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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ソパール大国 5

 意識が徐々に回復していく。続いて目が開く。重たい身体は一瞬で軽くなり、その手には見覚えのない本が握られている。不思議と気味が悪いと思えず、図書館の指定のマークも無かったので、私はそれを持って立ち上がった。周囲を見渡してみると、そこは図書館の絵本のコーナー。静かなこの一角には人っ子一人居らず、閑散としていた。私は何か大切なことを忘れたような気がする。それが何なのか脳の引き出しを幾ら開けても出てきはしないが、とても大切な記憶である。私は本を持ったまま受付に向かい、そこで借りるための手続きを行った。本を見た受付の女性は、その本の返却はしなくても良いと言ってきたので、有り難く頂くことにした。本を持って皆が居る個室に向かうと、ティリーンは人間の歴史という本、カナは美容系の本、ミラは完全に専門書をそれぞれ読んでおり、ユラは居眠りをしていた。扉が開放されたことにいち早く気付いたのはティリーンでその目線は私が持っている本に向いていた。


「なかなか珍しい物を持っているな。それは魔書じゃな。」


 ティリーンの問い掛けに質問で魔書とは何かと返す。


「魔書とはこの世に存在を否定されるような存在を封じ込めた本のことじゃ。メイカの記憶によれば、本は主を自分で選び契約を結ばせるそうじゃ。恐らく主様はこの本に取り憑かれてしまったのじゃろう。もう主様以外にそれを触ることは出来ないし、契約を反故にすることも出来ない。呪いに似ておるの!」


 楽しそうに告げてくる彼女を睨みながらも私は魔書に目線を落とす。開いてみると、そこには何も書かれておらずパラパラと捲っていく。意外にもページ数のある本を一通り見てから何も書かれていないことを確認すると、私は本を閉じた。すると、本から光が溢れてくる。眩しさに目を瞑ろうとすると一瞬で光は収まった。気付けば魔書は消え失せて手には何も持たれていない。どういうことかと考えていると、ティリーンが魔書が完全に私と一体化したことを教えてくれた。自覚してみると、確かに今まで感じなかった感覚が胸を伝う。非現実的ではあるが、魔書というのはそういうものなのだろう。


「何が封印されていたのかは妾にも考えが及ばんが、悪しきものでないことを願おう。」


 そうだなと言い返してから他の人らに目を向けると、そこには目を丸くした三人がいた。ミラやカナは読書していた本から目線を完全に上げてこちら呆けた目で見ており、居眠りをしていたユラは目をキラキラと輝かせてこちらを見ていた。質問すら思いつかないという思惑が顔から滲み出ている二人と、純粋に格好良く思っている一人の目がいたく印象的だった。




 帰り道。ミラとカナはあの現象についての説明をティリーンに求めていた。ユラは私にもう一回みせてくれとお強請り(ねだり)してきたが、私もどうやってああなったのか推測できないので実現は難しいことを伝えると、少し拗ねたような顔をしてユラは間延びした返事をした。それらを一歩引いたところから見ていたユラの母は、心なしか表情に翳り(かげり)がみえた。家に辿り着くと、私だけがユラの両親に呼び出された。何事かと思って二人の指定した部屋まで行くと、二人は真剣な眼差しのまま魔書と契約したのかと聞いてくる。私は一応そのようであると返す。すると、二人は落胆の表情を浮かべた。そして、魔書が図書館に置かれている経緯を話してくれた。


 このソパールと云う国は、何故ここまで大きな国になることが出来たのか。それは、魔書が大量に貯蓄できていたことが大きいらしい。魔書は人を選ぶが、人を選定する前ならばその本は誰が触れても問題ない。それでも、それを持っているだけで宗教的な観点で様々なイニシアチブが握れる。魔書に封じ込められているのは、基本的に精霊が多く、精霊を祀っている宗教は山のようにある。私が知っている中でもキニーガの里はそうだった。その宗教に属している人間たちにとってみれば、自分たちが祀っている精霊があの国にいるのだから逆らってはいけないと脅迫概念を押し付けることが出来たそうだ。そうして力とつけていき巨大化したソパールは軍事力が乏しく、住民たちに反逆されることを恐れている。だからこそ、あの見回りなどが必要となるのだ。不確定分子は徹底的に排除される。そして、魔書と契約したものは膨大な力を手に入れることができると言われている。ここまで言われれば、流石に私でも理解ができる。つまりは、私は此処に長居はできなくなったということだ。両親の話では、明日にでも国の役人が来て出国の手続きがなされるそうである。溜息の漏れる話ではあるが仕方ない。


「残念だ。お前さんにはウチの娘と結婚して欲しかったんだがな。」


 ぶっきらぼうに言う父の顔には娘を想う親の愛情が溢れていた。私にとってみれば、出国させられるよりも衝撃的な発言に呆然としていると、母もそうねと付け加えた。わけがわからないが、ご両親に信用を得たらしい。



