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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ノーラクノスのアジト 4

「所詮は獣。話が通じる相手ではありませんでしたね。ならさっさと自害なさってください。貴方と話すことはもうありません。」


 クロネは自分の首に刃物を突き立てる。彼女は貴方が自害しなければ自分がここで首を切って自害するとのたまった。彼女はどうやらレイネの依頼を逆手に取ってそう言ったらしい。私に武器を下ろすように言ってくる。勝ち誇った顔で言ってくるので私は笑いが出る。これには後ろで控えているノーグマンも唖然としていたが、皆なにかを勘違いしていないだろうか。私にとってはクロネがどうなろうが知ったことではない。レイネの依頼は兄をどうにかすることで、妹についてはついででしか無い。しかも何故私がここで初めて会ったような人間に容赦しなくてはならないのだろうか。舐め腐った顔を見ていると虚脱感と言い知れぬ殺意が芽生えてくる。殺してしまいたい。純粋に剣を握る力が強くなる。構えようとした私を背後から近寄ってきていたノーグマンが止める。


「離せ。聞こえないか。」


 私が彼を引き剥がそうとすると、クロネは大声を上げて笑う。


「よくやったわ出来損ないの老いぼれ。弓兵。構え。」


 反応が遅れた私のもとに矢が無数に浴びせられる。ノーグマンも一緒に居るがお構いなしのようだ。彼の顔には死の覚悟が見える。そこまでしてレイネの希望を叶えたいのか。彼に免じて彼女を許してあげてもよいかもしれない。向かい来る矢を見据えながらそんな愚考を働かせる。しかしそれは私の嫌いな部類のものではない。忠義を尽くす人間というのはとても好きだ。私はメイカのしていた風を回して自己防衛を図るあの魔法を発動させる。メイカのように長時間発生させることは出来ないが、あの埃の訓練の御蔭で数秒程度なら発動できるようになっていたのだ。風が竜巻のように発生し、突っ込んでくる弓矢はソレの呑まれて向きを強制的に変えられる。メイカであればこれを一本一本持ち主の下へ放つことも出来たのだろうが、私には竜巻に巻き込ませることで精一杯である。風が落ち着くと弓矢が音を立てて地面に転がる。


「ふん。とんだ化け物が居たものね。けど、それだけのこと。」


 自分を人質に取れないと踏むと彼女は刃物を下ろして左手を天に向けて、振り下ろす。それを合図に第一陣第二陣と隊列を組んだ弓部隊が次々と断続的にそれを放つ。


「クロネ様は……どうか……」


 懇願するノーグマンに苛立ちながらも分かっていると小声で返すと、彼を突き放して遠方へ投げる。安全圏まで物理的に避難させると、後は私の思う通りにやる。条件としてクロネを殺さないことが追加されたが、守れなくもない。私は魔力を温存するために魔力を身体強化に使わずに地面に風を再度起こすために使うと砂塵が舞う。遠距離攻撃というのは次回が晴れていることが大事である。敵が見えない状態では闇雲に撃っても被弾率は大幅に減少する。しかも弓は装填に時間が掛かるので無駄な攻撃はできるだけ避けられる。こんな物量差があればそれも関係なく攻撃するのが、彼女はそれによって私を見失うのを恐れると踏んだ。徹底的な教育を見るに彼女は相当慎重派である。だからこそ自分を最後の切り札として最後尾に身を潜ませた。組まれた編隊も悪くはなかったし、安牌を選び抜いたものであった。そんな彼女なら総攻撃を仕掛けて私の身を更に隠しやすくする愚行は避けるのではないか判断したのだ。案の定、攻撃は一旦止んだ。彼女は次に私が何をするかを推し量っている。ならば、敢えて愚行を興じて意表を突くのが最善の手。頭の良い彼女に最高に馬鹿な行動をお見舞いする。


 私は砂煙に紛れるようにしながらも真っ直ぐ弓を構える一団に突っ込む。


「そう来ると思いましたわ。」


 砂煙を越えた先には真っ直ぐと構えた弓部隊が待ち受けていた。私は足で急ブレーキを掛けて真横にしゃがみ込むように跳んだが、身体の至る所に攻撃を受け止めてしまう。激痛が襲うが、それよりも先を読まれたことに驚いた。思っているより頭の柔軟性はあるようだ。私は刺さったそれらを無理矢理引き抜きながら心内でにやける。本当ならば刺さったままにしておいた方が出血量を抑えられて良いのだが、それでは動きづらくてたまらない。それよりも私は今を全力で楽しみたいと願っている。


「いくぞ、お転婆娘。」


 地を蹴ってまたしても愚直に突き進む。今回はちゃんと魔力を巡らせて身体能力を強化している。常人の域を超えた速度で弓を避けながら部隊に接近すると、手前の二人の腹に力の篭った拳を叩きつけて白目を剥かせると、その二人を攻撃の盾にする。彼らの背中に無数の矢が立てられ綺麗なオブジェのようになる。その二人を目眩ましの為に相手側に投げつけて数人を押し倒すと剣を持っている右手を振るう。勢い余った一振りは風圧を起こしながらも一斉に敵を薙ぎ倒していく。そうこうしていると、相手は私を囲むように隊列を組み直していたので一点突破を狙って前方へ駆ける。流石にそこは防御陣が固かったので横に逸れて身を逃がしたが、クロネがまでの距離は狭まった。代わりにこちらも痛みが脳を揺らしているが、興奮物質が出ているためか傷口を熱いだけで痛覚はきちんと働いていない。私は表情を崩すこと無くその場を突っ切る。手を伸ばしてクロネに向ける。距離はもう少しで届く距離。


