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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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レジェノ国 3

 ノーマムの家に帰った私たちは出先で入手した情報を彼に提供した。彼はやはりそうなっていたのかと歯を食い縛るように顔を歪めており、机に置かれた拳は血が滲むほどに強く握られていた。そうであって欲しくなかった不確かだった情報が、確信に変わる。これは中々精神的に来るのだろう。しかしそんなことは気にしていても仕方がない。それに私達ははなから彼らを頼るつもりはない。邪魔をされなければいいという話である。あの兵士たちの会話を聞く限り、関わらないことが決定事項なだけで、それに対抗している者は排除しろと命令されているわけではなかった。つまりは、我々からしてみれば都合が良い。


 話し合いもそこそこにして、ノーマムは今日は早めに寝ると言って二階に上がっていった。私達は一階の対面式に置かれたソファに腰掛けて明日の打合せを組む。


「目下最大の問題は、私達からその人物が盗賊団の人間であるか見抜けないことだけど、これは見抜きようがないから考えないことにする。次に餌が私で釣れるかどうかだが、これによって相手があの私達の追っている盗賊団かがはっきりする。明日の行動だけど、私はメモに書かれた所に出来るだけ時間も合わせて歩きまわる。そして尾行なりされ始めたら今日見つけたあの路地に逃げ込む。メイカには私が相手を彼処まで誘導する間の報告役を勤めて欲しい。」


「報告役……ですか?具体的に何をすればいいんですかね。」


「簡単な話さ。私がどの位置まで移動したのかそういうのを監視して定期的に路地で待ってもらっている人達に連絡して欲しいんだ。いろいろ考えたが、メイカにしか頼めないことだ。」


 報告役はアチラコチラを自由に動けるだけの土地勘がいるので地元の人間にお願いしようかと考えていたが、もし途中で相手が牙を向いてきた時、対応できる人間でなければこの役割を果たすのは厳しい。メイカは私以上に戦闘能力に優れているし、身体能力を強化させれば俊敏な動きも可能である。土地勘は今日歩きまわったので少しは付いているし、どうにかなると思いたい。


「あたしにしか……わかりました、あたし、やります!」


 柔らかい生地で作られたギシと鳴り、メイカは立ち上がりながらそう言った。とても気合が入っている。空回りしそうなテンションではあるが、彼女ならどうにかしてくれそうだと漠然とした気持ちになるため、私は一言お願いねとだけ告げた。任して下さいと声高らかに返したメイカの表情に一切の迷いはなく、明日の作戦に対するやる気が伝わってきた。今からもう待ちきれないといった風にジタバタとしているメイカはまるで遠出前の幼子のようで思わず父性が刺激されてしまう。少しは我慢できたのだが時間が経つとそれも限界が来て、手持ち無沙汰になっていた私の右手は向き合うように置かれたソファの間に置かれているテーブルを易易と越えて、彼女の頭の上に届く。


「明日は忙しくなるからもう寝よう。」


 頭をポンポンと叩く。彼女は照れたように笑うと腰を掛けていたソファに体を預けて横になった。私の同じように横になり彼女にお休みと告げた。




 翌朝、行動は迅速にとはよく言われるが、私達は朝食を早く摂ると、それぞれ予定の場所に向かった。そういえばとノーマムに仕事は大丈夫なのか尋ねると、長期休暇をもらっているらしく、逆に店から何人か応援にまで来てくれるらしい。やはりノーマムには人望があるだけでなく、責任感も多分にあるので、店の人達からも慕われているのだろう。ノーマムにはついでに被害者の会の人間にも声掛けを頼んだ。忙しいだろうがこれも盗賊団を捕らえるためである。私も与えられた仕事をこなさなければならない。メモに目を落としてまず最初の目的地を設定する。


 レジェノは住居エリアなどで構成される西部と飲食店や装飾品、日用品を売る店が集まる東部が存在する。この早朝で被害に遭った子供はずばり東部の日用品エリア。東部で一番門に近いエリアである。ここは食品や生活の品が多いため、地元民が多く朝などは朝市をやったりするので人が多い。被害者の子供も母親の買い物についていった時に起きたらしい。回りを見渡すと女性客が多い。今日も主夫の皆さんで賑わっているようだ。さてと、と頭を切り替える。この女性の集まる場所で私のような大きな男はとても目立つ。二人組の夫婦などは見かけるが、私のように一人で来ている人は全然居ない。これでは相手さんも手が出しづらいかもしれない。ここでの作戦は中止するべきだな。そう考えていると、ふと誰かの視線を感じた。顔の向きを変えずに目だけを動かして隅々まで観察すると、本道から逸れた狭い道の方から人影が見え、それが身を隠したと同時に感じていた視線が消失する。こんな早く、しかもここで網に掛かるとは思わなかったが、あれが本当に目的の相手であるか確証がないため、予定していた道を進み相手の動向を確かめる。次は装飾品店が立ち並ぶエリアに足を踏み入れる。装飾品エリアは屋台エリアと日用品エリアの丁度間にあり、そこから西側に少し行ったところには広場があり、大人たちはここに子供を預けて、装飾品を見たりすることが多いそうだ。此処であった被害者の場合は、子供が装飾品を見たいといったらしく、安めのネックレスを強請っていたらしい。両親で未だそんなものは必要ないだろうというと、拗ねて走って混雑に紛れてどこかに行き、そのまま行方知れずになったようだ。


