ケネイン街 1
門になっている街の入口には屈強な男が二人して通せんぼをしている。クロネが賄賂を渡すと、その硬貨の枚数を数えてから私達を通してくれた。ここでは手続きに料金設定があるわけではないが、こうするのが当たり前らしく、私達以外の人達も人相の悪い門番にお金を渡し門を潜っていた。不快感を覚えるがそれがここでの規律であるのなら従うまでだ。冒険者の街として知られるこのケネインと呼ばれる街は人を取り締まる法律のようなものがない。言うならば無法地帯であり、道端には完全に目の逝った人が転がっていたり、脇道に逸れたところでは集団リンチが行われている。助けに入るべきかとも思ったが、レザカがそれを制止してあれはどちらもろくな人間じゃない事を教えてくれた。この街で過ごした経験を持つ彼女からすれば惨たらしいそんな光景は日常茶飯事であり、気に留めるほどのものでもないのだろう。それに、理不尽に殴られ蹴られているわけではなく、何かをやらかした尻拭いにそうされているのだそうだ。懇切丁寧な説明に礼をしてもう一度見ると不快さが増していくので、それから目を逸らして別の方向に目を向ける。しかし何処を見ても不快にしかならない。昼間から呑み倒している男たちや公衆の面前で淫欲に浸る女と男。愛情などは一切感じられず、まるで獣の性行為を見せられているような気分だ。理性を持った同じ人間とは思えない。
「だから言ったでしょう。ここは肥溜めです。まともな人間など居ないと思ったほうが良いです。」
私の表情から全てを察したレザカがそう告げる。彼女の表情もクールに無表情を貫きながらも端々に不快感を溢れさせている。ここにあまり馴染みのないクロネも不愉快だとばかりに頬を膨らませており、三人して仏頂面で道の真中を闊歩する。時折冷やかしのような声を掛けられるが、殆どの人間は目の前のことで一杯一杯と言った風で、声を掛ける連中も乱交するのなら混ぜろというような下品な人間しか居ないので話す価値を一切感じられない。実際に彼らの声を無視して役所のような建物を探す。こんなところであっても街として成立しているため役所はあるはずだ。レザカに聞いたところ、役所の代わりに冒険者の依頼を仲介する中間管理職のような機関がそれに当たるそうで、そこに案内してもらう。
目的地に到着するまでの道程も野次やら諍いやらテンションの下がるものばかり見受けられたが、ここでそれをわざわざいう必要も感じられないので省略する。
目的地である依頼の仲介を行っているという企業の建物は、古びた三階建てと云うイメージで、その一階がフロントになっており、二階が職員の仕事場、三階が社長や幹部などの個室となっているというのを出入り口付近にあった案内板で知る。老朽化が進み出来ることならあまり入りたくないが、そうも言っていられないので一階の扉を開けた。中に入った瞬間に鼻の奥を突くようなアルコールの匂いが強く印象付けられる。しかし、素行の悪い冒険者達もここでは規則に則り、整理券を手にして自分の順番を待っている。追い抜き追い越しは当たり前だという風貌をした男たちは騒ぎながらも最低限のマナーを守っており、外の様子と比べれば借りてきた猫のようだ。驚きを隠し切れない私の言いたいことを先回りしたレザカにその違和感の答えを出される。このケネインと云う街は、キーリス帝国と呼ばれる国の傘下にあり、帝国の下請けを主に請けて生計を立てている人間が多い。この仲介所がまさにその帝国との唯一の架け橋なのだ。もし此処の人間に目を付けられてしまうと、仕事を回してもらえなくなり、路頭に迷うハメになるのだ。それだけは回避したい冒険者達はここであまり目立ったことはしたくない。ということらしい。
「まぁ、なんにせよ。私達も整理券を受け取って座して順番を待ちましょう。」
機械の口のようなところから番号の書かれた券を受け取ると、私達にも促してきた。私の整理券を受け取りそれに続いてレザカも券を受け取った。右手に持った整理券を見る限り、まだまだ時間がかかりそうなのであまり声を上げないようにして二人と話す。そうすると、一人、又一人と呼ばれていく。思っていたよりも一人に掛ける時間は短いようで、さくさくと流れは進んでいく。淀みなく進んだこともあり、クロネの順番が早々に回ってきた。彼女は私に行ってくると言ってから最奥から二番目の受付に小走りで向かった。遠くから見ても品のある受け答えでやり取りをしているクロネを眺めていると、隣りにいたレザカが服を引っ張り口を開く。
「分かっているとは思いますが、ここでの行動は冒険者になっておかないと色々と面倒です。順番が来たら受付で冒険者の申請を行ってください。料金はこれを使ってください。」
彼女はそう言って、冒険者になるための契約料を貸してくれた。よくよく考えると今の私は荷物を失くしたので一文無しなのだ。私は少々の羞恥心に耐えながらもそれを受け取り礼を言う。タイミング良くその時に受付から私の番号が呼ばれた。私はレザカに行ってくると伝えてから緊張した足取りで受付嬢の前に立った。椅子が用意されているため失礼すると一言掛けてから席に着く。受付嬢は変な人でも見るような目付きをしていたが、この際どうでもよい。私は早速冒険者になりたい旨を打ち明けた。
