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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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リバロー村 4

「……どうか、したの?」


 少し大きな声で問答していたため、まだ早い時間にも関わらずミラを起こしてしまったようだ。ミラは小さな右手で両目の目頭から目尻までを万遍なく拭い、とてとてと覚束ない足取りで歩を進めると、私の前で停まり腰元に抱きついてきた。もしかすると、先ほどまでの出来事を具体的ではないにしても察知して空気を弛めてくれているのかもしれない。流石に本気でそう思ったわけではないが、いつもタイミングよく登場してくれる彼女は大物だと思ってしまうのは仕方ないことだろう。


「何でもないのよ。只、二人で仲を深めていただけよ。」


「ズルい……私も仲……深めたい」


 茶化すようにユラが言うと、ミラは頬を膨らませてそう言った。同時に抱きしめる力にも力が入る。


 その後も、少しぶつくさ言っていたが、朝食が始まる頃にはそんな気配すら微塵も感じなかった。それにしても、ユラは上手く誤魔化してくれていたが問題は山積みどころではない。村がこんな状態でこの親子を置いて旅に出てしまえばどうなるかなんて考えなくても分かる。今朝のような意地悪は段階的に加速していくだろうし、その内食べ物を分けて貰えなくなる可能性だってある。そうなれば飢えて死ぬだけだ。そんなことになるのだけは何としても阻止しなくてはならない。


「あまり食べてないですけど、お口に合いませんでしたか」


 三人でテーブルについて食事をしているため、一人でも食べていないと目立ってしまう。ユラは食を進めていない私を訝しむような目で見ていた。私も無意識的に考え事をしていて放心していたので、急に言葉をかけられてビクリと身体が反応したが、考え事をしていただけで口に合わないなんてことはないとちゃんと返事する。本当かと少し疑っていたが、しつこく否定すると釈然としないながらも了承してくれた。意識を戻しながらユラの自家製料理を食すと、やはり彼女の味付けは私の好み通りだった。


 食事は一イベントあったが粛々と終了して、昨日少し話し合っていた通り家の改修を改めて行うことになった。午前はまだ終わっていなかった屋根なのだが、ユラの進言もあり穴ぼこのところに丈の長い乾燥させた草を上から被せて一時しのぎのような形で収めた。無理に丈夫な屋根を作って何かのアクシデントでそれが落下でもしてしまったら危ないので、丸く収めるにはこれが一番ということになったのだ。私も特に異議はなかったのでそれに従う。


「思っていたよりも見てくれも悪く無いですね」


 一通り済んでみると薄い黄色の草が茶色の柱や床の木と相まって違和感なく見える。私は満足気にそう言うと、ユラがミラのように頬をふくらませて不満気な表情をしているのが視界に入った。


「また口調が戻ってます……砕けた感じでいいのに」


 色の篭ったセリフが耳を通り抜けゾクリとする。しかもそれは嫌な感じのしない、寧ろ心地の良い背筋への走りだった。私も口元が緩むのを感じる。しかしそこで首を振って冷静になる。ユラから確かな好意を感じるがそれは恋やら愛やらの類ではないのは自覚している。頼れる相手が居ないのに漬け込んで私は彼女から信用を得ているにすぎないのだ。気持ちが引き締まると、表情も引き締まった。私は彼女にまだなれないとだけ告げ、余った草を集めて外へと移動した。


 外に出ると家の近くで花を眺めているミラが真っ先に網膜に捉えられた。扉の開閉音に気付いた彼女はこちらを向いて小さな歩幅で近付いて来た。


「お手伝いしたい……それ、持つ」


 ミラは相変わらず眠たげな眼で私を見つめて私が抱えているものを指した。小さな子に力仕事をさせるのもどうかと思ったが、この子も何もしていないのは手持ち無沙汰になるだろうし、少しくらいなら負担もないだろうと結論づけて私は大雑把に抱えているぶんを分けて彼女に渡す。すると、彼女はまだ持てると加えて自分から私の持っている分を掠め取り、早く早くと私を急かした。村の外れの草木の置き場に指定されている場所まで足早に移動し、そこに持ってきた草を重ねた。その間、ユラを罵倒していた女達に遭遇することはなかったが、あの人達は何処で何をしているのだろうか。仮にも村を纏める村長とその取り巻きだろう。次々と訳の分からない苛立ちが募る。村人たちの家屋が集うところから離れたところにあるユラとミラの家は見違えるように変貌しているのが、この場からでも確認できる。しかし、少し視線を傾けるとそこ以外は私が到着した時と同じままだ。徘徊する少年、憔悴しきって崩れ落ちた家屋の柱に背を預けた老人。皆一様に気力が尽きており、村長たちのような人間は一人として見受けられない。こういう時こそ、指導者の腕の見せどころだろうに。


