レジェノ国 4 ※メイカ視点
お兄さんが朝食を摂り終え、東部に向かったのを確認してからあたしの行動は開始された。あたしの心は今までにないほどに高鳴っていた。それはお兄さんが言ってくれたメイカにしか頼めないことだというあのセリフのせいである。お兄さんがあたしに期待してくれている。それが分かるだけでもとても嬉しい。ルンルン気分のままに被害者の会やノーマムさんの店の人達から戦力になりそうな人達を選び、指定されていた路地裏まで連れて行く。あたしのテンションがあまりにも高いため、付いて来ていた数人は不審そうな顔をしていたが、今のあたしにはそんなことはどうでもいい。これを成功させて思い切り褒めてもらうことしか頭にない。
「良いですか!お兄さんが来るまでは絶対にここから動かないで下さいね!」
皆を最奥に押し込んでそう言ってから、あたしはお兄さんの居る東部に向かう。
この人混みの中で身体能力を強化する魔法は目立つし、魔力が勿体無いので普通に徒歩で移動する。まだ早朝と言ってもいい時間。敵が動き出すにしてもまだ時間が掛かるだろう。そう高を括っていた。お兄さんの陽動が開始してからでも構わないはずだと。後ろからお兄さんを注視していたから、日用品エリアですでに誰かに付けられているのは分かった。動きが始まったと思い、あたしは誘いこむためにポイントへ蜻蛉返りする。気休め程度の強化をしてスラリと人々をよけながら行きの半分の時間で戻った。
あたしが戻ると大人たちは一様にだらけていた。あたしが戻っても誰ひとりとして居直ろうとする者さえ居ない。無性に腹が立つがあたしは先程の現状を彼らに伝える。すると、彼らは軽口を次々に叩いていく。
「ぶっちゃけこんな早く見つかるんなら苦労しねぇーよ。」
「大体、急に集められていきなり戦えって言われても俺達戦ったことないしな。」
ノーマムさんはそんな皆を諌めようとしてくれていたが、彼のカリスマ性を持ってしても、彼らの不機嫌はどうにもならなかった。現状が起こっている理由は、一番大きいのが誰が来るかわからない不安や何が起きても警護団は助けに来てくれないという危機感だろう。ここに来る前に一応そのことを伝えたのが良くなかったみたいである。それにしたって男の癖に根性がない連中ばかりだ。自分たちの子供が被害にあっている親もあまり乗り気でない人が多い。誰のためにしていると思っているのだ。その内お兄さんの悪口まで聞こえ出したので、あたし少し力み地面に足の裏を叩きつけて床に穴を開けると、お兄さんが健気に陽動をしている東部にまたも向かった。胸糞が悪い。
あたしが辿り着いた時、表の通りにお兄さんは確認できなかった。恐らく何処かの裏道に入った。計画ではなかったが、非常事態が起きているのかもしれない。そう考えたあたしはとりあえず計画を中断すべきだと考えて、このことを伝えにまた路地裏に戻る。
「うわぁああ!!」
「ひぃい」
急いで戻ったあたしを待ち受けていたのは阿鼻叫喚の嵐。鈍器などを持った少年少女に嬲られる大人たちの姿だった。しかも変な光景である。ノーマムを含むノーマムの店の男たちは攻撃を受けながらも殴る蹴るなどして微力ながら反撃をしている。ノーマムを含まない被害者の会の人間は誰ひとりとして戦闘には参加していない。彼もそれを気にしているが、異常な馬力で鈍器を殴りつけてくる相手に対処するのに精一杯で、そちらに気を回していられない。明らかに異常な光景だった。呆然としていたあたしであったが、気を取り直すと、その何もしていない男たちに文句を言う。すると、その中の一人が笑い出して無残にもこんなことを言う。
「あの女を取り押さえろ。」
意味がわからない。思考停止してしまったあたしは複数人の男たちに呆気無く取り押さえられた。何がどうなったいるのだ。あたしの顔の前に立った男がその場で腰を低くして厭らしい表情を浮かべる。
「何が起きたか分かんないって顔だな。頭の悪いお前に教えてやるよ。」
男はあたしの顎を掴むと気持ちの悪い顔を近づけて続きを言う。
「ノーマムの野郎は知らねーが、俺達神隠しの被害に遭った家庭には国の方からお詫びとして大量の資金が貰えるんだよ。しかも定期的に。勿論、その定期資金をもらうためにはこうやって秘密を暴こうとする輩を始末する仕事もしなくちゃいけねーが、今回はラッキーだぜ。アンタみたいな可愛い子が釣れたんなら沢山遊べるからよ。」
失意をしたまま取り押さえられているあたしの身体に鳥肌が立つようなゴツゴツとした手が撫でつけられる。尻や胸を服の上から蛞蝓のように這いずってくる。お兄さんはこんな人達のために頑張ろうとしていたのか。高鳴っていた鼓動が一気に落ち着き思考が冴えてくる。あたしは服を脱がそうとしていた腹に肉を蓄えた男の腕を掴んだ。魔力を巡らせ脳みそのリミッターを外していく。その男は、気の強い女は好きだぜと卑下た笑いをしていたが、次の瞬間にその顔は凍りついた。
