ノーラクノスのアジト 1
結果から言うと、私達は現在後ろ手に結ばれて拘束されている。物理的にロープで縛られているだけなので外そうと思えば容易に外せるが、歩いて行動するよりもこのまま荷車に乗せられたままのほうが旅の効率が良さそうなので特に反抗もせずに気儘に拘束されている。ちなみに、何故こんなことになっているかというと、野宿している隙に攫われてしまったというのが答えだ。あまりにも脅威の存在しなかった街道をのほほんと歩いていると、日が落ちたので道の脇でそのまま一夜を過ごしたのだ。そして気付けばこの荷車に乗せられており、ティリーンやカナも別々になってしまった。二人に関してはティリーンが居れば問題無いだろうと結論づけて、私達を拉致した彼らには大人しく運び屋になってもらおう。
「ひっく……ママぁ、パパぁ」
もう一眠りつこうかと考えていると、真横から幼い少年の声が聞こえた。鼻声で泣きじゃくる彼の声で私の眠りは完全に阻害され、居心地も悪いので少年にどうかしたのかと声を掛けた。どうしたもこうしたも連れ去られようとしているのだから泣くのも当たり前なのだが、少年は詰まらせながらもポツポツと呟く。
「妹と、家を抜けだして、ひっく、森まで遊びに、うぅ、行ってたんだ。」
そしてそこで攫われたというわけか。可哀想ではあるが捕まってしまったのは仕方ない。運命だと思って諦めるほかない。どこかの宗教では輪廻転生というモノもあると聞く。次の人生を楽しむ準備をすると良い。相手が大人ならこんな冗談でも言って場を和ませるところだが、相手は子供である。私は彼を抱きしめて背を擦って大丈夫だと力強く宣言した。私も今は運ばれてやっているがいつまでもこうしているつもりはない。彼らの本拠地に到着した時が彼らの死期である。泣き止んでくれた少年に捕まった時の情報を聞き出す。私達の場合は眠りごけていたので奴等の特徴も何もわからないが、少年たちの場合はそんな阿呆な状況ではなかったようなので奴等の特徴を覚えているはずだ。
「えっと、確か女の人が男の人達になんか命令していたはずだよ。妹はその女の人に連れて行かれて僕は男の人達に連れて行かれたんだ。抵抗したんだけど全然敵わなくて。」
少年の話から男女は分けられており私達が乗っているこちらの荷車が男用、もう片方が女用というわけか。こちらの車両には私と隣の少年。それに隅の方に数人転がされているが、全員私よりは年は下に見える。皆悲しそうに下を向いて涙を堪えている。私の宣言を聞いた人は眩しい眼差しでこちらを見ていたが、それは少数派だった。そうこうしていると、車両は大きな揺れを発生させてから停止する。もっと運転が得意な奴に運転させろと愚痴が漏れるが、取り敢えずは私は無断でロープの拘束を無理矢理力で捩じ切って外に出た。それに伴うようにみんな出ると、そこには取り囲むように武器を構えた男たちがニヤけた風貌で並んでいた。私は身体に魔力を這わせる。男たちの阿呆面に鼻が鳴る。
「人の寝込みを襲うなんて最低な行いをしてくれた君たちには、其れ相応の対価を払ってもらう。」
手の関節がゴキリと音を鳴らす。敵の男たちは数人が何のことだと惚けていたが、関係ない。ここで憂さを晴らすだけのことである。
「まぁいい、やっちまえっ!」
リーダー格の男が呼び掛けると男たちは纏めてかかってきた。私は腰に手をやるがそこに短剣が無いことを気づくと、それならそれでいいやと言わんばかりに素手で先頭を走ってきた男の頬に強烈な右ストレートを決めた。頬骨と顎の骨の丁度真ん中の辺りを正確に捉えたこともあり男は慣性に従って真っ直ぐ飛ぶと大樹にぶつかりそのまま白目を剥いた。それを見た男たちは進む足を一斉に止める。なんとも言えない空気がその場を支配していた。能力値が上がり聴力も鋭くなっていた私には次お前が行けよ、いやお前がという譲り合いの精神が垣間見えたというか聞こえた。結局士気を失った男たちは四四五五に分かれて霧散していった。呆気無いが終わったらしいことを皆に伝えると、誰もが目を丸くして動けずに居た。
いつまでたっても行動を開始しない彼らに痺れを切らした私は一人で荷車の前にある運転席に向かった。そこには、運転席から落ちた中年男性の姿があり、私を見ると頭を地面に擦り付けて感謝をしてきた。何故お前に感謝などされなくてはいけないのか。もしかして馬鹿にしているのかと詰問すると、彼はとんでもないと言ってから先程の男達が自分達の仲間ではなく、敵であることを伝えた。よく見ると、彼の膝には矢が刺さっており、攻撃を受けたためにあのような荒っぽい停止をしたのだろう。信じるのも馬鹿らしい話だが、あまりにも男が必死だったので、一応は信じることにした。拉致したことは許してないが、急停止の分は許してやる事にする。
「ありがてぇありがてぇ」
