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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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神域の森 2

 深緑並ぶ道程を道なりに進みながら、私は彼女に名前を聞いていなかったことに気付いてそれを聞いた。彼女はそれに曖昧に反応しながらも未だ名前というものがないことを教えてくれた。名称は神獣でだいたい通っており、過去の契約者たちも彼女に特別な名前をつけたものなどは居なかったそうだ。私はそれに相槌を打ちながら次は過去の契約者に付いて聞いてみた。話した所で主様では知らない人物ばかりだと思うと忠告してくれたが、これはただの暇を潰すためだけの会話なのでそんなことは気にしなくてもいいと伝える。彼女は程なくして懐かしむように表情を崩しながら、まず最初に契約した王女を思い出す。その王女の願いは友達が欲しいとのことで未だ獣の姿をしていた神獣は彼女の友だちになったらしい。しかし神獣との契約は代償を支払わなければならない。心優しい王女に生け贄を選ぶことなど出来ないだろうから、秘密裏に王女の母親を喰らったところ、それがバレて逆上した王女が襲い掛かってきた。仕方がなく彼女の身体も喰らい彼女の肉体に乗り移った。現在の話し方の基本はこの二人のものが基礎となっている。


「あの時何故彼女が怒ったのか、妾には到底理解できなかった。自分以外の個体にあれほど思い入れができるものだとは考えていなかったんじゃ。しかし、様々の経験をして学んだ今なら、どれほどのことをしたのか容易に理解できる。妾だって、主様が殺されたらその相手を只ではおかない自信がある。」


 足元の石を蹴りながら彼女は言う。まるで昔の自分を悔いているようである。恐らくその時の彼女は幼く、まだ感情の機微などに疎く、考えが足りない部分があった。それはそうだ。何が悪くて何が良いのか知らないのだから仕方ない。私は後悔しているのなら立派だと宥めて、次の契約者の話に移らせた。話を反らしたと言っても良いかもしれない。


 次の契約者は傭兵の男。戦場で死にたくないという願いを伝えてきたので、回りの彼の敵を全滅させたうえで彼の自身を代償として頂いた。人間の体の動かし方に慣れるために頂いたのだが、思ったより良い体ではなかったので、その戦場で良い肉体を見つけては契約をさせて肉体を奪って回っていたらしい。事が終わる頃には全身が血染されていて全能感に浸ったものだと、彼女は笑いながら語る。この出来事を持って今日強力な力を手に入れた彼女は活動範囲を更に広げて各地で暴れまわったのだ。数をこなせばこなすほど、彼女の力は限界なく上がっていく。


「それもレジェノの王に阻止されるまでじゃったがな。」


 腹立たしそうにそう言う。彼女が言っているのは英雄と呼ばれていたあのレジェノの先代の王のことだろう。圧倒的な力を持っていたとは聞き及んでいたが、彼女よりも強いとは。戦慄していると、言いたいことを汲み取ってくれた彼女はあれは妾のミスのせいじゃと言った。どういうことが推し量れない私が首を傾げていると、クスリと笑い口を開く。


「奴は妾の能力を上手く利用してあの力を手に入れた。初めて出会った時、奴は努力のお陰で弱いまではないが、才能に恵まれず器用貧乏な男じゃった。そんな奴は妾に力を求めて契約を持ちかけてきた。既に人の願いなどどうでも良くなっていた妾は話だけ聞き、いつも通り身体を頂こうと奴の身体を奪おうと思っていたのじゃ。けれど奴は頭だけは良くての。魔女と結託しておってんじゃ。」


 そういえばメイカは神獣の存在を書物で見たと言っていた。メナカナの家にずっと居たメイカが見たというのだからその書物は多分メナカナの所有物だ。この彼女の言っている魔女というのは恐らくメナカナのことだと考えて間違いないだろう。


「奴の身体に侵入した時、いつもは感じない違和感があった。受肉が終了する一歩手前で全身を激痛が襲い、気付けば身体を追い出されて妾の体は醜い大蛇と化していたのじゃ。当時は人間の魔力という存在を知らなかった為に何が起きたかわからなかったが、この娘の体を手に入れたことで理解した。恐らく魔力の管を時限式に爆発させようとしていて、妾はあっけなく策に引っ掛かってしまい、妾の蓄えてきた力の半分以上を奴に取られた。ステータスの引き継ぎが奴の体で行われ、妾は引き継ぎが未熟だった部分と一緒に吐き出されたということじゃ。」


 今思い返してみても忌々しいと口を尖らせる。つまりは、レジェノの先代の王は彼女の能力を把握していて、メナカナと共闘を組み、神獣退治をしたのだろう。王は自分の身を犠牲にしてでも彼女を倒そうとし、結果としては神獣は弱体化して王は増大な力を手に入れた。恐らくそういう経緯だろう。不愉快そうにする彼女を諌めながら続きを聞くと、思っていた通りの流れだった。弱体化した彼女は王から逃走してこの洞窟に逃げ隠れた。追ってきた王は湖に沈んでいく彼女に剣を投げると、それは水中でも一直線に進み彼女の身体を捉えて、見事に突き刺さる。王がこの洞窟から出てきたら殺すと宣言したのを聞き届けてから、私たちに起こされるまで深い眠りについていたそうだ。