 話し合いを終えた私達は彼女らと合流して食事を摂ると、各々が歯を磨いてから部屋に戻っていった。私も同様に部屋に戻り、手ぬぐいで身体を拭いながら、天井を見上げる。食事の席では皆に出国することを伝えることは出来なかった。ティリーンとカナは連れて行くつもりであるが、ミラやユラは連れて行くべきではない。この国を出れば、回りは知らないものだらけで危険な旅になるだろう。戦闘を行える私やティリーン、修羅場を潜っていたカナならば良いが、ミラやユラにそんな経験はさせたくはない。もし不幸があって亡くなりでもすれば、両親に顔向け出来ない。結局は結論が出ると同時くらいに拭うのは終わり、布団に横になって明かりを消した。


 光源を失うと自然とまぶたは閉じていく。



『シャ、シャイニ。その、起きてください。』


 夢の世界で私は起床を果たす。目を開くと白いころもを羽織った黒髪のお下げ髪の女性がこちらを見下ろしていた。その眼鏡の奥の眼光は優しく垂れている。心地の良い浮遊感に身を任せると、私の身体は彼女の腕の中で停止した。震える身体で私を受け止める彼女の顔は完全に無理をしているそれだ。目は泳いでいるし、頬に差している朱は深みを増し、爆発でもしてしまいそうなほどである。このままでは危ないと考えた私が上体を起こして身体を離すと、彼女はあっと名残惜しそうな声を上げた。取り敢えずはそれを無視して女性に誰なのか尋ねる。すると、彼女はにこやかな顔をしてケティミと名乗った。その名前を聞くと、忘れていた事柄が次々と湧き上がってくる。そうだ。私は彼女と会ったことがある。その黒髪もおさげもメガネも好きな本も。頭が痛くなるほどの情報量が一気に頭を駆け抜ける。頭を抑えた私を心配してケティミは近寄ろうとするが、私は大丈夫であることを伝えてそれを静止する。


『む、無理はしないで……くださいね?』


 おどおどと手をこまねいているケティミの御蔭で気が逸れて何とか痛みが収まった。頭痛がなくなったところでケティミはふうと一息ついてから現状に対する謝罪を述べた。


『まさか契約したら国を追い出されるように出来ていたなんて知らなかったんです。アナタに迷惑をかけてしまって、あの、私なんでもしますから!その、許して欲しいんです。だ、駄目でしょうか。』


 吶りながらもきちんと自分の意見を通した彼女に、私は怒っていないことと別にケティミが謝るようなことでもないと伝える。彼女はそれに納得がいっていない様子だったが、無理矢理そう結論付けさせた。そもそもこれは国の規律のために為される処置なので致し方無い。魔書がなくとも自分はある程度強い自信がある。どの道いつかはこの国を追い出されていただろう。それがいくらか早まっただけだと考えれば大したことない。


「それは取り敢えずは置いておくとして、何で君は私を此処に呼んだのか教えてほしい。」


 わざわざこんな事をしたのだ。何か目的があったのだと考えるのが妥当だろう。まさか謝罪するためだけに呼んだわけではないのは大体雰囲気で察していた。なぜなら彼女はまだ申し訳無さそうな表情を崩していない。彼女には恐らく私に頼まなくてはいけない事柄が存在するはずである。


『流石、です。確かに此処に呼んだ目的は謝罪のためだけではありません。その、お願いがあるんです。』


 予想通りの展開に私は続きを求める。


『私を含む五大精霊を開放して欲しいのです。図々しいことは、あの、百の承知です!でも、仲間たちを自由にして欲しいんです。全身全霊を以ってサポートはしますから。どうか。』


 腰の低いケティミの話を聞いて五体の精霊達を伴い姫君を救出した英雄の話を思い出した。あれは実際の出来事だったのだろう。彼女に聞くと、あの物語の続きを語ってくれた。あの本は姫君を救い国に帰って姫と結婚をして終わる。しかし歴史はそこでは終わらない。姫と結婚した英雄は自分に力を貸してくれた精霊達を恐れてそれぞれを別の場所に封印してしまったのだ。行き過ぎた力は身を滅ぼす。英雄はそれを察したのだろう。無抵抗のまま封印された彼女らはおのが形を変えられ、人目の触れない場所に幽閉された。偶々本に変えられたケティミは何百年という歳月を経てこの図書館に辿り着く事ができたが、その頃には人間不信に陥っており、まともに人に関わろうと思えなくなっていた。そんな時に出会ったのが私だそうだ。最初一目見た時に何かを感じたらしく。気付けば私を自分の世界に引き込んでいた。恥ずかしそうに語るケティミに若干の恐怖を覚えながらも、私は彼女のその純真な心に魅了されていた。もうその時には彼女の願いを聞き届けることは決定事項となっていた。


 それを告げるとケティミは朗らかな笑みを浮かべてくれた。



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