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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ソパール大国 4

 次の日も基本的にやることは変わらなかった。ティリーン達は買い物に出掛けていったので、一人ではあるが、私はまた図書館に来ていた。先日と同様に英雄譚の並ぶコーナーに顔を出すと、昨日の女性が本を選んでいた。私に気づいた女性は、こちらに気付くと手でついてこいと合図してきた。それに従って付いていくとそこは個人スペースのところで彼女と一緒に一室の扉を潜った。


「また来ていたんですね。オススメありますけど……その、読みますか?」


 はにかみながら言葉を詰まらせる彼女に、読むことを伝えると、彼女は嬉しそうに破顔する。おどおどとした印象を受ける女性は、時折このような良い表情をする。こちらも気分が良くなるので双方が得をする。


「今回はどんな本なんだ?」


「よく聞いてくれました!実はこれはレジェノという国の英雄のお話なんですけど――」


 輝かせた双眸で語ってくれたのは、何と知っている話だった。それも実体験を込みにして。レジェノの王様が如何にして最強の英雄になったかの話。ティリーンが聴けば憤ること間違いなし。内容としては、大体の部分はあっていた。そもそも大体しか聞いてないからそうとしか言えない。王と魔女が結託して神獣に立ち向かう物語は、こう聞くと王道を辿っており、ティリーンには悪いが、とても下手な話とも言える。恐らく前情報なしで聞いていれば、この話が実際にあった出来事だと思えないだろう。そう考えると、今まで読んできたものにも真実が隠れているのかもしれない。世界の広さを思い知らされた一幕だった。


 絵本を粗方読んだ私は、小説の方に移ることにした。ここの図書館は、この国にいる限り本の貸し出しが許させている。本を借りれば、態々図書館まで来なくともいいし、彼女の読書を邪魔せずに済む。


「あ、明日は……こ、来ないのでしょうか?」


 借りて家で読もうと思っていることを伝えると、彼女は落ち着かない風に体を揺すらせて何か言いたげである。もしかして来た方が良いのか。慎重に言葉を選びながらも、結局は明日もここに来ることになった。



 そこから一週間が過ぎ、気付けば毎日のように図書館に赴いていた。


「今日はこんなのどうでしょう?」


 恒例行事のように小部屋に入り、彼女の紹介する本に目を通す。基本的には絵本が多いが、小説等も増えてきた。勿論、借りては家と図書館で読書を繰り返す。本の世界に浸る楽しさも最近になって増加した。黙って読書をする私を彼女は自身の本を読みながら眺めている。解釈が分からないところなどは横からフォローを入れて、ついでに考察まで語ってくれる。話が上手い訳ではないが、彼女は本当に好きなものを語っているのでその感情が伝わり、私も感情が同期する。


「そ、そう思えば、毎日来てますけど……お連れの人達は、その、何か言ったりしないのですか。」


 私が一冊を読み終えたタイミングを見計らって彼女はそう聞いてきた。何か言ってきたと言えば言われたことはあるが、彼女が気にするような事でもないので、特にはないことを伝える。彼女は、そうですかと下を向きながら返し、キョロキョロと目線を流す。決意が決まったように顔を上げたかと思うと、真っ赤な顔をして口を開く。


「わ、私のことは、その、な、名前で呼んでくだ、しゃい」


 盛大に噛み倒した力の篭った提案に私は肯定とも取れない反応しか取れない。何故なら―。


「貴女の名前を知らないから呼べないな。」


 根本的問題があった。ここ一週間毎日あっていたが、本の話ばかりでお互いの情報については最低限も知らない。それこそ名前すらも。私が彼女のことで知っていることは、ファンタジー色の強い物語が好きな女性というくらいで、性格も気が弱そうなくらいしか分からない。私が思ったままを口に出すと、彼女は盲点だったと言わんばかりの顔をしてからケティミ・ノルドランという立派な名前を語ってくれた。つられて私も自己紹介をしようとしたが、ケティミはもう愛称を考えていると言って私にシャイニさんと呼んだ。私の名前とはどこも一致しない聞き慣れない単語だが、彼女がそう呼びたいのならそうさせておこう。


「じゃあ改めて、宜しくな。ケティミ。」


「は、はい。しゃ、シャイニさん。」


 今更な感じはあるが私達は手をガッチリと結んで握手をした。照れたように視線の泳ぐケティミが印象的であった。



 その日の夜、私は明日も図書館に赴こうかと考えていると、私に宛てがってもらっている部屋の扉が数回ノックされた。私が返事をすると、ゆっくりと扉は開かれてそこには元気の無いユラが立っていた。ユラはふらふらとした危なっかしい足取りで進行すると、私にのしかかるように布団に倒れこんだ。何事かと思って彼女の顔を覗くと、そこには私がローナルを発とうとした時にユラが見せた底の見えない表情がそこにはあった。ぞくりと背筋が意志とは関係なく粟立ち、見上げた彼女の表情は何を考えているか推測できない大人の顔であった。ユラは無言のまま私の頭を両手で挟み、額を密着させる。


