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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ケネイン街  4

 肥えた豚のような汚らしい上官の選定により対戦相手は決定する。他人の事ばかり気にしても居られない。私は対戦表が書かれたホワイトボードに目をやる。それぞれの名前と性別が書かれ、いつ撮ったのか分からない写真が貼られている。それを見る限り、対戦相手は女のようで男のように髪を短く切った肌の黒い女がそこに写っていた。確認してから相手を探すと、相手の女はもう既にこちらを睨みつけてきており、やる気は満々と言ったところか。大きく隆起している筋肉は彼女の研鑽の証が光る。無愛想な顔をしているが、鍛え方は情熱的なのだろう。とても気に入った。


 相手を確認した人は次々と別室に案内されていく。私もカーマルに別れを告げてから職員について戦いの現場に向かう。対戦相手も別ルートから同じ所に案内されているはずである。


「こちらの扉を開いた瞬間に模擬戦は開始となります。基本的に殺傷以外は許されているので心の準備を終えてからお開き下さい。」


 職員の説明を聞き終わると一息だけ深呼吸する。殺めてしまう以外は有りのなんでもありとは高揚する。身体が昂ぶっているのが分かる。相手も今同様に楽しんでいるのかと思うと、ゾクゾクと背筋に刺激が走る。争いごとの嫌いだった過去の私はもう居ない。云うなればキチガイと言っても良い感情。旅を続けるごとに段々と自分の奥底に潜む悪魔が目を覚ましていくかのような錯覚を覚える。普通だったら不快感にしかならない手汗が良い塩梅となり、心地良くなっていく。扉が開いたのはそこから直ぐだった。


「ここは……」


 開いた先にあったのは建物内ではなく開けた広大な庭のような場所。物珍しさに見上げた目線を下げると、不機嫌そうにこちらを睨んだ彼女が用意されていた剣を持っている。私も扉の近くに立て掛けて用意されていた武器に手をかける。運が良くそこには私の好む短剣があり、手に持って重さや持つ所の滑りにくさを確かめる。やや整備不良ではあるが、問題ないレベルだ。正々堂々としたスタイルらしい彼女は私に名を尋ねてきたので応えると、彼女はバドロールという名を語り、尋常に勝負を挑んできた。読み通り彼女が熱血漢であることに嬉しさを覚え、咆哮を上げてバドロールに突撃を仕掛けた。その斬撃は予想通り後退して避けられて隙を作らされるが、私は無理に体制を変えて振り下ろした短剣を上に薙ぐ。油断していた彼女の右の肩に届きそうなところでリーチの長い剣で振り払われた。


「中々出来るようだな。」


 嬉々とした表情を浮かべた彼女は遠心力を使いながら回転斬りを行う。それを短剣を添えて攻撃を逸らしながら後退して距離を取る。加減ができなくなるので魔法を一切使用していないが、これ無しでは勝てるかどうか分からない。身体能力を上げる魔法は気持ちまで増長してしまうので使えないし、他はまだ不完全なので誤作動する危険がある。純粋に剣技で彼女に立ち向かわねばならない。悪条件がつくが不思議と楽しさは衰えない。私は今まで便利な魔法に頼りすぎるキライがあった。確かにあるものを使うのは当たり前なことなのだが、それでは純粋な自力が計測できない。


「もっとやろうか。足りねーよな。」


 この現場が私の自力を発揮できるまたとないチャンスである。生死を掛けた勝負ではないのだ。そんな場はそうそう与えられない。一杯愉しみたい。相互の表情が同化する。どちらが先か分からない速度で両者が踏み出す。中心地点で一合、二合と剣が交わっていく。流れる汗が宙を舞い、ぶつかり合った剣から火花が散る。長剣を駆使するバドロールに手数で応戦し、防御よりも攻撃に重点を置く。逆に彼女は防御に重点を置き、私の隙を窺いながら透かさず長剣で大振りをかます。だが、大きい攻撃以外はあまり気にしないで攻めの姿勢を崩さない。地味な痛みはあるが冷静に見極めて受けているためそれほどのダメージは残らない。数度の剣戟が交わされると間を置き再度甲高い音が響く。短期決戦とはいかないので体力を温存しながらも相手の体力を削ることを第一目標に考える。バドロールは苛立ちながらも冷静にそれを対処して隙あらば突いてくる。


「図体の割に戦い方は繊細なんだな。」


「それはお互い様だろ。」


 距離が開くと不敵な笑みを浮かべてそう言い合う。気が合うらしく踏み込むタイミングは被るし、退くタイミングも似ている。彼女の動きは参考になるし、逆に私の動きも彼女に参考にされているだろう。一挙一足がまるで稽古をしているように繊細であり、戦いの美がそこにはある。幾ら情けなく戦っても勝てばいいという私の信念とは真っ向から異なるが、彼女の戦い方には敬意を払わざる得ない。短剣を上段に構えた私は彼女の腹部に狙いを定める。対したバドロールは中段に構えて何処からでも掛かって来いという意気込みを見せる。声を上げて気合を最大にした状態で彼女に向けて袈裟斬りを行う。当然それを呼んでいる彼女は剣先でそれを弾き、止めを刺してくるだろう。その隙を狙ってカウンターを決めるという作戦である。想定通り彼女の剣先が短剣を標的にする。しかし―


