??????? 3※ティリーン視点
一人で彷徨うこと体感で数十分。気付けば前にも後ろにも敵だらけになっていた。どうやらあの無駄にストレスの溜まる作りは、こうやって侵入者などを挟撃する為のものだったらしい。男女組み合わされた相手は前方後方ともに数十人体制で隊列が組まれている。漸く暴れられると身体が興奮してきている。イーの時と違って手加減できるかわからないほどに昂ぶっている。あれやらこれやらと発散させてもらうとしよう。
各それぞれの部隊長から命令が轟く。あるものは投擲武器を構え、あるものは近接武器を自分の手足のように振るう。そこそこ練度の高い集団らしく、前衛は中腰に構えて後方からの攻撃にギリギリ当たらない体制を保ち、後衛を守りながらも攻めることのできる理想的な形をとっている。指揮官が誰かは知らないが、及第点をあげてもよい。未知の相手と相対したときに大切なのは、相手の出方を如何に安全な見地から確認できるかだ。その点、この布陣は文句なしの満点を与えてやれる。しかし、それは相手が未知であっても人間であるならの話である。憎きレジェノの王に大半の力を奪われたとは言え、今は契約のもとに主様を守るための機能を仰せつかっている。人間ごときが神獣に敵う訳がないことを此処で証明する。獣の咆哮を叫ぶと一斉に鈍器や鋭利な刃物が投げられる。
「無駄じゃ!」
この身体の持ち主であるメイカと言う娘の得意だった迎撃用の竜巻を起こす。狭い室内で発生させたため、それは、向かい来る武器だけでなく、工作のために覆われた豪奢な壁までも削っていった。木屑が舞い、散りばめられた硝子片が彼らの頭上から襲い掛かる。この場に逃げ道はない。次々と挙がる悲鳴に妾は容赦なく次の手を打つ。
パニックに陥る彼らを一人ずつ掴んでは、削れて風が入り込んできている大きな風穴に、投げ捨てていく。
「ひぃいいい!!?」
予想外の一打に策を詰めてきたであろう軍列を足並みが崩れはじめて、逃走者が出てきた。こうなってしまえば、もう後の祭り。早い者勝ちの一抜け合戦が始まる。最後に自分が残らないように足早に去っていく。怖じ気付いた人間などはこんなものだ。主様ならば、また違った反応を見せるのだろうが、彼らにそれを期待するのは些か酷と云うものだろうか。
「貴様ら!それでも我がアジトの兵かっ!!」
上官の制止も虚しく、場にはお偉いさんだけが残った。苦虫を噛み締めたような苦々しい表情を浮かべる各人に妾は敬意を持って譲歩する。
「苦しむのも辛かろう。直ぐ楽にしてやる。」
髭を生やした隊長格数名は、冷や汗を滴ながらも一歩も引くことはなかった。死を覚悟してでも守りたいものがその奥にあるのか。とても興味深い。その最奥に入り込み、そこに存在する生きとし生けるものを駆逐していっても愉しいかもしれない。胸が高鳴ってきて、手の先に込める力もよりいっそう強まる。駆け出そうと前傾姿勢になったとき、相手の後ろから拡声器のようなもので拡大化された不可思議な声が響く。
「皆さん、お下がりください。」
安堵の表情を作った隊長格どもは、此方に背を向けて逃げ始めたので、追い掛けようとすると、眼前で分厚いシャッターが幕を閉じた。不味いと感じた妾は、後方より離脱しようとしたが、後ろもシャッターで仕切られてしまっており、完全に八方塞がりな状況を作り上げられた。それと同時に、天井からガスが漏れてこの空間を充満させようとしてくる。過敏な鼻がネジ曲がる。これが何らかの毒性を持ったガスであることは用意に理解した。しかし、どう逃げるべきか。鼻と口を塞ぎ、姿勢を低くして思案するが、ガスの充満時間はそれほど時間を要さない。決断が急がれる。そこで妾は少し前の戦闘を思い出す。
「はぁああ!!」
勢いをつけて妾が攻撃を加えたのは、シャッターではなく、廊下の左右を囲む壁の方。最初に囲まれたときに、あの魔法程度で壁は破壊できた。だとすれば、耐久性に不備があってはいけないシャッターの方を破壊するより、こちらの方が確実だと言うことだ。案の定、壁は崩れて穴が開く。ガスは行き場を見つけたようにそこから溢れ出る。流れに乗って身を乗り出してみると、意外にも自分が高い階層にいることを知ることになる。強風が吹き荒れるここは、下を見ると足がすくんでしまいそうになるほどに高い。人間より丈夫な身体ではあるが、妾でも落ちれば即死は免れない。
「こんなところに墓標は彫りたくないわ。」
愚痴を溢してから身を乗り出す。風に煽られるが、体を支えられぬ程ではない。建物の外側についている建物の骨組みに使われている木材の出っ張りに足を掛ける。裸足であるお陰でそこは難なく歩くことが可能だ。揺れる体を抑えながら、足を擦るように慎重に歩を進めてから、シャッターの向こう側の所まで到達したら全身を使って壁を叩く。転がり込むように入室すると、そこには大量の人の形をした人形が所狭しと埋め尽くされていた。何時こんなものが置かれたのかと疑問を浮かべながら前を見ると、また別のシャッターが妾を拒む。苛立って強引にでも進もうと決意した瞬間、何故か後方シャッターが一つだけ開かれた。どう言うことかと推し量る前に、背筋が凄まじい悪寒を感じ、後ずさるがもう手遅れだった。
ドン。初めに音を発てたのはどの人形だったか。一つが音を発てて爆発すると、連動するように次々と爆発が起こる。それに、この場にはガスも少しは抜けたがまだ存在しているので、引火した火が更に大きな威力を放つ。