「パパ、またあの女と会ったの?」


 ケティミには特に無いと言ったが、図書館に行くようになってから、ユラがこういう風に甘える事が増えてきていた。言うことでもないし、もしユラが正常に戻った時のためにこのことは伏せていたが、今日は一段と雰囲気が険しい。


「ああ、会ったぞ。」


 正直に答えると彼女はふーんと軽い反応をする。


「なんで?」


 髪の毛を掴んでいた手が次第に下に降りていく。その手は首元で止まり、首が締まるか締まらないかの境目のところで止められる。眉を中央に寄せて無表情を崩しながら、ゆっくりと首が締められていく。所詮は戦闘経験のない人間の力なので、撥ね退ける事もできたが、私はそれを退けることはしなかった。ある程度して、首元に跡が残ると彼女は決まってその手を離して頭を抱える。これがしてはいけないことであることをしっかりと理解している証拠である。毎回涙を流して悔やむ。もうしないから嫌いにならないでと幼い思考が返ってくる。許してと言いながら傷跡を舐めるユラに私は何言えずにただ大丈夫だと囁いた。


「あのね、ユラもっとパパの役に立つ。いっぱい役に立つ。だからユラを見て。」


 この一週間でユラの症状は回復の傾向にある。しかしそれでも幼女だった思考回路が少女に変わった程度で、彼女の情緒は前よりも不安定な状態にある。言うなれば、反抗期のようなものだ。そう考えれば、首を絞められていても可愛いものである。ソパールの医者に尋ねたところ、甘やかし過ぎるのは却って成長の妨げになるとの事だったので、できるだけ甘やかさないように離れて行動していたのだが、どうしてもこう会ってしまうと甘やかしてしまう。ティリーンなどはそれを哀れみからくる同情だと断言していたが、私はそうは思わない。リバロー村でミラに接ししていた時と同様の気持ちになるのだ。私は人の感情の機微というものに疎いと自覚している。直せるものならば直したい。しかし強い繋がりを自覚すると、求めて欲しいと感じたり頼ってほしいと感じる。父性のようなものがあふれる。私は勝手にユラを育てている気にでもなっているのかもしれない。自覚すると、自分に寒気がした。


「ユラはいつでもパパの味方だから」


 最後に吐かれたセリフは私の心臓を撃ちぬいた。



 家ではユラの相手と鍛錬、図書館ではケティミと読書。ルーティンと化していたサイクルは流れ行く時の流れを早々と経過させていった。此処での生活も慣れてきて、今では私はユラの両親にお金を入れる為に日雇いの仕事をしたりしていた。いつまでもタダメシ喰らいになりたくはなかったから汗水たらして仕事に励んでいる。大体は力仕事だが、職場の人間とも上手くいっている。規律には厳しいが、それを除けばこの国は何でもあるし、不便がない。雇用もある。土地もある。そして図書館などの公共施設も点在しており、住民たちの憩いの場になっている。すっかりソパールに染まった私達は、それぞれが各々の現場で役割を担っている。ティリーンは国周辺の警備をしており、カナは飲み屋に勤めに行き、ミラはローナルに送付するようの資料を作成している。ユラは段々と成長して今では立派に父の店で看板娘として立ちまわっている。全てが順調であり、誰ひとりとして不満を持っていない。理想としていた生活がそこにはあった。朝は早く起きて夜は早く寝る。与えられた仕事をこなして休日は図書館でケティミと談笑。此処に定住してしまおうかと考え至るのも時間の問題だった。


「いつまでも一緒にいようね。シャイニ」


 精神年齢もだいぶ回復したが、まだ私をシャイニと呼んでくれているユラがある夜に突然そう言ってきた。いつものように甘えている途中で、唐突にそう切り出したので、反応に困っていると、彼女はニッコリと微笑んで私の胸に顔を押し付けた。良く意味がわからなかったが、私はそうだなとだけ返しておいた。心なしか彼女の顔が変わった気がしたが、思い違いだと思い完結させる。


 私は抱きしめているケティミ(・・・・)にお休みを告げてから就寝を果たした。




 日々は繰り返す。


 朝起きてケティミの作った料理をケティミ達と一緒に食べて、仕事へ向かう。仕事を終えると、図書館に向かいケティミとともに英雄譚に入り浸る。夕方を過ぎると名残惜しいがケティミと別れてから家でケティミ達とご飯を摂る。警護の仕事をしているケティミは仕事の愚痴を話し、飲み屋で働いているケティミは店の客にセクハラをされたと憤っていた。ローナルへ今晩あたりに出発するケティミは寂しそうにしていたので慰めておいた。看板娘として忙しいケティミは疲れているのかぐったりとしている。私は皆を愛す。それはとても幸せなことで何の間違いもない。様々なケティミが私を包み込んでくれる。逆に支えてあげたいと考えてしまう。高まる心臓が頭に血を送り命令を出す。目の前のめすを我が物にして手が伸ばされる。だが、それが触れる直前で、漠然とした違和感が身体を伝う。いつから私はケティミを愛したのか。



 否定的な目でケティミを見た瞬間、彼女の寂しそうな顔が最後に映り、私の意識は遠くなっていった。



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