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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ケネイン街  7

 楽しそうにさえずる小鳥たちに注目する。彼らの身体に魔法的な強化は見られないため、カイが絡んだ事件というわけでもないし、見た感じ誰かに操られいるような印象も受けない。目はしっかりと焦点が合っているし、自分の意志を持って戦っているのは端から見ても分からる。つまりは、レヴァのような洗脳系の呪術でもない。となると、一番濃厚なのはノーラクノスの派生組織のリーダーを務めているギリュが何かをした線。彼の抱える精霊の力を持ってすれば、大人数を抱え込むことなど容易である。しかし問題もある。彼の能力は人を強化したりするものではなく、引き寄せるだけの使い勝手には優れていない。其れにもかかわらず、彼らの戦闘力は明らかに段違いなのを考えると、別の線を検討する必要もあるかもしれない。浮かれた男たちは雄叫びを上げながら走り接近する。カーマルとバドロールも構えをとる。カーマルは拳闘士のスタイルらしくバックルを拳に装備して顔の前で固く握る。バドロールは模擬でも見せてくれた長剣を用いた鮮やかな剣技を舞う。私は武器らしい武器を持ってくるのを忘れたので近くにあった鉄パイプを手に取る。


「死にさらせぇえ!!」


 下品に開いた口から下品な言葉が出る。全く以て教育が足りていない。囲むように叩く戦術自体は評価できるが、其れ以外はてんで駄目。此方が目をギラつかせて鉄パイプを振りかぶるだけで目線が流れる。その隙を突いて囲いを抜けると、中心に囲んでいた内の一人を放り込む。


「うぎゃああああ」


 一斉攻撃を受けた男は頭から血を流して痙攣して悶えている。なんて酷いことをするのだろう。


「仲間を攻撃してどうする。鬼畜か貴様らは。」


 高説を垂れると一様にオマエに言われたくないと顔に出しながら呟き合う。陰険な奴等だ。本人の前で陰口を叩くとは色々歪んでいるのは間違いない。お仕置きはやはり必要である。魔力を這わせた身体と鉄パイプで乱雑に彼らの足を叩いていく。悲鳴を上げながら崩れ落ちていく様は、笑いが出そうなほど滑稽であったが、笑うのを我慢して私は任務を遂行する。全員が地に伏して悶えるまでにそれほどの時間はかからなかった。ふぅと息をつくと苦戦をしていた二人の加勢に入り、場の収拾を図った。若干手こずりながらも沈めると隠れていた上官がもう終わったのかと何処かから帰ってきた。戦闘が始まった瞬間に彼は安全圏に逃走していたのだ。この男の唯一の長所である。そんな彼に終了を宣言しようとした時、後ろからカーマルとバドロールの警告が鳴り響いた。振り向きざまにみえたのは振り下ろされる剣。


 ――ザシュ。頭は何とか逸れたが、左肩に見事に直撃し、痛みが走った。


「ぐっ」


 呻き声が漏れる。ショックを受けた身体が一瞬動かなくなるが、気合で持ちこたえて前に倒れるのだけは阻止する。しかしそれは大きな隙であり、剣を持った相手にとっては狙ってくださいと言っているようなものでもあった。続けざまに剣の柄で顔面を殴られる。鼻に当たったため骨折とまではいかなくても鼻血が吹き出す。それに脳みそも揺れて意識が遠のく。視界が霞み前後不覚に陥る目が何とか機能したことによってみえたのは、立ち上げる男たちの姿であった。足に立ち上がれないほどの攻撃を与えたはずなのに、まるで何でもないように立ち上がっている。痛みを感じていないとでも言うのだろうか。


 痛みを感じない。そこで私の頭が嫌な予感が過った。ここの住人が好んで使用していたものの代名詞と言えば何であったか。そう思い付くと、彼らの理不尽な強化も納得がいく。


「くそっ……!」


 奴は直接私たちに手を下すのではなく、間接的に打撃を与えるため、彼らに特性の薬を配ったのだろう。それは、脳のリミッターを解除するための薬。理性が消えていないところからも、薬の完成度が窺える。しかしどうやって計画を立てたのか。この者達をどうやって見付けたのか。私が何故こういう仕事をしていると知っているのか。どう考えても内通者が居たとしか思えない。迫り来る相手を前にどうすることもできない。只々手を伸ばす下郎の手に落ちるのかと考えると、虫酸が走る。それでも圧倒的数の暴力に為す術なく殴られ蹴られ、痛ぶられる。無抵抗のままに四肢を踏みつけられ頭を吹き飛ばしでもする勢いで蹴ったかと思えば、飽きたのか指の骨を一本ずつへし折っていく。苦痛に声を上げるが、仲間たちの心を折らないためにも声を殺す。目は際限なく広がり瞳孔は開く。脳の伝達を無視する役立たずな体を捻って仲間たちの生死を確認する。そこで最も衝撃的な場面を目撃する。


「へへ、こっちの女は俺が貰っても良いんすね。」


「ああ、勝手にしろ。俺はこっちで遊ぶから。」


 下賤な笑みを浮かべバドロールに迫っている男に指示を出しているのは雰囲気の変わったカーマルだった。彼はおどおどとした態度を改めてリーダー然とした風格を醸し出しながら私に近寄ると、私の頬に手を添える。すると、重圧は消え去り軽薄そうな印象を取り戻す。だが、彼の目は完全に獲物を捉えた猛禽類。絶対に逃さないという欲望が全身から溢れ出ている。強引に私の顎を持ち直したカーマルはニヤけ面でほくそ笑む。


