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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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???????  1※ティリーン視点

 首に掛けられた戒めが厄介な重圧を持って、自責の念に駆り立てる。蹴り飛ばしてしまった主様がどうなったのか今の妾には予想も立てられない。自分が主である彼に危害を加えた。その事実だけが重く胸の底を打つ。何故自分があの時先に捕まってしまったカナやレイネを見殺しにしてでも主様の味方につけなかったのだろうか。レイネに慕われて浮かれてしまっていたからか。カナにばかり甘くあたっていた彼に嫉妬心から恨みが出ていたからか。恐らくその全てが正解である。主様を排した妾たちは全員が別々の場所に目隠しをされて連れて行かれた。移動中は特に目立った接触はされることはなく、現場につくと、鉄格子で囲まれた牢屋の中に入れられて、手足と首に錠をつけてから目隠しが外された。連行してきた男たちはニヤニヤと卑下た笑みを浮かべていたが、鋭く睨むと腰を抜かしたように慌てながら牢屋に何重にも鎖を巻きつけて鍵を締め、去って行く。


 男たちを見送りながら溜息を溢す。現状。レイネとカナがどうなってしまったのかがさっぱり分からない。情報を得ようにもここには陽の光さえ入ってこない。自身の脱出だけなら出来ないこともないが、この状況下で捕まっている他の二人を探しだすのは至難の業であり、現実的ではない。


「ハァ……」


 憂鬱な気分が込み上げる。後ろ手に縛られた手錠は豪腕で肌に痣を残しながらも千切ると、足も自由にする。首輪は千切りようがないのでそのままだが、それのせいで飼い犬にでもなった気分だ。いつもは元気よく跳ね回っている尻尾も項垂れて地に添っており、耳も伏せてある。何と情けない姿であろう。主以外の人間にこれほどまでの屈辱を受けるのは、妾を除いて神獣界では全く無いことだろう。なまじ人間らしさを学んでしまったがために今回のような恥晒しな展開を引き起こしてしまった。結局、妾がやったことが正解だったとは思えない。あの二人を捕らえた男は妾を飼い慣らすつもりなのだろうが、精々あの程度の男に屈服するほど妾も軽くはない。そんな事態に陥れば、唯でさえドン底まで落ちた主様との関係を更に悪化させてしまうことは必然であり、これ以上彼から軽蔑されては生きていけない。それほどまでに、妾にとっては重要かつ深刻的な話になるのだ。八つ当たりで壁を殴るが、表面が削れるくらいで面白味のない反応を示す。


「主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様主様……」


 頭を壁に叩きつけながら謝罪の意味合いを孕んだ言葉が呪詛のように吐かれる。やり過ぎたせいか壁に穴が空きそうになっていたが、その行為は鉄格子の先に姿を表した男によって遮られる。


「やぁやぁ、御機嫌如何かな?ティリーン」


 気障ったらしい言い回しと人を馬鹿にしているとしか思えない口調からその男がノーラクノスの派生組織のリーダーであり、レイネの兄に当たるギリュ・クロバーギルであることは容易に察しがついた。額が割れて血を溢れさせる顔を拭いもせずに、真顔をそちらに向けた妾は威嚇に風圧を発生させて、男を吹き飛ばすと口を開く。


「その名前は主様から頂いた大切な誇り高き名じゃ。お前のような下郎が口に出して良い言葉ではないことを胸に刻め。」


 鼻を鳴らして見下すと、ギリュは座り込んだ姿勢のまま、突然笑い出した。気でも狂ったのかと思ったのだがそれは不正解であり、男は一通り笑い飛ばすと妾に目線を合わして君のような強い存在を欲していたと気持ちの悪い言動をする。続け様に男は自分の生まれ持っての体質について聞いてもいないのに語り始めた。自尊心の強い男は、自慢できることは黙っていたくないような安い男なのだろう。美学というものを一切理解していない。そんなギリュが語ったのは、自身のカリスマ性についてである。何でも生まれた時から自分の言う事には大体皆が同調してくれて、敬ってくれるのだそうだ。横槍を入れずに聞き通した内容を端的にまとめるとこれだけだ。話に蛇足な部分が多く、冗長と思える部分が長過ぎたせいで途中からウンザリとさせられていたが、良い事を聞いた。ギリュから感じる特異な違和感はそれのことだったのだろう。話の隙を見て男の体の隅々に目を向けると、手首に巻かれたアクセサリーから最もその力は強く感じる。妾は話を反らしてそのアクセサリーについて触れてみる。


「なんじゃ男のくせしてチャラチャラとした装飾品じゃの。」


 手首の其れを見ながら言うと、男は急に冷めた表情に変えてから説明する。


「ああ、これね。生まれた時から勝手に付けられてるんだけど、何故か外すことが出来なくてさ。正直僕好みのデザインじゃないし取り外したいんだけど外そうとすると凄い激痛が走るんだ。本当に誰がつけたんだか知らないけど、いい迷惑だよ。」