「本当に野蛮ですのね。」


 蠱惑な笑みを浮かべる彼女に戦慄を覚える。揚々と楽しんでいる。私のような何をするかもわからない人間の接近を許しているのに。まるで子供相手に人形遊びをしているようなそんな余裕が伺える。熱くなっていた頭が寒気により、急激に冷静さを取り戻していく。しかしその時には時遅しであった。私の背中には無数の弓矢が突き刺さっていたのだから。正面突破まで読まれていたか。回りこむように隊列を組み込んでいたみたいでだ。私が突っ切るとともに、被害を最低限に抑えて私に思惑を見抜かれないようにしつつも、私に追走するように兵を走らせ自分が攻撃を受ける前にとどめを刺させる。完全に策にハマってしまったと言っていい。これがゲームであれば、彼女の勝ちは揺るがない。自らは手を汚さず、一切の傷も受けないで臥した敵の前に仁王立ちをしているのだから完全勝利だ。普通なら諦めて投降するのが常套手段である。


「まるで地を這う害虫のようですわ。私のお兄様とは大違い。」


 冷たい声を掛ける少女は臥した私の背を蹴りながら文句を垂れる。美しい顔立ちも今では歪んでいる。ドレスの裾を手で上げて汚れないようにしてからヒールの高い靴で私の顔を踏みつけ高慢な態度で見下ろす。グリグリと抉るように踏み締めるものだから頬の肉が擦れて血が溢れる。


「年下の少女に踏まれて悔しくないんですの?嗚呼、もう喋れないほど疲弊しているのですね。嫌ですわ。私、今とてもストレスが溜まっているからもう少し付き合って貰わなくては困りますわ。……ふふふ、口が悪くなってしまいましたわね。話を変えましょう。どうでしたかウチの兵隊さんたちは。痛かったでしょう。辛かったでしょう。でも良いのです。貴方はここで俗世の苦痛からここで開放されるのです。」


 靴を天高く上げる。ヒールの位置を私の眼球に定めて振り下ろしながらこう言う。


「来世で逢いましょうっ!!」


 その矛先は私に届くことはなかった。何故なら私はこのような絶対的な隙をずっと窺っていたのだから。


「ふんっ!」


 横に転がるようにしてそれを避けてからついでに彼女の思い切り叩き付けられた足を掴む。彼女はこのやら離せ変態やら言いたい放題であったが、勝利のためならその罵倒すら心地よい。私は彼女の足を手前に引っ張り転倒させるとそのまま足を上に掲げて逆さの宙吊り状態にした。もちろんドレスはスカートであるため可愛らしい無地の下着が顔を覗かせている。戦闘態勢だった男たちも普段見られない上司の下着に目が釘付けである。悲鳴を上げる彼女の額を地面に叩き付けて黙らせると、それを男たちの前に置く。


「好きにしてもいいんだぞ。」


 悪魔の囁きをする。男女比で言うとそもそも女が少なかった今の残ったの兵士の中に女は居ない。異性の目がない分、彼らの本能に倫理観というものは刻まれていない。元々盗賊ということもあり気性が荒い人が多い。興奮が抑えられない男たちは戦いのせいで気が昂ぶっているのもあり、我先にとクロネを脱がしに掛かった。そして早い順から他界する。全てが私の剣の錆になる。


「私も好きにやるからな。」


 死んでいった者達の手向けにそう一言残した。所詮は獣。話が通じる相手ではないなと皮肉を交えながら。



 クロネを右肩に抱えながらノーグマンの待つ荷台に向かう。


「クロネ様!」


 無理がたたって力が出ないので最後の膂力を以って荷台に乗せると、彼は彼女を抱きしめていた。私は彼女が気絶していることを伝えて腰を下ろす。想定より大幅に体力を消耗した。着実に与えられたダメージが体を蝕む。刺さったそれらを一本ずつ抜くと冴えた頭が強力な刺激を脳に訴える。それは激痛という形をもって私に還元される。捕らえていた女もまだ気を取り戻しては居ないので私は目を閉じて体力の回復を待つ。ここを襲われたということはアジトも襲われているのは間違いない。ティリーンがいるので問題もないように思えるが、救援に向かうならまた戦わなくてはならない。ノーグマンが運転する荷車の荷台で浅い眠りにつく。




「起きてください!!」


 焦ったノーグマンの声で目が覚める。彼は私の覚醒を確認する余裕もなく手を引っ張ると、絶望的な光景を見せつけてきた。そこには白髪の男に無理矢理、頭を下げさせられているティリーンの姿があった。アジトには火をつけられていて、カナやレイネの姿は見えない。頭のリミッターが外れるのはそれほど時間がかからなかった。


「はぁあああああああああ!!!」



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