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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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レジェノ国 8

 隅々まで確認する前に数人の子供がやたらめったら突っ込んできて攻撃を仕掛けてくる。その相手を私が務めて、メイカには隠し通路がないかの探索に集中してもらう。先頭を突っ走る髪の伸びきった少年が筋の浮かんだ異常な腕で思い切り殴りつけてくるのを抵抗を殺すように後ろの体重を逸らしながら防御してから、ガラ空きになった少年の後頭部に回し蹴りを決めて沈静化させる。少し目線をずらすと、ボーイッシュな短髪の少女が力一杯に石を投げているのが見えた。完全にメイカに狙いを定めていたため、咄嗟に私が盾になって投擲された石っころの放物線上に立ちはだかる。それは左肩にぶつかって勢いを弱めて経路をそれる。しかし今の攻撃のせいで左肩の感覚が薄くなっている。チラリと確認すると、服越しに薄っすらと血が滲み出ており、自分のことながら痛そうだと他人事に思った。まだまだ根気強く投げようとしている少女に駆け寄り、後ろに回って両腕を使って首を絞めると、だらしなく舌を垂らして気を失う。次に彼女を獣のような表情で襲い掛かってくる好戦的な少年にぶつけて倒れ込もうとしている彼のアキレス腱を短剣で思い切り切り裂く。バチンというゴムが裂けた時のような爆音を発した後、少年の絶叫がこだまする。痛い痛いと泣き叫ぶ子供に心が傷みそうになるが、そんなことは気にしても仕方ないと結論付けた。


「お兄さん!こっちです!!」


 倒れこんだ子供たちを見下ろしていると、メイカから隠し通路に関する通達が来た。私はまだ近くに居た数人を足元に落ちていた石やらを投げつけて撹乱し、身を翻してメイカのもとへ向かった。


「どこだ!」


 走りこんでから急停止したところは、少し岩肌が盛り上がったところだった。メイカ曰くここだけ他のところと違い中が空洞になっているというのだ。どう判断したのかというと、地道な方法ではあるが壁に耳を当てていき、音の反響がある場所を探したのだそうだ。そう言われてみると、そこの盛り上がった岩がただの隠蔽工作に見えてくる。もう体力も魔力も限界ではあるが、最後の力を振り絞って二人で岩を横へずらす。すると、見掛けよりも全然軽かった岩はゴロゴロと気持ちの良いほどに転がり、道を開けた。私達は直ぐ様そこに入って一本道を我武者羅に駆け抜けた。だが、妙である。深く掘られた洞窟は私達の足音を響かせるだけで何故か追手が居ない。もしかしてこの道は罠なのだろうか。不安が付き纏うが今更道を違えるわけにもいかない。


「湖……?」


 大人二人分ほどの狭い通路を抜けると、そこには中央に大きなみずうみを拵えた広大な広場に出た。やはりここは隠し通路ではなかったのか。そんな胸を締め付けられる思いに駆られるが、メイカは絶望とはまた違う表情を浮かべていた。ここはもしかしてと小声で言っているので、何か心あたりがある場所なのだろうか。


「ここを知っているのか。」


 私がそう尋ねると、メイカは返答に困りながらも言葉を紡いでいく。


「直接的に見たことがあるわけではありませんが、昔の文献で見たことがあるんです!もし本当にここがそうならなんとかなるかもしれません!」


 メイカは興味津々といった表情で湖に近づいていくと、短剣を貸してくれというので貸す。すると何を血迷ったか、彼女は掌を斬りつけてそこから溢れる血を湖に落とした。何をしているのかと近寄ろうとすると、次の瞬間。大きな音を立てて湖の中央部が爆発でも起こしたように水しぶきを上げた。こちらまで飛んできたので顔を庇うようにして音が落ち着いてから発音源に目を向ける。


『妾を起こしたのはお前か?』


 あまりの光景に目を丸くする。中央部に現れたのは超巨大な蛇のような生き物。そしてなによりもその生き物が人語を喋ったのだ。こんな事があって良いのだろうか。非現実な光景に頭の処理が追いつかずに呆然としている私の横でメイカが整然として応える。


「はい!今回は神獣様のお力を借りたく思いまして参りました。」


 神獣。どちらかと言えば獣ではなく、爬虫類じゃないかと言いたくもあったが、現状を理解できていない私が出しゃばってメイカの計画が狂ってしまっては手も当てられないので無駄な言動は慎み、私は沈黙を貫く。


『ほう……。その様子だと、当然代償のことも知っておるな?』


 神獣は口を歪ませて舌を出しながらニッコリと笑う。外見が蛇なので笑われても不気味にしか感じられないが、それの機嫌は悪くは無さそうである。それは唯でさえ鋭い瞳を更に鋭くさせてメイカに良かろうと言ってから何をして欲しいのかと聞いてきた。彼女は迷わずに洞窟の外に控えている人間を総殺してくれと頼んだ。神獣はそうかそうかと頷くと湖から上がり、地上に向かって凄まじい勢いで上がっていった。それに追尾するように私達も付いていく。移動中、私は神獣について聞く。


