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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ソパール大国 6

 起床するとまだ見慣れた天井が目に入る。ケティミとの思い出を思い出した私にとってはこの現実的には数日と見てない天井も見慣れたものになる。上体を起こして慣れた手つきで布団を畳むと、私は部屋を出た。部屋に置いていた荷物は当然ながら肩にからうようにして所持している。リビングに向かうと、まだ誰も起きていないようだったので、そのまま一階まで下りて裏口から外に出る。深呼吸をすると早朝の冷たい空気が鼻を通り抜けていく。全身が引き締まったような錯覚を覚える。数人程度しか歩いていない。その中に明らかに浮いた服装の男が数人近付いてくる。予想通りその人達は国の遣いで今日中に出国してほしいと申し出を受けた。私はそれに了承の旨を伝えると、彼らもお願いしますと頭を下げて去っていった。何でも出国の時には、謝礼のようなものも貰えるそうなので、門のところで一言掛けて欲しいとのことだった。思っていた以上に私のような存在に対する応対はしっかりとしているらしい。


 勧告を受けてから家中に戻ると、そこにはティリーンが待ち受けており、その目は全てを悟っていた。私は何も隠さずに、この国から出ることと魔書に封印されていた精霊のお願いを聞くことを伝えた。彼女は、全く困った主様だと呆れていたが、旅の同行を了承した。彼女を伴ってリビングに戻ると、そこには料理をするユラと彼女の母の姿があった。私を確認した母親は、何かを察したように目を伏せる。違和感を感じたユラが手元から目線をこちらに投げると駆け寄ってきた。抱き止めると、えへえへと嬉しそうに表情を崩す。


「ご飯はもう少しで出来るから待っててね!」


 多幸感に溢れている彼女に私は残酷な宣告をしなければならない。これからの旅に彼女を連れていくわけにはいかないのだ。それが彼女の為でもあるし、私のためでもある。


「ユラ、料理の途中で悪いのだが、ちょっとだけいいか?」


「?別にいいけど」


 不思議そうな顔をしたユラだが、私の後ろを黙ってついてきてくれる。母もティリーンもリビングに残り、私達は部屋に行き、二人きりになる。そこで私はここから出ていくことを彼女に伝えた。彼女はぼんやりとしたながらも、次は何処に行くのかと聞いてきた。未だ解らないと言うと、じゃあゆっくり考えようと提案する。ニコニコとした笑顔には自分がお別れをすることに気づいていない。私は一歩踏み込んで、ユラには此処で暮らして欲しいと言い切った。すると、明るかったユラの表情が一気に凍りつく。


「……なんで?」


 長い沈黙を経て、ついに出た言葉はその三文字。剣呑とした攻撃的な目元が印象的だ。二脚の椅子を対面にして座っていたユラと私だったが、彼女はおもむろに立ち上がると、私の膝の上に跨がり、首の裏に手を回した。ジッと私の目をその双眸で捉えてから開口する。


「また、裏切るんだ。一緒じゃないんだ。」


 無感情の瞳は侮蔑と落胆の色を孕んでいる。その顔は、幼くなる前でも後でもない。唯一無二の表情だった。思わずとごくりと生唾を飲む。緊張感からか喉が乾きを訴える。然れど、ここで怯んでも私が出国することは覆らないし、やはり彼女を連れていく訳にもいかない。


「この先の旅は危険度が増す。ユラを失いたくはない。わかってほしい。」


 一方的な物言いなのは承知の上だ。結局は、彼女の意見を無視して自分の我を通そうとしているのだ。納得されなくても無理はない。それでも、私は意見を翻すことはしない。何故なら本心から思っていることだからである。ユラはそれを一笑してからそんな言い訳聞きたくないと突っぱねると、段々と首の裏に回していた手を首元に手を添わせる。どこかの世界でもこんなことがあったのを思い出す。そうか。ケティミが創りだした世界の中で図書館に足を運ぶ私に嫉妬したユラが私の首を絞めたなと思い出した。添えられているだけだったユラの手が徐々に力が込められていく。全く同じ状況だ。あの時はどうやって解決させたのだったか。脳に送られる酸素が減少し思考がぼやけていく頭で場違いにもそんなことを考えていた。生々しく帯びる赤い鬱血が首元に集合する。一向に手を離しそうにないユラを私は完全に諦めの姿勢で眺める。精神は違ってもその身体は成人女性のそれだ。抵抗することはできるが不意打ち気味に食らった首絞めのせいで感覚が鈍り、まともな動きはできない。それに、もし暴れて彼女が怪我でもさせたら大変だ。


「なんで、なんで抵抗してくれないの!!」


 もう死期を悟り始めた時、ふっと首の掛かった重圧から開放される。ぼやけた視界が次第に明瞭になっていき、思考も普段の能力を取り戻す。正常になった目でユラを見ると、そこには涙を流すユラの姿があった。鼻水や涎も垂れ流し恥も捨て去って泣いている。私が抱きしめると、鼻を鳴らしながら謝罪を繰り返す。そう思えば、あっちでもユラは途中でこうなっていたような気がする。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ユラはね、パパにいつまでも見ていて欲しかったの。でも、死ぬ時ですらユラだけを見てはくれないんだね。」