 忌々しそうにそれを叩くギリュに声を大にしてそれの御蔭でそうなっているのだと伝えてやりたい気分にもなったが、妾にとってのメリットがほぼ無いので黙っておくことにした。それにしても、これではっきりした。ギリュはあのアクセサリーの中に封じられた何かの力を使っている。その力は妾にまで効果が及ぶ代物ではない。つまりは、神獣の類や神域のなにがしというわけではないということだ。しかも本人にその意識はない。ということは本人が望んで契約を結んでいるわけではないので、あれさえ壊せればこの組織は一瞬で破滅する。なんという自爆スイッチだろうか。無自覚な脅威に晒され続けている男に呆れながらも話を聞いていると、それはそうとと前置きを垂れてから本題に入られる。


「君は僕の仲間になってくれる気になったかな?」


 同意されると思ってやまない表情で真っ直ぐに聞いてくる。その愚直なまでの直上さは嫌いではないが、そもそものヘイトが溜まっているのでプラマイゼロにもなりはしない。妾が首を横に振ると、男はずっこけて鉄格子を掴んでなんでだいと言われなくては分からないのかとしか言えないことを宣った。妾はそんなことも分からないのなら、一生お前の仲間になることはないと簡潔に伝えると、男は馬鹿なこんなはずはないとブツブツと文句を言いながらも落ち込んだ様子で牢屋のあるこの一室の出入り口に繋がる階段を上がっていった。五月蝿い人間は居なくなり、またしても心地の悪い静寂が場を支配する。ここから脱出する手立てもなく、ただ助けを待っているのは性に合わないし、どうにかして逃走を図りたいのだが、今脱走すれば、二人がどうなるかわからない。それでは主様を苦しみながらも蹴り飛ばした意義が完全に消失してしまうという三重苦。ベットすらも用意されていないため地べたに横たわり物言わぬ天井を見上げる。何か案でも浮かぶかと模索しての行動であったが、思考を纏めるどころか眠さのほうが上回ってくる。柄にもなく気を張っていたのかもしれない。睡魔に負けて静かに瞳を閉じた。





 ピチャン。頬に何かの水滴がぶつかる。


「なんじゃ?」


 冷たい感覚に意識が覚醒する。時計はなく、外の景色も見えないためどれほど寝たのかは正確には分からないが、身体の疲労が少し和らいでいるのを見るに、そこそこの睡眠は取れたようだ。それはそうと、水滴の正体を探す。降ってきているので天井かと上を向くと、まさにその通りで石で組んであるこの一室の天井の石と石の間から水が漏れてきている。頬を垂れる時に口に入った水は臭みも色もなく、普通のろ過された飲料水のように思える。ということは、この上の階は更地ではなく建物のようになっていて、ここはそれの地下室だと考えるのが妥当である。だとすると、ここは彼らのアジトであり、向こうの人間も沢山在籍しているのだろう。妾たちのように監禁されている人間だけではないということは、上手くいけば、人質を取ってギリュを脅すことも出来るという寸法である。天は妾をまだ見限ってはいないようだ。思い立ったが吉日。妾は早速行動に移る。首輪から繋がれた鎖を鉄格子に叩きつけながら打ち破る。轟音が響くが、反響の大きさからしてここは密室のようになっていて厳重に奥まった所にある筈だ。警備に来る人間もいなかったし、音はあまり気にしなくても良いだろう。鎖を砕くと、次に鉄格子を素手で捻じ曲げた。あまり発揮する場がなかったが、本契約を結んでいる御蔭で魔力を介さなくとも超人染みた膂力を発生させれる。鍵難なく壊してドンドンと進撃を続ける。勿論、人の気配などは鋭い嗅覚と聴力を以って察知できるので慎重さも少しは持っている。


「あーあ、あの獣耳女。手出しちゃ駄目かな。」


「馬鹿お前。そんなことしてみろ。お前の大事なところ食い千切られるぞ。それに、ギリュ様が大層気に入ってるそうじゃないか。無理無理。」


「でもさぁ、ギリュ様だって何人も女囲んでるんだから少しぐらい分け与えてくれてもいいじゃん。」


 最後の薄い扉の向こうから下世話な会話が聞こえる。どうやらここからは敵さんが居るエリアみたいだ。最奥から随分と距離があったが、ここまでしていても、上の階との壁が薄いのは何故だったのかと云う疑問が出る。もしかして罠かとも思ったが、ギリュというあの男がそれほど頭の切れる人間でもないのは、数度の対話で分かっているので、単純に設計ミスかと結論付ける。


「馬鹿。ギリュ様の女に手ぇ出そうとした奴がどうなったか覚えてないのか?」


「あー……それ言われちまうと何も言えねぇ。」


 二人の馬鹿話が落ち着きを見せると、扉を勢い良く開ける。二人は扉にぶつかり驚いたように倒れると、大声を上げそうになったので、顔面に切れのあるパンチを与えると、鼻血を出しながら身体を痙攣されて意識を昏倒とされた。取り敢えずは第一関門突破ということだ。ここからは人も多いだろうから慎重に進む。

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