「あー……、冒険者は今もう登録者が多過ぎるため先ほどの女性で最後になりました。一時冒険者の登録は出来ません。」
彼女はクロネを指差しながら無情な言葉を吐いた。
「どうにかなりませんかね?」
ダメ押しで聞いてみると上が決めたことですのでと、元も子もない事を言ってきた。私は食い下がって冒険者以外でもここで仕事できませんかと聞くと、彼女はそうだと言って手を鳴らす。
「現在ケネインの治安の改善を図ろうという話が出てきているんですけど、そちらの方に登録されてはいかがでしょうか?基本的に事務仕事もしなくてはいけませんが。」
これは思ってもみなかった収穫だった。治安保持の活動と言うことは、情報を集めるのに何かと都合が良い。私は直ぐにその仕事を希望して登録を済ませた。用事を終えた私は出口に向かうと、冒険者の登録を済ませたクロネが先にそこで待っていた。彼女に冒険者にはなれなかったことを伝え、例の仕事のことをいうと、その選択は間違っていないと肯定してくれた。そこに再発行をするだけであまり時間のかからないレザカも用事を終え、三人が再び集結する。今日はもう他にやることもないので一応機能している市場に向かい、食料を手に入れることになった。当然私はお金がないため出世払いで資金を借り入れる。
活気づいた市場は、各地の食べ物が並び、冒険者のたむろっている一画とは一線を画している。当たり前に置かれた注射器やらに目を瞑れば、そこそこ普通な市場であろう。
「いらっしゃい!見ていってくれ!!」
威勢の良い店主に誘われ赴いた店には、果物が並んでおり、様々な色合いが私を楽しませる。右から順に見ていっていると、見慣れた果物を見付けたので店主の体格のよい女性にそれについて尋ねると、女性はその赤い果実の説明を始める。
「これはリシャンタの実と言って、海を越えたところにある小さな村で独自に作られていたんだけど、この前、襲撃を実行した冒険者達によってここに持ち帰られて話題になったんだよ。聞いた話じゃその後、違う国に村ごと吸収されて、今ではその国の国産物扱いさ。可哀想な話だけど、この実は美味しいからね。仕方ない。」
あの集団は盗賊ではなかったのか。恐らくここで言う小さな村と言うのが、リバロー村で国と言うのがヘーガー小国のことだろう。やはり、あのあと占領されてしまったのか。推測ではあるが、村を襲わせたのはヘーガー小国の人間である。そして冒険者の依頼は帝国を通している筈なので、帝国も一枚噛んでいると思われる。そこまでして得たいモノがあったのだろうか。考え込んでいると店主に急かされたので、それだけを買って店を後にする。各人買い物を済ませると宿屋に向かう。冒険者と言うアコギな商売をしているだけあって、収入が不安定な人間が多い。そのため、大体の人間は家を持たずに宿暮らしを余儀無くされるそうである。だから宿は多いが、安価な宿は個室に鍵がなかったりゴロツキが多いなど避けなければいけない点が多いため、これに金を出し渋るのは得策ではない。全てレザカの受け売りだが、彼女に従って彼女が昔贔屓にしていた宿屋へ誘ってくれた。
案内された宿屋は、他の宿と比べて、豪奢な佇まいで、敷かれた赤いカーペットに淡い光を放つシャンデリア。明らかに場違いな私がその床の上に立っている。廊下には絵画が左右に飾られており、クロネとレザカが堂々とした身の運びでどんどん奥に行くので、置いていかれないように小走りで追いかける。
「よくぞいらっしゃいました。」
恭しく頭を垂れる老年の男が燕尾服を正しく身に付けて出迎える。二人はそれに特にこれと言った反応は見せずに宿を取らせてくれとだけいう。変に畏まってしまっている自分に物悲しさを覚えながらも手続きは彼女等に任せた。私にはここのシステムがあまり理解できていないし、解る人にして貰うのが最も効率的である。
「はい、ではそのように。付いてきてくださいませ。」
彼の案内に従い、長い廊下を歩む。埃一つ見受けられない道に感動しながら只ひたすらに歩くととある装飾をされた扉の前で男は立ち止まり、丁寧で且つ無駄のない動きで扉を開いた。内装も豪華な造りになっているらしく、こんなところでは寝てしまうことも難しいなと思うほどに、宝石をあしらった装飾品たちに気後れしながらも一歩を踏み出す。しかし、その身体はレザカに止められる。
「私たちは別室です。」
私たちという単語に疑問はあったが、この部屋で寝なくてよいのなら嬉しい。絶対にここで落ち着いて寝入ることは不可能である。クロネにそれで別れを告げて老人に付いていくと、今度は装飾のない部屋に到着した。ここかと思い入室すると何故かレザカも共に入り、扉は閉められた。てっきり皆別室になると思っていた私は、男と同じ部屋で良いのかと尋ねると、彼女はクールな表情を崩して、襲ってみますかと軽口を叩く。




