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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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レジェノ国 7

 私達が脱出するとタイミングを見計らったかのように、地盤の緩んだ洞窟状のアジトはガラガラと音を立てて崩壊した。砂塵が舞い、思わず目を瞑るがその前にここから避難しなくてはならない。崩れた崖が雪崩れるこむように落ちてきているのだ。岩で出入り口を閉じていた子供たちも巻き込んで我先にとこの一帯から逃げる。助けてくれた兵士たちも必死な形相で走っているし、一緒に来ていたロヴァは涙目で震えながらも足を動かしていた。ある程度離れると私は振り返る。思った以上に崩壊が微妙なものだったらしく、被害は想定内どころかもっと少なく済んでいた。妙な緊張感が抜けていく。魔力を使い果たした時特有の気怠さが襲い掛かってくる。意識が飛びそうになるが今はそんな時ではない。


「ロヴァ……」


 ロヴァに抱きつかれたレヴァが感動のあまり涙を流して再会を喜んでいる。ロヴァは義姉を力強く抱き締めてもう離さないと意思表示している。何とかなった。この二人を見ているとそんな気になってくる。しかし意識が散漫になっていたために私は細かい所に気付けなかった。


「――……ごめんなさい。」


 彼女の右手に小太刀のようなものが握られていることに。


「危ない!!」


 そのことにいち早く気付いたメイカがロヴァにそう叫ぶが、少年はまだ今の状況を理解できずにメイカの方を振り向くだけに収まる。その間にレヴァの刃はロヴァの腹部を正確に捉えて深く突き刺した。少年は大きく口を開いて吐血すると、痛みからか目が小刻みに揺れてその瞳を以て彼女を見る。悲痛な表情の義姉が何故こんなことをしたのか。自分にはさっぱり理解できない。レヴァはそんな弟にただ謝ることしかしなかった。私はその光景がどうしても信じられなくて唖然とする。行き場を失った視覚が無意識でメイカを向く。彼女は私と違い、周りに目を向けながら警戒心を高めている。私もいつまでも呆けている訳にはいかないなという気持ちになり、私も周囲を警戒した。


 ズチュ――。深く刺さった刃が抜かれると、大量の血液が空を舞う。


「こうするしかなかったの。仕方なかったの。」


 彼女はそう言い短刀のような武器を振るい、剣身についた血を払うとそれをこちらに向けてくる。何者かに操られているのか物憂げな表情はしているが、動きに淀みはない。倒れこむ弟を小脇に抱えながら彼女は一歩一歩踏みしめながら近付いてくる。


「最初からこうしておけば良かったんだわ。誰も傷付かずに済んだ。いや、違うわね。わたくしが傷付かなくて済んだ。」


 沸々と語り出す。彼女がどう思っているのかを。


「子供が幾ら頑張った所で大人は認めてくれない。お父様がそうだったように、皆同じ。それでも父が倒れた後、次期国王であったロヴァをどんな手を使ってでも立てなくてはいけない。そうしなければこの国は滅んでしまう。そのために色んな物を利用したわ。相手が変態だって盗賊だってなんだって。支払える対価は全部支払った。自分が汚れていることには気付いているわ。今でも思い起こせば全身が鳥肌が立って、嗚咽が止まらない。」


 幼いながら自分より幼い弟の世話や国の運営。そして支払った代償と得たもの。次々と吐き出される言葉にこの場に居た人間全員が静止している。兵士は内情を知ったため。子供たちは指示を待っているだけかもしれない。私は彼女との邂逅を思い出していたからだ。初めて彼女の顔を見た時、一人だけ異彩を放っていた少女は人の上に立つことの難しさをとても知っていた。呪術である程度は融通がきくが、弟の尻拭いは姉が全て行っていたのだ。牢屋に訪れた時のレヴァは硬い表情をあまり見せなかったので気付かなかったが、彼女の根源はそこにある。まだ普通の家庭なら我儘を言いたい年頃。しかし彼女はその当たり前の権利が用意されていない。自分が我儘をするということは弟を路頭に迷わせるのと同義と考えていたからだろう。彼女は私の前まで来ると武器を下げて口を開く。


「最近になってやっとわたくしにとっての癒やしが出来ましたわ。そう――」


 下げられた短刀が一気に駆け上がってくる。


「あなた」


 反応が遅れたが私は後ろに身体を倒してその一閃を避ける。隣りにいたメイカはその振り上げられた短刀に蹴りを入れて吹き飛ばす。その勢いでレヴァも尻餅をつく。しかし彼女は苦痛な顔もせずにすくっと立ち上がると、大きく手を広げてわたくしを助けなさいと兵士たちと子供たちに魔力を込めて言う。さきほどまで突っ立っていた兵士や子供は命令に従うしか能が無い如く、発声をすると槍など武器を構えて私とメイカを取り囲んだ。もう魔力も底をついている。今の状態でこの場を乗り切ることは難しい。頼りの綱はメイカだが、戦い慣れていないので長時間の緊張で疲弊している。絶体絶命とはこの事か。


「大人しくして……ね?わたくしもアナタを傷つけたくはありませんの。そちらの女性はどうなろうが知ったことではありませんが、アナタはわたくしにとってとても必要な人間なの。」


