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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ケネイン街  6

「え……?」


 半透明の扉の向こうには瑞々しい肌色が広がっていた。無駄な贅肉がなく、それでいて女性らしい丸みはある。垂れる水飛沫が肌に密着して、輪郭をなぞりながら肩甲骨の出っ張りを通過して引き締まった腰元に辿り着くと、そこから艶めかしいぷっくりと肉付きの良い臀部で弧を描く。そして内腿の方へ流れて行き、最後は足元の水たまりに同化する。目線は釘付けになり、ゴクリと喉が鳴るのを感じる。彼女は彼女で私の身体を細部の隅々まで凝視したかと思うと、真っ赤な顔をして沈黙を貫いている。お互いにどうすればよいのか分からない。先に行動に出たのは彼女の方だった。


「ごめんなさい。見たくないものを見せてしまって。」


 レザカは自分の体を両腕で隠すと自信なさげに詫びを入れた。私からしてみれば、何処が見たくないものなのか一見分からなかったが、性的な観点を抜きにして見てみると、言いたいことは何となく察知することが出来た。彼女の無防備な背中には切り傷、火傷、ミミズ腫れ。明らかに何かを非人道的な扱いを受けていたことは容易に察しがつく傷の数々。彼女はこれのせいで、これだけの恵体を誇ることが出来ずにいる。自分の体が穢れたものだと思い込んでしまっているのだ。過去を変えることなど出来ないのだから、彼女は一生この傷跡を背負っていくことになる。でも、この程度のことで気圧されるような人間に彼女を任せるようなことを私はするつもりはない。私は彼女に全裸のまま近付き、彼女の頭部を掴み、それを私の心臓の位置に押し当てる。彼女の耳にも激しい鼓動が届いているはずだ。


「これでもそう思うか?」


 論より証拠と言った風に彼女に事実を叩きつける。レザカは熱い視線で此方を見上げるので可愛らしさがいつもより上回っている。シャワールームには抱き合う男女と床を叩くシャワーの音だけが長々と居座った。




 軽く汗を流してから私たちは一緒にシャワールームを後にした。湿った髪が大人の色香を漂わせる。時折送ってくる熱い視線にこちらも期待が高まる。しかし彼女を抱くことは色んな人間を裏切ることになるので、歯痒くも手を出すことは出来ない。もし全てのことに責任が取れるような男になった時こそ、今まで出会った女性たちと添い遂げるべき時なのではないかと考える。その覚悟も無しに愛を語らうことはどうしても躊躇われる。責任を取るべき人間が多くなればなるほどに、解決方法が狭まってくるが、誰もが幸せになれる方法を探索しなければならない。ここに居るレザカだけの話ではなく、ユラやミラ。ティリーンやカナ。そして身体を奪われたメイカに関しても私は背負わなくてはならない。重たい重圧を自覚すると、昂ぶっていた性欲が落ち着きを見せる。レザカは残念そうに力なく微笑んでいたが、私はそれに曖昧に返すしか無かった。


 レザカは食事に行くとだけ告げて装いを整えると、足早に彼女は去っていった。心なしか荒っぽい足取りが私に対する失望を表しているように思える。それはしっかりと受け止めなければならない事象なので、粛々と批判を受け入れた。彼女が帰ってくるまでの間、私は精神を集中させて魔法の鍛錬に務めた。今日は久々に魔法を粗悪な使い方をしたので、正しい使い方を身体に覚え直していく。


「ふぅ」


 魔力を自覚し循環させる。掴んだ感覚をそのままに外部へ解き放つイメージを固める。未熟な魔力は魔素を伝い、宙を舞う。色を持たぬそれはある程度漂うと、何の余韻もなく消え失せる。何度か繰り返すとまるでその一つ一つが自分から生えた触手のように思い通りに蛇行しながら宙を這う。意識を強く持てば、長時間の運用も不可能ではない。そんな事をする必要を問われれば首をかしげるが。魔法の鍛錬は長々とやると、後でドッと疲れが出るのでこの辺りにして、次に身体のトレーニングに移った。道具がないため体一つで出来るものとする。まずは柔軟をする。一日使った筋肉を先ずは解して今日の調子を確認する。怪我しそうに無ければハードなものに移行するが、流石に今日はあまり良くないので軽いものとする。重量のある自身の体を横たえらせて、腕一本でそれを持ち上げる。自己流なのでこれが効率のよい運動なのかは定かではないが、これは体感的に筋肉のつきが早かった。それに、交互にやることでテンポよく鍛えられ、腕の筋肉だけでなく、腹筋や背筋、胸筋といった部分にもとても効果があったので、お気に入りの運動の一つだ。私の場合、回数制限は設けず、疲労が溜まったら逆の腕に切り替えて、そちらも疲れたら休んでいた方に切り替えると言った方法を採用しており、終了した後は、なんともいえない完走感が心地よい。それが済んだら、上体を起こす運動や海老反りに背中を曲げて起きあげる運動。後は懸垂でもできれば最高なのだが、この部屋に良い感じに掴める箇所がないため断念した。悔やまれるが、更に汗を流す結果になったので、再度シャワーを浴び直した。