「やぁ。あっちはあっちで楽しむそうだからこっちはこっちで楽しもうよ。もうわかってると思うけど、君のことをギリュに伝えたのは俺だよ。と言うか、あの人から君がこの界隈に来たらこうするように命令されていたんだ。俺としてもさ。強い人は大好物だから易易と命令に応じた。だって君を見たら欲しくなっちゃって大変だったから。あっ、勿論男じゃないと興奮しないというわけでもないから安心してね。」


 何を安心したらよいのか分からないことを言ってきた。よく分からないが、貞操の危機であることには間違いない。必死に抵抗しようとするが、虚しくも碌な動きはできない。


「やっぱり君は最高だよ。昔飼っていた奴隷が君のような強かな目をしていたかな。名前は確か――」


 悩みながら名前を紡ごうとしたそのタイミングで、彼の眼前を矢が通りすぎた。彼は攻撃を受けたことに驚き、私から離れると私を捕らえていた男たちに敵襲を伝えようとする。しかし見上げた視界には敵はおろか味方すらも立っていなかった。目線を下げると力なく倒れた味方に気付くことだろう。そんな彼の背後に眠っていたはずのルゼルが誰からか奪った剣を振り上げていた。直前で気付いたカーマルは咄嗟の回避で難を逃れるが、ルゼルの追随する加撃に傷を負う。カーマルが怯んだのを見ると、私の腕を掴み立たせる。周囲を見てみると、服を脱がされそうになっていたバドロールの傍には優雅にスカートをはためかすクロネの姿があった。彼女は私と目が合うと、莞爾な表情をしたまま背の高い住居の屋根を指差す。指の先を刮目するとそこには弓を構えたレザカの姿が映る。思わず声を掛けそうになったが、喉がやられているのかまともな音声は吐くことは叶わなかった。ヒューヒューと掠れた音を奏でるに留まる。


「久し振りね。一生会いたくなかったわ。カーマル。」


 構えを解いたレザカは息を荒くしながら見上げてきているカーマルに対して言葉を吐き捨てる。カーマルは最初こそ現状を理解できていなかったが、察しがつき始めると、急に表情を一変させる。しかも其れは悲しいや絶望感とは違う顔。とても嬉々としているのだ。唾液が飛ぶのも構わずにカーマルは口を裂けるほどに開く。


「誰かと思えばレザカじゃないか!どうしたまた俺のが欲しくなったのか?お前は本当に優秀な奴隷ペットだったよ。お前の苦痛を我慢している姿を見るだけで俺は何度でも絶頂を迎えられた。あのレザカが今では残念な顔をするようになったな。男でも出来たのかな?でもその男はお前のあの姿を知ってるのかな??絶対に引かれるよなぁあ。好きでもない男に媚び売って諂っていた知られちゃあ!!」


 得意気に話すカーマルにゆっくりと弓を構えて焦点を定める。彼は自慢気な顔で続ける。


「お前はもう俺以外に必要とされないんだよ。お前みたいなボロ雑巾を誰が欲しがる?俺がまた飼ってやる!だからこの場から俺を助けろォ!!!」


「もう黙れ。」


 咆哮のような熱い叫びを冷徹な一言でバッサリと断ち切る。放たれた矢は風に吹かれながら少しの逸れを出しながらもカーマルの額を撃ち抜いた。命令をする人物を失ったことで、手下の男たちは瞳孔を揺らしながら暴動を開始する。雄叫びを上げながら腕を振り回す男たちをレザカが上から正確に一体ずつを射抜き、ルゼルとバドロールがコンビネーションを見せて華麗に敵を薙ぎ倒していく。クロネは単調な動きをする相手の攻撃を先読みして避けては相手同士をぶつけて殺し合わせたりしている。ルゼルに端に寄せられた私はというと、動かない身体に鞭を打ちながら味方の勇姿を目に刻んでいた。


「流石に数が違いすぎる!」


 兵団でも組むように大勢の敵は対処するには難易度が高い。一体一体の耐久度も薬で可笑しくなっているため、事態を更に深刻なものにしている。目に見えて此方が押され始めているのが分かる。あまり囲まれると、レザカも上から支援がしづらいため戦況が傾き始めていた。私も加勢に入りたいが、今の状態で行っても邪魔になるだけなのは想像に難くない。


 認めたくない予想が現実味を帯びてくる。攻勢を強めていた仲間は、次第に防勢に回り始めた。徐々に後退して行っているのも火を見るより明らかである。決定的な一撃を与えなければ倒れない相手の今の特性も相まって、皆、精神的にも疲労が溜まり始めている。


 満身創痍の体を引き摺り動こうとするが、 足などの指も変な方向に曲がり、力が入らないため、少し立ち上がるだけで精一杯。気合いだけでどうにかなる域を越えている。助けなくてはとはやる思いが遠方より来たる味方の軍勢を捉えた。


「助けに来たぞぉお!!」


 みっともなく息を切らしながら先頭を走っているのは、我等が上官であった。


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