レジェノ国 5
途方に暮れるメイカを背に私は兵士に連れられて行った。今ココでこの兵士たちを振りきって逃げることは出来る。しかしそれでは今回の件をどう落とすのか。殺されたのが盗賊団の少年少女だけならまだ良かった。国の方も内密にしたいだろうし、盗賊団から守れとは言われていないので内密に処理してくれたかもしれない。今回の件については、結局のところ裏切り者とは言え、この国の住人を殺してしまったのだ。しかも善悪関係なく皆地に伏せていた。もしこの罪を全部彼女が背負ったなら、最悪死刑までなりかねない。メイカは未来のある若者である。彼女に背負わせるわけにもいかない。
「キリキリ歩け!」
強い衝撃が背中に走る。どうやら蹴られたらしい。私は恐怖からかその場に留まっていたようだ。我ながら情けない。覚悟を決めたつもりでもこのザマとは。
先導されながら私はこの後どうなるのかを想像していた。恐らく最初は私の刑を決めるために王宮にでも連れて行かれて、そこで刑が決まれば牢屋に入れられて、一定の期間が経ったら首でも吊らされる。諦観の目が潤い、口は乾燥して、身体は震えが走る。今すぐにでも逃げ出してしまいたい。しかし私も男である。溢れそうになる涙は既の所で止める。今いる西部の路地裏近くから王宮までは目と鼻の先であるので、せめてはそこまで持たなくては。
不思議と涙は流れないまま王宮の門を潜り、王室の手前で兵士に静止を呼びかけられた。言われた通りに姿勢を正して止まると、大の大人二人分ほどの長さの扉が音を立てて開く。死ぬ前に英雄と呼ばれた男と会えるのならそれもまた一興である。どんな顔だと拝見しようとしたが、王冠を被りその座についていたのは私達に襲いかかってきた少年たちと歳も変わらない子供で、彼が英雄なわけはないし、頭の中がとっちらかる。
「ごくろう!」
キーの高い声変わりをしていない男の子の声が広い室内にこだまする。連行してきた兵士たちは手を太腿の側面に打ち声を上げて返事をする。王冠をかぶった子供はそれに鼻を鳴らしながら喜んでから兵士を下がらせた。私だったから良かったものの、普通の犯罪者相手にそんなことをしたら殺される可能性だってある。この少年が見た目通りでない説や何かの才能が優れている説は否定せざる得ない。どう考えても普通のこどもである。こんな少年に罪を裁くことが出来るのだろうか。若干呆れの念が立ち込める。少年から目を外して他の人物にも目をやる。一番目立つのは少年の後ろに控えている少女か。左右に固められたお役人は雰囲気通りな感じだが、彼女だけは異質である。歳相応の笑顔に見せて、それはただの仮面だ。先程からなにやら少年に耳打ちをしているし、この異常な現場は彼女のせいなのかもしれない。しかしそうであったとしても、私には関係のないことだ。早く牢屋にぶち込むなりしてほしい。
「かれのざいじょうをのべよ!」
少女に耳打ちされた少年はそう言う。すると下がっていた兵士がはっと言ってから一歩前に出て後ろで腕を組んで発言した。
「容疑者には大量殺人の容疑がかかっています!早急な対応が必要かと!」
少年はその発言に持っていた王笏で地面を叩いて憤怒した。市民が大量に殺されたのだ。王の位のものが怒るのも無理はない。そう思っていたのだが、少年の逆鱗は意外なところについていた。少年は早急な対応をするかどうかはお前が決めることじゃないと的はずれな意見をして声を荒げて、その兵士を他の兵士に拘束させた。一応その横にいる私も拘束しておかなくてはいけないのではないのか。私が連れて行かれる前に兵士の方が先に牢屋に連れて行かれた。荒げた呼吸を整えてから少年はこちらに向き直る。後ろの少女に目を向けると、空虚な笑顔が向けられ目が合う。それに気付いた少年は頬を膨らませてから、早くこの人を牢屋に連れてってと子供らしく言った。言った内容は全然子供らしくないが、子供じみた嫉妬心がわかりやすいほど滲み出ていて、この国はもう駄目だなとだけ結論づけて私はそのまま地下牢に入れられた。一応は重犯罪者だからか個室である。連れてこられる途中で見た牢屋では狭いスペースに足の踏み場もないくらい入れられているところもあったので、そこで無いことに安堵した。ここの生活が人生の最後の過ごす場所になる可能性もある。人を押し殺されたなど笑い話である。
「お前の刑の執行はまだまだ先だ。精々大人しくしていろ。」
兵士はそれだけ言うと柵を閉めて鍵をかけた。言われた通り大人しくしておこうか。私は据え置きの古びたベットに横になる。所々カビが生えたりしているが、それほど寝辛い訳でも無い。このまま一眠りするのも良いかもしれない。両手を拘束されたままのため自由な体勢にはなれないのが玉に瑕だが、案外悪くないものである。もうそろそろ寝れそうと思っていると、私の牢屋がギイと音を立てて開く音がした。片目だけを開くとそこにはこの離れの牢屋に似つかわしくない豪奢な衣装の少女が立っていた。
「何か用があるにしてもこんな所に来ちゃいけないよ。」
私は開いていた片目を閉じなおしてそう言う。そう忠告したが、彼女は段々とこちらに近付いて来ているのが気配で分かった。呆れ半分で目を開くと少女は眼前まで迫っていた。綺麗な青色の瞳をしている。私は拘束された両手を使って鬱陶しいという風にあしらう。少女は余裕の表情をそこで崩す。彼女の余裕がどこから来ているかしらない私は何度もしつこく引っ付いてくる少女を引き離すのも面倒になり、逆に手首しか縛られていないのを利用して腕の輪っかに彼女を誘い込み、思い切り抱きしめた。
