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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ケネイン街  5

 満身創痍のバドロールを鼻で笑ってからにこやかな顔を作ると、私達に仕事内容の説明を始めた。分かっていると思うがと前置きしてから、この治安改善科の主な仕事が街中の見回りであること。そして質の悪い連中には鉄拳制裁を加えること。その二つであることを伝えた。このゴロツキののさばるケネイン街で先程の言い分を有言実行すると、街から人が消えそうな気がするが、如何にも上からの命令を粛々と伝聞しているだけであろうこの男に問い質したところで録な答えは期待できない。ならば、結果がどうなろうが知ったことではない。この街に思い入れもないし、思う存分暴れさせてもらおう。


 バドロールの介抱をしながら聞いていると、上官は仕事は今日から行うと告げて私達に背を向けて歩き出した。傷だらけの彼女が見えないのだろうか。私は今日は負傷者も居るのだし中止すべきだと発言する。上官は面倒くさそうにそれを聞きながら私の肩を叩いてこうほざく。


「あのね。こっちは雇ってやっているんだよ?その態度はないよね。」


 もう良いねと適当に済ませると彼は部下から差し入れられたお菓子をボリボリと貪りながら自己中心的な足取りで廊下を抜けていった。その態度に苛立ったので一発詫びを入れさせようかと思ったが、バドロールがやめてくれと頼んできたのでその場は取り敢えず抑えることにした。ストレスの発散は街で存分にさせてもらう。私は彼女を肩に背負い直してから連れ立って上官の足跡をたどる。職員の集う二階を抜けて冒険者の集まるフロントを素通りするとあっと言う間に無法地帯であるストリートに出る。上官は睨みつけてくる路上の屈強な男たちから身を隠しながらもここから実践的に仕事を学んでもらうと、及び腰で指示する。手始めに睨みつけてきている男たちに職務質問をして何か疑いが出てくれば、その場で制裁を加えろとの命令である。明らかに今思いついただろうと感じられる業務内容だが、お金を貰う側なので文句は言わない。ここで誰が職務質問に行くかということになるが、ルゼルがいけば即刻喧嘩になるのは目に見えているし、カーマルは気が弱いので気圧される可能性がある。バドロールはご覧の有様なので、色々加味しても私が行くのが一番だという結果が出た。私もそういうのに自分が向いているとは思わないのだが、仕事なので完遂するとしよう。担いでいたバドロールをカーマルとルゼルに預けて行動を開始する。


「すみません。」


 此方から声を掛けると男たちは挑発的な目線を向けながらも応対してきた。


「何?何か俺等に用なの??」


「喧嘩なら買ってやんぞ。」


 二人組の男たちは数の有利があるからか強気の姿勢である。見るからに面倒くさそうな性格をしている。出来ることならば話し合いで解決したいが、彼らにはそれが出来そうな気がしない。かと言って、この人達相手に時間を使うのは少々気に障る。速攻で終わらせたい。しかし、彼らは今のところ現行犯で何かを行った訳ではなく、糾弾は出来ない状態にある。どうしたものかと考えていると、男は気が逸れたのか持参のお注射を始めた。これなら大義名分になるだろう。


「違法薬物使用の罪で断罪させてもらう。」


 魔力を足に込めてその場に叩きつける。余裕の表情を浮かべていた男たちの足元は大きな亀裂を形成して、地面から押し返されてくる圧力で二人はバランスを崩して地面に腰を打ち付ける。注射器が腕の深部まで刺さって大変なことになっていたが、二人は言葉なく腰を抜かしていた。私が手を差し伸べると、涙を流して許しを請っていた。それを見た上官が調子に乗って此方に野次を飛ばしてきたが、瓦礫を投げてやると大人しくなったので、私は腰を低くして二人に見向く。しっかりと目線を合わせて男たちに薬物の危険性をきちんと説いた。如何にその得体のしれない物が残酷なものであるか。冒険者という職業上、痛みや殺す恐怖感を紛らわせているため薬物が蔓延しているのは当然とも言える。しかしそんなものに頼るような精神力でこの先生きていけるのか。見通しはあるのかとしつこく問い詰めると、彼らは更に涙を溢れさせた。


 彼らはもう二度とこんなことはしませんと言って帰っていった。良いコトをした後はこんなにも清々しい気分になるのか。知らなかったなと彼らを見送り、後ろに控えていたカーマルたちに振り向くと、一様に化け物でも見るような目で此方を見ていた。私は少し傷ついた。




 その後の見回りは続き、数十人更生させたところで上官がギブアップを宣言した。


 特出して変わったことはしていないが、上官には刺激が強かったようだ。私のやり方に態々イチャモンをつけてくるので顔面に無言でパンチを入れ続けた結果、彼は立派に更生してくれた。何を言ってもはいしか言わないのは社会人として情けないが、私の愛の鞭がしっかり効いている証拠である。この調子でどんどん行こうと思っていただけに、活動の終了は悔やまれた。何なら私だけでサービス残業をしても構わないと申し立てしたのだが、それは無念にも却下されてしまった。文句を垂れながら機関に戻ると、日給の手当込みの現金が支給された。色が付いているようでそこそこ良い値段である。私は財布も無いのでそれを封筒に戻してポケットに突っ込むと、上官以外とともに皆で飯を食いに行くことにした。やはりご飯を囲むのが打ち解ける過程で最も効果的である。店に向かう道中で更生したはずの数人に襲われたが、ケツが腫れるまで永遠と叩き続けると大体のやつは恥や外聞を捨て去って泣いて許しを請うていた。全く素直じゃない連中である。