「フン――」


 彼女は攻めることを選ばす、一歩引いた。その瞬間大きな隙が生まれる。


「シッ!!」


 ガラ空きの頭部を長剣が襲う。モロに受けてしまうと死亡することが確定であるが、彼女の表情にはこの程度の攻撃で私を殺せるとは考えていない。不殺の取り決めを私に守らせようとしている。冷や汗を垂らしながらもそういう無茶苦茶な要求には答えたくなるのが、男というものだ。迫る剣に対して逆立ちをする要領で剣の横っぱらを蹴り、反らすとその勢いのまま彼女を押し倒す。


「降参してくれると有難い。」


 武器を遠くへやり、足で両腕を抑えて首に短剣を添えてからそう告げる。悔しそうな顔を見せたバドロールだったが、仕方ないというふうに溜息を零してから白旗を上げた。宣言を聞き届けた職員が終了の放送を流して鍵で閉ざされていた二つの扉が解錠される。私はそれを合図に彼女から身を退けると、彼女の手を取り立たせる。そういうのに慣れていないのか照れくさそうにしていたが彼女は礼を言いながら立ち上がる。そして職員が来るまでの間、あの時の攻撃が良かったとか最後の攻撃は予想外だったなどお互いの戦いを称えた。今回は私が勝てたが、もしあの時アクロバティックなあの動きが失敗していたら、敗者なのは私だった。それほどまでに実力は拮抗していたのだ。基本守りの彼女の戦法は弱点が少なく、多様性が高い。その代わり通常の戦いより体力の消耗が激しいのをトレーニングで補っている。あのスタイルは、地道な努力を続けられている彼女にしか許されないとっておき。一朝一夕で手に入る戦法でないからこそ強い。


「そこまで褒められたのはアンタが初めてだ。有難う。」


 照れ隠しに鼻を掻くバドロールは試合が始まる前の牙をすっかり潜ませていた。戦いが終わってしまえば、彼女は只の女性であった。本人曰くコンプレックスだという腫れぼったい唇や一重の瞳も私からすればとても可愛らしく映る。取り繕わずに思ったままを伝えると、彼女は頬に軽い口づけをして負けたのがアンタならしかたないと艶っぽく意味深長な言葉を残して訪れた職員に従い、私とは違う扉から歩いて行った。まだ感触が残る頬に手を添えてから私も走りながら到着した職員に一緒に違う部屋に移る。


「ここでお待ち下さい。」


 豪華なあしらいがされた扉を抜けるとそこにはまだ誰も居なかった。道中聞いた話では、負けた方と勝った方で部屋を分けるのだと聞いたので、誰かしら来ても居ても良いものだが、なんだかんだと皆楽しんでいるのかもしれない。観戦などは出来ないだろうかとも考えたが、自分が戦うならまだしも人が戦う姿にはそれほど興味が沸かないことに気付き、このふんわりとしたソファに身を沈めておくのが一番かと結論が至り、革で出来ているソファに横になる。誰かいたのならこんなことはしないが、誰も居ないのだ。一番乗りの権利というものだろう。やることもないということもあり、仮眠してしまうのは仕方のない事だった。




 扉の開く音で意識を覚醒させる。


「よぉ。」


 入室後すぐに目を合わせた男は威圧をしてくる。地が黒髪なのか後ろの刈り上げた所だけが黒くて他は金色の変わった髪型をした偉丈夫の男は鋭い目つきで私を値踏みする。ホワイトボードに張り出されたとき、こいつは強そうだと思っていたので、この男の名前は覚えていた。確かルゼルと書いていたはずだ。戦闘を終えてすぐだというのに汗一つかいていないところを見るに、圧勝したのだろう。それなら私より早くここに辿り着いてもいいものだが、彼は一体何をしていたのかと疑問を持たずにはいられない。考察をしている私に彼は鼻息をつくと、部屋の中心に設置された机を叩き割って、私の意識をそちらへ向かせた。大変面白そうな顔をしているのは良いが、その机は弁償できるのかと言うと、彼はそんなことは関係ないと断言して私の胸ぐらをつかむ。


「オマエ絶対強いだろ。俺には分かる。」


 好戦的な目を隠さないルゼルにどう返そうか思案していると、話題を割るように扉が開かれた。情けない声とともに現れたのはカーマルで私は思わず目を丸くしてしまう。


「え、これどういう状況!?」


 動揺しているカーマルに免じてか、ルゼルは私から離れて舌打ちをしながらも攻勢を解いた。彼が離れると、カーマルが近付いて来て第一声に運が良かったと溢した。相手はそこまで強くない人だったらしく適当に立ちまわって逃げていたら、相手の体力が切れたのでそこを狙ったら何とかなったとのことだ。つまりは戦術勝ちしたということになる。私は彼に心配する必要はなかったかと軽口を叩くと、酷いなと愚痴を言う。慣れ合いをしていると、肥えた豚、いや、上官が我々の部屋に現れた。肉でも食べていたのか口許に付いた肉片が印象的だ。彼は入室するなり惜しみない拍手を私達に浴びせて、その彼の後ろからバドロールが姿を表した。驚いた目で彼女を見ると、上官は彼女は敗者復活戦で最後の一人に選ばれたのだと説明する。傷だらけの身体で歩みの進める彼女に駆け寄り、肩を貸す。


「済まない。有難う。」


 弱った彼女はとても痛々しかった。

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