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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キニーガの里 1

 泉で口を濯いだり洗顔をしてから、リガールという名前だという白い髪と髭を生やした偉丈夫いじょうぶの案内に従い森を進んだ。そこには開けた人里が存在した。里の入り口は木がアーチを描くようになっていて中々洒落ている。それに道中に感じたことだが、ここの存在を知らなければ、絶対に辿りつけないほどに道は入り組んでおり、もし彼処でリガールが私達を見つけてくれていなければ、今頃森のなかを永遠に彷徨っていたに違いない。


「あんまり大きな所じゃねーが、ここが自慢の俺達の里だ。」


 確かに家屋は里に入り顔を見上げた視界収まる範囲にしか無い。数軒しか無いところを見ると多分住民は百も居ないだろう。それでもそこには一人一人の笑顔が溢れていた。案内をしてくれたリガールなどは帰って少しも経たないのに小さな子供たちが近寄ってきており、彼もその相手をしている。私はその光景に感慨深いものを感じていると、隣に居たユラとミラも呆気に取られたような顔をしていた。リバロー村とは空気も何もかも違う。気が抜けてしまうのも仕方がない。私はそう自分の中で完結させてから数カ所に分かれて点在する広場に目がいった。そこでは鍛えられた身体をしている男たちが防具も付けず小さな木剣を振り回して稽古をしているのが遠目ながら確認できた。すると、私がそれを見ているのに気付いたリガールは言わずとも答えを述べる。


「あれは訓練場っていうので一遍にトレーニングができるように複数箇所作ってんだ。ここは、知らないと思うがキニーガの里っていうんだが、別名戦士の里ともいわれていて今までも沢山の戦士を育て上げてそれぞれの国に起用されていったんだ。そんな歴史からここでは暇さえあればみんな己を鍛えることに時間を使っているんだ。」


「そうなんですか。リガールさんも昔はやはりどこかの国で?」


「ああ、もう随分と前のことだけどな」


 会話を交わしながら回りを見ると、里中に男たちの雄叫びが轟き、小さな訓練用の木剣を使用しているにもかかわらず、まるで命の駆け引きをしているのではないかと思えるほど鬼気迫った一進一退の攻防が繰り広げられている。もうこれは見せ物としてお金をとれるというレベルだ言っても過言ではない。


「お前さんは武道やらはしないのか」


 関心深く剣技を見ているとリガールから質問が飛んできた。私とて男だ。格好良く剣を振り回したりするのには幼い頃から憧れがある。小さな時に見聞きした英雄譚などには眠気も忘れて夢中で聞いていたのを覚えている。しかし、何か行動を起こすようなことはなかった。自分のやるべきことではないと早々に判断したからだ。物心つく頃には親の手伝いで言われるがままに畑を耕していたし、兄と喧嘩で勝ったこともない。己を知ることで身の程というチンケな物を身に付け、気付けば流されるままに生きてきたといったところだ。


 私は彼にまぁ興味が無いといえば嘘になると心に閉まっていた気持ちを少し吐露させてから、どちらにしても向いてはいないと思うとだけ伝えた。それに対し彼は私の身体をぺたぺた触ってからそんなことはないと言った。


「図体も問題ねーし、筋肉も上半身は少し癖のついた付き方をしているが、修正はいくらでもまだ効く。お前にその気があるなら俺が稽古つけてやっても良いぞ。それに……」


 リガールは私の背後に居るユラとミラ目線を配る。


「嫁さんと子供守るにはある程度出来てたほうがいいだろう。」


 私は顔が紅潮するのを自覚した。聞こえたらしいユラも少し照れたように口元を抑えていた。ミラは小首を傾げるような素振りを見せただけだった。どうやら誤解を生んでしまったようだ。訂正をしようと口を開こうとするとユラの手が私の口を塞ぎ、私に向かって、そうしたほうがいいんじゃないでしょうかとご機嫌な風に答えた。ミラはよく分かってないのか、便乗するようにコクリと首を縦に振っている。


「じゃあ決まりだな。どうせ数日はここに逗まるだろう。大した饗し(もてなし)はできねーが、我が家に空き部屋があるからそこでゆっくりしていくといい。」


 快活そうにそう言うと歯剥き出しにして笑った。私達はそれに感謝を口にして彼に案内されるがままに彼の家に踏み入った。家の中で最初に目に入ったのは出迎えてくれたリガールの奥さんだった。リガール同様の白髪を腰元まで伸ばしそれを一つに纏めている。目元に小皺があるがとても若く見える。お世話になるので挨拶とご迷惑をかけると告げると、奥さんはそんなに畏まらなくともいいと朗らかに伝え、わたしたちを部屋へ案内してくれた。因みに、この家は三部屋あるようで一つが私達が案内された少し広めの客間、そして食事用の部屋、最後に夫婦の部屋ということだ。客間は元々子供の部屋だったようで、そこらにその証左が見えた。出入り口付近に立てかけられた傷んだ木剣。枯れ木で作ったと思われる船を模した模型。英雄譚が載った本。その他にも子供らしいものが見受けられる。傾向から見て息子だったのだろうか。ここに居ないということはもう旅立った後か。などと見渡しながら考えていると、ミラがズボンを引っ張っているのに気付いた。


