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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メナカナ高原 10

 崩れ落ちた瓦礫の山を抜け切るとあの分かれ道に辿り着く。当然レジェノに向かうわけではないのでメナカナ高原側の道を選んで只管に道を進んだ。それほど遠くはないが、一切の休憩を挟まずにたどり着ける距離ではないので、要所要所で休憩を取りながら予定よりも時間を掛けてメナカナ高原に辿り着いた。もうすっかり気候は暖かくなっており、昼間に至っては暑くて上着が要らない。春の季節も終わりかけである。記憶に残るあの家までの道程をああでもないこうでもないと悪戦苦闘しながら歩く。ティリーンは物珍しそうに緑の草を手でなでたり、樹木に触れたりと自然を楽しんでいた。彼女からすれば、全てのものがずっと未来のものなのだ。長い間あの洞窟に封印されていたので仕方ない。興味深く虫などをつついている様は、その妖艶な見掛けにもかかわらず幼女のようだ。


「この虫、飛びおったぞ!」


 手をバタバタと動かして飛んだ虫を見てはしゃいでいる。私はそれに、ちょっとこの辺りで休憩するかと声掛けて、木に背を預けて荷物を下ろした。ティリーンはそんな私の方を見て、ニコリと笑うと意地悪な表情をすると、何かを探して走っていった。


「ふう……」


 彼女の背が見えなくなった所で私は息をつく。


 これから私はメナカナに会いに行く。ティリーンに言ったように義務を果たすためだ。元気そうにはしゃぐティリーンを見ていると、益々メイカが居なくなったことに現実味が帯びてくる。あの一件で私は更なる力を付けなければならないと決意した。どんな状況でも守りたい人を守れる男でありたい。


「おわっ!」


 何となく上を見上げると大量の虫が落ちてきていた。私は背を急いで離し木の上を見ると、悪戯を成功したことを喜ぶティリーンの姿があった。彼女はそこから降りて華麗な着地を見せると、白い歯を見せて微笑む。


「難しいことばかり考えていても疲れるだけじゃぞ。」


 それだけ言うと身を翻して後ろで手を組んだまま歩き出した。どうやら彼女に気を遣わせてしまったようである。全く情けない限りだなと痛感しながらも私は彼女の背を追いかけた。




 淀みなく進む彼女を追いかけるとメナカナの家に難なく到着した。


「前に行ったじゃろう。妾は記憶も引き継ぐと。メイカの記憶を使えば、此処に辿り着くなんて造作も無い。」


 胸を張ってそう宣言するティリーンにそれならそうと早めに教えてくれと言うと、ティリーンは照れながら主様と話しながら長く歩きたかったと言ってきた。私も慣れない言葉に頬を掻きながらそうかと返した。私は誤魔化すように目線をティリーンから離してメナカナの家に向ける。遂に辿り着いた。私は喉を鳴らしてから扉に近付く。緊張しているためかいつもより呼吸も荒くなってきている。心配しているティリーンを手で制して、私は覚悟を決めてから扉を叩いた。


「……居ないのか。」


 数度ノックしてみたが返答は一切なく、声を掛けてみても特に何もない。ドアノブを回してみると扉はギィと音を立てて開かれる。そこには誰の姿もなかった。この台所のあるスペースは、メナカナがよく本を読むのに利用しているので、大体ここにいるのだが妙である。しかも、室内にはホコリが溜まり、何日間か放置された器などが流しにそのままつけられている。私がティリーンに見向くと、丁度彼女もこちらを見ており目が合う。二人して何かがここで起きていることを悟る。私たちは中庭に出て、私はメナカナの部屋へ行き、ティリーンにはメイカの部屋へ向かった。ドアノブを回すとそこだけ鍵がかかっていて強引に回すと中の支え(つっかえ)が壊れて扉がゆっくり開いた。緊張した足取りで入室すると、鼻を劈く(つんざく)強烈な腐敗臭がする。もしかしてと思い彼女のベットに目を向けると、そこには虫が集る(たかる)死体が横たわっていた。目が見開き乾燥するのを覚えながら、一歩一歩踏みしめて近付き顔を確認すると、それがメナカナであることが分かった。


「うわぁああああ!!」


 半分腐り落ちている死体はとても生々しく情報を受け止めきれなかった頭がパニックを起こして絶叫が喉から出た。腰が抜けてしまったように尻餅をついて体の震えに身を任せる。


「どうしたんじゃ!」


 私の声を聞きつけたティリーンが大きな声を出して入ってくると、メナカナの方に目を向けて口を噤む。その後確かな足取りで彼女に近寄ると、その頬に迷わず触れた。そこから首元に手が下りた所でティリーンの手は止まり、私に手でこっちに来いと指示した。私は気分が悪くなり口元を手で抑えながら行くと、ティリーンが彼女の首元を指さし、この女は首を絞められて殺されているようじゃと淡々と語った。死因は勿論、これが殺人であることすら分かる。そうなると犯人は一人しか考えられない。おそらくメイカの母であり、メナカナの娘。あの女が殺ったのだろう。ベットに寝ているところを見ると、寝ている間を襲ったのか。強力な魔法を使えても寝込みを襲われれば一溜まりもない。


