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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ノーラクノスのアジト 5

 距離など関係なく私は喉が擦り切れるほどに雄叫びを上げて駆けていた。勝算など無い。ボロボロに傷ついた身体で数十人を纏めて相手できる自信はない。しかし黙ってみていられるような情景ではなかった。一緒に持ってきていた剣を無茶苦茶に振り回す。型にはまった動きではないため剣はすぐ駄目になり、相手を斬り殺しているというよりは殴り殺しているといったほうが正しい。それでもお構いなしに振るわれた剣は私が助けたい相手によって止められる。


「ティリーン!その手を離せ!!」


 苦々しく顔を歪めたティリーンは私の剣を横に薙ぐと、身体能力を向上させた足で私の横腹を蹴り飛ばす。あまりの威力に普通では考えられないほどの距離を浮遊する。それが終わったかと思うと、地面に体を強く叩きつける。決死の覚悟で顔を上げると、白髪の男はティリーンに近寄り、何かを呟くと彼女は更に表情を厳しくしてから歩み寄ってくる。一歩一歩の足取りが手に取るように分かる。躊躇が感じられる足取りはそれが脅されてやっていることであることを証明していた。この行動が彼女の許容するものではないことはしっかりと伝わった。大方、カナとレイネを人質に取られているのだろう。全員を助けてやりたいが、現状、それだけの力は残っていない。


「……すまぬ。」


 思い切り蹴られた私身体は先程とは段違いの威力に大きく後ろへと蹴り飛ばされる。多くの木々を突き抜けて草を舞わせて全く知らないところまで吹っ飛ばされてからぼやけた視界だけを認識していた。身体はもう動かないし、魔力を巡らせるほど集中力も残っていない。逆流した内容物と一緒に血液が吐き出される。ひゅうひゅうと呼吸をする度に喉から気の抜けるような音が発せられる。体温は段々と低下していく。ティリーンは私を逃がすためにここまで蹴り飛ばしてくれたのかもしれないが、ここまで手負いであると、もうあの攻撃は死に直結するレベルの攻撃である。まだやり残したことは沢山あるが、どれも私では乗りきれない事柄だったのだ。そう思うと強く持とうとしていた意識が少しずつ手放されていく。


『わ、私が終わらせません!』


 最後に聞こえたのは図書館で聞いた精霊の必死な宣言だった。





 私は自分の体が体温を取り戻しているのを自覚してから目を覚ました。


「やっと目を覚ましましたのね。」


 音源元を確認して血が引くのを感じる。そこには白髪の長髪を腰元まで伸ばした美しい容貌の女が座していたのだから。身体を後退させようとするが、激痛が全身を駆け巡り、あまりの痛さに悲鳴を上げる。彼女はそれをうっとりとした表情で見下しながら自分は襲いに来たわけではないことを伝えた。そうこうしていると、捕らえていたはずの女も水を汲んだ樽を持って参上した。彼女はその水で手ぬぐいを湿らせると私の傷口を拭いて癒やしてくれる。訳の分からない私がされるがままになっていると、空気を読んだクロネが教えてくれた。


「なんでこんなことをしてもらっているか、わからないという顔ですわね。私も何故こんなことをしているのかは謎ですわ。でも一つだけ言えることがあります。それは私達がお兄様に騙されていたということですわね。それに、あの、何て言いましたか。ティリーンさんでしたっけ?あの子を手に入れて彼は私達をお払い箱にしたのです。それで彼の呪縛が解けたのです。」


 やってられないと言った風に手振りをする彼女からとても気になる単語が出てきた。


「操られていたのか?」


 呪縛ということはもしかしたら呪術的な魔法を用いていたのかもしれない。そうなってくると、魔法使いが思っていたよりも居るような計算になるのだが、クロネは首を横に振る。曰く、操られているのではなくて、この人に付いて行けばどうにかなるだとかそういうカリスマ的なものらしく。拒否できないわけではないが、従いたくなるようなそんな感覚を彼は人に与えることができるようなのだ。そんな回りくどいものは存じないので首を傾げていると、頭の中でケティミの声が響き、続いて彼女は姿を顕現させた。私の身体から出てきた彼女は相変わらず眼鏡にお下げ髪だが、その服装は天女のようであり、神聖さが滲み出ている。


『恐らくそれは精霊術によるものだと思います。』


 出現したケティミに驚嘆した二人に構わず彼女は説明を続ける。


『私達精霊は一体一体特殊な能力を使えるのです。神獣のように強力なものではありませんが永続性であり、発動するという概念が存在しない。恐らくその人間は私の同胞のうちの一人を囚えている。人を引き寄せる能力を持っている精霊は存在したはずです。まず、間違いありません。』


 話によると、五大精霊が英雄とともに姫さまを救えたのは、五つの常時発動の能力を使用できたからであり、その内容は、今回の話でもあった人を引き寄せる能力。他にも様々な能力が彼を支えた。そうなればケティミにも能力があるのだろうと思い聞いたが彼女は話を濁して正解を出さなかった。少し残念に思いながらも追及はせずに、彼女の言い分を受け入れる。しかしそうなると、捕まったティリーン達が心配である。洗脳されでもすれば迂闊に近づくことさえ出来ない。