「ひゃぁっ!」
可愛らしい声が漏れた。幼いためか体温も高い。丁度寒かったし湯たんぽ代わりにさせてもらおう。私はそのまま目を閉じて彼女におやすみと伝えた。
「ん?」
外が見えないため今が朝なのか昼なのか夜なのかすら判断付かないが、体感的には夜になったぐらいである。欠伸を洩らしながら目線を下げると、歯を食い縛って悔しそうにしている少女が居た。そういえばこの体勢で寝たのだった。拘束を緩めると顔を赤くした少女はスッと腕元から抜けて、ゴホンと一息置いてから身に纏ったドレスの裾を手で持ち上げる。貴族の挨拶のようで頭を下げるのとセットで用いられるらしい。
「わたくしの名前はレヴァ・レジェノ。以後お見知りおきを。」
名前からすると彼女は王女さまなのだろうか。表情の見えない王室での笑顔に戻した彼女に聞いた所で答えてくれるかわからないが、一応聞くと、彼女は養女らしい。そして王冠を被ったあの少年が英雄の実子で現国王のロヴァ・レジェノ。話を聞いている限り、あの噂の英雄はもう存在しないか床に伏せている。幼い王がいるのはそのためだ。納得しているとレヴァは小悪魔的な笑みを浮かべて私にわたくしに手を貸しなさいと言ってきた。
「え、嫌だけど。」
当たり前の返答を返した。レヴァは納得がいかないのか唖然としている。何処の世界にそんな上から目線で言われて手を貸す馬鹿が居るのか。居るのなら見せてほしいまである。
「……いい、いいの。遠慮しないで。そうだ、協力するのならわたくしの身体を好きにしていいから。」
思考停止していたと思ったら急に喋り出して捲し立てるように言ってくる。私は勿論遠慮なんてしていないし、幼い彼女の身体にも興味はない。それにしても一国の王女がそう易易と体を売るものではない。私はそのことを一時間ほど掛けて説教した。後半の方は読めない表情は何処へやらでヒックヒックと泣いていたが、これも彼女のためである。一通り泣き終わったレヴァはグシグシと涙を拭ってから、立ち上がるとまた来るとだけ残して去っていった。面白い子ではあるけど、とても危なっかしくて見ていられない子だなと寝惚けた頭で考えると、今の状態でもできる運動をして体を動かしておく。筋肉トレーニングなどはいい暇つぶしになるのだ。
それからの日々はとても単調だった。
暇な時間はトレーニングに費やして時々来る王女の相手をする。レヴァが帰れば、寝るかトレーニング。気付けば私の魔法や肉体の練度は凄まじい成長を見せていた。人目につかないここは自分一人であるのもあって追い込むには丁度いい場所だ。身体強化も筋肉痛を気にせず使えるようになった。面倒だった手錠も手首が痛くなるので力押しで壊し、一人修練に邁進していた。今の季節はもう春の季節だと思う。何故ならあんなに感じていた冷気が時折暖かいものに変わっているからである。となると、数ヶ月は閉じ込められていることになる。伸ばし放題の無精髭を撫でながら私はそう考えていた。
「今日こそ、わたくしに力を貸す気になりましたわよね。」
随分と角の取れたレヴァは言うことだけは変わっていない。なので、私も言うことは変わらない。というか、何時になったら私の刑は決まるのだろうか。魔力操作が大分手馴れてきた私はレヴァが呪術系統の魔法を使いながら命令するのを弾きながら考える。
「どうなってますの……」
息を切らしながら言うレヴァが何故魔法を使えるのかというと、恐らくカイの仕業だ。彼女はこれを伝授してもらう代わりに国民を売っている。そんなことは今の私からしたらどうでも良い部類の話だが、話の種ぐらいにはなるだろう。私はベットに横になったまま、左手で頭を支えて世間話でもする風にそのことを聞いた。レヴァはそれを聞くと、顔を青くして吃り(どもり)気味にそんなことはしていないと言う。私がそういうのは良いからと軽く流すと、彼女は観念したように語りだした。
「最初のきっかけはお父様が病気で臥せたことでした。王が居なくては王政は成り立たない。しかし目を覚まさない父では王は務まりません。そこで形だけでもと、次期国王候補だった第一王子のロヴァが王に就任しました。しかし、まだ幼い彼に付いて来てくれるものなど居らず、一時期、反王派によって内乱も起きかけましたわ。わたくしたち姉弟はそれを見ていることしか出来なくて……」
そんなときと彼女は続けた。
「恐ろしい力で兵士を下しあのカイという少年がやって来たの。彼は言ったわ。国を支配出来るだけの力を与える代わりに自分たちがする行為を容認しろと。最初こそ反対でしたが、わたくしたちに抗うだけの力もなく、そんな力があるのならば、何を賭しても手に入れたいと願ってしまった。今でも罪悪感はありますわ。そうでなければ被害者にお金を払い続けたりしませんわ。」
全て話し終えたとばかりにレヴァは息をついた。しかしまだ話していないことがあるだろう。行為が世間に出ないために被害者を利用していたこと。それも追加報酬を支払って。私がそれを追求すると、彼女はそれに関しては本当に知らないと言い出した。その様は動揺が隠せないといった感じで、これが演技だとは流石に思えなかった。信じて下さいと縋り付いてくるレヴァはとても痛々しく見えた。私は彼女が落ち着くように背中を撫でて、落ち着くのを待つ。
「もう大丈夫」
まだ完全には落ち着いてはいないようだが、話ができるほどには回復していた。




