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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ケネイン街  8

 全身を痛めた私は大人しく病室のベッドの上で仰向けに寝かされていた。動かそうと力を入れても傷んだ身体は脳からの命令を無視して微動だにしない。情けない限りではあるが、そんな私をレザカは懇切丁寧に世話をしてくれている。あの敵の襲撃から気付けば数週間の時が流れていた。未だに回復の兆しが見えないのは、街の医者曰く、無理をしていた身体にガタがきたからとのことで、恐らく、魔法で無理に身体能力を上げていたツケがここで回ってきたのだろう。指一本も動かない体では、魔法も使えないし、そもそも戦えない。私の役に立てる事象は、ほぼ消え尽きたと言っていい。月に一度行われるというギリュのところの募集ももう既に終わってしまっているだろう。私は何のためにここに来たのかを見失いそうになる。録に言うことを聞かない身体に、献身的に支えてくれているレザカ。文句を垂れながらも何かと気を遣ってくれるクロネ。上官もこの病室にしばしば足を運んでくれるし、ルゼルやバドロールも時間を見つけては来て、冷たくなった手を握って話し掛けてくれる。しかし私はそれに答えることができない。


「……また来る。」


 そう言って去っていく仲間達に面目ない思いを抱きながらも、今日も喉に手をやり音を出そうとする。


「ァ……」


 必死に叫んで吐き出されたのは、塵にも劣る意味のない音。何も伝えることのできない紛い物。あの事件で蹴られたり殴られたりした時に、運悪く喉も攻撃を受けたらしく、それの影響で完全に喉が潰れてしまい声を出せなくなってしまったのだ。感謝を伝えようにもそれは味気ない筆談でしか表せない。それも、手が動かない今はできない。普段はそれほど意識してこなかったが、声が出せないというのが、これ程までに辛いものだとは思わなかった。それすら今はできないが、何を伝えるでも一段階挟まなくてはいけない。気持ちが先走りもどかしく思ったことは、一度や二度では収まらない。レザカも帰り、暗くなった病室で何度涙を流したことか。クロネが個室を与えてくれたので、恥も捨て去って子供のように涙を流した。自分やって来たことの正当性を肯定出来ない。自信が消失しようとしていた。




「主様……」


 首も動かせない私の頬に風が触れる。レザカが帰るときに、窓は閉めてくれたはずだが、今はそこが解放されているみたいだ。それに、聴こえる筈の無い懐かしい声まで聞こえる。目だけを動かすと、そこには赤髪を風に靡かせた獣耳と尻尾を持った少女が絶望の表情を浮かべて立っていた。


「何故じゃ……何故」


 ブツブツと呟きながら私のベッドの上に上がる。跨ぐようにのし掛かると心臓部に立派な獣耳を押し当て、私の生きている鼓動を確認する。脈打つ心臓が彼女には感じられたのだろう。少しだけ安堵の息を溢す。寝ているだけかと言った後に私の目を見ると、再度表情は一変する。一切動くことのない身体に、忙しなく動く瞳。不自然さは十分である。一生懸命大丈夫であるという意思を伝えようと口を開くが、このポンコツは単語を吐けない。あまり激しく喉を使うと、他所の部位が悲鳴をあげて、激痛が全身に走る。厄介な体質になってしまったと辟易とするが、彼女に心配を掛けないようにと痛みに耐えながら優しい言葉を選んでどうにか伝達しようと躍起になる。すると、ベッドの上から出て立ちすくんでいたティリーンは、耳を両手で塞いで、その場に座り込む。


「や、仕方なかったんじゃ……二人を、守ろうと思って……それでっ!……妾はっ」


 瞳孔を開いて俯き、座り込んだティリーンは何かに弁解するように言葉を吐き続けた。私が大丈夫だと伝えようとしても彼女には、それが呪詛のように聴こえているのだろう。彼女はある程度の言葉を羅列していくが、それは次第に減っていき、最終的には黙り込んでしまう。そして、もう死ぬしか無いと正気を失った目で覚悟すると、ベッドの横に設置された小さな机の上に置いてあった果物ナイフを手に取る。私は動かない身体を決死の覚悟で動かそうとするが、幾ら命令を出しても指一本動きはしない。無口になったティリーンはヘラヘラと無理矢理口元を緩めてからナイフを自身の首に添える。彼女も恐いのか手は震えて、過呼吸気味に息をつまらせている。だが、目を閉じて恐怖心を反らしてから添える手に力が入り始めた。


「駄目ぇええ!!!」


 静閑を保っている深夜の病棟の一室に大きな声が響く。その人物は体当りするようにティリーンの自殺を食い止めたかと思うと、彼女の頬を思い切りはたく。


「そんなことして許される訳無いでしょ!!」


 怒鳴り声を上げたのは、捕まっていたはずのカナであり、私の動揺は更に深みを増していく。つまりは彼女らは自分たちの力であの盗賊団の一味から逃げ出してきたというのか。私はもっともらしい予想を立てるが、そんな都合の良いことがあるのかと我ながら見積もりが甘いのではないかとうたぐる。それでも、二人が無事であることには変わりないのであまり余計なことは考えないようにする。レイネだけが居ないとかそんなことは些細な事だ。