 無理矢理作った笑顔は痛々しく、私の判断を鈍らせる。しかし決定事項は覆ることはない。なぜならそれは覆らせてはいけないことだから。確かにユラを連れ出す事自体は簡単だ。でも、一緒に旅に出てしまうと、この国には帰って来ることは難しい。それにユラにとっての安住の地が他にあるとも限らない。ならば、現状最も住みやすいソパールで療養をしながら暮らしたほうが遥かにマシである。ギャンブルのような生き方は彼女には向いていない。彼女には幸せに不自由なく生きて欲しい。彼女は悲しそうな顔を打破することは叶わなかったが、私の胸をポンと押すと、先に下に降りておくと階段を駆けていった。私は余韻のようなものに浸りながら、窓から外を見る。人が多く喧騒としているが争いごとがあるわけでも殺し合いがあるわけでもない。そこには毎日を生きる人達の営みがある。この国が滅ぶ可能性は限りなく小さいだろう。大切な彼女らを預けるのならばこの国が一番だ。



 少ししてから下に降りるともうカナやミラも居た。ティリーンが二人にも教えてくれたらしく二人は複雑な顔をしていた。カナは付いていくことに賛成してくれて、ミラは微妙な顔をしながらも留まることに同意した。彼女曰く、戦力にならない自分が居ても足手まといになってしまうからだそうだ。沈痛そうな面持ちは先程のユラの表情を彷彿とさせるもので、二重で私の心を蝕んだ。


 暗い食卓は誰も一言も喋らず只ひたすらに食事を口に運ぶだけの作業とかしていた。スプーンが皿に触れたりした時に発生する高音がする程度で物悲しい最後の食事は粛々と執り行われ、早々に終了した。


 部屋に戻るとティリーンとカナは準備があるというので私は一人店の外に出て二人を待つ。ガラガラと扉が開く音に振り向くと、そこには予想外にもユラの父親が顔を覗かせていた。私が声を掛けると、父は気付いたように私の方へ駆け寄り、落ち込んだ表情を浮かべる。言いたいことを飲み込むようにしながらも、飲み込みきれなかった感情が溢れ出る。男は目を潤ませながら私にすまないと一言洩らした。謝罪を受けるようなことはないので顔を上げるように言うと、それに被せるように彼は口を開いた。


「娘はアンタと一緒になりたがっている。だから本当なら娘をアンタに預けるべきなのかもしれない。けど、俺にはどうしても娘を危険な場所に送り出すことは出来ねぇ。リバロー村に嫁がせた時の二の舞いはしたくないんだ。分かってくれ。」


 頭を垂れる父親はそう言った。彼の意見はだいたい私と一緒であった。子を思う父の姿がそこにはあった。私は彼の肩に触れると心配しなくても彼女はここに置いていくことを伝える。彼は涙を堪えながら沸々と娘との思い出話を交えながら娘が如何に大事かと語ってから、だからこそ有難うと締めた。自分の後ろをちょこちょこと付いてきて可愛らしかった我が娘を危険には晒したくないのは当たり前の話である。




 話し込んでいると気まずそうに立っているカナとまだ話は終わらんのかとご立腹のティリーンが玄関で立っていた。どうやら私の方こそ二人を待たせてしまったようだ。私はユラの父に別れを告げてから彼女らとともに正門へと向かう。来た時に通った港口の方ではないので少し迷ったが、国の役人の見回りの人に聞くと親切丁寧に教えてくれてようやく辿り着くことが出来た。私達が着くと、数人が出迎えてくれて深く頭を下げて謝罪してから出国しなければいけないことに対するお詫びとしてのお金を私達渡して門を出て直ぐのところまで見送ってくれた。私達は彼らに手を振ってから門を出て取り敢えずは整備された道を道なりにそって移動することにした。ケティミはどこに他の精霊がいるか教えてくれなかったし、ヒントとなる昔話も何処が舞台なのかはだいぶぼかしてあった。恐らく精霊を復活させないためにだろう。長丁場になりそうだと思いながらも軽快に歩く二人に負けじと足を早めた。


 人が通る道だけは草が刈られて整備されているため靴底も大した摩耗を見せない。看板を二股に分かれているようなところには看板や里程標が立っていることからここは貿易の通路としてよく用いられるのだろうと推察できる。港を持つソパールは確かに貿易には向いた立地である。そう思えば、船の中でも商人と会ったしそういう人がここを利用するのだろう。思っていたより危険なく進めるかもしれない。そんな甘い見積もりはすぐに下方修正を余儀なくされることとなる。


 船の中で出会った商人が言っていた事をよく思い出せば、直ぐにそうなることは察せたのだろうが、私の頭の中にはそんな事情はぽっかりと抜けていた。



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