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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ケネイン街  2

 私はそれを否定してから左右に設置されたベットの右の方に腰を下ろした。この国に入ってからようやく気を抜けた気がする。街中であのような雰囲気が蔓延していたため、気が落ち着かずに張り詰めていたのだ。それが此処に来てやっと開放されて、力が抜ける。ベットは柔らかい素材が使用されているらしく、身を任せると深く身を沈められる。そのまま目を閉じて背中をそれに任せるように横になる。自覚しているよりも疲れが溜まっているようでもう上半身を起きあげるだけの気力もなく、半分閉じた目で別サイドのベットに座ったレザカに視線を投げる。彼女は荷物をベットの傍にある電灯の置かれた台に立て掛けるように置いてから私の視線に気づくと、目元を優しく緩めてゆっくりしておいて下さいと口だけを動かしてから扉を出てどこかに向かった。何処に行ったのか気にはなったが、あまりにベットが気持ちが良いので意識すること無く眠りにつく。




 視線を感じて起きたのはもう窓から覗く暗闇が人の眠りを告げる夜中であると指し示してくれている程の時間帯だった。覚醒したとは言え状況の読めない私は無意識的に起き上げろうとするが、その身体は起き上がること無くベットに戻される。不自然に感じて手元を見ると、手首には手錠のようなものが掛けられており、足にも何か固定具が取り付けられている。そして、私の腹部の上には何者かが座り込んでおり、柔らかい太腿の感触からその人物が女性であることを察知する。電気が消されて月光も入らない部屋では目が慣れるまで犯人の顔までを視認できない。


「ノーラクノスについて知っていることを全て話せ。」


 最低限で出来るだけ個性を殺した声で彼女はそう尋ねる。ハッキリとしてきた視界には頭を覆うほどのマスクを付けて身元がバレるのを防いだ格好をしていた。何故私を狙ってそんなことを聞くのか分からないが、私が答える必要はないと強気に出ると彼女は仕方がないと呟いてからおもむろに収納しやすい便利な短刀をチラつかせると再度同様の質問をする。私も同じく同様の答えを返すと、少し不機嫌なオーラを出しながらその刃を私の首に押し当てた。脅迫のために押し付けられた刃は首の皮一枚を削ると停止する。そして言うのだ。嘘をつかずに本当のことを言ってくれと、殺したくはないと。どうやらこのまま意見を変えなければ殺されてしまうらしい。彼女はそう言いながらも着実に私の首の皮をじわじわと削っていく。次第に鮮血がタラリと首の輪郭を伝う。痛みはそれほどでもないが、死の感覚に背筋が凍りついていく。それに、身体が段々と思い通りの動きができなくなっている。多分、短刀に麻痺薬でも仕込んでいたのだろう。舌も回らなくなりもし私が嘘をついて黙っていたとしても、口を開きまともな問答が出来るかどうか怪しい。集中力の途切れそうになる中、咄嗟に呪術の中で唯一得意なあれを彼女に悪足掻きでぶつける。それは魔法を教授してもらった時に最初に使った魔法。


「なに……くっ!」


 冷酷に精度の高い動きが精彩さを欠き、私の上から身を逃がして悶えるようにのたうち回る。掛けた呪術からしたらそうなるのはおかしな話であるが、耐性のない人間には効果覿面だ。私が使ったのは幸福の呪術。私が幸せに感じたことやそれらの正の感情を余すところ無く詰め込んだ爆弾である。しっかりと魔素を這わせることが出来なかったので絶大な効果までは与えられなかったが、彼女の様子を見る限りそれなりには効いているようだ。臀部を天高く上げて身体を痙攣させている彼女を尻目に、私は冴えてきた頭で考えて、魔力のイメージを掴む。体中に張り巡らされている管の中の魔力を持って侵入した麻痺薬を無理矢理中和させて効力を弱体化させていく。精神面を使うので疲労による汗が額を伝うが、手足の痺れは次第に引いていき、腕や足の筋肉を急激に活性化させて強引に手錠を砕く。多少身体への負担が大きいが、敵かもしれない相手の眼前で無防備に縛られているよりは数段マシだ。


「お前は誰だ。何が目的だ。」


 捲し立てると彼女はフラフラと覚束ない足で立ち上がると、私との距離を開けていく。マスクの穴から見える大きな眼光は焦点があっていないが、逃走のルートを算出していることが窺える。そんな素振りを見せられれば、私とて油断はできないので気を引き締める。全身黒ずくめの怪しい風貌が今では弱々しく壁を擦っている。彼女は言うことを聞かない足に鞭を打ちながら、できるだけ不自然さを出さないようにしながら出入り口の扉へ足を伸ばす。勿論、私は逃がすつもりはないので出入り口に駆けてそこを塞ぐと、彼女の正面に立つ。