ボキ――。強く握ると中の大きな太い骨まで容易く折れる。
「ぎゃぁああああ!!!」
痛みに慣れていない男はその場で転げ回る。その様子を見て怯んだ男たちを風を爆発的に発生させる魔法を用いて吹っ飛ばし、男たちに触られた箇所を一つ一つ手で払っていく。この体はこんな雑魚達に遊ばれるほど安くはない。いつも以上に攻撃的な思考になっているのを自覚する。しかしそれでも構わない。あたしをここまで虚仮にしたのだ。それ相応の報いは受けてもらう。
「全員死んじゃえ」
作戦などはとうにどうでも良くなっていた。今はただこの苛立ちをどうにかすることしか頭にない。あたしは前にお兄さんに教えた護身用の攻撃魔法。つまりはあの迎撃魔法を広域で発生させた。いつもならそこそこ時間の掛かる前準備も今の冷静な頭を持ってすれば必要ない。イメージは勝手に湧いてくる。あたしを中心として路地裏の深部全てが竜巻に包まれる。空き家の窓ガラスは割れて石は飛び交い掛けた煉瓦の破片なども同様に飛ぶ。そこからは子供も大人も関係ない。味方や敵でさえも。そこに居合わせた人間の悲鳴が響き渡った。あたしはそれを冷徹な目で見届けると、頃合いを見計らって魔法を終了させた。辺りは大量の死体で彩られている。あたしは奇襲を仕掛けていた少年少女の身体を観察する。腕を覆っていた服を捲って引っ張ると異常な動きをする管が体中を這いずっているのが分かる。
「無理矢理身体能力を強化されている。」
答えはすぐに出る。顔色を見ても口元に耳を寄せても死んでいることは明らかなのに、芋虫のように動いているこの管は魔力を貯蓄している管である。見たところ、本人が魔法を使ったのではなく、第三者に無理矢理管を拡張されて、脳みそのリミッターを外されている。こんなことをすれば、寿命が半分以下になる。というか、普通ならこんなことをした時点で死ぬ。それに攻勢的ではあったが、彼らからは理性のようなものも感じた。カイがオリジナルの魔法を編み出したとでも言うのか。非常の薄い確率だが、可能性がないわけでない。
「なんだこれは……。」
座り込んで考えていたあたしの耳に愛しいあの人の声が届いた。
「お兄さん!」
あたしは夢中で駆け抜けてお兄さんに抱きつく。お兄さんは身体をビクリとさせて最初は抱きしめてくれなかったが、促すと開いた腕を閉じてくれた。あたしは事の顛末を彼に話した。あのような男たちに身体を触れれたことを言うのは、とても躊躇われてたが、言わなければこの状況を誤解されかねない。仕方なく細部まできっちりと話した。彼は涙をこらえたような顔をすると力強く抱き寄せてくれた。
「すまない……全て私の責任だ。」
何に対しての責任か判断できないが、あたしは温かい感触を存分に味わった。とても安心するちょっと刺激のある男の匂いと全てを包み込んでくれているような包容感に全て身を任せる。彼になら何処を触られても良い。そう思える。けれど、誠実なお兄さんが手を出してくれるはずもなく、身体は僅かな余韻を残しながら数分後に離された。
「メイカがここまで頑張ってくれたんだ。私もやるべきことをしよう。」
お兄さんはあたしを背に隠すようにしてこの狭い路地の入り口を睨む。するとそこから数人の子供たちがぞろぞろとそこらの鉄パイプなどを持って集結してくる。面倒くさい奴らだ。まだ居たのか。あたしが苛立ちながら前に出ようとすると、お兄さんは黙ってあたしを右腕で制した。何か考えがあるのかもしれない。あたしは彼の顔を見ながら後ろに下がる。彼はそれを確認すると、持っていた短剣を下段で構えてから一気に突っ込んでいった。見たところ慣れていないであろう身体強化を使っている。元々どこかで習ったのか戦闘の上手かった彼は魔法という選択肢を得て、更に強力な力を持っている。どちらも極めたというほどではないので器用貧乏というのかもしれないが、彼のポテンシャルは中々のものである。
少年少女を一切の慈悲無く、傷めつけたお兄さんは異変を聞きつけてやって来ていた国の兵士たちに向かって叫んだ。
「こいつらは全て私があの世へ送ってやった!抵抗はしない!捕まえたければ捕まえろ!!」
お兄さんは抵抗の意志がないことを武器を捨てて両手を上げる事で示し、投降する旨を伝えた。近く立っていたあたしは訳も分からず突っ立っていると、ジリジリと武器を持って近寄ってきた兵士に被害者か何かと勘違いされて保護される。
「離して下さい!!お兄さんどういうことですか!!?」
彼は力なく首をふると、兵士にこの子は殺しそびれたので保護してやってくれと言い放ち、彼の手首には丈夫な手錠が掛けられた。あたしはただそれを黙ってみていることにか出来なかった。




