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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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神域の森 3

 白一面の教会内に赤髪赤目の女神が降臨したような錯覚を覚える。一歩引いてみるとその存在感は顕著である。靡くような長髪は所々ハネてはいるがそれが見事なバランスを保っており、強気な瞳は意志の強さを形作っている。見方によっては、負けん気の強いお転婆娘にも見えるが、この教会を限定すれば、その神聖さは揺るがない。


「これから何年生きるか分からんが、ずっと一緒じゃ。」


 大きく手を広げて私の首元に手を回し、身体を密着させる。気恥ずかしさも感じるが、私も彼女に倣って手を回した。



 どれほどのこうしていたのか。気付けば時間が過ぎ去っていた。そんな感覚にとらわれる。私がティリーンを引き離すと、彼女も回した手を解いた。この儀式も大事ではあるが、それよりも私にはやらなくてはいけないことがある。メナカナにメイカの報告をしなければいけないし、ユラやミラにティリーンのことを説明する義務もあるだろう。やらなくてはいけないことは山のようにあり、頭を抱えたくなるが、どれも私がこなさなくてはいけない事だ。私がそれを彼女に説明すると、彼女は純粋に首を傾げて口を開く。


「妾と主様はもう一心同体。その上、つがいでもある。何故ここから出て他の女のところへ主様を連れて行かねばならんのじゃ?」


 本当に理解できないといった顔だ。まだ人間について彼女は学習が足りていないのかもしれない。私は順序立てて理由を一つ一つ紡いでいった。まず始めに、メナカナへの報告。これはメナカナにとってメイカは大切な孫であり、その大切な存在を消失させたのだから謝罪をしなければならない。ティリーンにとってみれば、メナカナは恐らく自分を封印した魔女かもしれないが、ここは筋を通さなければならない。そして次にユラとミラについてであるが、彼女たちについては私も細かくは現状を把握できていない。しかし、書類上は夫婦であるので報告をする義務はある。その辺の話をしている時、ティリーンは主様の浮気者と酷評していたが、何とか最後まで聞いてくれた。全部聞いたうえで、ティリーンは腕を組んで考えをまとめ始める。


「ふむ、確かに主様の言い分もわかる。しかし、やはり妾の意見は変わらん。ここに居れば、外敵はおろか浮気をされる心配もない。魔女の方は同情しなくもないが、妾はあやつが嫌いじゃ。主様と妾だけのこの世界を出てまで行こうとは思えん。それに、妾と主様の契約はまだ完全に馴染んでおらんからあまりココを出るのはオススメできんのじゃ。」


 本契約は中々大掛かりな儀式らしく、実際には神獣と契りを結んだ相手を色々な観点で組み合わせて、結び付きを強めるものだ。お互いがお互いを相手に合わせて作り変えられていくので、この儀式は非常に時間が掛かる。彼女が言うには不完全な完了を行うと碌な事にはならないらしい。ということは、どちらにせよここから出るのは少し見送るしか無いのということか。諸々を後回しにしなければいけないかと思うと溜息が溢れる。その様子を見ていたティリーンはムッと頬を膨らませて、妾と二人きりがそんなに嫌かと涙目で近寄ると私の首元に噛み付いた。食い千切るような力は入っておらず、唯そこに証を残すような噛みつき。


「ちゅっ……はむ……はぁ」


 何度も甘噛を繰り返しながら色んな角度や場所に赤い印をつけた。


「主様は妾のものじゃ。契約上、妾は主様に危害を加えることはできんし、する気もない。じゃが、人のものを狙う泥棒猫には制裁を加えることぐらいは容易じゃ。主様に嫌われるのは妾とて本意ではないが、こうみえても独占欲は強い方での。この髪の毛一本他人には譲りたくない。」


 彼女は私の髪を手で梳きながらそう言った。これは大変なことになった。メイカの感情を引き継がれたからこうなったと言っていたので、本人はそれほどこだわりがないのかと思っていたが、私を見詰める瞳は得物を逃がさないようなギラギラとした目をしている。その瞳に一片の曇りもない。


「分かった。取り敢えずはここで過ごす。しかし契約が上手く言った際には言ったように予定を進める。それは別にティリーンを蔑ろにするからではない。お前とはこれから一生連れ添うのだから大切にする。けど、男として筋を通すところは通す。そうしなければ逃げているのと同じだ。」


 ティリーンはそれを聞いて顔を赤くしていたが、内容はきちんと聞いてくれていたようで、コクリと首を縦に振ってくれた。彼女からしたら迷惑な話かもしれないが、私も色々な人に迷惑を掛けている。それを贖罪するような気持ちではないが、多少のことはするべきだ。今もモジモジしているティリーンに対してもそうであるが、他にも私が果たさなければいけない義務は沢山ある。私は新たな誓いを胸に上を見上げた。