泣きながら喜ぶ男を私は睥睨しながら舌打ちをこぼす。男にこの捕まった少年達を解放することを約束させていると、後続の車両から全力で走る女が近付いてくる。
「大丈夫かー!!!?」
駆け寄ってきたのは長い白髪を後ろで一つに束ねた顔の整った女だった。見た目からして成人して間もないくらいであろう。彼女は頭を垂れていた男にしがみつくと、こちらを睨んでウチのノーグマンに何をしたと激怒する。私はそれに無言で睨み付けて応えると、女はノーグマンと言うらしい男に身を隠す。
「そ、そんな顔したぐ、ぐ、ぐらいでひびると思ってんのかっ!!」
完全に及び腰である。弱いもの苛めは性に合わない私は睨むのを止めると、彼女にお前がリーダーかと尋ねる。すると、女は自信を取り戻した様で、手を腰に当てて胸を張りながら自分が団長であることを告げた。心底どうでも良かった私はそれに関しては何も言わず、何故私達を拉致をしたのかを拳を構えながら尋ねる。彼女はまたしてもノーグマンの後ろに隠れた。空気を読んだ男が女に代わって説明をしてくれた。
どうやらこのデカイ大樹で形成された隠れ家はノーラクノスという盗賊団のアジトであり、先ほど少女、レイネ・クロバーギルの祖父が結成させた団なのだそうだ。しかし、祖父が死去して次期当主となった父は元々この家業が嫌いであり早々に退いた。今ではレイネの兄が団長なのだが、彼は団員のほとんどを連れて新たに自分で盗賊団を立ち上げてしまったのだ。彼らはレイネ達に人身売買をさせて、もしヤらなければ、レイネとレイネの妹に当たるクロネを変態貴族に売り付けると言ってきたのだ。戦力的にも為す術がなかった二人はこうやって誘拐を働いたようだ。全く以て私には関係ない話ではあるが、胸糞悪い話である。このレイネという女も阿呆そうだが、顔立ちはキリッとした端正なものであるし、体つきも悪くない。多分妹も美人なのだろう。売れば良い値がつくのは当然と言える。怯えているレイネと許してくれと頭を下げ続けるノーグマンに溜め息を溢しながらも許しを出す。
「今回の件については目を瞑ってやる。けど、誘拐した子達はしっかり元の場所に帰せよ。それとティリーンとカナを返せ。」
男はそれに感謝を言いながらも、必死に私にしがみつく。その顔には助けてくれとはっきり書いてあった。
「助けてやってはどうじゃ?」
掴まれた手を外せずにいると、向こうからティリーンとカナが歩いてきていて、ティリーンが慈悲の一言を掛けた。それに気付いたレイネがティリーンの方に駆け寄り、思いきり抱き締めると御姉様としっかりとした口調で言う。私は疑問符を浮かべながらも彼女に目を向けると、先程までの強気な吊り目をだらしなく緩めたレイネの姿がそこにはあった。完全にティリーンに飼い慣らされている。女車両のほうで何があったか知らないが、ティリーンの調教テクニックによってレイネは尻尾を振る犬のように彼女にデレていた。
「妾とてペットの世話くらいしたい。」
ペットと言いきったティリーンにそれでいいのかと思ってレイネに目線を配ると、彼女は彼女で嬉しそうだったので、もうどうでもいいかと諦める。
立ち話もなんだという話になったので、少年達もつれてアジトに入って座って話そうと言うことになった。少年達は戸惑いながらも明日にでも家に届け送る為に住所を尋ねられながら応対していた。手の空いていたレイネはティリーンにしがみつきながら兄についての説明をする。
兄の名前は、ギリュ・クロバーギル。レイネと同じ白髪で兄弟揃って顔は整っている。三兄妹の長男であり、一番年上。頭も良くて体を動かすのは苦手だがカリスマ性がある。彼が団を抜けるときに殆どの団員が彼についていったことを見てもらってもそれは分かることだ。現在妹は彼のアジトで牢屋に入れられており、まずはその妹を助けたいそうだ。なし崩し的に協力させられるのは本意ではないが、ティリーンも私の諸々に手を貸してくれたのだ。私も彼女の言い分を聞かなければフェアとは言えないだろう。カナには申し訳無いが、旅は道連れというやつである。そんなかんじ諦めていたのだが。
「御姉様がいれば百人力ですっ!そちらの駄犬さんも、まぁお願い」
この一言で私のやる気パラメーターは、底を突き破り殺意すら感じた。しかし、ここはティリーンに免じて許してやろう。さっさと終わらせて早くここからおさらばしたい。怒りを飲み込んだ私は思い切り地面蹴って穴を開けると、満足してからアジトを出て外の空気を吸った。少年達への説明を終えたノーグマンがまたしても私に頭を下げてきたが、別に彼に苛立っているわけでもないのでそれを制す。それでも止めようとしない彼を見ていると不憫になってきて次第に腹立ちは収まった。
ノーグマンはずっと彼女のお世話係で仕えているらしく、大変だなと溢すと、あれでも良いところもあってですねとまるで父親のような顔で語っていた。あんな小生意気な女でも親同然として育てれば愛着も沸くのだろう。私には分かりそうにないが。