 妖艶に微笑むレヴァがそう言う。私にメイカを見捨てれば助けてやると言っているのか。そんな選択を私がするとは彼女だって思っていない。恐らくただのお遊び半分にそう言っている。酷く舐められたものである。聖人君子というわけではないから私だって生意気を言われると無性に腹が立つ。これで魔力が残っていれば打開策もあったのだが、多分こうなるまでが彼女の策の内。今回の誘拐騒動含めて全ては自演。そう考えるとゾッとする。


「取引に応じて下さい。アナタの前でなら、わたくしは本音を出せる。アナタでなければならないの。痛いことはしませんわ。寧ろ気持ち良いことをします。コレなんだがわかります?」


 彼女の手には注射器が持たれている。盗賊団が持っていたのをカイが流用しているのだろう。中に入っているのは中毒性の高い薬。液体に完全に溶かしきっているためか無色だが、その見た目と違い効果は絶大だろう。いくら意思が強い人間でもそれを打ってしまえば廃人ルートをまっしぐらである。彼女のストレスはこういうことで緩和されていたのか。


「あの少年に貰ったのですがとても心地よい気分になれますわ。考え事なんて全部ぶっ飛んで頭が馬鹿になった感覚が病みつきになります。最初は気持ち悪いだけだったことも全部気持よく変えてくれる魔法の薬です。一緒に気持ちよくなりましょう。」


 ジリジリと距離を縮めてくる。最初からそれほど離れていなかったためすぐに距離はなくなる。後退しようにも後ろは瓦礫の山であり、前方は完全に兵士たちで囲まれており逃げ場がない。もう手がないと直感する。もう覚悟を決めるべきかと思っていると、後方から口笛とともに飄々とした声変わりをしていない高い少年の声が聞こえてくる。


「本当に予想通りの動きをしてくれるね。」


 その声はもう随分と聞いていなくて忘れそうになっていたが、ちゃんと思えていた。メイカに似た雰囲気を持つその少年は瓦礫の山の上からこちらを見下ろしている。目が合うとニヤリと笑って少年が口を開く。


「こんな手に引っかかるなんてお兄さんも結構単純な所あるよね。」


 最初に出会った時とは印象が何もかも違う。堂々とした佇まいで顔からは自信が満ち溢れている。いろんなことを経験し学んだことで彼は大きく成長したのだろう。それが良い方向かどうかは別として。それはいいとしても何故このタイミングで彼は姿を表したのか。私にはどうしても理由がわからなかった。その姿を確認したレヴァは悪態をつきながら何の用だと低い声で問い質す。少年はチラリと目線を実の姉であるメイカに向けてから姉を守るためだと嘘っぽい事を言う。それを呆れ顔で返したレヴァはそれに対してこう返した。


「まぁなんでも良いけど邪魔はしないでね。カイ。」


 カイはそれに対してはいはいと返すと、その場に腰を下ろした。どうやら観戦する気でいるらしい。見られてもこの先の展開で面白いバトルが見れるとはとても思わないが、それをカイに忠告するだけの余裕が今の私にはない。レヴァは彼に舌打ちをしてからこちらに向き直った。まずは拘束しなくちゃとカイが来たことで冷静になったのか自分は後退して回りの兵士たちに呼びかける。命令を受けた兵士たちは鎧を揺らし音を鳴らしながら私たちに近付く。まだ根気の残っている私は短剣を構え、敵を迎撃する。槍を構えている兵士の武器を下から叩き上げて武器を落とさせてから腹部に蹴りを入れる。すると兵士が倒れこむのでその隙に頭を思い切り蹴り飛ばす。動かなくなったのを確認したら次の相手に目を向ける。そこで気付く。取り囲んでいた兵士たちがもう地に伏せている。パッと見渡すと肩で息をしているメイカが視界にはいる。何度も高位の魔法を執行して敵を蹴散らしているが、目に見えて疲労しているためそれが無茶をしているからできていることであることが直ぐ分かる。このままでは埒が明かない。


「はぁ……はぁ……」


 急いで移動し、メイカの横に並ぶと荒い息遣いが鼓膜を揺さぶる。これ以上無理をさせるとメイカの身体が異常を起こしてしまいそうだ。私は彼女の肩を掴むと、やたらめったらに使うことを制限させる。それではこの場は乗りきれない。ちゃんと頭で考えて、作戦を練るべきである。彼女の御蔭で出来た空間を通り過ぎ走りながら思考する。魔力だけでなく酸素も足りていないため頭の回転はいつもより段違いに遅いが、危機的状況だからこそ冷静さが求められる。環境を目視する。ここはきりだった崖に左右を囲まれたそれほど道幅も細くない脇道。レジェノに続く道よりは多少細い。行き止まりになっている旧アジトは崩れて崖の上から下に繋がるように偶然にもなっている。そこにカイはおり、群衆は崖の下に全員集合している。レヴァは皆の中心に立って指揮をしている。情報は溢れかえるほどある。しかし肝心要な策が思いつかない。人数がいれば策もある。でもここには私とメイカ以外は敵であり、味方は私も含めても二人。大して相手はこちらからでは数えきれないほどである。そこで思い出す。そう言えばカイどうやって出てきたのか。アジトの外に居たのかもしれないが、中に居たとしたら出入り口は他の所につながっている可能性がある。いやそれだけじゃなくアジトになっている穴が他にもあるかもしれない。私は周囲に注目した。


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