表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
43/151

ローナル国 11

 二人が落ち着いた頃を見計らってティリーンが病室の扉を開けた。その目にはギラギラとした闘争心が隠れ見えていて、あの女が目の前に現れれば、即座にその場で止めを差してやるという気概が窺える。彼女のなかでも今回の一件は腹立たしいものだったのだろう。結果として、私達は女を追い詰めることも出来ずに此方側が被害を被っただけで、取り逃がしてしまったのだから。あの時の私はユラの事で頭が一杯で、考えなしにユラに呼び掛けていた。蹴り飛ばした相手など考える余裕はなかった。私は本来の目的をあの時点で見失ってしまっていたと言って良い。


「主様」


 ティリーンの声で遥か遠くに行きそうだった思考が戻ってくる。彼女に意識を戻して話を聞く体勢に変える。


「もう身体が動くのであれば、早めに行動した方が良い。あの女がいつ何時、魔法を行使するか分かったものではない。」


 腕を組み深刻そうな顔をしたティリーンの言い分に私としても賛成だ。あの魔道具は予想を遥かに越えている。ユラを襲ったのは恐らく魔道具の運用実験だったのだろうし、それを終えた今の彼女には世界の景色が一変していることだろう。調子に乗るのならこのタイミングが一番適切である。いつまでも寝ている訳にはいかない。そう思い立ち上がろうとした私の体をミラが力強く抑えた。ミラはその眠たげな目を見開き、ティリーンに向けると、キッと睨み付ける。


「おとうさんを……巻き込まないで」


 これにはティリーンも度肝を抜かれた。反応に困りこちらに目線を配るまである。しかし私も呆然としているため、録な反応を返すことはできない。結果、皆が黙るという状況に陥る。少し頭の回転が再開したティリーンはミラにこれはこの国を救うためにやらなければいけないことだと諭す。ミラはそれに対して、そんなことをせずともこの国から逃げればいいじゃないかと主張した。更にそれに付け加えるように、ローナルがどうなろうが知ったことではないが、父が傷付くのは見たくないとまで言う。


「主様、どうする?」


 呆れ顔の彼女は私に結論を委ねてくる。どうやら今の押し問答でやる気パラメーターはぐんぐん下降の一途を辿り、もうどうにでもなれと謂わば自棄を起こしている状態なのだ。彼女がそうなってしまうの仕方ない。ミラは一度決めたら意思が固い。容易にはそれを崩すことはできない。でも、ここは私達の意思を貫かねばいけないところだ。私はティリーンを睨み付けているミラを強引にこちらを向かせて、顔を気持ち一個分いつもより近付けてから、あの女の危険性を伝えユラをこんな風にしてしまった女にそれ相応の罰を下したいと言った。ミラはそれを顔を呆けさせながら聞いていたが、すべて聞き終わると、おとうさんは卑怯だとだけ言って、強く掴んだ腕をほどいた。私は彼女に感謝を伝えてからベッドから立ち上がる。体は完治しているらしく、目立った痛みなどはない。これなら十分に戦える。空腹ではあるが、今は悠長なことをいっている場合でもないので諦める。


「取り敢えずはアイツを見つけなきゃな。」


 当面の課題はそれだろう。相手が魔法が使うなりしていれば見付けやすいのだが、私達の遭遇した女は無闇矢鱈に魔法を使わなくなる可能性が高い。そうなると一個一個虱潰しをしなければならないが、そんな時間的余裕はない。ティリーンも見つける方法については今のところ思いついていないと言う。探すにあたり、もう一つ問題がある。ミラとユラをどうするかだ。ここにいても安全とは言い切れない。ともに行動していたほうが安全な気さえする。しかしそれは戦闘が始まってしまった場合大きなハンデを背負うことも考慮しなければならない。二つを天秤にかけて、私は彼女らを連れて行く事にした。


 一つの場所に留まり続けるのは得策ではないので、私達はミラの案内に従い、この病棟を抜けることから始めた。ここは研究所のある地下二階と同じ層であり、二つは隣り合うように存在している。扉を抜けると、真っ白な廊下に出た。等間隔に扉があり、そのどれもが病室になっているのだろう。兎に角、地上に出たい私達はミラの先導でエレベーターのあるところまで向かう。


「おお、君たち。何処に向かってるんだい。」


 病棟を抜けたところで懐かしい顔が見えた。メガネを掛けた初老の男は私達がリーダーと呼んでいた男だった。白衣を翻してこちらに向かってくるリーダーに私はここから早く出たほうが良いと伝えるが、彼は意味がわからないといった顔でこちらに近づけてくる。