「このままではヤバイかもしれんぞ。」


 メナカナから手を離したティリーンは、手を顎に当てながらそう言う。どういう風にヤバイのか分からない私が首を傾げていると、ティリーンが説明してくれた。


「メイカの記憶によるとこの家の何処かにはメナカナが製作した魔道具というものがあるらしい。メイカの母は昔それに手を出そうとしてメナカナに叱責を受けておる。女がメナカナを殺すというリスクを負ってまでも手に入れたいものはそれである可能性が高い。」


「それはそんなに危ないものなのか」


「危ないなんてものではない。魔法が使えないものでも大型の魔法を発生できる魔道具じゃ。もしそんなものが使われてみろ。国一つや二つは簡単に無くなる。」


 予想以上の代物だった。よくよく考えみれば私が彼女を捕えた時、彼女は庭の奥にある物置で何かを探していた。もしかするとあそこにそれがあったのかもしれない。死体を見てももう結構前なのだろうからもう持って行かれたと考えるのが妥当である。であるならば、もう終わってしまったことを考えても仕方ない。これからどうすべきかを考えるのが一番だ。私は思考を巡らせる。何故あの女が魔道具を求めたのか。どう考えても悪用するためとしか思えない。昔に盗んだのは自分だけ魔法が使えないことへの劣等感からだろうが、今回のは明らかに違う。カイに命令されたからとも考えたが、女はあの盗賊団から逃げ出してきたと言っていた。それ自体が嘘である可能性もあるが、そう言い出すと、彼女が一度も真実を語っていない可能性が出てくるので考えないことにする。今ある情報の中で予想を立てていく。一番重要なのはその魔道具をどうするためか。売るためか。命令か。自分の野望のためか。そもそも女は何がしたいのか。考えは平行線で纏まらない。


「兎に角ここからローナルに向かおう。この辺りの国は、ローナルとレジェノだがレジェノはカイが裏から操り、王女も魔法を知っている。女が狙うとしたら、ローナルのほうが妥当だ。」


 薬をして身体を売っていたが、捕まったことはないようなので前科のない。そんなあの女なら入国できる。入国できてしまえば中で呪術の大型魔法を使うなり、攻撃魔法で虐殺を行うなりやりたい放題になる。それだけはなんとしても阻止し無くてはならない。あの国は外からの攻撃には強いが中からの攻撃には弱い。一度侵入を許してしまえば、陥落するのは時間の問題である。それにあの国にはユラとミラがいる。また大切な人を失うのを黙ってみているのでは自分を許せない。黙って聞いていたティリーンは少しの沈黙を置いてから、ふむと声を洩らした。


「……まぁ、それが一番可能性が高い。そうするべきじゃろうな。しかしその前に――」


 彼女はメナカナの方に目を向けた。それで私も熱くなっていた頭が次第に冷えていく。彼女をこのままにしておくのはとても忍びない。私は黙って頷き、腐り掛かっているメナカナの体を持ち上げる。内容物が無い身体は人間のものとは思えないほど軽くなっていた。人が死ぬとはこういうことなのか。あまり意識しては来なかったが、しっかりとした現実として私の身体に死というものがのしかかった。



 中庭に彼女を連れ出し、ティリーンとともに中庭に物置から拝借してきたスコップで人がひとり入れるようの穴を掘る。地盤がゆるいためか穴は直ぐに掘れて軽くなった死体をそこに入れる。上から土を掛け直して穴を塞ぐと、その上に運んできていた石を大量に積んだ。ここに人が眠っていることを示すように山になるように石は積まれ、私達は二人してその墓標に手を合わせる。目を閉じるとメナカナの不器用な優しさが思い返される。色々と助けてもらってばかりだった過去を思い出し、あの時こうしておけばよかっただとか後悔が頭を過る(よぎる)。しかし悔いた所で糞の役にも立たないことは重々承知である。大切なのはそれを学び、どうするかだろう。合わせた掌が離れるとき私はもう気持ちをローナルに向かわせていた。同じくらいのタイミングで目を開いたティリーンの目にも哀愁などはなく、確固とした決意を覗かせる顔を伺わせていた。



 長居をしてしまうと後ろ髪を引かれるような思いを抱いてしまうかもしれない。そう考えた私達は早急にメナカナの家を出た。


「本当にお世話になりました!」


 私はそう叫び旅立とうとすると、私の後ろに居たティリーンも私の前に出て大きく口を開いた。


「昔は世話になったの!仕返しとしてお前の孫は妾が貰い受ける!この身体は妾のものじゃ!しかしお前の孫のものでもある。……絶対に!絶対にこの身体を傷付けはさせん!!何年でも、いや何十年でもこの身体は主様とある!!もしお前さんが生まれ変わったのなら、その時は……一緒に酒でも飲もう。」


 いつまでも待っているぞと言い切ってからティリーンは鼻を鳴らして一人歩いていく。長年の仇敵であり、因縁のある関係。ティリーンなりにメナカナのことは認めていたのかもしれない。でなければ、あんな感情はぶつけられない。私はぶっきら棒な言い方をするティリーンに頬を緩ませながら彼女の後を追った。

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