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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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???????  2※ティリーン視点

 警備の二人が立っていた部屋は、人の行き来する廊下につながる一歩前のところで、先にあった鍵のかかっていない扉を開けると、絢爛豪華な装飾があしらわれた目がチカチカするような綺羅びやか世界だった。ギリュの好みなのか成金クサイほどに金色が目立つ。やはりあの男の趣味は悪い。扉を少し開けて様子を見ていたが、そんな悪趣味な金ピカが目に入るばかりで一人として人が通らないので、妾は覚悟を決めて身の乗り出した。


 基本的に靴を履かないのでペタペタとカーペットの上を歩く度にむず痒い感覚がする。意外にも清掃が行き届いているため汚いわけではないのだが、妾の性に合わない。


「……あ、あの。何をしているんですか?」


 あまりにも人の気配がなかったため、気が抜けていたのか後方から迫る少女に気付くことが出来なかった。声を掛けられて振り向くと、給仕服を身に纏った整った顔立ちの少女が恐る恐ると言った感じで尋ねてきていた。下手をこいてしまった妾は返答せずに一瞬で距離を詰めると、少女の首を腕で固めて耳元で、叫べば殺すと端的に伝えて腕に込める力を強くする。少女は涙を零して鼻水も垂れながら分かりましたと大声で叫ぼうとしたので首を更に締めると無言で駆動できる限界の範囲で首を縦に振った。腕の力を緩めると、彼女の表情も和らぐ。そして妾は少女にここは何処なのか。お前は何者なのか。一緒に連れてこられたはずの二人はどうなっているのかなどを矢継ぎ早に質問した。要領の悪そうな少女は疑問符ばかり浮かべていたが、次第に分かるところから話し始める。


「サンちゃんはサンって言います。えーと、あと寝ることが得意です!で、あ、ここはギリュ様のお持ちになっている建物で、連れてこられて二人?についてはよく分かりません。」


 全くも以って使えない情報ばかりだった。何故このような少女がこんな所にいるのか分からない。何となくギリュとどういう関係なのか聞いてみると、照れながら三番目の奥さんですと嬉しそうに答えていた。見張りの男たちが言っていたのはこの少女たちの事だったのか。三番目ということは少なくとも後二人は居るはずだし、もしかしたらもっと一杯存在するかもしれない。とてもそれだけの女を抱え込める男には見えなかったが、少女たちにしかわからない物のあるのだろうと、判断してここから出るにはどうしたら良いのか聞くと彼女は不思議そうな顔をする。


「なんでここから出ようと思うんですか?ギリュ様に尽くせなくなりますよ??」


 心底意味がわからないと言った表情に狂気すら感じる。彼女にとってはあの男が全てなのだろう。あの男に尽くすつもりなど更々ないのでそのように伝えると、彼女は変わった人ですねと真顔で返してきた。話が進まないので早く出口まで案内しろと捲し立てると、サンはビクリと肩を揺らしてじゃあ付いてきて下さいと怯えながら妾の腕の中から外れて独りでにてこてこと歩き出す。やっと進めるという事情に安堵が零れそうになるが、今はまだそれを吐いていい時ではない。気を取り直して無駄に広い屋敷にも似たこの建物を進む。


 沈黙のなか、サンは突然何かを思い出したようでああと声を上げた。助けでも呼ぼうとしたのかと思い彼女の息の根を止めようとしたが、どうやらそういうことではないそうで、頼まれていた仕事をするのを忘れていたとの事だった。清掃の仕事を頼まれていた少女は結果的にサボったことになっているので、怒られると涙目になった。可哀想ではあるが、そんなものはこんな所に連れてこられた妾のほうが可哀想なので同情はしない。構わず案内を続けろと目で合図すると彼女はひぃと悲鳴を上げてから案内役に戻る。戸惑いながらも確かな足取りで出口を目指す彼女の足が数分歩いたところでまた停止する。いい加減にしろと罵声を浴びせようとした妾の口が静止する。


「何処にもいないと思ったら、こんなところで油を売っていたのか。」


 凛々しい吊り目に綺麗に纏められた長い髪。高潔な印象を受ける少女は、サンと同じ紺色の給仕服を着ているのだが、面構えの違いからか、全く雰囲気が異なる。隙のない一直線な背筋から、無用な雑音を立てない足運び。明らかにこの少女は普通ではない。サンを咎めていた視線は次は此方に向く。事情を察したのか彼女はスカートの端を掴み頭を垂れると、イーという名前を告げた。鋭い眼光を光らせると、足を肩幅に広げてスカートの内から数本のナイフを取り出し威嚇をする。どうやらあの牢屋にもどれということらしい。肉付きからしても彼女にそれほど戦闘力があるようには思えないが、一切引かないという面持ちが彼女に予想以上のものを感じさせる。オロオロとアチラコチラを見向くサンはイーに目で指示されると、首を何度も振って、廊下の隅で丸くなった。妾はイーの正面に立ち拳を構える。この身体には神獣としての力だけではなく、忌々しい魔女の血も流れている。魔力も使える。本気を出せばこの建物ごと沈めることも可能だ。しかしある程度制限を掛けなければ、何処に居るかもしれないカナやレイネを殺してしまうことにもなりかねない。それに、音を聞きつけて相手が増えるのは面倒である。妾の拳に魔力を乗せることは不要だ。