 まだ付いて来ているな。見られている感覚がまたしている。私はそれを気にしていないふりをしたまま、上流層の行き交うこのエリアを押し進む。ボサボサの頭に古びた外套。そして安っぽいズボンと服を身にまとっている私はここでも浮いているが、浮いていることに慣れつつある私に死角はなかった。堂々とした面持ちで歩けば、変に見られることはない。目を逸らされることはあるが。


「おにいちゃん。ちょっといいかな。」


 私の進行が外套の後ろを引っ張られることで阻止された。


 一体誰だと思いながら振り向くと、そこには爽やかに笑みを浮かべる幼い少年が私の外套を掴んでいるのが目に入った。何処の子供可分からないが、こんな所にいたら誘拐される可能性が高い。私は忙しいことを伝えて家に帰ることを勧めた。すると少年は首を横に振る。どういう意味か推し量れない私は首を傾げたが、少年は良いから付いて来てと、私の手を握り直して私を誘導する。何処に連れて行くのかと聞いても少年は答えずただひたすらに足を動かすのみである。こんなことに付き合っている場合ではないのにと独り愚痴たが、少年は飄々と一片の迷いなく足を進めた。


「このへんでいいかな。」


 周囲を見渡した少年は呟く。私は彼が何をしたいのかさっぱりわからない。もしかしたら悪ガキ集団かなにかだろうか。神隠し事件が終焉を迎えていない以上は、この子を一人にさせるわけにもいかないし、かと言って作戦を遂行できないのはもっと良くない。


「おにいちゃん。」


 狭い脇道の中腹で少年は私の手を離して両手を後ろに隠した。ニッコリとした笑顔を崩さないままそう言うと笑顔が段々汚くなるのが肌で感じられ、私は後退する。そこへ――。


 ドゴン。


「ちぇ、よけられちゃった。」


 その小さな身体にあまりにも不釣り合いな大きな鉄の棒が眼前の地面に叩き付けられた。私がそれに呆気に取られていると、脇道の入り口からぞろぞろと数人の子供たちが各々武器を持って現れる。気が付くと脇道の奥からも別部隊の少年少女が来ていて、私は完全に囲まれてしまった。鉄の棒を肩に担いだ少年は名前をケーラと名乗り、また鉄の棒を振りかぶってきた。洗練された動きというわけではないのだが、力まかせに振られるそれは、一度でも食らってしまえば意識が昏倒すること受け合いの代物である。レンガ造りの華やかな床が、無残にも抉れて戦闘痕を残していく。


「ほんとうにあたらないや。じゃあ、みんなもてつだって。」


 少年に注視していた私の背中に少女のナックルをつけた拳が迫る。私は身を翻すように回し少女を避けて、通り過ぎていく少女の背中を押すと、前に立っていたケーラにぶつかり二人して倒れこんだ。それを確認していた私を隙と見た鉄の棒を持った二人の少年が襲い掛かってくる。避けられる距離ではないため逆に姿勢を低くして突っ込んで少年二人を両肩で持ち上げると、その勢いのまま後ろに顔面から下ろす。少し腕に打撃を受けたが、それほど重い鉄の棒ではなかったので腕は動く。内出血は起こしているのかズキズキと痛みが走るが許容範囲内である。


「カイさまいっていたとおりおにいちゃんはおもしろい!」


 先程まで倒れこんでいたケーラはいつの間にか私の前に立ちはだかっていた。それにしてもカイ様といってか。どうやら私は誘導するはずが、誘導されてしまったということか。本当に性質たちが悪い。何故少年少女を連れ去っていたのかの答えはここにあった。彼の目的は確かに寂しさもあったのだろうが、本命は子供たちだけで戦闘集団を作ることだった。理由は分からないが、そういうことらしい。メイカの母が言っていたカイが盗賊団の人間に殺し合いをさせていたと言う情報を見るに、彼は大人に対して拒絶感を持っている可能性が高いので、そのあたりも関係しているのかも。兎にも角にも。その仮説が正しいのなら、この子達は誘拐させた子供たちである。こちらから手を出せない。私はケーラの攻撃を軽々と避けてから狭い脇道を出ると、急いで集合場所に向かった。ここからでは中々距離があるが、私の判断で彼らを傷めつけるべきではない。両親に会えば彼らの反応も変わるかもしれない。可能性は高くないが、ゼロではない。この可能性にかけて私は裏路地に急いだ。



「なんだこれは……。」


 広がる情景に私は口を抑えた。一面に広がる状況をすぐには理解できなかった。

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