「ここじゃな。」


 彼女が歩みを止める。


 彼女につられて足を止めると、そこには立派な教会のような建物があった。白く太い大きな柱が計算された感覚で列挙され、色鮮やかな絵が描かれているステンドグラス。ドーム状になっているその建物は神聖さを帯びており、横に彼女が居なければ気圧されてしまっていただろうと思う。引っ張られながら建物内に入ると、内部は意外と閑散としており、中央部に祈りを捧げるような場所があるくらいで他は特に何もない。少女は笑い私に見向く。そして、欲がないなと微笑む。


「ここは妾が人間の願いを聞くための場所。力が多分にあった時ならこの空間を外で発生させることも可能じゃったのじゃが。今ではここに発現させるので精一杯じゃ。まぁ、それはいい。ここははいる人間によって内部の作りが変わるようになっておる。その人が本当に望んでいるものがここに映し出される。豪遊したければ金の山が、女が欲しければ女達が、力が欲しければ強靭な武器などが。人間というのは欲深い生き物じゃ。一つとも限らない欲求はこの教会を埋めるものすら居た。」


 そう言われて改めて私の内面に目を向ける。綺麗な淡い青色の床が全面に渡って見えている。目にはいるのは中央の台だけ。無欲というより人間として枯れているだけにも思えるが、彼女から見ると高評価だったようなので良しとする。見渡していた少女は一番目立つ台の所に向かっていく。


「本当ならこの中から一番大きな欲求を見つけて、それを契約に使うのだが、あれしかないからの。」


 そこに辿り着いた彼女はそこに腰掛けて隣をポンポンと叩いた。座れていっているようなので、遠慮無く私も倣う。腰を掛けると、意外にもその台が丈夫な作りになっていてビックリした。近くで見ると、木製なのに光沢が出るほど磨かれており、私の中のこの想いは自覚できていないが、これほどまでに強固なものであることが分かる。


「普通の契約なら願いの代わりに身体を頂くが、主様は特別じゃ。身体の代わりに主様の人生を貰うとしよう。一蓮托生じゃな。」


 私を伴って立ち上がらせると彼女はまるで婚儀でも執り行うように口付けを交わした。離れると照れたようにはにかんで彼女は私に名前をくれと言ってきた。私はそれにティリーンなんてどうかと尋ねた。それは幼い頃に憧れていた英雄譚の中に出てくるお姫様の名前。彼女はそれを知っていたらしく絶世の美女と噂のお姫様の名前を頂くとは有難いと言った。名前を授けると、ティリーンの身体が大きな光りに包まれる。メイカの容姿だったのに、光が消え去った後の姿はそれとは大きな違いがあった。肩までだった髪は腰のあたりまで伸びて、耳は獣のそれになっており、尾骶骨から尻尾が生えている。しかもすこし歳を増したようで大人の妖艶さが滲み出ている。吊り目気味になったところまで見ると、最早メイカの面影が全然ない。


「うーん!やはり、耳と尻尾はこうでなければの!」


 唯でさえ露出度の高い短パンを押し上げて出てきた尻尾は窮屈そうながらもブンブンと左右に振られている。耳もピョコピョコと動いており何というか保護欲が湧いてくる。


「撫でてもええんじゃぞ?」


 小悪魔なティリーンは頭をグイグイこちらに近づけてくる。欲求に負けた私は無意識的に手をティリーンのモフモフの耳に触れさせた。彼女はいきなり耳を触られるとは思っていなかったみたいで少し喘いだが、私は構わず髪と一緒で赤色の毛が生えた耳の縁をなぞるように撫で、段々と中に向かわせる。そういった感覚が敏感らしいティリーンは余裕をなくして力の入らぬ腕で私を押し返そうとするが、顔はもっとしてくれと懇願しており、天邪鬼なその手をもう一方の手で抑えて行為を続行する。


「本当にだめだってばぁ」


 黙々とまるで作業のように撫で回していると、舌足らずになったティリーンは逆上せたような真っ赤な顔をしてそう言ってきた。流石にやり過ぎたかと思い手を離すと、彼女はあっと名残惜しそうな声を出したのでちゃんと求めてくれていたのだと安心した。それにしても何故容姿が変わったのか。それが気になる。私の疑問にティリーンは本契約がなされたからだと答えた。


「妾がここに来るまで話した者達にやったのが仮契約で、これが本契約じゃ。仮契約は瞬間的な契約で永遠ではない。それとは違い、本契約というのは人間の世界で言う結婚に似ている。自分が一生涯連れ添いたいと思った者と契るもの。結婚とちがうのは、一度契約してしまうと、キャンセルが効かないことじゃな。そして本契約をすると、契約者を守るために身体が自分の限界までに成長する。この耳や尻尾は全力時の妾の姿に近づけるためのものじゃろう。」



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