「くっ……!」
間一髪壁の穴から体を滑り込ませたため、多少のダメージは軽減できたが、全身には煤がついて、所々火傷のせいで赤くなりグロテスクな傷も見える。主様のための綺麗な体が汚された。絶対に許せない。怒りの感情が痛みよりも先に来る。もしこの体を見て主様が目をヒクつかせたなら、妾は自害を選んでしまうかもしれない。そうならないためにも、今はこんなことをした元凶を叩き、主様に誉めてもらうことだけを考える。そうしなければやっていけない。
爆発が収まると防火用に使われたシャッターは開き、眼鏡を掛けた理知的な女がそこには立っていた。
「まだ死亡していませんでしたか。厄介です。」
ふぅと溜め息を溢す女は、本当にうんざりした顔をしながら身を翻すと、妾を誘導するように走り出す。明らかに罠ではあるが、どんな罠を張られた所でその全てを打ち破るだけの気概がある。先程の二段構えのトラップも恐らく女の仕業だろうし、頭は切れる方なのかもしれないが、妾には関係のない話だ。その大きく聳え立った鼻っ柱を折ってやろう。
走る女に迫るように追い掛ける。女も若干の焦りがあるのか、言動とは違い振る舞いに少し粗さがある。どっちであろうと妾には関係のない話ではあるが、此方が有利に転ぶ話であるのなら喜んで受け入れる。誘導されるがままに女に付いて行くと、女は段々と上の階に進んでいく。女の思惑がそこにあるのかと思うと今から楽しみである。階段を二段飛ばしで端なく掛けあげる。そしてまた長い廊下を走り階段を上げる。数回繰り返すとその道は正規ルートだったらしく、次第に景色は変わってきた。成金臭のする邸宅と云う印象からシンプルな白を基調とした装いに変わる。下の階は何かのカモフラージュだったのだろうか。景色が変わり、行き止まりまで辿り着くと、女は漸く立ち止まり荒い息を整えてからニヤリと術中に嵌ったカモでも見るように性悪な本性を表す。
「……鬼ごっこもここまでです。ここで一つ、良い見世物を御覧ください。」
女は後ろ手で隠されたボタンを押すと行き止まりになっていた壁が音を立てて左右上下に開かれていった。そこには寝室があり、その中央には巨大なベッドが面積を占めている。これを見せて女はどうしたいのかと甚だ疑問ではあるが、ここまでノッてあげたので仕方なく最後までその策にノッてやる事にする。興味もない妾の目には裸の女達と情交を結ぶギリュの姿があった。探す手間が省けたと思い、抱かれている女を見ると、その顔には見覚えがあった。
「どうです?態々捕まってまでも守ろうとした相手の姿は」
愛おしそうな表情を浮かべて男に跨るのは妾を慕ってくれていたレイネ・クロバーギル。彼女だった。
「ん、そこに居るのはリャンかい?」
ギリュは此方に気付いたようで妾の横を通り過ぎるメイドに声を掛けた。女の名前はリャンというらしい。そんなことはどうでも良い。妾は呆然と見ていた人間の感情というものの弱さを。目の前の男にしか興味が無いと言った表情を浮かべる少女を見て、妾は人間という生き物に失望の念を抱かずにはいられなかった。あんなアクセサリー一つで狂ってしまう人間などに振り回されたかと思うと無性に腹が立ってきた。自分の中で定めていた加減という言葉が音を立てて崩壊した。ああ、何だが阿呆らしくなってきた。妾は右手を上げて横に振る。察知したリャンが対策を講じようとするが間に合わず、レイネの首が胴体から離れる。予想外だったのか近くで構えようとしていたリャン、レイネに跨がられていたギリュも同様に唖然とした表情で場が凍りつく。何を驚くことがあるというのか。裏切り者は早いうちに殺しておいたほうが良い。当たり前の摂理である。
「う、うわぁああああ!!!」
最初に反応を示したのはギリュだった。近親者の死に慣れていないのかみっともなく悲鳴を上げて涙と鼻水を垂らして死体になったレイネを急いで退かす。取り巻きの女達も気を確かにしたのか先程までのお熱い雰囲気を忘れて我先にと出口に逃げていっている。妾はその者達には手を出さずに、真っ直ぐギリュを凝視する。一歩一歩焦らしながら歩み寄る。恐怖に歪んだ顔で全裸のまま後ろに下がる様はまさに滑稽という二文字が似合う。それにしてもどうやって殺そうか。レイネと同じく魔法の応用の切り裂く魔法で首を落とすだけでは面白みに欠ける。まずは欲しがりなあの欲望の塊でも落としてみるか。進行を阻害してきたリャンを片手間に殴って壁に叩きつけると、ギリュの眼前で見下ろすように立つ。
「調子に乗るのは構わないのじゃが、相手は選んだほうが良い。」
魔力で魔素を反応させて空気を自在に操る。刃を思わせる形を創りだすと、それを男の陰部に放つ。
「ア゛ァ」
男としての尊厳を失ったギリュはショックが大きかったのか空虚な目をして焦点が合わなくなる。反応も面白く無い赤点だらけの男である。ついでに男のアクセサリーがしてある方の腕を切り取るとアクセサリー以外を強引に引き千切って、封印されているモノに話し掛ける。
「お前の主は死んだ。お前の次の主は妾の主様じゃ。」
問い掛けに封印されていた少女は顔を出す。
『ようやく開放されたと思ったらこれか。』
面倒くさそうに顕現したのは、ボサボサの髪の間の抜けた印象を受ける精霊だった。