『カナさんは兎も角、ティリーンさんは大丈夫だと思います。か、彼女は神獣という精霊よりも強い存在ですし、私達程度は相手にもなりません。』


 ケティミが取り繕うように言う。なんにせよティリーンと戦闘を行わなくても良いのは非常に助かる。彼女が強いのはさることながら、私と契約しているからだろうか攻撃や思考が読まれているとしか思えない動きをすることがある。あの剣を受け止められたのも、どれほど能力値があろうともあんなことはどういう攻撃パターンで来るかわかっていなければ出来ない所業だ。彼女はそれを易易とやってのけたのだ。脅威に感じないほうが可笑しい。彼女は私にとって、唯一無二の弱点なのである。もし彼女がギリュと呼ばれるあの白髪の男に心酔し、手加減なしに襲いかかってこられると私に勝ち目はなくなる。その危険な芽が今摘み取られたことに大きな安堵を浮かべる。


「それでも強敵が多いことには変わりませんし、現時点で私たちは彼らの本拠地を把握していません。」


 身体を拭ってくれていた女は冷静に分析する。


「奴等の根城、お前たちは知っているんじゃないのか。」


 彼女らは彼と行動をともにしてきていたはずである。だから、本拠地ぐらいは知っているのだろうと安易な考えを持っていたが、あの男はとても用心深い男だったらしく、女は申し訳なさそうに首を横に振った。そして彼の拠点が幾つかあることを伝えて、そのどれもがカモフラージュの意味合いを持っているとの事だった。つまりは、組織の中でも本当の拠点を知っているのはリーダーである本人だけなのだろう。用心深いというより人間不信なんじゃないかと疑問を抱くが、敢えてそれを口に出すのも気が引けたので素直にそうかとだけ溢す。


「レザカの言う通りあの組織の全容は殆ど誰も把握できていませんわ。」


 クロネの発言によって女の名前がレザカと言うことを初めて知る。不思議なものだが、これからは私も彼女のことをレザカと名前で呼ぶことにする。それにしても、実の妹にも何も伝えていないということは彼は家族に対する想いというものが欠如しているのかもしれない。心を許せる相手が存在しないのか。何と寂しい人生か。哀れんでいるとレザカは役目を思い出したように私の服を捲り上げて傷を拭うのを再開する。絶妙な力加減の御蔭で圧迫による痛みもない。とても上手で私はそれに癒やされながら身を委ねる。私より少し年上の二十代後半の彼女は得意気に私の頭を自身の胸の収めると姉のような包容力で私を包んでくれた。クロネはそれを呆れながら見て、ケティミは私だってと涙目で抗議している。その状況下でも、彼女は固い印象を受ける表情を少しだけ緩めて慈しむ顔を向けてくる。私はそれを受け入れて体を癒すことに専念する。




 その日は動くことも難しかったが、日を跨ぐと体の傷が嘘のように癒えていた。調子を取り戻した私は彼女らに此処が何処なのかを尋ねる。明らかに私が飛ばされた先ではなく、場所を移動されている。二人によると、私が蹴り飛ばされた後、あの男はノーグマンを捕らえてから二人に解雇の旨を伝えて、ティリーンに命令して抹殺しようとしてきた。彼女らはその時に精霊の能力であるカリスマ性を虚偽のものだと見抜き、策を労して逃げ延びたそうである。その途中で見付けた私が死にかけていたので、ギリュに対する当て付けとして私を助けてくれたらしい。この開けた街道はこの先の冒険者の街に繋がっているらしくて、二人はそこに入るつもりでいると語る。情報収集も必要だと感じたので、私も同行したいと申し出ると二人は元よりその腹積もりだったらしく、当然イエスと言ってくれた。


 行動をそろそろ開始するべきだと立ち上がると、多少立ち眩みをするが、それほど酷くはない。これくらいなら移動くらいは容易い。二人も立ち上がり、ケティミは本に還って私の体の中に戻る。冒険者というものを理解しきれてはいないが、ここは二人についていって現地で学ぶのが一番だろうと考え付く。頭の良いクロネが私の考えを見通したのか冒険者にあまり期待しない方が良いと忠告を入れる。どういう意味かまでは分からなかったが、また一波乱有りそうだなと、考えを改めた。


「冒険者は粗暴な人が多いので、変な因縁をつけられないように注意してください。中には当たり屋紛いの人間も居ますから。」


 私とクロネの会話を一歩引いた所で聞いていたレザカは、吐き捨てるようにそう言う。何か思い入れがあるのかと思っていると、クロネがレザカが元々冒険者をしていたことを教えてくれた。彼女がレザカを引き抜くまで、レザカは一日一日をその日暮らしのように過ごしていたらしく、その時に色々嫌な経験をしたのだろうと推察を教授してくれた。


「でもレザカのような冒険者も居るのだろう。それならば、冒険者というのも捨てたものではない。」


 彼女はそれに買い被るなと批判的な態度だったが、その表情には微弱ながらも照れが交じっていた。


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