「もう逃げ道はない。大人しく何故こうしたのか理由を述べれば悪いようにはしない。」


 諦めの悪い侵入者はそれでも逃走を図ろうとしたが、体の方に無理がたたったらしく、震える足が内股のまま崩れる。膝をくっつけた体勢のままペタンと座り込んでしまう。息遣いは荒く顔が隠れているが、顔は真紅に包まれていることであろう。侵入者といえども女性なのは確かなので、横で寝ているはずのレザカに覆面を捲ってもらおうと考えて、ベットに目をやると、彼女がそこに居ないことに気付く。流石に気が付いた私が彼女に近寄り、マスクを剥ぎ取ると顔どころか耳まで真っ赤に染めたレザカが声にもならないような声を洩らしながら私を見上げていた。思っていたより効果は絶大だったようである。あのクールなレザカが今では赤子のように私に抱っこを強請っている。知らなかったとはいえ、そうさせてしまったのは私なので彼女のやりたいようにさせるため近づいて身を屈めると、手を私の首の後で組んで抱きつく。それから甘い触れるだけの口付けを頬や鼻に繰り返す。まるで親に甘える子供の児戯のようで可愛げがある。甘え方を知らない彼女の精一杯の愛情表現のように思えて、思わず彼女の背に手を回す。加減を知らない私の魔法は彼女の最もトラウマとも言える深層心理を刺激してしまったのかもしれない。先程から見捨てないでくれだとか何でもしますからだとか聞いていてこちらが辛くなるような言葉が涙ながらに語られていく。


「聞いてやるからゆっくり話せ。」


 しゃくり上げながら断片的に言葉を溢す彼女の背を撫でながら彼女を落ち着ける。詰まった声がとても痛々しく出てくる言葉はあまりに切ない。大人っぽい印象を受けるレザカの誰にも知られたくはないであろう過去が彼女の口を通して伝えられる。どんな苦悩を乗り越えてきたのか。いや、乗り越えられなかったのかを。年齢を重ねて外面ばかり磨かれ、中身は華奢きゃしゃな少女のまま。誰も味方が居ない環境下で、少女はどうやって生き抜けばいいのかを先人に知った。偉い人間に媚びへつらい、全く好意のない男の相手もした。そこに愛など生まれるはずもなく、ただの欲を満たすための行為に涙はとうに枯れ果てた。自分自身がある程度動けるようになれば自ら自分を鍛えぬいた。いくら強くなっても体を売らなければ仕事を回してもらえないというジレンマはあったが、自分の力で稼いでいるのだと思うと不思議と根気も蘇った。そんな彼女が最終的に手に入れたのは確かな地位と虚しいだけの生活。その頃には枕営業は必要なくなっていて、こちらから頼まなくても仕事は舞い込んでくるようになっていた。その依頼の中には抱かせろと言ったニュアンスのあるものもあったが、それらは一切の躊躇なく断った。その行為が彼女の中で拒絶反応が出るほどに嫌いなものに昇華していたからだ。しかし皮肉なものだが、彼女はそれしか知識としての愛情表現を知らない。今実行している行いはこれしか知らない彼女の精一杯ということだ。


 最後には自分をこの街に捨てて行った両親に対する恨み辛みが呪詛のように囁かれた。理不尽な現実に溢れる涙は留まるという機能を忘却し、頬に川を作って流れていく。正直に言うと、彼女のすべてを受け入れるには、私はまだまだ経験が浅い。同情の念は禁じ得ないが、感情を理解するには至れない。それに、彼女とはまだ会って数日しか経っていない。こういうことはゆっくりと時間を掛けていかなければ解決しない。呪術を掛けてしまったせいで彼女がこれを解呪することはほぼ不可能なので、彼女がまた以前のような取り繕いをすることはないだろう。急ぐ必要はない。


「私は何処にも行かない。」


 しっかりとした口調でそう告げると、彼女は鼻を鳴らしながら身体を摺り寄せてきて、甘えたがりの猫のように目を細める。そんな彼女を抱いたまま私たちは一つのベットで夜を明かした。




 夢のなかでケティミが不機嫌そうに膨れっ面をしてシャイニは私のシャイニなのにとぶうたれていたが、そのシャイニという単語の意味を知らない私には何が何だかと言った所だ。彼女は不平不満をばらまいた後は、レザカさんにあんなことをしたのだから責任ぐらいは取ってあげて下さいねと溢す。拗ねているが優しい彼女の性格が負の感情だけで物言いをすること拒んだのだろう。責任の度合いにもよるが、今のところ、出来る限り彼女に寄り添う事が重要だろうという意見をケティミに言うと、分かっているのなら良いのですと優しく微笑んでくれた。


 その笑みを最後に辺りが光りに包まれて現実世界へ帰還する。


 伸ばしている腕の上には気持ちよさそうに寝息をつくレザカの顔が近くにある。化粧っけがなくて傷んだ肌が所々赤くなっているのが目立つ。指でなぞると吹き出物もあって彼女の苦労が滲み出ている。間近で見ることで彼女の顔がとても良く見える。一般的に見ると綺麗とまではいかないし、可愛いという年齢でもない。しかしそんな彼女の顔は彼女だからこその顔なのである。歳を重ねたところで大人に成る訳ではない。経験を積むことによって大人に成るのだ。彼女には幸せになるための経験が圧倒的に足りていない。私は彼女が少しでもその経験ができるように補助すべきである。いつまでも不幸では浮かばれない。


「ん……」


 輪郭を撫でているとレザカは目が覚めたようでゆっくりと目を開く。


「おはよう」


 挨拶をすると彼女は目を見開いてから顔を真っ赤にして、ベットから滑り落ちるように逃げると私を睨みつける。しかしそれと同時に身体が痙攣してその場に座り込む。どうやら私に敵意を向けると、呪術が発動するように設定されてしまっているらしい。私も咄嗟に使用したため発動条件は特に考えていなかったが、そういうことになっているらしい。



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