表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
60/151

ケネイン街  3

 弱味を握られた生娘のごとき儚い雰囲気を漂わせながら、自分の身を包むようにして何が目的なのかと睨み付けてくる。素直に優しさを享受しようとする心を精神力で無理矢理押さえ付けている。本心は昨晩の内に屈しているが、長年積み上げてきた外部装甲は、そう易々とは剥がれ落ちない。錆のようなものにジワジワと侵食されていくが、割り切った思想には辿り着かないのである。


「目的か……唯一あるとすれば、レザカに過去を断ち切って貰うためかな。」


 そんな甘い言葉で騙されるほど安い女ではないと返す彼女の体は赤みを増して羞恥に震えている。これほど説得力のない言葉も珍しい。私はそれに取り付けるように彼女に施された呪術の概要を赤裸々に語り、抵抗するのは得策ではないことを伝える。そもそも私に争うつもりは毛頭ないので、さっさと気を抜いてほしいものだが、彼女が素直に行動を改めるとも思えないので此方から彼女を出迎える。昨夜のように震える体躯を包み込んで背を撫でる。反抗しながらもレザカは小声でこれは仕方なくだと自分に言い訳しながらも腕の中に収まった。するとたがが外れたのか行動は次第に大胆になっていく。


「……呪術のせいです。……求めている訳ではないのです。」


 顔を押し付けてから臭いを嗅いでいるらしい。身を清めていないので、明らかに異臭がすると思われるが、彼女は不快な顔もせず、クンクンと鼻を動かしていた。腹部を中心として活動していたそれは段階的に上昇し、首元まで到達すると、舌をそこに這わした。びっくりして少し目を瞑ってしまうと、その光景を見たレザカは蠱惑的でありながら悪戯が成功したときの子供の柔らかい感情を表していた。茶目っ気のある表情に心打たれていると、部屋の扉がノックされる。


「イチャイチャしているところ悪いのですが、そろそろ朝食でも召し上がった方が宜しいですわ。」


 扉を開けてその扉に寄り掛かるように背を凭れていたのは、クロネであり、彼女を確認したレザカは真っ赤な顔を再出しながらも私を思い切り押して体を離すと、クロネに言い訳を決めていた。彼女はそれを真に受けないようにそうかそうかと流しながら聞いているため、弁解は難しいだろう。私は二人の問答を聞き流しながら一緒に食堂へ向かった。食堂の大きな扉に触れるまで二人の言い合いは続いていたが、扉を開いた先は絢爛豪華で優美な雰囲気が漂う場所であったので、自然と二人は口を噤んだ。部屋も豪華な装いであったが、食堂はそれ以上でありマナーなどを心得ていない私は無駄な緊張感が走るが、二人の見よう見まねで乗り切るしか無いことは間違いない。


「三名様でございますね。お席はご案内いたします。」


 カジュアルなスーツを着た給仕きゅうじに同伴して席に導かれる。綺麗な佇まいにここの教育が行き届いているのを感じ取る。一人一人の席を引き、座らせてからメニュー表を各自に配布すると頭を下げてさがる。手慣れた様子のクロネとレザカはメニューを手に取ると、あのがどうとかこれがどうとか話している。私も同様にメニューを開くとまず字が読めない。知っている文字とここでは違う文字が用いられるみたいである。恥ずかしくはあったがレザカにそれを伝えると、彼女はそりゃそうかと云う顔をして私の視界に頭を乗り出す。一気に距離が近まり違う意味で緊張感が高まったが、彼女はそれに気付くこと無く、この言語について教えてくれる。


「これは上流言語と言って、上流階級の人間が下の人間に重要文書などを持ち去られても大丈夫なようにするために造られたもので、今ではこういう上流階級の多い高い店などではよく使われる文字なんです。私もこの文字を勉強するのになかなか骨が折れました。注文はこちらで決めますけど宜しいですか。あっ、嫌いなものなどあったら言って下さい。」


「い、いや、好き嫌いは特にないから気にしないくても良い。」


 ぎこちないながらも会話を交わすと、茶化した目で見てきているクロネを無視して、見回っている給士を呼び止めて注文をする。品行方正な身のこなしに感服しながらも、料理が運ばれてくるのを静かに待った。前菜はすぐにやって来た。客を待たせない為に一定量は常に作ってあるのだろう。それでも鮮度の落ちた風には見えないところに職人の技が光る。添えられたフォークを手に取って、まずはマナー関係なしに野菜に突き刺して大口を開けて食す。そのさまをクロネなどは子供のようだと馬鹿にしていたが、食べ物は食べたい風に食べたいと言う思いの強い私は一口目はどうしてもこうして食べたかったのだ。


「ん!」


 数種類の野菜が口の中で弾ける。シャキシャキとした瑞々しい感触が来たかと思えば、プチリと噛んだ瞬間に強い酸味を発するモノもある。それらは、ドレッシングによって一つに纏まり、本来喧嘩する筈の素材の独自性を調和している。美味しかったので回りも見ずに完食し、手で持ち上げていた皿を下ろすと、顔を真っ赤にした二人がこちらを見ていた。間の抜けた顔で周囲を見回ると、その場にいた殆んどの客がこちらを指差して笑っていた。私も自覚すると突然恥ずかしさが込み上げてきて、二人に一言謝ってから、身を縮めた。