「あたし文献上でしか知らなかったんですが、何でも代償を支払えばなんでも願いを叶えてくれる神の遣いだそうで、過去にも色々な所で様々な神獣様が確認されています。肝心な代償ですけど、大体が人間を供物として捧げることが多いそうです。あっ、今回の件では、地上の人達を生け贄にするので大丈夫だと思います!」


 全開の笑顔で言われたが、内容はドス黒いのはご愛嬌。兎にも角にもこんなご都合主義の塊のような存在があることに私は呆れを覚えていた。神獣が通ったあとは穴の幅が広がっており顔の部分はもう既に外に出てしまっているだろう。人々の悲鳴がこちらにまで聞こえてくる。やっとの思いで外に出ると、そこは地獄絵図と言っても過言ではない景色が広がっていた。兵士たちや子供たちが大蛇の餌食になっている。カイはこれを予期していたためかもうこの場にはいなかった。レヴァはまだそこに居たが、大蛇を前に完全に戦意を喪失している。可哀想ではあるが、これは私達にも止められない。


「こんなところで未だ死ぬ訳には……いきませんわ!!」


 レヴァは自棄を起こしたのか、手を前に突き出すと操り人形達が彼女を守るように覆いかぶさる。声を聞きつけた神獣はそちらに目をつけて睨む。そして一気に大きな口を開けて近寄り齧り付いた。あれでは絶対に助からないだろう。しかし事態は思わぬ展開を見せる。


 ドン。大蛇の口で爆発が起こって黒煙が立ち込める。これには神獣もダメージが通ったようで後ろの倒れながらグラつく。どうなっているのかと思っていると、崖の上の遠方から食われたはずのレヴァが声を上げた。


「今回は諦めますが、次は絶対に手に入れてみせるわ。」


 捨て台詞だけ吐いたレヴァはそのまま数人を連れて逃げていった。どんなマジックを使ったのかと思い死体に近付くとすぐに答えはわかる。レヴァだと思った少女は影武者だった。そして彼女たちの身体には爆弾が服の下の隠されており、肉体はもうミンチと言っていい。レヴァは何かが起きた時の最後の手段としてこれを用意しておいたのだろう。なんと賢い子か。人道的ではないが、端からそんなものはこの場には存在しない。


『割に……合わんな。』


 限界まで目を開いた神獣は血走った目で周囲を見渡す。用意周到だったレヴァの手腕により、その場にはもう私とメイカしか居ない。これはまずい状況再来と言ったところか。頭に響く高い音を出してから神獣はメイカに一直線に進んでいく。これはまずいと感じた私が進路を妨げるように移動するが、当然そんな巨体をどうこうできるはずもなく、あっという間に吹き飛ばされる。思い切り背中を打ったせいで身動きも取れない。震える瞳を何とかメイカに向けるのが精一杯である。


『お前を……貰うぞ!』


 想定外の事態に腰を抜かしてしまっているメイカに神獣の鋭い八重歯が突き刺さった。


「あぁ……ゴホッ!!」


 その歯は完全に彼女の心臓を捉えており、メイカの口からは心臓から溢れる血が零れた。瞳孔は開いておりハイライトの消えた瞳は最後の最後まで私の方を向いており、その目線が離れたのは、鋭い歯が抜け、倒れこんだ時だった。一片の疑いもなく彼女は息絶えた。私は許容量を超えた脳みそで必死に考えたが、どうしても彼女が死んでいない可能性を算出することは出来なかった。


『これで契約はなされた。』


 そう言うと大蛇は音を立ててその場に臥した。どういう構造か分からないがそこには干からびて息絶えた蛇の死骸が出来上がった。メイカのかたきはもう居なくなった。私のこの怒りは一体誰にぶつければよいのか。いや違う。彼女が死んだのは私が巻き込んでしまったせいにほかならない。また私は罪を増やしてしまった。これではローナルで待っているユラやミラ、メイカの祖母のメナカナ。誰にも顔向け出来ない。結局また何も守れていない。何のために力を蓄えたのか。何故人助けなどという行動を自分ならできると思ったのか。見上げた空は雲が掛かり今にも降ってきそうだ。ここにいれば地盤の緩んだ崖の土砂に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。しかし私が生き残って何になるのか。我ながら女々しい男だと思いながらもう一度メイカの方に向き直る。そこに元気なメイカの幻想を見たかったのだ。


「うむ、それほど悪くないの。」


 意識がもう薄れているせいかそこには元気に屈伸をするメイカの姿が写る。もう私の精神はとっくに末期に来ている。どうにでもなってしまえと私は意識を手放した。







 目が覚めてしまった。もう次に目開けることはないだろうと思っていたが、私は例の湖のほとりで横たわっていた。目を閉じる前は外に居たはずであるが、無意識のうちに移動したのだろうか。そこまでして助かろうとしているとは私の身体は能力が上がっても臆病なままだ。


「漸く起きたか。主様。」


 聞き慣れた声で聞き慣れない口調が鼓膜を揺さぶる。しかも絶対に聞こえてくるはずのない声である。音源に向くとそこには肩まで伸ばした赤髪に綺麗な赤い目。そして未だ成人していない年頃にしては出るところ出ている完璧なプロポーションを持っている少女がそこに立っていた。私は震える唇を抑えながら彼女の名を告げた。


「……メイカ」


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