「テロリストが侵入しているのです。だから――」


 そこで彼がこちらに向かう速さが段々と加速していっていることに気付いた。不審に思った私が瞬時に後退すると、そこに刃物の軌跡が通った。


「排除しなければね。テロリスト。」


 曇ったメガネの向こうには血走った瞳が見えた。その瞳は完全に正気を失っており、得物を見抜く肉食獣のようだ。優しい性格の彼がこんな表情をしたのを一度も見たことがない。それにこれは呪術の応用として見たことがある。明らかに膨張した筋肉を見えてもレジェノの一件を思い出さずにはいられない。彼は操られている。私の額の冷や汗が伝う。攻撃を外したリーダーは一時はそのまま動かなかったが、汚らしい笑い声を上げたかと思うと、狂ったように手に持ったコンパクトな短刀を振り回し始めた。私は眠ったユラを背負っていたため反撃ができず、ミラを背に隠して単調な攻撃を一つ一つ丁寧に避ける。その間にティリーンが回り込み、リーダーの凶器を持っている方の手を掴むと、思い切り壁に叩きつける。リーダーは目を見開いて痛みを訴えてから気を失った。


「もう洗脳が始まっているようじゃな。急いだほうが良い。」


 手をパタパタとしてからそう言う彼女に感謝しながらも私達は前に進む。その先にも人間は沢山いる。誰が洗脳されているかなんて分からない。圧倒的に不利な状態だが、相手は所詮は戦闘のド素人。攻撃は単調であるし、ある程度強化はされているが見たところ女の魔法はカイのものほどの完成度ではないため、それほど脅威とも言えない。


「室長」


 心に余裕が生じた時、大人数の重なった声が私達に降り注いだ。それらは前方の進路を完全に断つように横並びに立ち手を広げている。どれもが白衣を着ているため研究員なのだろうが、少なくとも私は知らない人たちだった。押し通ろう。そう決めて勢いをつけて突っ込もうとした時、ミラから余裕のない声が漏れた。目が乾燥するほどに見開いた眼光には弱々しい光しか入っておらず、後退するまであった。


「僕達を見捨てるんですか。」


「酷い。」


「一緒に気持ちよくなりましょうよ。」


 各々が勝手なことを言い、手を前に伸ばして近付いてくる。まるでアンデットのような光景に私のたじろぎそうになる。でもこんなところで足を止めるのはかえって危険だ。私は殺してしまわないように気を付けながら突き出された腕を下から殴りあげて怯ませてから蹴りを放って襲い来る連中を薙ぎ倒してく。二、三人を臥した所でミラは耳を抑えて蹲り(うずくまり)、もうやめてと絶叫した。勢いに圧倒された私は無意識に気が逸れてしまい、無防備な姿を一瞬だが晒してしまう。その隙を狙って放たれた拳が私の横腹を正確に捉えた。


「ぁあっ……!」


 溜め込んでいた空気が押し出される感覚に喉元が熱くなる。逆流した胃酸が喉を溶かす。それを口の中に溜め込んで、相手に向かって吐くことで怯ませて纏めて殴り飛ばすことが出来たが、ダメージは確実に体を蝕む。横腹を抑えながら息を整えようとするも、次々と溢れる敵はそんな暇など与えてくれない。ティリーンも頑張ってくれているが、ミラとユラを守ってくれているので援護をするほどの余裕はない。足止めを食らっているせいで前方にも後方にも人が集まってきている。全員が全員洗脳されているかは見当がつかないが、そう考えていたほうが良いだろう。絶対的に絶望的な状況だと言っても過言ではない。ここは狭い空間であるし、あまり大きなことは出来ない。ここの柱を一つでも折れば、この国自体が傾き、この階のあれこれを壊そうものなら地盤が緩み、全員生き埋めになる可能性だってある。


 キリがない相手を処理していきながらも頭はそちらに向ける。ココを乗り切るためにはどうしたら良いか。答えなど何処にもない。ヒントも一切無しという鬼畜仕様だ。


「きゃぁああ!!離してぇええ!!!」


 ティリーンが守っているはずのユラが起きたようで私の方に向かったところ、いつの間にか私を通り抜けていた一人が彼女に飛びついていた。男は理性のない獣のような動きでユラの服を脱がそうとしている。その光景を見た瞬間、私の中で何かがプチリと千切れる音がした。なぜ私は彼らを殺さないようにしたのか。倫理観からか。そんなもので人が助けられるのか。答えはノーだ。洗脳されている彼ら以上に異常な思考回路を形成した私は全身の魔力を循環させると、ユラにのしかかっている男に近付き、その男の頭を掴む。ミシミシという音とともに頭蓋骨にはひびが入っていき、裂けた皮膚からは血が滴る。男は悲鳴をあげていたが関係ない。私はそのまま男の頭を握りつぶした。


「大丈夫か?」


 男を退かして下敷きになっていたユラに声をかけると、私の首に手を回して抱きつきわんわんと泣き始めた。私は彼女をそのまま抱き上げると、取り囲んでいた男や女たちに目線を向ける。威嚇するように睨みつけると、彼らは本能が危機を察知したようで自然に道を開けてくれた。後ろで戦っていたティリーンも手を止めてこちらを見ていたので、目だけで指示を飛ばすと、察してくれたティリーンは腰を抜かして茫然自失としているミラを抱き上げて、私に付いて来てくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