「できれば荒事にはしたくはないのだが、仕方ない。」


「フン。攫ってきておいてよく言いよるわ。」


 両者の軽口を合図にして戦闘は開始される。


 まず先手を取ったのはイーの方だった。何かが巻かれたナイフを縦横無尽に投擲していきた。滅茶苦茶な攻撃は妾を捉えることがなく床などに刺さっていく。ぶつかりそうになった数本を手で弾いて対処した。順番を交代するように妾のターン。振り絞った拳を彼女の顔面に叩きこむ。殺してしまうのは後味が悪いので多少の手加減はする。それでも気絶する程度には鋭い一撃なので、これで終了である。拳が顔面を捉えたことで気が少し抜けた妾にはイーが口角を上げているのに気づくのに若干の時間を要してしまった。


「油断……禁物!!」


 顔を逸らしてダメージを殺し、態と当たった風に演技していた彼女は顔に傷をつけながらも手に持っていた布のようなものを引っ張る。すると、イーに覆い被さるようになっていた妾の背中に後方の床に刺さっていたナイフが突き立てられていた。一本一本のダメージは大したことないが、纏まって受けると中々キツイ。イーは苦痛に顔を歪めている妾の腹部を遠慮なしで殴りつけて逆に妾を押し倒す。布を首に巻きつけて締めあげてくる。二重苦を味わうが、この程度の攻撃では妾は倒せない。彼女の腕を強引に掴みとると向いてはいけない方向に折り曲げる。彼女はその行動を読んでいたのか両腕が折れる前に離脱する。妾はゆっくりと立ち上がり、背中に刺さったナイフを抜く。ナイフを観察するとそれが特注品であることを理解する。普通のものとは違い、ナイフは手で持つ方も鋭い刃を抱えており、イーはそこを手で持って隠すことで相手にあの二段攻撃を仕掛けているのだろう。しかし相手が悪かった。通常の相手であったのなら、今の攻撃で大体止めを刺せたかもしれない。


「悪いがお前の相手は化け物じゃ。」


 冷静さを保つイーの頬に初めて冷や汗が垂れた。


 妾が一歩前に踏み出すと彼女は一歩後退する。実力の差を思い知ったのだろう。彼女は聡明な女だ。一か八かな賭けなどを嫌い、絶対的な確率を優先する筈だ。その彼女がどうしようもない状況を作った。見たところ、彼女もギリュに誑かされているのは間違いないし、夫を守るためにこの一線は退けない。ジワジワと距離は狭まってくる。イーは唇を噛みしめると唐突に思いもよらない行動に出た。


「この通りだ。イーはどうなっても構わない。ギリュ様だけは見逃してくれ。」


 しゃがみ込んだかと思うと彼女は一片の迷いもなく土下座をした。態々髪を横に流して首を切りやすく見せる工夫も見える。妾の前に置かれたナイフで殺してくれと言っている。あの男のために命乞いをするか。あの男自体の評価は変わりようがないが、部下には優秀な人間が居るようだ。イーの眼前を踏み締めた妾は彼女にこう言い掛ける。


「それは出来ない。あの男は妾と主様を虚仮にしたのじゃ。命を持ってい償ってもらうしかない。」


 彼女はそれでも諦めないように説得を続けてくる。流石に面倒になって横を素通りしようとすると、妾の足を掴んで進行を妨げてきた。苛立った妾が蹴り飛ばそうとすると、隅で蹲っていたサンがいつの間にか接近しており、妾を後ろから抱きしめるようにして羽交い締めにしてきた。後方に引っ張られたことで勢いを失った足は蹴りを放てなくなる。よくも邪魔をしたなと睨むと彼女は涙ながらにイーちゃんをイジメないでしきりに呟く。アチラコチラを掴まれて鬱陶しくなった妾は、体を捻って回転させると、二人を優雅に振り払う。その後は即座にイーの手足を布で結んで拘束し、サンはその横に持ち上げて投げ飛ばす。


「贅沢を言う連中じゃ。人に嫌なことをした人間はどうなるか知っておるか?」


 一呼吸開けてもう一度口を開く。


「恨まれるんじゃ。」


 身動きを封じた二人を放おって出口と思わしき方向に歩を進める。もうその道が正解かどうかなどどうでも良い。今はただ暴れたい気分なのである。



 扉を幾つ開けて階段を登り降りしたか記憶も朧気になってきている。この建物は非常に複雑に造形されており、似たような廊下や目の死角などを上手く使った仕組みが多々見えた。そのせいか、先程から同じ所を行き来している感覚にすら陥る。これは凄まじいストレスとなって身体に還元される。疲労はまだピークというわけでもないが、精神的に景色が変わらないのは辛い。窓などがなく、外が見れないのも辛いところである。恐らくこの建物を建築した人間は相当に性格が悪い。苛立った拍子に壁を殴りつけるが、大した発散にもならない。これで敵の一人でも出てきてくれたら、この怒りの矛先をそちらに反らすことも出来るのだが、ここまで人っ子一人遭遇しない。虐めのような回廊探検は長く続いた。


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