 順序よく等間隔で運ばれる料理を全て完食したあと、足早に私達は食堂を出た。私のせいで二人にまで奇異な目が向いていた。もう一度ちゃんと頭を下げて謝罪すると、気にするなと懐の深い反応を両人が示した。


「ああいうものは慣れてくれば出来るようになるから、慣れていない貴方が出来るほうが可笑しいのですわ。多少恥もかきましたが、その程度で気を咎めるほど器量は狭くないつもりですわ。」


「私もクロネ様に同感です。徐々に出来るようになれば良いのです。」


 慰められながら私は二人と共に宿を出る。連絡表と言われる掲示板を確認しにいくためである。レザカが云うには、連絡ごとは大体がそこに示されるので、私の仕事の件や彼女らの仕事の件はそこを見ずには何もわからないのだそうだ。異臭を放つ大通りを抜けると、端から端までが見えないほどの超特大の掲示板が鎮座しているのがみえた。その掲示板の中でも部門ごとに書いてあることが分けられているらしく、二人とはそこで分かれることになった。仕事が終わり次第宿の部屋に帰還するという計画だ。歩いて行く二人の背中を見送ってから私も行動を開始する。板の最上部に書かれた部門を見ながら自分に必要なところを探していく。目を追っていくと治安改善科と書いてある見出しを見つけるのにそれほど時間は要さなかった。山ほどいる人を掻き分けて板の前まで移動すると、登録対象者には試験があるので仲介機関のあの建物の二階まで来いと伝達があった。それに従って少し離れた施設まで赴くと二階に急ぐ。


「よっ、その感じじゃお前も治安なんたらの仕事に登録したのか?」


 階段を登っていると長い髪を一本に纏めた少し軽薄そうな印象を受ける男が隣から声を掛けてきた。私がそれに同意すると、彼は私の手を取り、宜しくと一言告げてから一緒に行こうと提案してきた。断る理由もなかったため、それを了承してともだって歩くと、彼は自己紹介から始めた。彼の名前はカーマルと言い、少し前までは冒険者をしていたようだが、諸事情あり続けられなくなったため他に仕事が無いかと調べてみるとこの仕事が丁度人員募集をかけていたので急遽応募したのだそうだ。冒険者の時の実績は悪くはないが良くもないというものだったらしく、特に思い入れがあったというわけでもなかったため、この仕事も場合によっては長続きしないかもと弱音を零していた。


 駄弁りながら足を動かしていた御蔭か、気づけば指定の部屋の前まで来ていた。手に汗を掻きながらも扉をノックすると中からどうぞと声が掛かる。


「失礼します!」


 第一印象は大切だと思い声を張り上げてから入室すると、既に何人かの候補生が長椅子にかけており、音を立てた扉の方を全員が睨んでいた。私を壁のようにしたカーマルはヒィと情けない声を出していたが、私は睨み返して応戦する。全くこんな血の気の多い連中に治安改善など出来るのだろうか。どちらかと言えば改善される側の人間ばかりだ。長椅子の空いていた端に座ると、それに伴うようにカーマルも腰を下ろした。顔を青くしたカーマルの背中を撫でて緊張を解してやりながら待っていると、次々と新しい人が入ってくる。礼儀正しいのは殆ど居らず、無言で扉を開けて係の人を無視して観察するようにギラついた眼光を向けるのが大半である。係の人はめげずに人数を数えて登録者を確認していくと、溜息を付いてから上官を呼びに向かった。どうやら全員揃ったようである。揃った人種は老若男女多種に渡る。若い男女も居れば老齢の男女まで居る。一つ一致しているのは誰もが自分以外を敵視しているところだろうか。この中だとカーマルが凄く浮いて見える。残念だが彼が試験に通れるか疑問である。


 思考を巡らせて待つこと数十分。そろそろ苛立ちで何人かが壁を蹴り始めたくらいに漸く上官は姿を表した。遅刻しておいて悠々とした態度をとるのに皆ストレスを溜めたが、誰しもがまだ動くべきではないと剣呑とした目を潜めた。丸々とした腹を抱えた上官はハゲ散らかした頭部と処理が追いつかずはみ出た鼻毛を気にもせず、我々の前の演台に立つ。


「ゴホン。今日はこれだけの人数が集まったことに感謝する。我々治安改善科はこの街の風紀を守りより良い暮らしを――」


 内容のない演説のような無駄な時間がすぎる。要点をまとめて話せと皆顔に出しているが、上官はしたり顔で演説を続ける。もう面倒くさいと思って居眠りでもしてしまおうかと考え始めたぐらいに、漸く本題に導入する。


「――よって、治安を維持するためには何よりも力が要るのだ。だからこそ、ここで行う試験は模擬戦。武器はこちらで指定するのでそれを使って候補者同士で争ってもらう。勿論無差別に行っても仕方ないのでこちらで対戦相手は策定させてもらう。宜しいな。」


 思っていた通りの話の流れに私は思わず表情を歪ませた。隣に座しているカーマルはどう考えても対人戦に向いているようには思えない。彼はここで棄権すべきではないだろうか。そう思って私が上官に棄権は出来るのかを尋ねようとすると、彼の手がそれを抑えた。更に青くしていた顔をしながらも顔を横に振り、大丈夫だと言った。どう見ても大丈夫には見えないが、本人がそう言っているのならこれ以上何も云う訳にもいかないかと結論づけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