「ここで良いか。」


 適当に歩いていると美味しそうな居酒屋があったので入ろうとしたが、カーマルに止められて他の店にしましょうと提案された。どうやらオススメの店を紹介してくれるらしい。そういうところがあるのなら最初から言ってくれと軽く肩を小突くと彼の背中は微妙に震えている。強気な顔付きだったルゼルの露骨に顔を合わせようとしない。バドロールも聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソボソと何か呟くばかりで協調性がない。


 納得のいかない感情はあるが、まぁ今日顔を合わせたばかりだ。こんなものであろうと結論づけてカーマルの案内のもと、焼き肉がメインの食事処に到着した。暖簾のれんをくぐると結構な人で繁盛しているらしく賑やかだ。美味しそうな匂いに誘われながら空いた席に着くと、私の隣にバドロールが座り、正面にカーマル。斜め前にルゼルが座した。店員に適当に見繕ってもらうよう頼むと、私はまず隣りに座っているバドロールに声を掛ける。ずっと疑問に持っていたことがあったのだ。私たちは一対一の試合を行い、選抜されたメンバーだが、それにしては数が少なすぎる。あの会場に集まっていた人数は少なくとも二で割って四人になるほど少数ではなかった。それが気になっていたのだ。


「ああ、それのことなら簡単だ。試合自体が審査されていて試合で必要な能力値を観測できなかった人間は、勝利してもその場で解雇されたんだ。逆に、負けても能力値的に強かった人間は集められてそこで更に選抜があった。私はそれに勝ち残ったってことだ。」


 成る程と納得できた。彼女が傷だらけだったのは、数度の試合はさせられたためか。疑問が晴れて少し気持ちが楽になる。しかし私は真の目的を忘れては居ない。今度はバドロールだけではなく、カーマルやルゼルにも向けて口を開く。


「ギリュ・クロバーギルっていう白髪の色男がリーダーをしている盗賊団を知っているか。」


 ギリュという名前を出した瞬間、三人の顔色が一変した。どうやら彼らはなにか知っていそうだ。目が泳いで黙秘したい意志が垣間見える。でも言ってくれないと困るのだ。何故なら私がこんなことをしているのは、彼のアジトを見つけ出して捕まってしまったカナとティリーンを取り返すことなのだから。真剣な眼差しを送っていると、観念したようにルゼルが此方に目を向けてそれなら仲介役を知っていると言葉を吐いた。それにカーマルが制そうとするが、彼は構わず続ける。


「アイツはここで仲間を募っている時がある。変装なりして忍び込めば案外アジトまで行くことも無謀ではない。けど、その話に乗って生きて帰ってきた奴は見たことがねぇ。内部の情報を暴いて高く売ろうとして忍び込んだ情報屋がミイラのように干からびるまで働かされて幸福そうな顔して死んでたって話も聞いたことがある。正気ならあれに関わるのはやめた方が身のためだ。」


「俺もやめておいた方が良いと思う。碌な噂ないし。」


 ルゼルに追随するようにカーマルも繋げる。ギリュはそれだけこの街で恐れられている存在なのか。でも知名度が高いというのは悪いことじゃない。探せばアジトの場所を知っているか。取り入るルートを持っている人間もいるということだ。これは私にとっては好都合である。現に、目の前のルゼルもルートを確保している。ギリュはそれほど思慮深くないのかもしれ無い。軍師役であったクロネも居ないギリュの盗賊団はもしかすると体制が滅茶苦茶になっているかも。好条件ばかりが目につく。恐らく彼は自分のカリスマ性に酔いしれている。一度会った現場でも彼からは自己愛の強さが露見していた。場所さえわかれば此方のものだという私の判断は間違っては居ないだろう。


 その後は、仕事に関わる話やこれからの予定などを話し合い、明日の集合場所を上官は無視して、勝手に機関の建物前に決定して飯を食べてからその日はお開きとなった。


 三人と別れてから自室へ向かうと、レザカはまだ帰ってきていなかったので、部屋に備え付けられている昨日は使わなかったシャワールームを使用する。流石に汗が張り付いて気持ちが悪い。着替えもないため、どうせ汗でしっとりしたこの服をもう一度着なければいけないので、結局、快くないのには変わりないが、気分くらいは一新できる。横スライドの扉を開けて脱衣室に入ると服を脱ぐ。半透明のガラスの向こうにはシャワーノズルが控えている。この時、最初からこの部屋の電気がついていた事に疑問を持っていれば、こんな事態には陥らなかったのだろうが、後悔とは後からやって来るから後悔なのである。



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