 それからの日々は淡々としていた。教会を住居としてそこを拠点にこの空間を探索して回った。内部を知り尽くしているティリーンは黙って私に付いて来てここはどこを参考にして作っただとか裏話を語ってくれた。食料はティリーンが願えば出てきたので、飯の心配をせずにあちこちを動きまわった。まるで幼い時を思い返される。朝になれば友人と集まって探検と称してあちこちを動きまわり、太い枝などを見つけてはそれを敵に見立てて戦ったり。疲れれば家に帰ってご飯を食べて寝る。そしてまた次の朝が来る。代り映えしないように見えて、毎日が変化の連続だった。昨日通った時にはなかった動物が居たり、探索のメンバーが違っていたり。次々と楽しかった日々が想起されていく。しかしそれも所詮はまやかし。幾ら望んだ所でその時には帰れないし、帰れるべきではない。そうでなければ子供の頃が楽しかったと大人になって懐古することも出来ないのだから。


「ティリーン」


 私はここに最初に来た時に居た花畑で隣りに座るティリーンに声を掛けた。彼女は花を摘み王冠を作りながら気のない返事を返した。私はそれを気にしない風を装ってから本当はもう契約が完璧に済んでいるのだろうと告げた。ティリーンはそれに肩を震わせて驚きながらも、平静を装ってそんなことはないと答えた。目を向けると、彼女の目は左右に泳いでおり、この時間が永遠に続いて欲しいと願っているようである。


「お前がどれほど私を想ってくれているかは本人ではないので分からない。しかし、ここまでするのだから私が予想していた以上な想いであることは間違いないだろう。その想いが元はメイカのものであったとしてもだ。ここまで想われても私がティリーンを見捨てるような男だと思うか?」


 ティリーンは首を横に振って、震える唇で言う。


「違う。妾は怖いのじゃ。この想いが仮初かりそめであることが。この胸を伝う高鳴りが。紅潮する頬が。痛む心が。全て妾のものではなかった場合、本当に妾は主様を愛することができるのか。外に出てメイカの記憶が呼び返されれば、妾の中で眠っているメイカの心が呼び起こされていく。そうしたら、どれが妾なのか分からなくなってしまう。」


 途中から頬には涙が伝っていた。精神的に幼い彼女は気持ちの折り合いの付け方を学んでいない。本能のままに生きてきたために理性的な生活に慣れていない。彼女は今重要な地点に立っている。私は黙って彼女の手を握る。すると、彼女も力一杯握り返して顔を俯けながら続ける。


「いつの間にか妾はメイカではなく妾を愛して欲しいと思っている。主様が妾に頭を下げてくれた時、確かに妾の胸は高鳴った。それは絶対メイカのものではなく、妾の鼓動じゃった。メイカの心と体だけじゃない。妾の心も主様を求めている。こんなことは初めてでもうどうしたらよいのか分からないのじゃ。」


 ハネた髪を手櫛で抑えながら不安そうにこちらを見上げる。私はそんな彼女に対して思いの丈をぶつける。


「わからないことは恥ずかしいことじゃない。知らないのだから分からなくても当たり前だ。重要なのはそこじゃないだろう。今、ティリーンがどう思っているか。ソッチの方が大事なんじゃないか。」


 彼女はそれを聞いて最初はキョトンとした顔をしたが次第に破顔させて、なかなかクサイことを言うのと誂ってきた。私はそう言われると急に恥ずかしくなって顔を背けた。彼女は一頻り笑いきると、作っていた王冠を私の頭に乗せて私に手を差し伸べた。その瞳にはもう涙の一滴も残っていない。曇りの晴れた目には新たな決意が見えていた。なにか新しい目標を見つけたのかもしれない。ティリーンはゆっくり上げる私の手を強引につかみとると、さっさとココを出ると宣言した。私は驚きはしたものの、彼女の手を強く握って立ち上がった。ティリーンはそれを確認してから目を閉じると、私達が使っていない言語で何かを唱えてこの空間の天井に刻まれた術式を起動させると、次の瞬間、気持ちの悪い浮遊感とともに私達の身体はどこかに転送された。




「ン……」


 目覚めてるとそこは見覚えのある洞窟の湖だった。どうやらあそこから出てこれたらしい。ふと隣を見るとそこには目を閉じたティリーンが居て、その手はガッチリと結ばれていた。私は手を握っていない方の手で彼女を揺すると、ううんと呻くだけだった彼女は大きな瞳を漸く開く。その目は周囲を見渡すようにキョロキョロと動き、ふうと息をついた。


「いつまでも此処に居るわけにもいかないし、早く移動しよう。」


 私がそう言うとティリーンはぼやけた顔で首をコクリと動かし同意をした。しかし力が入らないのか立とうとした身体が揺れている。見ていてとても危なっかしいので私は彼女をおんぶして洞窟の出口に向かう。カモフラージュの岩を退けて見ると、回りは荒れ果てて酷い有様だった。私は足元に気をつけながらメナカナ高原までの道を急いだ。


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