「悲しそうな顔……してる」


 遠目に村を眺めていると頬に手が添えられた。目線をくべると、背伸びをしたミラが私の頬を撫でていた。苛立ち蝋燭の火に息を吹きかけたようにふっと消失する。


「すまない。でも、ついつい回りのことも考えてしまうのだ。自分たちのことで精一杯であるべきなのに気付けば村がどうすればユラさんやミラに優しいところになるのか。どう考えてもこの村が再建する事自体がもう不可能に近いのに」


 ミラに言うようなことではないことは分かっているが、自然に弱音がこぼれていた。こんな幼くとも流石はユラの娘である。原理の分からない謎の包容感が私の口を緩ませた。そんな私から目を一切そらさないで最後まで聞き終わると、ミラは多分私には難しい問題と言い切った後ででもと言葉を続けた。


「あなたは優しい人……だから、あなたが悩んでいることなら……力になりたい」


 そう言い切ると彼女の暖かな手が頬を離れ、下に降りて手に触れた。私はその手を握りお互いに握り合ってから目を合わせ微笑み合うと、ゆっくりと家路についた。



 手を繋いだまま家に帰ると、ユラがおかえりなさいと出迎えてくれた。それに私達はただいまと応えると、ユラは微笑んでご飯できてますよとわたしたちをテーブルへ誘った。今日の昼飯はリシャンタの実を使ったものではなく、昨日のものと同じだったが、昨日とは違い三人で囲む昼飯は昨日のものよりも味わいがあった。ご飯が済むと、決意を決めて私はユラとミラにあることを伝えた。


「私とともにこの村を出ないか」


 ユラはぽかんとしてミラはよくわからないといった顔をしている。当たり前だ。藪から棒にこんなことを言われても理解できる方が可笑しいことだ。このままでは、彼女たちも要領を得ないだろうと思い私は説明を始める。


「現実的な問題としてこの家で長期的に暮らすことは難しいだろうし、村の再建も個人の問題ではないから解決しようがない。それに、食べていくための仕事がこの村にはないのだ。それならば私と一緒に村を出てもう少し大きな都市や国で仕事を見つけ住むところを確保したほうが良い。というかそうするべきだろう。」


 後、ミラが居るので言えないが村長のあれこれも含めて考えた結果だ。村が正常に機能していればある程度の食料は手に入るだろうが、この村の人々が再び動き出す可能性は極めて低い。動き出したとしても老人と女子供しか居ないのだ。機能するかも怪しい。なれば、前述したようにするのが最適解である。ヘーガー小国は駄目にしてもその他の国も色々あるのだ。仕事は掃いて捨てるほどある。


「どうだろうか」


 私は無理強いしないように極めて優しい口調でそう投げかけた。私の意思だけでこれを取り決めるべきではないことなのだ。大切なのは二人の気持ちだと思う。どちらにせよこの先二人は苦労しなければならない。食べていくために。そして何より、生きていくために。


「そんな真剣な目で言われてしまっては何も反論できません。というか、反論なんてもとよりありませんもの。」


 提案に対して答えを返したのはユラだった。すべてを受け止めるような決意が読み取れるような優しいだけではない意思の篭った目だった。それに続くようにミラも口を開く。


「あなたが……そうすべきだと、思ったのなら……そうしたい」


 その顔は私に運命を捧げていると思わせるほど儚げなモノで、絶対にその期待を裏切る訳にはいかないと私を再確認させてくれる。彼女たちだけではない。自分にも大きな重荷が背負わせれていてそれに対して責任感がいる。私という器に二人分の人間の責任が積まれたのだ。喉が音を鳴らす。心配事はある。しかし、弱音はもう吐いている。ウジウジと悩むのは性に合わないのだ。


「二人の全ての責任は私が取る。だから、黙って付いて来てくれ」


 私が小さい頃に兄がこういっていた。男というのは守っていたいというものを守り、それの責任を負うもの。その代わりに、こちらの我を通させてもらうものだと。当時の私には分からなかったがこういうことなのだろう。例えば、子供の躾のようなものだ。親は子供に自分の理想を少なからず押し付ける。しかし、子供が困っている時、何か問題を犯した時、親はその責任を取る。子供は守ってもらう代わりに親の我を通される。それはとても自然なことで、疑問なんて沸かないほど当たり前のこと。だから私もこの当たり前を実行する。出会って数日であるが、この二人を守っていたいと思えたから。

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