「どうかしたのかい。何か不安なことでもあったかな。」


 ミラは首を横に振ってそれを否定する。


「……おとーさん?」


 凄まじい衝撃が私を駆け抜ける。ズボンを掴み上目遣いに呟かれたその言葉は爆弾のような破壊力を見せつけ私の口は声を発することに戸惑う。せめて前もって準備をさせて欲しかった。私の動揺を読み取ったミラは疑問符を頭上に浮かべながら続ける。


「おとーさん、なる?」


 追加攻撃に私は完全に固まってしまった。後ろから見ていたユラは可笑しそうに笑うばかりだった。そもそもの元凶であるのに呑気なものである。ここは一つ悪戯でもしかけるべきか。


「私がミラのお父さんになるにはユラさんと結婚しなければならない訳だけど、それにはユラさんが私を大好きじゃないといけないんだ。だから、どうかはユラさんに聞かなくちゃ分からないよ。」


 笑っていたユラの表情がピタリと止まり頬が赤みを帯びる。それを確認してから私はじゃあ少し出てくると言い残し部屋を出てまだ外に居たリガールのところに赴いた。ご飯までにはまだ時間があるし、なによりも稽古をつけてくれる件が気になっていたからだ。リガールを探すと直ぐ見つかった。重々しい粗悪な鉄の棒を両手で握りしめて回数を数えている男は家から一番近い訓練場の中でも一際目立っていた。どう話しかけようかと思案していると、こちらに気付いてくれたらしく手を振ってこっちだと言う。私はそれに従い小走りでそこに向かった。


「おお、もう来たのか。てっきり俺はもう少し部屋で嫁さんとイチャついてくると思ってたぜ。まぁそんな野暮なことは言うもんじゃないか。それより、稽古、するか。」


 リガールは訓練場の小さな倉庫から使い古された木剣を持ってくると、それを私に渡してきた。私はそれを受け取ると、木剣に注目する。長さは道端に落ちている折れた枝木と変わらないくらいだが、その横幅は手のひら程はある。剣先は三角形のようになっていて、持つところは窪み手の位置がずれないようにつばのような形をとってある。こだわりが細かく作った人は良い職人なのだろう。木剣を確認し終えた私は顔を上げてリガールに向き直る。


「じゃあまずは持ち方からだ。」


 彼はそう言って右手で木剣を掴み私に見せるように手元を向けた。私はそこを注視してみてみるが全くの素人である私には只々普通に握っているようにしか見えない。この中にヒントが隠されているのは確かなのだろうが正解は全く見えてこない。どうしたものかと考えていると、リガールは少し笑ってから少し攻撃を受けてみろと言ってきた。私はどう受ければいいのかと聞いたが、ものは試しだと言ってそのまま木剣を振ってきた。


「おわっ!」


 咄嗟に木剣を前に出すと攻撃はそれによって防ぐことが出来た。思っていたよりも衝撃が少ないことに驚いた。すると、リガールは見てみろという顔で手元を強調した。見てみると木剣を握る右手は小指だけがピンと立っていて握られていない。


「この通り持つ時に小指に力が入っていないとまともな打撃にはならねーんだ。俺だから剣を落とさなかったが普通なら打合せた時点で衝撃で得物を落としちまう。逆に、小指にさえ力を入れておけば剣を落とすリスクは減るし、振り下ろす力も強くなる。」


 手加減してやるから体験してみろとリガールは言うと、今度は小指に力を入れて他の手は包むような感じで木剣を握りそれを振り下ろした。すると、さっきと同じように突き出された私の木剣は手元を離れ地面に落ちてカロンという音を立てた。


「体験してもらってわかったと思うけど全然違うだろ」


 リガールは得意げな顔をして笑い、今度は私の手を掴み握り方を感覚的に教えてくれた。慣れない握り方に少し悪戦苦闘したが、何と言っても初歩の初歩。小指の力の入れ方も数度打ち合えば完全にではないが慣れた。それがある程度続いてからリガールはよしと言うと、次は足の運びと体の動かし方に移った。


「身体の動きは武器に結構依存するんだけど、ここでは短剣のものにする。」


 そう言うと足を開き、腰を落とす。そして利き腕ではない左腕を肘から下の側面を相対している相手に向けて、剣を握る右手は後ろに構えた。私も真似してみるが、どうも間が抜けているように見えてしまう。慣れない姿勢に戸惑っていると、リガールはゆっくりと摺り足に近い足運びで近づく。そして防いでみろ言った。私は襲い掛かってくると思って思わず身構えたが、その速度を保ったまま近付いて来た。これなら防ぐことを容易だろうと、こちらから近寄って木剣を振り上げるとリガールはその振り上げられた私の右腕の肘を左手で軽く押す。それだけで私は後方へ尻餅をつくように倒れた。リガールはその流れに付いて来て流れるように私の首元に木剣を怪我しないようにトンと当てた。


「こんな風に短剣はリーチが狭いから相手の懐まで入らなきゃならねー。そのためにはこんなふうに柔軟な発想が求められるんだ。剣持ってる手だけで戦ってるわけじゃないからな。」


 もう一本行くか。挑発的に誘うリガールに私はもう一度立ち上がり、何度も挑んだ。


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