「何のために此処まで来たの!?この人に逢うためでしょうが!!」


 カナはティリーンを抱き締めながらそう語った。そして、私の方に歩み寄ると、手を握りながら経緯を語ってくれた。概ねの内容はこうだ。ティリーンは一人だけ独房の所に連れていかれて、力を使って強引にそこを抜け出すと、遅い来る敵を蹴散らし、ギリュを討ち取ったのだそうだ。レイネはその時に自害したらしく、カナはギリュに歯向かい拘束されて居たところをティリーンに助けてもらったのだと言う。事の顛末は私が思っていた以上に、簡潔だった。二人の苦労が見え隠れする話であったが、無事で何よりである。


「主様、妾は貴方様を傷付け、終いには守ることもできなかった。どうか妾を咎めて欲しい。」


 喋れない私はどう意思を伝えるか考えていると、カナの隣まで来たティリーンは、次第に顔を近付けてきて、直に重なりあう。




 次の瞬間、私は花畑の上に寝転がっていた。固い病院のベッドはどこにも見受けられない。


「どうなってるんだ?」


 無意識に吐かれた言霊は、何故か思った通りに吐き出す事が出来た。驚いて体を動かすと、体も思っている通りに動くことができる。動くようになっている。私は小躍りでもしそうなほど浮かれる。しかし、そんな私をティリーンは俯きながら観察する。喜ぶべきことだろうと感じていた私は周囲を見ると、そこは私の知っている世界だった。そう、ティリーンが住まうための固有空間。本来、神域に達した者しか訪れることのできない特別な場所。彼女は私をどの様にしてか、此処に連れてきてくれたのだ。話せるのもこの空間だからこそであろう。


「……これを」


 黙り込んでいたティリーンは、ナイフのようなものを生成すると、私に渡した。そして言うのだ。自分を殺してくれと。そんなことを言うためにわざわざこんな事をしたのかと呆れながらも、今の私には言葉を話すと言う人間として当然の機能が備わっている。ナイフを受け取った私はそれを自分の左手のこうに突き刺し、彼女に語りかける。


「ティリーン、何か勘違いしているようだが、私はお前を憎んでなどいない。どちらかと言えば、お前にそこまでの重責を負わせた自分が憎い。これは、その代償だと思ってくれ。」


 ナイフを引き抜くと血が漏れてくるが、構わず彼女に近寄り、抱き締めて髪を撫でる。やめてくれと暴れる彼女を受け止める。これ以上はと涙ぐむ彼女を抑え込む。そこに正しさなど存在しないが、彼女を想う私の気持ちに嘘はない。


「優しくしないでくれ。そんなことをされたら自分を好きになってしまう。頼む、妾に妾を好かせないでくれ!!」


 頭を抱え込んだティリーンが涙を流すが、躊躇わず私は抱きしめ続ける。彼女は今回の件を重く考えすぎている。彼女は何も悪いことはしていないのだ。それなのにここまで気負うのはおかしい。間違ったことをしていたのだとしてもその時は私が正してやると耳元で囁く。ティリーンは喉を詰まらせながらも徐々に私の言葉を聞き取ってくれた。そして私からのお説教を終えると、彼女は私に接吻を求めた。契約の効力を強く出来ると彼女は言った。それによって体の回復も早まるかもしれない。淡い期待を持って私たちはこの空想の世界でも唇を合した。優しい暖かさが溢れて心が穏やかになる。体中がぽかぽかと和み、何者にも変えられない気分を味わう。唇が離れるとき、私はティリーンの表情が歪んでいることに気付いた。気になった私が彼女に手を差し伸ばすと、それはやんわりと弾かれた。


「主様の傷の半分を妾に移したのじゃ。主様と妾は一心同体も同じ。主様の折れた骨は妾の骨が折れたも同じ。それを現実的に実感させる術を執り行っただけじゃ。」


 ガクリと膝から倒れるティリーンを支える。彼女の力が弱まったせいかこの世界は保つだけの力を失い、空が崩れ落ちていく。この世の終わりのような光景に唖然とするが、彼女が大丈夫だと言うので、それを信じることにする。次々降ってくる瓦礫やらは、確かに私達に当っても何の衝撃も与えない。完全にそれらが崩れ落ちた時、私は目を覚ました。




 まず視界に写ったのは倒れこむように唇を合したティリーン。彼女も同じタイミングで目を開いており、痛そうに表情を崩したが、何とか持ち堪える。私の身体はそんな彼女の身体を自然と抱きかかえる。傷は多少マシになっており、軽い彼女を抱き抱えられる程度には癒えているようだ。逆に、私の傷の半分を彼女が背負ってくれている。まだ喉は機能を取り戻していないため、現実世界で彼女に感謝を伝えることは出来ないが、態度を以ってそれを示そう。私は自分の隣のスペースを開けてから、そこにティリーンを寝かし付けた。ベッドの傍で立っていたカナは、朗らかな笑みを浮かべていた。



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