 レザカが帰ってきたのは私が丁度シャワーを終えた時だった。ぎこちない笑みを浮かべる彼女に浮かばれない思いを抱きながらも、私たちは互いに見つめ合うだけで言葉は出てこなかった。時間は無情にも過ぎ去り、彼女の方から話題を逸らすように今日はもう寝ようと持ち掛け、私もそれに同意した。体を動かして気分転換は出来たが、問題は何も解決していないことを再認識させられる。無意識的に楽に方に逃げようとしている幼い精神に蓋をするように、私は明かりの消えた部屋で就寝した。ドス黒い想いを募らせながら。



 次の日、目を覚ますと既にレザカの姿はなく、先に行ったことを悟る。嫌われてしまったのかもしれないと、憂鬱になるが、彼女には借りが沢山あるので、取り敢えずはそれを返済するためにも業務を頑張ろう。日給だったので、昨日返せる分は返せばよかったのだが、とてもそんな空気でもなかったので、一切お金を返せていない。聞いた話では、今はあの盗賊団の応募は行われておらず、一ヶ月に一度ほどの周期でしているようなので、それまでは資金を稼がせてもらおう。


 決意を新たに機関の建物前まで行き着くと、そこには頭に浮き出た血管を隠しもしない上官が待ち構えていた。どうしたのかと素通りしようとすると、彼は私の腕を掴み、よくわからない書類を提示する。


「何だそれは」


 彼に対する敬意などとうのむかしに消え失せている私が、無礼を自覚しながら聞くと、分かりやすく口を動かして、始末書という単語を吐いた。そんなことは書類の一番大きな見出しのところに書いてあるので、言われなくてもわかる。馬鹿にしているのかと胸ぐらを掴むと彼は蟹のように泡を吹き出す。それでも無言を貫こうとするのでこの男は根気があるなと意気込んでいると、あとから来たカーマルに上官は気を失って喋れないだけであることを指摘され、私は掴んだ手を離した。どさりと音を発てて彼は地面に臥せる。悲しい最後だった。


 まぁ、それは半分くらい冗談で、次々と到着したバドロールやルゼルを巻き込んで、今日の午前はひたすらに昨日の被害を纏めるのと、始末書を書くことで潰れた。猫の手も借りたい状況に、寝転がっている上官を叩き起こしたのは言うまでもない。


 午前の業務が終わり、昼飯を終えると、遂に見回りの時間だ。今回は前回の経験を踏まえて、無駄な被害は出さないように気を付ける。やりたい放題するとあとが面倒くさいというのを午前中に学んだからである。それに、前回は私だけが余計に出過ぎてしまったせいであんな事態に陥ったのだ。今日は全員で降りかかるつもりなので同じ轍は踏まない。




「オラァア!ぶっ殺してやる!!」


「ひぃいい!すいませぇええん!!」


「どこ触ってんだい。殺す。」


 上から順にルゼル、カーマル、バドロール。彼らもまた私と比肩するほどの問題のある人たちだった。とても午前中の作業の時に、流石にあれはやり過ぎだのなんだの言っていた連中とは思えない。その内、通りを徘徊するだけで街のゴロツキ共も沈黙を守るのではないだろうか。言ってみれば、当初の目的はそれだったはずなので良いのだろうが、肩身狭そうに地に手をつく上官を見ていると、彼の理想とは異なっていたのやもしれない。一難去ってもいないのにまた一難追加された彼の心はもう既に風前の灯といっても過言ではないだろう。


 ともあれ、粛清を進める活動は意外にも私の性格にかっちりと嵌まり、礼の募集が始まるまでの期間、私は精を出してこのケネイン街の風紀に貢献した。時には、上司からのバッシングも受けたが、その程度でへこたれるような精神は持ち合わせていない。逆に上司をへこませるくらいの根気を見せた。日に日に痩せ細っていく上官は見ていてとても滑稽であった。


 順調に進んだ取り締まりは功を奏したらしく一週間が立った頃には、表立って堂々と行われていた犯罪行為も目に見えて減少傾向にあった。裏を返せば見えないところで行われるようになっただけだとも言えるが、表の大通りは人が減り閑散としている。それに対して商人やらから文句が届いたが、対応をするのは私達ではないので見ざる聞かざるの精神を貫いた。初日に比べるとメンバーは打ち解けてきていて、今では軽い冗談まで言えるようになっていた。私を怖がっていた面々も時間を掛けてやっと危険人物ではないと判断してくれたのかと考えると嬉しく思う。もう夏の季節に向かっているため暑い街なかを闊歩するのは疲れるが、始末書を書けばやりたい放題していいと開き直った私たちに死角はないのであった。


 そんなある日のとある大通り。人が減った道を悠々自適に歩いていると、久しぶりに此方を睨んでくる輩が裏の路地から数人見受けられた。最近平和になって退屈だとルゼルが水を得た魚のように集団の相手を見詰め、フラフラとそちらに向かう。私達も彼が行ったのなら大丈夫だろうとその場の処置を彼に一任しようと結論づけたのだが、彼が吹っ飛ばされる光景を目にして判断が間違っていたことを悟る。空き家の建物に衝突して砂煙のなか白目を剥いて意識を昏倒とさせているルゼルを確認してから、現れた敵に焦点を宛てる。


「見たかよっ、キチガイども!」


 徒党を組んで居たのは私達が締めた面々。しかし、彼らはこんなに強かったか。疑問を持ちながらも相対すると、相手の憎悪が強まったのを肌が感じた。


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