンタがケティミのシャイニ様かい?自分はカリャミュ・ローという言い辛ければ、カミュとでも呼んでくれ。』


 シャイニという単語は相変わらず分からないが、取り敢えず向こうは納得しているようだし、差し伸べられた手をとった。すると、光が私を包み込み、一時して通常に戻る。カミュ曰く、一応の契約の証なのだそうだ。精霊の恩恵を少しだけではあるが、享受できるらしい。


「妾としては、主様に本契約を結んで欲しかったのじゃが、此奴がそれは駄目だと言って聞かないから……」


 カミュを睨みながら言うティリーンにカミュは、そんなことを言われてもそういう取り決めだからと愚痴っていた。どうやら契約にも色々制限というかルールのようなものが存在するようだ。それにしてもずっと気になっていた事を彼女に聞いてみようとちょっとした決意のもとケティミから隠れるようにしてカミュにシャイニとはどういう意味なのか書いて尋ねてみた。すると、カミュは知らないでそう呼ばれているのかと問い質してきたので、そうだと書いて応えると、カミュはジト目でケティミを見て奥手なケティミ嬢らしいなと一言ボヤく。


『シャイニっていうのは古代語なんだが、現代語で言うと……そうだな、配偶者とか夫とか色々言い方はあるが、大体は自身の伴侶に対して言う愛称のようなものだ。』


 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だった。


 目的の街についたのはそんな話をしてもう少ししてからだった。



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